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名医の条件、仁医の条件
セシリャの決意
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寝耳に蚯蚓、いや、寝耳に水の話に戸惑う桔梗。
「えっと………、意味が分かりかねます。
フィリップ様の死に不審な点があるという事ですか?」
「ええ、夫は心の臓を患った事はございません。
幼い頃は病弱だったそうですが、結婚してからは風邪一つ引かない程に健康でしたわ。
心臓発作なんて、絶対に有り得ません」
「そういう事は主治医に相談なさった方が良いと思います」
私は専門外だっ!とか、物騒な話はお腹いっぱいですとか、眠いのでお引き取り頂きたいとか、言いたい事は山よりも高く海よりも深いが、桔梗はそれを呑み込む。
この類は放置したら拙いと、彼女の第六感が言ったからだ。
「もうしましたわ。
けれど、有り得ない事ではないと仰るばかりで、話もロクに聞いて下さいませんの。
葬儀は明日、他の煉丹術師を呼べる伝手も時間もございません。
ミス セイレン、どうか……、どうか私の一生の願いを叶えて下さいませ。
グスタヴス家の未来は私の肩にかかっております」
セシリャは右手で下腹を包み、涙をうっすらと浮かべる。
泣きたくても泣けない、そんな表情だ。
「この子の為にも、私を支えてくれる者達の為にも、私は夫の死と向き合わなくてはなりません。
何れ、この子はお父様はなぜ死んだの?と訊くでしょう。
今調べなければ、私はこの子に納得出来ない答えを返すしかありません。
それだけは、それだけは絶対にしたくないのです」
『絶対ヤバイだろ、これ。
下手すりゃ、下手しなくても貴族のゴタゴタに巻き込まれる。
自殺願望はないんだけどなぁ』
桔梗のモットーは一に保身、二に保身、三、四がなくて五に保身である。
しかし、恩人を見捨てる程に非情でもない。
「分かりました。
準備をしますので、少し待って下さい」
「ありがとう存じます。
ご恩は生涯忘れません」
桔梗はゆったりと微笑み、
「では、生きてください。
どんな結果になろうとも、笑って生きて下さい。
それが私の願いです」
泣きたくなる程に優しい声でそう言った。
言い方は悪いが、彼女は自己中心的な快楽主義者である。
他人よりも自分を大切にしてきたし、気持ち良い事や楽しい事は一人で味わうし、家に自分以外(家族も含む)の人間がいるのは鬱陶しいと本気で思っている。
しかし、だからこそ通すべき筋は通す。
それが楽しく、気持ち良く生きていくコツだと知っているからだ。
「ご安心なさって。
私、こう見えても強かですの。
誰に何を言われようとも、何が起ころうとも、笑ってみせます。
笑顔は貴婦人の唯一の武器ですもの」
セシリャは涙を拭き、次いで華やかに微笑む。
泣くのは今日が最後、それが彼女の覚悟だった。
「えっと………、意味が分かりかねます。
フィリップ様の死に不審な点があるという事ですか?」
「ええ、夫は心の臓を患った事はございません。
幼い頃は病弱だったそうですが、結婚してからは風邪一つ引かない程に健康でしたわ。
心臓発作なんて、絶対に有り得ません」
「そういう事は主治医に相談なさった方が良いと思います」
私は専門外だっ!とか、物騒な話はお腹いっぱいですとか、眠いのでお引き取り頂きたいとか、言いたい事は山よりも高く海よりも深いが、桔梗はそれを呑み込む。
この類は放置したら拙いと、彼女の第六感が言ったからだ。
「もうしましたわ。
けれど、有り得ない事ではないと仰るばかりで、話もロクに聞いて下さいませんの。
葬儀は明日、他の煉丹術師を呼べる伝手も時間もございません。
ミス セイレン、どうか……、どうか私の一生の願いを叶えて下さいませ。
グスタヴス家の未来は私の肩にかかっております」
セシリャは右手で下腹を包み、涙をうっすらと浮かべる。
泣きたくても泣けない、そんな表情だ。
「この子の為にも、私を支えてくれる者達の為にも、私は夫の死と向き合わなくてはなりません。
何れ、この子はお父様はなぜ死んだの?と訊くでしょう。
今調べなければ、私はこの子に納得出来ない答えを返すしかありません。
それだけは、それだけは絶対にしたくないのです」
『絶対ヤバイだろ、これ。
下手すりゃ、下手しなくても貴族のゴタゴタに巻き込まれる。
自殺願望はないんだけどなぁ』
桔梗のモットーは一に保身、二に保身、三、四がなくて五に保身である。
しかし、恩人を見捨てる程に非情でもない。
「分かりました。
準備をしますので、少し待って下さい」
「ありがとう存じます。
ご恩は生涯忘れません」
桔梗はゆったりと微笑み、
「では、生きてください。
どんな結果になろうとも、笑って生きて下さい。
それが私の願いです」
泣きたくなる程に優しい声でそう言った。
言い方は悪いが、彼女は自己中心的な快楽主義者である。
他人よりも自分を大切にしてきたし、気持ち良い事や楽しい事は一人で味わうし、家に自分以外(家族も含む)の人間がいるのは鬱陶しいと本気で思っている。
しかし、だからこそ通すべき筋は通す。
それが楽しく、気持ち良く生きていくコツだと知っているからだ。
「ご安心なさって。
私、こう見えても強かですの。
誰に何を言われようとも、何が起ころうとも、笑ってみせます。
笑顔は貴婦人の唯一の武器ですもの」
セシリャは涙を拭き、次いで華やかに微笑む。
泣くのは今日が最後、それが彼女の覚悟だった。
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