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孤独を感じて
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*有紀*
主任になってから同僚たちとの間に少し隔たりを感じる。
特に意地悪や無視をされているわけではないけれど、以前とはあきらかに違う壁がある。
仕方のないことなのかもしれない。わたしだって師長や主任との付き合いは、同僚たちとは違っていたはずなのだから。
食堂は少し混んでいたけれど、日替わり定食のトレイを持ち、出入り口そばの誰もいないテーブルを見つけて座った。
向こうの窓際のテーブルに、同じ病棟の看護師たちが固まって食事をしていた。
以前なら、” ねぇねぇ,, などと言って、図々しく同じテーブルに割り込むことが出来たけれど。
主任のわたしがいると、話しにくいことがあるのかも知れないと思うと、躊躇してしまう。
アフターファイブのお誘いも減って、家に帰っても遼介は遅いし、子供がいるわけでもないので暇をもてあます。
趣味でも何か始めた方がいいのだろうか。
すでに定年を迎えた年寄りにでもなったような気がして、虚しさを感じる。
日替わり定食の塩サバをおかずにご飯を食べていたら、向かい側に谷さんが来て微笑んだ。
「めずらしいね、一人?」
谷さんがそう言って、テーブルに同じ日替わり定食のトレイを置いた。
「めずらしくなんかないよ~ 私なんて嫌われ者なんだから」
ふて腐れた顔でかぼちゃの煮物を食べる。
「そうかぁ、やっぱり管理職は大変なんだな」
谷さんはちょっと意外そうな顔をして、豆腐とワカメのお味噌汁を飲んだ。
「なんか、谷さんに日替わり定食って似合わない。塩サバ食べてる谷さんなんて幻滅!」
幸せすぎる谷さんをいじめたくなる。
「えっ、そう? じゃあ、何が似合うんだい?」
「キャビアとか、フォアグラとかでしょ、やっぱり」
「そんなもの毎日食べたくないなぁ、僕」
お魚を食べている谷さんを見て、食べ方もお箸の持ち方もきれいだなぁと、あらためて感心する。
「麗奈さんは絶対に塩サバなんて焼かないよね~ 似合わないもの」
「そうかもなぁ、やっぱり塩サバ焼いてくれる有紀ちゃんがよかったなぁ~」
悪戯っぽく谷さんが笑った。
「よく言うよ。あんな若くて綺麗な婚約者さんつかまえて。世界中で一番幸せそうな顔しちゃってさぁ、めっちゃムカつく!」
かなり本気で言ったのに、谷さんはニコニコ笑ってどこまでも幸せそう。
「……楽しいなぁ、有紀ちゃんと食事していると。佐野が羨ましいな、幸せな毎日で」
静かに見つめられて戸惑う。
「や、やめてよね~ 人妻口説くの。その言葉に騙されてばっかり」
「ふははっ、僕も有紀ちゃんには、かなり騙された方だと思うけどね」
谷さんからの思わぬ反撃に言い返すことができずにうつむく。
「……騙されてよかったでしょ。あんな素敵な人と結婚できるんだから。麗奈さんのウェディング楽しみね。きっと、びっくりするくらい綺麗なんだろうな。本当に素敵な人だもの。谷さんにお似合いだよ。お母様が選んだ人ですもんね」
少し動揺しながら早口で褒めた。
「あ~あ、面倒くさいなぁ、結婚式って。有紀ちゃんと駆け落ちでもしたいなぁ」
「や、やめてったら、そんなこと言うの!」
ムキになって怒鳴ってしまったことが恥ずかしくて、慌ててトレイを持って席を立った。
「ご、ごめん、有紀ちゃん」
谷さんが驚いた様子でわたしを見つめた。
「……先に行くね」
引きつって動揺した顔を見られたくなくて、足早に返却口へトレイを下げに行った。
病棟へ向かう階段を一人で降りていたら、急に涙がこみ上げてきた。
谷さんと駆け落ちしたい気持ちが、私にもあったのかも知れない。
谷さんは本気で言ったわけじゃないのに、私の気持ちを悟ったかのように言ったから、取り乱してしまった。
誰かにこの寂しい現実から、連れ去ってもらいたくて。
