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名医の条件、仁医の条件
生者の権利、死者の尊厳
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「単刀直入に言います。
フィリップ様の死因は頸椎損傷による呼吸困難、心臓発作ではありません」
桔梗に断言され、セシリャが息を呑む。
「そして、事故や自殺の可能性は限りなく低いと思います。
自殺の動機がありませんし、ここを損傷するには首を吊るか、高所から飛び降りるか、何かに轢かれるか、どれであっても遺体が綺麗過ぎます。
事故にも同じ事が言えます。
そして、項にあった生前の傷、推測ですが、アイスピックのような物で刺されたのではないかと」
「暗殺……、という事かしら?」
「それは分かりませんが、殺人という事は断言出来ます」
「そう………、ですの」
セシリャの声が震えた。
覚悟はしていた。
決意もした。
予想通りだと言っても良い。
そもそも暗殺を疑ったからこそ彼女に頼った。
人の口に戸は立てられないし、どこの馬の骨とも知れない者を夫に近付ける事は出来ない。
そこまで考え、セシリャはハッとした。
『私、愛しておりましたのね、フィリップ様を………。
社交界では身売り婚と揶揄されましたし、私もそう思いましたけれど、フィリップ様はお優しくて、誠実でいらっしゃった。
婚姻前に側室と離縁して下さり、親族に懐妊を急かされた時は出来うる限り庇って下さった。
お父様の振る舞いに目を瞑っていらっしゃったのも、私の立場を慮っての事。
商家出の妻なんて金づるに過ぎませんのに、丁重に、大切に扱って頂けて、誠に幸せでしたわ』
セシリャの頬に涙が伝う。
「申し訳ございません。
泣かないと、お約束しましたのに………」
「私は何も見ていないので、今は泣いて下さい。
そして、いつか笑って下さい。
無理に前を向かなくても、道は横にも後ろにも斜めにもあります。
どれも気に入らなかったらブッ壊せばいいんです。
壊して、暴れて、やる事をやり尽くしたら、誰かが助けてくれます」
「まぁ、フフフッ」
セシリャが思わず微笑み、それを見た桔梗はフゥと息を吐く。
涙は心の安定剤であり、泣く事は立ち上がる為の準備でもある。
みっともなくても、見苦しくても、恥ずかしくても、人には涙が必要だ。
泣いて、喚いて、また歩き出す。
ここで生きていると、叫ぶ為にー
泣くという字は三水に立つと書くのだから。
「ミス セイレン、詳しい事は、明日でもよろしくて?」
「勿論です。
今日はゆっくりお休み下さい。
ご遺体を綺麗にしたいので、お時間を頂けますか?」
「勿論ですわ」
「ありがとうございます」
フラフラと退室するセシリャを見送り、桔梗は再びフィリップと向き合う。
「はっ、あぁ~~~~~~」
肺が空っぽになるまで息を吐き、次いでその場にへたりこむ。
限界だった、心も、体も、何もかもが悲鳴を上げている。
解剖どころか、遺体に触れた事もなかった桔梗。
セシリャの前では眉も動かさなかったが、内心は荒れに荒れている。
『恩人の旦那が殺されて、それを自分が証明したって、喜べばいいのか、安心すりゃいいのか、悲しめばいいのか、もうよく分からん。
てか、終わったら動けないとか、情けなさ過ぎ』
桔梗は胎児のように丸くなり、ガタガタと震える手足を抑える。
メスを置いた途端に震えが止まらなくなった。
『怖い……、怖い、怖い、怖い。
人って、こんな簡単に死ぬんだ。
ちっちゃい穴しか残ってないのに、こんな………。
死因は間違ってない、と思う。
でも、これで良かったのかな?
殺人って事はどっかの誰かがフィリップ様を………、主治医が傷を見逃したのも気になる。
気付いてなかったら薮医者で済むけど、気付かないフリをしてたら?
内部犯、内通者、上級貴族がプロを雇った可能性もある。
セシリャさんは優しいけど、善人でもお人好しでもない。
善人が伯爵夫人になれるもんかっ!
