14 / 28
名医の条件、仁医の条件
一難去ってまた一難
しおりを挟む
翌日の早朝、招かざる客と珍客に急襲され、文字通り跳ね起きた桔梗。
彼女は慌てて身形を整え、彼らを客室へ案内する。
その途中、フィリップから苦言、諫言、忠言をねちっこく、それはもうねちっこく呈され、桔梗は精も根も尽き果てた。
今にもゾンビになりそうだ。
それを知ってか知らずか、フィリップは苦笑した。
青藍色の目、背中を覆う白髪を襟足で括っている。
柔和な容貌、高い身長、スラッとした体躯、それらを引き立てる黒い燕尾服。
ダンディズムの塊だ。
向き合う三人の間には古いリビングテーブル(木製)があり、その上に桔梗が淹れたティティーが乗っている。
朝茶は福が増すと言うが、今日は福のふの字まで逃げそうだ。
縁起でもない。
「という訳で、妻の診察が終わり次第哨鎧騎士団の詰め所に出頭して頂きたい」
「致しかねます、と言ったら?」
「私がお連れする事になる」
何がどうなってという訳なのか分からないとか、出頭して頂きたいじゃなくて出頭しなさいの間違いだろとか、潔く連行するって言ったらどうだとか、色々な物をグッと呑み込んで溜め息をつく桔梗。
『拒否権はないって事ね。
たくっ、次から次へと………』
桔梗はフィリップとラルフを見据え、次いで口を開く。
「私も暇ではありません。
患者は増える一方、薬は減る一方、軍人病の流行期は来る、猫の手も借りたいんですよ?」
軍人病は地球では足白癬又は水虫と呼ばれており、数十年前に隣国から革製の軍靴の製法と共に入って来た。
水虫は高温多湿を好む。
軍人や騎士は集団生活が多く、一人が発症すればあっと言う間に広がる。
たかが水虫、されど水虫、常に死と隣り合わせの彼らにとってあの痒みは天敵に等しい。
幸か不幸かガヴィッツ領の大半は豪雪地帯であり、水虫が問題視されるのは空燃えの初めから星渡り(秋)までだ。
「分かっている。
ミス セイレンは我が家の、いや、我が一族の恩人だ。
出来る限りの便宜を図ると約束する」
桔梗の全身に鳥肌が立った。
『さっ、寒ぅ~~~~~。
寒過ぎる!!!
誰が聖霊?!
頭冷やせっ、変態!!』
イシリエン帝国では中・下流階級の既婚女性をマダム ◯◯と呼び、未婚女性をミス ◯◯○○と呼び、少女をヴィヴィアン ◯◯と呼ぶ。
姓は上流階級しか持っていない。
余談だが、セイレンとはイシリエン帝国の国教・レムリア教の夜の聖霊だ。
闇の女神の眷属にして、月の神の正妻である。
闇の女神の祝福を受けた花を持って世界を一周し、夜を呼ぶ。
かつては海の魔物であり、美しい歌声で人を誘き寄せて喰い殺していたが、その声を闇の女神が気に入り、眷属として迎え入れ、鳥の下半身・黒い翼・夜空のような髪と目を授けたと云われている。
この大陸には東洋風の国がない。
発音が上手く伝わらず、桔梗がキッキーになったりヒッキーになったりキキューになったり、降魔がコウになったりゴウンになったりゴマになったり、ウマ コッコウと呼んだ人もいる。
桔梗が自棄っぱちにもう好きに呼んで下さいと匙を投げた結果、セシリャの傍迷惑なネーミングセンスが光った。
痛恨の一撃である。
「ミス セイレン?」
フィリップに呼ばれ、ハッとする桔梗。
ミス セイレンの攻撃力は劇薬並のようだ。
「申し訳ありません。
疲れが溜まっているようで」
中二病全開に呼ばれて羞恥心がヤバイですとは口が裂けても言えなかった。
桔梗のモットーは一に保身、二に保身、三、四がなくて五に保身である。
頭に血が上った時は例外だが。
「いや、こちらこそ申し訳ない。
あなたに累が及ばないようにするつもりだったのだが、哨鎧騎士が相手では……、な」
苦虫を噛み潰したような顔で溜め息を吐くフィリップ。
その後をラルフが引き取る。
「悪く思わねぇでやってくれ。
哨鎧騎士は国防の要、身分は同等だが、あっちには国のお墨付きがある。
捜査に必要と言われたら断れねぇ」
「そもそも哨鎧騎士が出て来る事がおかしいでしょう。
彼らの担当は国外、国内は剣盾と領主の私兵の担当では?」
「平時ならな。
ウチは国境に近いし、隣は魔術と煉丹術で鳴らすアノル首長国だ」
息を呑む桔梗。
その顔に緊張の色が浮かぶ。
「何かあったんですね?
