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プロローグ

ごめんじゃ済まない事もある

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数十分後-ラルフの自宅の客室

桔梗はベッドの上にダラ~ンと寝そべっており、その足にアンジュがじゃれ付いている。

『疲れた………』

そう思いながら溜め息を吐く桔梗。

『この歳で異世界トリップって何の苛めだ。
か弱い女が着の身着の儘無一文で夜の町にいたら鴨葱かもねぎじゃん』

初対面の男性から情報を絞り、それをもとに異世界トリップしたと判断する女がか弱い?
保身の為に山賊に襲われた旅人を装う女がか弱い?
はなはだ疑問である。
か弱いという言葉の意味を知っているのか?

桔梗は活火山に囲まれた町・イシリエン帝国ガヴィッツ領ブリスベン町にいる。
ブリスベン町は北の国境の近くにあるが、国内屈指の保養地なので治安も利便も良い。

「ニャ~~」

アンジュが甘く鳴いた。
まるで大丈夫?と訊いているようだ。

桔梗はアンジュの頭をポンッポンッポンッと叩き、次いで眼鏡を外して枕元に置くと、

『寝よ』

睡魔の手を取った。




翌日の早朝、桔梗は客室の窓に果敢に立ち向かっていた。

「このっ、野郎っ、開けっ、開け~~~~!」

古い窓は開きにくい。

「ふんっ!」

気合を一発。
桔梗は窓の取っ手を思い切り引っ張る。

ガッ、ガガガッ、バァン!!!

天岩戸あまのいわとのご開帳である。
室内に柔らかい日光が入り、桔梗はそれを見ながらグッタリと脱力した。
眼鏡も落ちそうだ。

「何が悲しゅうてっ、ハァハァ、朝っぱらからっ、ハァハァハァ、窓とっ、ハァハァ、格闘せにゃっ、ならんのだっ、ハァハァ」

『あーーー、あーーー、聞こえますぅ?
聞こえたら応答願いまぁす』

桔梗の頭の中に若い女性の声が響く。

「★▼*◇〇£&#@§‰!!!!」

言葉にならない悲鳴を上げる桔梗。

『そのまま聞いて下さぁい。
私は地球の空間管理神くうかんかんりしんでぇ、セイスって言うの。
セイスお姉さんって呼んでねっ!』

桔梗の顔が引き攣った。

「はっ?
神?
管理?」

『私の仕事は地球の空間軸の管理なんだけどぉ、昨日ちょこっと』

「まさかミスッてトリップさせちゃったとか言わないよね?」

桔梗はキリキリ答えろと言わんばかりの冷たい声で訊いた。

『……………………、ごめんなさい!!!
寝惚けて空間軸を曲げちゃいました!』

「で?」

『そこにあなたが落ちちゃってぇ、助けようとしたらツヴァイ兄様が凄く怖い顔』

「ウザイ、キモイ、鬱陶しい。
普通に喋れ」

『ごめんなさい』

「ご用件は?」

桔梗の目が据わる。
このままでは表情筋が退化するのではなかろうか。

『えーーーー、あーーーー、そのぉ、大変申し訳ないんですが、生物の界渡りは重罪でして、事故の場合は渡った世界に永住、故意の場合は即』

「巻き込んだ挙げ句異世界に永住しろと?
外道も真っ青の悪党っぷりですね」

『ごめんなさい』

他人ひとの人生引っ掻き回してごめんで済むなら警察は要りませんっ!!!」

『えっと、あのっ、衣食住は保証しま』

「寝惚けてミスッた神に何が出来るんですか。
泥船に乗るより不安です」

『失礼ねぇ。
誰が翻訳機付けたと思ってるの?
私が本気で加護したら赤ちゃんでもチート中のチートよっ!』

桔梗は苦笑した。
いわしの頭も信心からと言うが、こんな神を信じたら信心への冒涜だ。
住職が信心を冒涜する訳にはいかない。
というか、コイツを信じるくらいなら鰯の頭を信じる。

『笑う事ないでしょ?!
私だって一生懸命』

「ご自分の言動をかえりみてから仰って下さい」

『言ったわね?
よぉーーし、私の本気を』

「結構です、遠慮します、謹んで辞退申し上げます」

スパッと言い捨てる桔梗。
取り付く島もない。

『分かった、よぉく分かった、もう知らないっ!!!』

「やれやれ」

桔梗はドッと疲れたと思いながら深い深い溜め息を吐いた。
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