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名医の条件、仁医の条件
山賊の牙
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東診療所
草木も眠りそうな闇の中を蝋燭の灯りがたゆたう。
桔梗は温かいティティー(安い紅茶)を飲みながら溜め息をついた。
彼女の前には富士山も斯くやという程の紙の山が堂々と鎮座している。
溜まりに溜まったカルテだ。
桔梗はブリスベン町で唯一の女性医師、男性医師には言えない症状を抱えて来る女性が後を絶たない。
一日で百人以上を診た事もある。
今日の診察は終わりましたと言った途端に泣かれ喚かれ暴れられ、にっちもさっちもいかなくなり、とうとう不眠不休でキリキリ舞いだ。
日本なら労働基準法に引っ掛かっているだろう。
最近は私何とか家の何とかですのと言わんばかりの淑女から夫を尻に敷いていそうな肝っ玉母さんまで縁切寺に駆け込む女性の如く飛び込んで来る。
その内にカルテが増え、ついに診察室の半分を占拠した。
『事務員欲しい。
ラルフさんに言ったら紹介してくれるかな?』
この星の女性医師は好くも悪くも目立つので、迂闊な人は雇えない。
一瞬の油断が一生の後悔なったら目も当てられないからだ。
『…………………、散々迷惑かけといて人紹介してはないよね。
どんだけ図々しいんだってなっちゃう』
東診療所は桔梗の本宅と繋がっており、彼女はこれが建つまでラルフの庇護下にいた。
衣食住は勿論、宝飾品から化粧品まで与えられ、桔梗が勿体ないだの申し訳ないだのと言う度にラルフの雷が落ちた。
彼曰く、女に金の心配される程落ちてねぇ!!らしい。
イシリエン帝国の習慣や慣習には男尊女卑と紙一重の女尊男卑が多く、それが女性の足枷になっている。
「はぁ~~~~~」
桔梗が長~~い溜め息を吐いた時-
「きゃあぁぁぁぁ!!!」
「ヴニャァァーーーー!!!」
「っ!
何事?!」
桔梗は悲鳴が聞こえた方にパッ!と振り向き、白衣を引っ掴んで診察室を飛び出す。
「アダッ!
うわっ!
ととっ!
あ~~もう、邪魔っ!!」
あっちこっちにぶつかりながら診療所の玄関へ向かう桔梗、ちょっと、いや、かなり間抜けだ。
『さっきの悲鳴、アンジュとセシリャさんに似てた。
まさかアイツらが?!』
桔梗の顔が強張った。
嫌な予感がする。
物凄~く嫌な予感がする。
ブリスベン町の近くの森に山賊が出たのは約二週間前だが、既に大小合わせて八つの隊商が壊滅した。
ここはブリスベン町の端、少し歩けば森に着くので、ラルフにも患者にも友人にも心配された。
彼女の予感を肯定するように外から低い怒声と剣戟の音が聞こえてくる。
『セシリャさんはまだ一月、今何かあったら取り返しがつかないっ!
あんなに喜んでたのに、やっと授かったって言ってたのに………。
お願いっ、間に合って!!』
セシリャはさる中級貴族の後妻であり、桔梗の患者の一人だ。
玉の輿と言えば聞こえはいいが、二十歳も年上の好色漢に売られたようにも見える。
前妻も側室も妊娠のにの字もなく、セシリャは不妊に悩み、深夜に東診療所の扉を叩いた。
ラルフからの紹介状を持って。
セシリャに幸運が微笑んだのは約一ヶ月前である。
彼女は泣きながら喜び、これがセシリャとその夫の後見を得るきっかけになった。
「お願い、神様っ!