正直に答えて下さらないなら、意地でも出頭しません」
哨鎧騎士団を見た時から全身に纏い付く言い知れぬ不安。
何か起きている、いや、何か起ころうとしていると確信した桔梗に詰め寄られ、二人の視線が絡む。
フィリップが苦笑すると、ラルフは軽く頷いてから口を開いた。
「ここだけの話にしてくれ」
そう断った彼が口にしたのは桔梗のド肝を抜く話だった。
悪い意味で。
彼女は慌てて身形を整え、彼らを客室へ案内する。
その途中、フィリップから苦言、諫言、忠言をねちっこく、それはもうねちっこく呈され、桔梗は精も根も尽き果てた。
今にもゾンビになりそうだ。
それを知ってか知らずか、フィリップは苦笑した。
青藍色の目、背中を覆う白髪を襟足で括っている。
柔和な容貌、高い身長、スラッとした体躯、それらを引き立てる黒い燕尾服。
ダンディズムの塊だ。
向き合う三人の間には古いリビングテーブル(木製)があり、その上に桔梗が淹れたティティーが乗っている。
朝茶は福が増すと言うが、今日は福のふの字まで逃げそうだ。
縁起でもない。
「という訳で、妻の診察が終わり次第哨鎧騎士団の詰め所に出頭して頂きたい」
「致しかねます、と言ったら?」
「私がお連れする事になる」
何がどうなってという訳なのか分からないとか、出頭して頂きたいじゃなくて出頭しなさいの間違いだろとか、潔く連行するって言ったらどうだとか、色々な物をグッと呑み込んで溜め息をつく桔梗。
『拒否権はないって事ね。
たくっ、次から次へと………』
桔梗はフィリップとラルフを見据え、次いで口を開く。
「私も暇ではありません。
患者は増える一方、薬は減る一方、軍人病の流行期は来る、猫の手も借りたいんですよ?」
軍人病は地球では足白癬又は水虫と呼ばれており、数十年前に隣国から革製の軍靴の製法と共に入って来た。
水虫は高温多湿を好む。
軍人や騎士は集団生活が多く、一人が発症すればあっと言う間に広がる。
たかが水虫、されど水虫、常に死と隣り合わせの彼らにとってあの痒みは天敵に等しい。
幸か不幸かガヴィッツ領の大半は豪雪地帯であり、水虫が問題視されるのは空燃えの初めから星渡り(秋)までだ。
「分かっている。
ミス セイレンは我が家の、いや、我が一族の恩人だ。
出来る限りの便宜を図ると約束する」
桔梗の全身に鳥肌が立った。
『さっ、寒ぅ~~~~~。
寒過ぎる!!!
誰が聖霊?!
頭冷やせっ、変態!!』
イシリエン帝国では中・下流階級の既婚女性をマダム ◯◯と呼び、未婚女性をミス ◯◯○○と呼び、少女をヴィヴィアン ◯◯と呼ぶ。
姓は上流階級しか持っていない。
余談だが、セイレンとはイシリエン帝国の国教・レムリア教の夜の聖霊だ。
闇の女神の眷属にして、月の神の正妻である。
闇の女神の祝福を受けた花を持って世界を一周し、夜を呼ぶ。
かつては海の魔物であり、美しい歌声で人を誘き寄せて喰い殺していたが、その声を闇の女神が気に入り、眷属として迎え入れ、鳥の下半身・黒い翼・夜空のような髪と目を授けたと云われている。
この大陸には東洋風の国がない。
発音が上手く伝わらず、桔梗がキッキーになったりヒッキーになったりキキューになったり、降魔がコウになったりゴウンになったりゴマになったり、ウマ コッコウと呼んだ人もいる。
桔梗が自棄っぱちにもう好きに呼んで下さいと匙を投げた結果、セシリャの傍迷惑なネーミングセンスが光った。
痛恨の一撃である。
「ミス セイレン?」
フィリップに呼ばれ、ハッとする桔梗。
ミス セイレンの攻撃力は劇薬並のようだ。
「申し訳ありません。
疲れが溜まっているようで」
中二病全開に呼ばれて羞恥心がヤバイですとは口が裂けても言えなかった。
桔梗のモットーは一に保身、二に保身、三、四がなくて五に保身である。
頭に血が上った時は例外だが。
「いや、こちらこそ申し訳ない。
あなたに累が及ばないようにするつもりだったのだが、哨鎧騎士が相手では……、な」
苦虫を噛み潰したような顔で溜め息を吐くフィリップ。
その後をラルフが引き取る。
「悪く思わねぇでやってくれ。
哨鎧騎士は国防の要、身分は同等だが、あっちには国のお墨付きがある。
捜査に必要と言われたら断れねぇ」
「そもそも哨鎧騎士が出て来る事がおかしいでしょう。
彼らの担当は国外、国内は剣盾と領主の私兵の担当では?」
「平時ならな。
ウチは国境に近いし、隣は魔術と煉丹術で鳴らすアノル首長国だ」
息を呑む桔梗。
その顔に緊張の色が浮かぶ。
「何かあったんですね?
正直に答えて下さらないなら、意地でも出頭しません」
哨鎧騎士団を見た時から全身に纏い付く言い知れぬ不安。
何か起きている、いや、何か起ころうとしていると確信した桔梗に詰め寄られ、二人の視線が絡む。
フィリップが苦笑すると、ラルフは軽く頷いてから口を開いた。
「ここだけの話にしてくれ」
そう断った彼が口にしたのは桔梗のド肝を抜く話だった。
悪い意味で。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる