25 / 28
名医の条件、仁医の条件
声なき声
しおりを挟む
ゆっくりと手を離し、
「始めます」
冷たい声でそう呟く桔梗。
「お願い致します」
長い夜の始まりだった。
桔梗は持って来た鞄をサイドテーブルに置き、そこからなんちゃって解剖セットを出す。
『えーーと、直バサミ、鉤バサミ、鉤なし、鉤付きピン、鉤なしピン、メス、フック、開創器、物差し、秤、バット、お玉、計量カップ、ノート、ペン、よしっ!』
解剖のかの字もした事がない桔梗、頭の中から解剖学の知識を引っ張り出し、使えそうな道具を求めて右往左往した。
患者には見せられない姿である。
『大丈夫、やり方は分かってるんだから、基本通りに、正確に、冷静に』
まず、服を脱がせながらフィリップの全身を観察していく。
『頭、顔、首、肩、腕、胸、腹、外傷なし。
背中は後でいいとして、下は……………、外傷なし。
ガウンで良かった。
スーツかコステールだったら脱がせるだけで一苦労だよ』
コステールとはイシリエン帝国の男性の上着だ。
裾が膝まであり、正装の時に使う。
『背中の前に体内見とこう』
桔梗はサイドテーブルに手を伸ばし、伸ばそうとして止めた。
項に不穏な物、赤紫色の斑点を見付けたからだ。
『何、これ?』
項に触れ、両手を使って触診する。
『死斑、じゃないな。
フィリップさんが死んで一日近く経ってる。
皮下出血?』
死斑とは早期死体現象の一つであり、表皮に出来る痣だ。
拍動が止まると、血の循環も止まる。
血は重力によって遺体の低い位置に移動し、その色が表皮に現れる。
死斑の始まりは赤紫色の斑点であり、これが徐々に融合し、痣となる。
死斑は溜まった血なので、固定されるまで(約半日)重力に添って動くが、どんなに動いても斑点にはならない。
必ず融合する。
況して、死後一日近い遺体の死斑が動く事はない。
となれば、皮下出血、生活反応の一つの可能性が高い。
『縦三つの皮下出血、それも項って、オイオイオイオイオイ、勘弁してよ。
まさか………』
桔梗はフィリップをうんっっしょ!!!と俯せにし、サイドテーブルからメスを取る。
『ホントにアレなら、上の頸椎が損傷してる筈』
斑点を避け、項にゆっくりとメスを入れ、そこから左手の人差し指を突っ込むと―
『折れてる、よりにもよって第一と第二がポッキリ。
そりゃ死ぬわ。
ここ折れたら息出来ないもん』
首の骨、その中でも呼吸筋に関わる骨がボッキリと折れていた。
人の背中には脊柱という太い骨がある。
脊柱には31~33個の骨が連なっており、頸椎とは脊柱の上の骨だ。
第一から第三頸椎は呼吸筋に関わり、これが折れると呼吸困難が起きる。
この大陸の人間は頸椎が二本しかなく、第二頸椎が二本分の働きをしているので、繊細の上にも更に繊細な造りだ。
折れたら御陀仏である。
「始めます」
冷たい声でそう呟く桔梗。
「お願い致します」
長い夜の始まりだった。
桔梗は持って来た鞄をサイドテーブルに置き、そこからなんちゃって解剖セットを出す。
『えーーと、直バサミ、鉤バサミ、鉤なし、鉤付きピン、鉤なしピン、メス、フック、開創器、物差し、秤、バット、お玉、計量カップ、ノート、ペン、よしっ!』
解剖のかの字もした事がない桔梗、頭の中から解剖学の知識を引っ張り出し、使えそうな道具を求めて右往左往した。
患者には見せられない姿である。
『大丈夫、やり方は分かってるんだから、基本通りに、正確に、冷静に』
まず、服を脱がせながらフィリップの全身を観察していく。
『頭、顔、首、肩、腕、胸、腹、外傷なし。
背中は後でいいとして、下は……………、外傷なし。
ガウンで良かった。
スーツかコステールだったら脱がせるだけで一苦労だよ』
コステールとはイシリエン帝国の男性の上着だ。
裾が膝まであり、正装の時に使う。
『背中の前に体内見とこう』
桔梗はサイドテーブルに手を伸ばし、伸ばそうとして止めた。
項に不穏な物、赤紫色の斑点を見付けたからだ。
『何、これ?』
項に触れ、両手を使って触診する。
『死斑、じゃないな。
フィリップさんが死んで一日近く経ってる。
皮下出血?』
死斑とは早期死体現象の一つであり、表皮に出来る痣だ。
拍動が止まると、血の循環も止まる。
血は重力によって遺体の低い位置に移動し、その色が表皮に現れる。
死斑の始まりは赤紫色の斑点であり、これが徐々に融合し、痣となる。
死斑は溜まった血なので、固定されるまで(約半日)重力に添って動くが、どんなに動いても斑点にはならない。
必ず融合する。
況して、死後一日近い遺体の死斑が動く事はない。
となれば、皮下出血、生活反応の一つの可能性が高い。
『縦三つの皮下出血、それも項って、オイオイオイオイオイ、勘弁してよ。
まさか………』
桔梗はフィリップをうんっっしょ!!!と俯せにし、サイドテーブルからメスを取る。
『ホントにアレなら、上の頸椎が損傷してる筈』
斑点を避け、項にゆっくりとメスを入れ、そこから左手の人差し指を突っ込むと―
『折れてる、よりにもよって第一と第二がポッキリ。
そりゃ死ぬわ。
ここ折れたら息出来ないもん』
首の骨、その中でも呼吸筋に関わる骨がボッキリと折れていた。
人の背中には脊柱という太い骨がある。
脊柱には31~33個の骨が連なっており、頸椎とは脊柱の上の骨だ。
第一から第三頸椎は呼吸筋に関わり、これが折れると呼吸困難が起きる。
この大陸の人間は頸椎が二本しかなく、第二頸椎が二本分の働きをしているので、繊細の上にも更に繊細な造りだ。
折れたら御陀仏である。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか
砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。
そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。
しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。
ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。
そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。
「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」
別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。
そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。
凶幻獣戦域ラージャーラ
幾橋テツミ
ファンタジー
ラージャーラ…それは天響神エグメドなる絶対者が支配する異空間であり、現在は諸勢力が入り乱れる戦乱状態にあった。目下の最強陣営は「天響神の意思の執行者」を自認する『鏡の教聖』を名乗る仮面の魔人が率いる【神牙教軍】なる武装教団であるが、その覇権を覆すかのように、当のエグメドによって【絆獣聖団】なる反対勢力が準備された──しかもその主体となったのは啓示を受けた三次元人たちであったのだ!彼らのために用意された「武器」は、ラージャーラに生息する魔獣たちがより戦闘力を増強され、特殊な訓練を施された<操獣師>なる地上人と意志を通わせる能力を得た『絆獣』というモンスターの群れと、『錬装磁甲』という恐るべき破壊力を秘めた鎧を自在に装着できる超戦士<錬装者>たちである。彼らは<絆獣聖団>と名乗り、全世界に散在する約ニ百名の人々は居住するエリアによって支部を形成していた。
かくてラージャーラにおける神牙教軍と絆獣聖団の戦いは日々熾烈を極め、遂にある臨界点に到達しつつあったのである!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる