帝国医学史奇譚~魔女と聖女の輪舞曲(ロンド)~

青蓮

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プロローグ

ここはどこ?

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桔梗は生暖かい物に顔を舐められて目を覚まし、次いで眼鏡のブリッジをクイッと上げる。

星が降ってきそうな夜空。
冷たい風。
薄闇の中で揺れる植物。
虫の合唱と囁くような葉音。
柔らかい土。
ツンッとした匂い。

桔梗はそれらをポクポクポクポクと総合し、

「なっ、はぁ?!」

跳ね起きた。

「フギャッ!」

アンジュが彼女の肩から転げ落ちる。

「あっ、ごめんごめん、大丈夫?」

「グルルルルル」

アンジュは彼女を睨みながら唸る。
無言の抗議だ。

「ホントにごめ」

「??@&¥#*!@/&!」

桔梗が勢いよく振り向くと、そこに一人の男性が松明たいまつを持って立っている。
肩の少し上で乱雑に切った青い髪と青い目。
いかつい容貌、高い身長、ガッチリとした体躯。
茶色のチュニックとカーゴパンツのような灰色のズボンを着ており、それらを逞しい筋骨が押し上げている。

「??@&¥#*!@/&!」

「はぁ?」

桔梗は首を傾げた。
申し訳ないが、一言も分からない。

「??@&¥#*!@/&!」

「日本語で話して下さい」

「大丈夫か?
どっか痛ぇのか?」

「っ?!!!」

男性が急に流暢な日本語を話し始め、桔梗は驚、いや、驚愕する。

「どうした?」

「あっ、いえ、日本語お上手ですね」

「ニホンゴ?」

「違うんですか?」

「今のはイシリエン語だ」

「はっ?」

それは言葉ですか?とか、今の日本語ですよね?とか、突っ込むべきだろうか?とか、本気で思う桔梗。

「どうした?」

「あっ、いえ、えぇぇっと……………、ここはどこですか?」

「はぁ?」

痛い沈黙が落ちた。




約十分後-近くの小屋

「大丈夫か?」

男性は桔梗を木製の椅子に座らせる。

「はい。
申し訳」

「気にすんな。
俺はラルフ。
嬢ちゃんは?」

「桔梗です」

「変わった名だな。
どこの出だ?」

「東の島国です」

ラルフの目が丸くなる。

「島国ってぇと、海渡って来たのか?」

「はい。
旅をしてるんです」

「一人でか?」

「色々ありまして」

訳ありだろうと察してか、ラルフの顔がくもる。

「そうか……。
苦労してんだな」

「ええ、まぁ」

「家族は?」

「アンジュだけです」

ラルフは桔梗の足元をチラッと見た。
アンジュが毛玉のように丸まっている。

「いい家族だな」

「ありがとうございます」

愛猫を褒められて嬉しくなり、桔梗の口元がフッと緩んだ。

「礼はいい。
これからどうすんだ?」

そりゃこっちが聞きたいと思う桔梗。
大量の土砂に襲われ、強烈な光に目を潰されて気絶し、気が付いたのは森の中、訳が分からない。
いや、分かりたくない。
分かりたくないが、ボケッとしてもいられない。
何せ衣なし、食なし、住なしの上に素寒貧すかんぴん
ないない尽くしだ。
この辺りの地理ぐらいは掴みたい。

桔梗は頭の中の算盤そろばんを素早くはじき-

「…………………、分かりません」

知らぬ存ぜぬを通す事にした。

「荷も入国証もねぇんだろ?」

「はい」

入国証とは正規の手続きを経て入国した証拠であり、入国証明書とも言う。
ビザのような物だ。
これを持っていない者は様々な制約を受ける。
再発行の手続きは厄介で、金も手間もぼったくられる。

「ウチにいるか?」

「えっ?!」

桔梗はホントに?!と訊かんばかりの勢いでラルフに詰め寄った。

「ああ、まぁ、嬢ちゃんが良け」

「全っっ然いいです!!!
私屋根と床があれば寝られ」

「女を床で寝かすほど落ちてねぇ。
客間使え」

ラルフは眉を吊り上げて断言した。
男の中の男である。

桔梗は感激し、

「ありがとうございますっ!」

心の中で神様仏様ラルフ様ぁ!!と叫びながら美しい最敬礼を披露した。
背筋をピンッと伸ばし、両手を下腹の上でピシッと重ねている。

アンジュはうるさそうに目を細めたが。
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