だけど、一体どこへ逃げたいというのだろう。
主任になってから同僚たちとの間に少し隔たりを感じる。
特に意地悪や無視をされているわけではないけれど、以前とはあきらかに違う壁がある。
仕方のないことなのかもしれない。わたしだって師長や主任との付き合いは、同僚たちとは違っていたはずなのだから。
食堂は少し混んでいたけれど、日替わり定食のトレイを持ち、出入り口そばの誰もいないテーブルを見つけて座った。
向こうの窓際のテーブルに、同じ病棟の看護師たちが固まって食事をしていた。
以前なら、” ねぇねぇ,, などと言って、図々しく同じテーブルに割り込むことが出来たけれど。
主任のわたしがいると、話しにくいことがあるのかも知れないと思うと、躊躇してしまう。
アフターファイブのお誘いも減って、家に帰っても遼介は遅いし、子供がいるわけでもないので暇をもてあます。
趣味でも何か始めた方がいいのだろうか。
すでに定年を迎えた年寄りにでもなったような気がして、虚しさを感じる。
日替わり定食の塩サバをおかずにご飯を食べていたら、向かい側に谷さんが来て微笑んだ。
「めずらしいね、一人?」
谷さんがそう言って、テーブルに同じ日替わり定食のトレイを置いた。
「めずらしくなんかないよ~ 私なんて嫌われ者なんだから」
ふて腐れた顔でかぼちゃの煮物を食べる。
「そうかぁ、やっぱり管理職は大変なんだな」
谷さんはちょっと意外そうな顔をして、豆腐とワカメのお味噌汁を飲んだ。
「なんか、谷さんに日替わり定食って似合わない。塩サバ食べてる谷さんなんて幻滅!」
幸せすぎる谷さんをいじめたくなる。
「えっ、そう? じゃあ、何が似合うんだい?」
「キャビアとか、フォアグラとかでしょ、やっぱり」
「そんなもの毎日食べたくないなぁ、僕」
お魚を食べている谷さんを見て、食べ方もお箸の持ち方もきれいだなぁと、あらためて感心する。
「麗奈さんは絶対に塩サバなんて焼かないよね~ 似合わないもの」
「そうかもなぁ、やっぱり塩サバ焼いてくれる有紀ちゃんがよかったなぁ~」
悪戯っぽく谷さんが笑った。
「よく言うよ。あんな若くて綺麗な婚約者さんつかまえて。世界中で一番幸せそうな顔しちゃってさぁ、めっちゃムカつく!」
かなり本気で言ったのに、谷さんはニコニコ笑ってどこまでも幸せそう。
「……楽しいなぁ、有紀ちゃんと食事していると。佐野が羨ましいな、幸せな毎日で」
静かに見つめられて戸惑う。
「や、やめてよね~ 人妻口説くの。その言葉に騙されてばっかり」
「ふははっ、僕も有紀ちゃんには、かなり騙された方だと思うけどね」
谷さんからの思わぬ反撃に言い返すことができずにうつむく。
「……騙されてよかったでしょ。あんな素敵な人と結婚できるんだから。麗奈さんのウェディング楽しみね。きっと、びっくりするくらい綺麗なんだろうな。本当に素敵な人だもの。谷さんにお似合いだよ。お母様が選んだ人ですもんね」
少し動揺しながら早口で褒めた。
「あ~あ、面倒くさいなぁ、結婚式って。有紀ちゃんと駆け落ちでもしたいなぁ」
「や、やめてったら、そんなこと言うの!」
ムキになって怒鳴ってしまったことが恥ずかしくて、慌ててトレイを持って席を立った。
「ご、ごめん、有紀ちゃん」
谷さんが驚いた様子でわたしを見つめた。
「……先に行くね」
引きつって動揺した顔を見られたくなくて、足早に返却口へトレイを下げに行った。
病棟へ向かう階段を一人で降りていたら、急に涙がこみ上げてきた。
谷さんと駆け落ちしたい気持ちが、私にもあったのかも知れない。
谷さんは本気で言ったわけじゃないのに、私の気持ちを悟ったかのように言ったから、取り乱してしまった。
誰かにこの寂しい現実から、連れ去ってもらいたくて。
だけど、一体どこへ逃げたいというのだろう。
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