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名医の条件、仁医の条件

女子と小人とは養い難しって言った奴、男子も養い難いけど、それはいいの?

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翌日の早朝、またしても招かざる客に急襲されて跳ね起きた桔梗はドタバタスタと身支度をして自宅を飛び出した。

玄関の前に質実剛健な馬車が居座っており、そこから降りて来た青年にうやうやしく左手を差し出され、桔梗の頬が引きる。

『ふざけんなよ、マジでっ!!
どこでどうなったか知らないけど、話がまっったく違うじゃん!
こっちの都合はお構い無しってか?!
騎士が何ぼのもんじゃっ!』

桔梗は喉のどまで迫せり上がった苦情をグッと呑み込み、次いで口角を上げる。
張り付けたような笑顔とはこれだろう。

「結構です」

ピシャッと撥ね付け、救急箱を右腕に抱えて馬車に乗り込む桔梗。
その背中には戦地に立つ騎士のような決意がにじんでいた。




『気難しい女性と思っていたが、ここまでとは………』

哨鎧騎士団・第一部隊隊長ユリウス ルドヴィック(桔梗曰く、王子様)は溜め息を吐きながら心の中でぼやく。
イシリエン帝国の名家に生まれ、幼い頃から騎士道を叩き込まれた彼にとって、女性医師は非常識な存在だ。
一昨日おとといの夜の件もあり、桔梗の印象は悪い。

桔梗も同じだ。
あなたは女性では?と訊かれ、医師は女性の仕事ではないと断言され、今日の予定を滅茶苦茶にされ、内心は怒髪どはつ天をいている。

『溜め息吐きたいのはこっちだよっ!
誰の為に休日返上で働いてると思ってんの?!
馬車馬だってもっと休むよ?!
労働委員会に訴えんぞっ!
労働委員会ないけどっ!』

軍人病は軍人と騎士の天敵だ。
彼らが空燃えの初めから評判の良い薬を買い漁るせいで深刻な需要インフレーションが起き、中・下流階級に偽薬が蔓延る。
症状が悪化する人や笑えない副作用を出す人が多く、その騒動がイシリエン帝国の空燃えの風物詩の一つになっている。

約二週間前、ラルフはジュクジュクの足を引き摺って桔梗に泣き付いた。
歩くだけでもかゆくなるらしい。
重度の軍人病と診断した桔梗は抗真菌薬こうしんきんやくを処方し、衛生についてとっくりと言い聞かせた。
ラルフはあっと言う間に完治し、その感激の余り桔梗を崇めたてまつり、軍人病に苦しむ全ての人の為にっ!と言わんばかりの熱意で東診療所の広告塔(自称)を務めた。
患者が押し寄せたのは言うまでもない。
カルテが診察室の半分を占拠したのもこのせいだ。

「そう睨まないで下さい。
お訊きしたい事があるだけです。
すぐに終わりますので、暫しお時間を頂きたい」

『頂きたいじゃなくて、頂きましただろ?
勝手に迎えに来といて図々しい。
皇帝直属の騎士団の迎えは断れないって前提で話してるよね?
腹立つわぁ、この男。
ブチのめしたろかっ!』

と言う訳にはいかないので、桔梗は殊更ことさらに微笑む。

「分かりました。
午前中に往診が入っているのですが、仕方ありませんね。
哨鎧騎士団直々のお呼び出しとあらば、ギュスターヴ伯爵夫妻も納得して下さるでしょう」

暗に午前中に帰せと言っている。

ユリウスの額に青筋が浮いた。

『気難しいどころではないな』

文武両道に秀で、出世街道を直走ひたはしってきたユリウスに真っ向から歯向かう女性は少ない。
桔梗は彼のプライドを木っ端微塵に砕いたのである。
自覚はないが。

「グラーフ ギュスターヴには既に連絡を入れていますので、ご安心下さい。
聴取が終わり次第、この馬車でお送り致します」

桔梗の目がスウッと細まった。

『連絡じゃなくて通告だろ。
しかも早朝。
いい大人が報連相も知らんのかっ!』

「そうですか。
気を遣って頂いて、ありがとうございます」

女は怖いと言ったのは誰だったか………。
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