こうなった以上、誰が何と言っても引かない。
それがセシリャさんの為に、お腹の子の為になるのかな?』
法医は死者の代理人だと、桔梗は思っている。
その使命は死者の尊厳を守り、彼らの口となる事。
生者、特に遺族には死者の声を聴く権利がある。
死因を知る権利も。
しかし、それが夢や希望に繋がるとは限らないのだ。
フィリップ様の死因は頸椎損傷による呼吸困難、心臓発作ではありません」
桔梗に断言され、セシリャが息を呑む。
「そして、事故や自殺の可能性は限りなく低いと思います。
自殺の動機がありませんし、ここを損傷するには首を吊るか、高所から飛び降りるか、何かに轢かれるか、どれであっても遺体が綺麗過ぎます。
事故にも同じ事が言えます。
そして、項にあった生前の傷、推測ですが、アイスピックのような物で刺されたのではないかと」
「暗殺……、という事かしら?」
「それは分かりませんが、殺人という事は断言出来ます」
「そう………、ですの」
セシリャの声が震えた。
覚悟はしていた。
決意もした。
予想通りだと言っても良い。
そもそも暗殺を疑ったからこそ彼女に頼った。
人の口に戸は立てられないし、どこの馬の骨とも知れない者を夫に近付ける事は出来ない。
そこまで考え、セシリャはハッとした。
『私、愛しておりましたのね、フィリップ様を………。
社交界では身売り婚と揶揄されましたし、私もそう思いましたけれど、フィリップ様はお優しくて、誠実でいらっしゃった。
婚姻前に側室と離縁して下さり、親族に懐妊を急かされた時は出来うる限り庇って下さった。
お父様の振る舞いに目を瞑っていらっしゃったのも、私の立場を慮っての事。
商家出の妻なんて金づるに過ぎませんのに、丁重に、大切に扱って頂けて、誠に幸せでしたわ』
セシリャの頬に涙が伝う。
「申し訳ございません。
泣かないと、お約束しましたのに………」
「私は何も見ていないので、今は泣いて下さい。
そして、いつか笑って下さい。
無理に前を向かなくても、道は横にも後ろにも斜めにもあります。
どれも気に入らなかったらブッ壊せばいいんです。
壊して、暴れて、やる事をやり尽くしたら、誰かが助けてくれます」
「まぁ、フフフッ」
セシリャが思わず微笑み、それを見た桔梗はフゥと息を吐く。
涙は心の安定剤であり、泣く事は立ち上がる為の準備でもある。
みっともなくても、見苦しくても、恥ずかしくても、人には涙が必要だ。
泣いて、喚いて、また歩き出す。
ここで生きていると、叫ぶ為にー
泣くという字は三水に立つと書くのだから。
「ミス セイレン、詳しい事は、明日でもよろしくて?」
「勿論です。
今日はゆっくりお休み下さい。
ご遺体を綺麗にしたいので、お時間を頂けますか?」
「勿論ですわ」
「ありがとうございます」
フラフラと退室するセシリャを見送り、桔梗は再びフィリップと向き合う。
「はっ、あぁ~~~~~~」
肺が空っぽになるまで息を吐き、次いでその場にへたりこむ。
限界だった、心も、体も、何もかもが悲鳴を上げている。
解剖どころか、遺体に触れた事もなかった桔梗。
セシリャの前では眉も動かさなかったが、内心は荒れに荒れている。
『恩人の旦那が殺されて、それを自分が証明したって、喜べばいいのか、安心すりゃいいのか、悲しめばいいのか、もうよく分からん。
てか、終わったら動けないとか、情けなさ過ぎ』
桔梗は胎児のように丸くなり、ガタガタと震える手足を抑える。
メスを置いた途端に震えが止まらなくなった。
『怖い……、怖い、怖い、怖い。
人って、こんな簡単に死ぬんだ。
ちっちゃい穴しか残ってないのに、こんな………。
死因は間違ってない、と思う。
でも、これで良かったのかな?
殺人って事はどっかの誰かがフィリップ様を………、主治医が傷を見逃したのも気になる。
気付いてなかったら薮医者で済むけど、気付かないフリをしてたら?
内部犯、内通者、上級貴族がプロを雇った可能性もある。
セシリャさんは優しいけど、善人でもお人好しでもない。
善人が伯爵夫人になれるもんかっ!
こうなった以上、誰が何と言っても引かない。
それがセシリャさんの為に、お腹の子の為になるのかな?』
法医は死者の代理人だと、桔梗は思っている。
その使命は死者の尊厳を守り、彼らの口となる事。
生者、特に遺族には死者の声を聴く権利がある。
死因を知る権利も。
しかし、それが夢や希望に繋がるとは限らないのだ。
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