お願いっ!!!」
桔梗の悲痛な叫びが暗い廊下を貫く。
彼女は生まれて初めて神に縋った。
桔梗は神を信じているが、神に縋った事はない。
無意味だと知っているからだ。
経を唱えても誰も救えない。
十字を切っても奇跡は起きない。
神は全てに平等だが、全てに不平等でもある。
世界はどこまでも残酷で、どこまでも理不尽なのだ。
桔梗は乱暴にドアを開け、そのまま駆け出した。
草木も眠りそうな闇の中を蝋燭の灯りがたゆたう。
桔梗は温かいティティー(安い紅茶)を飲みながら溜め息をついた。
彼女の前には富士山も斯くやという程の紙の山が堂々と鎮座している。
溜まりに溜まったカルテだ。
桔梗はブリスベン町で唯一の女性医師、男性医師には言えない症状を抱えて来る女性が後を絶たない。
一日で百人以上を診た事もある。
今日の診察は終わりましたと言った途端に泣かれ喚かれ暴れられ、にっちもさっちもいかなくなり、とうとう不眠不休でキリキリ舞いだ。
日本なら労働基準法に引っ掛かっているだろう。
最近は私何とか家の何とかですのと言わんばかりの淑女から夫を尻に敷いていそうな肝っ玉母さんまで縁切寺に駆け込む女性の如く飛び込んで来る。
その内にカルテが増え、ついに診察室の半分を占拠した。
『事務員欲しい。
ラルフさんに言ったら紹介してくれるかな?』
この星の女性医師は好くも悪くも目立つので、迂闊な人は雇えない。
一瞬の油断が一生の後悔なったら目も当てられないからだ。
『…………………、散々迷惑かけといて人紹介してはないよね。
どんだけ図々しいんだってなっちゃう』
東診療所は桔梗の本宅と繋がっており、彼女はこれが建つまでラルフの庇護下にいた。
衣食住は勿論、宝飾品から化粧品まで与えられ、桔梗が勿体ないだの申し訳ないだのと言う度にラルフの雷が落ちた。
彼曰く、女に金の心配される程落ちてねぇ!!らしい。
イシリエン帝国の習慣や慣習には男尊女卑と紙一重の女尊男卑が多く、それが女性の足枷になっている。
「はぁ~~~~~」
桔梗が長~~い溜め息を吐いた時-
「きゃあぁぁぁぁ!!!」
「ヴニャァァーーーー!!!」
「っ!
何事?!」
桔梗は悲鳴が聞こえた方にパッ!と振り向き、白衣を引っ掴んで診察室を飛び出す。
「アダッ!
うわっ!
ととっ!
あ~~もう、邪魔っ!!」
あっちこっちにぶつかりながら診療所の玄関へ向かう桔梗、ちょっと、いや、かなり間抜けだ。
『さっきの悲鳴、アンジュとセシリャさんに似てた。
まさかアイツらが?!』
桔梗の顔が強張った。
嫌な予感がする。
物凄~く嫌な予感がする。
ブリスベン町の近くの森に山賊が出たのは約二週間前だが、既に大小合わせて八つの隊商が壊滅した。
ここはブリスベン町の端、少し歩けば森に着くので、ラルフにも患者にも友人にも心配された。
彼女の予感を肯定するように外から低い怒声と剣戟の音が聞こえてくる。
『セシリャさんはまだ一月、今何かあったら取り返しがつかないっ!
あんなに喜んでたのに、やっと授かったって言ってたのに………。
お願いっ、間に合って!!』
セシリャはさる中級貴族の後妻であり、桔梗の患者の一人だ。
玉の輿と言えば聞こえはいいが、二十歳も年上の好色漢に売られたようにも見える。
前妻も側室も妊娠のにの字もなく、セシリャは不妊に悩み、深夜に東診療所の扉を叩いた。
ラルフからの紹介状を持って。
セシリャに幸運が微笑んだのは約一ヶ月前である。
彼女は泣きながら喜び、これがセシリャとその夫の後見を得るきっかけになった。
「お願い、神様っ!
お願いっ!!!」
桔梗の悲痛な叫びが暗い廊下を貫く。
彼女は生まれて初めて神に縋った。
桔梗は神を信じているが、神に縋った事はない。
無意味だと知っているからだ。
経を唱えても誰も救えない。
十字を切っても奇跡は起きない。
神は全てに平等だが、全てに不平等でもある。
世界はどこまでも残酷で、どこまでも理不尽なのだ。
桔梗は乱暴にドアを開け、そのまま駆け出した。
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