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プロローグ

天災は忘れた頃にやって来る

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十二月の上旬、日本は例年にない寒波に襲われた。
雪と風が踊り狂い、全てを白に染めていく。
そんな中、ある保健所で一つの出会いがあった。

黒と黒檀色こくたんいろが混ざった髪が肩の少し下を跳ねる。
同色の目は小さくも大きくもなく、幼い容貌を隠す太い眼鏡、低い身長、青いニットワンピースがぽちゃっとした体を細く見せる。

彼女は降魔ごうま 桔梗ききょう
二十七歳。
独身。
古い信者寺の住職。
父親と絶縁し、他の家族と死別し、今はほぼ天涯孤独だ。

桔梗は眼鏡のブリッジをクイッと上げる。

熱い緑茶が乗ったオフィスデスクを挟んで向き合うのはここの女性職員だ。

「こんな日に申し訳ありません」

「いえ、気にしないで下さい」

「ありがとうございます。
電話でも申し上げましたが、先程メインクーンのミックスが一匹入りまして、持ち込みは期限がありますから………」

悲しい話だが、保健所の主な仕事は動物の管理である。
一匹でも多く救う為には救える命と救えない命を間違えてはいけない。

「今会えますか?」

「はい。
管理棟に行かれますか?」

「いえ、出来ればここで」

桔梗は重い声でそう言う。
管理棟は生と死の境界であり、それ故に見たがらない人が多い。

「分かりました。
少々お待ち下さい」




その後、桔梗は保健所から生後約二ヶ月の雌猫を引き取り、アンジュと名付けた。
雪のような被毛ひもうとゴールドの目が特徴の
、長毛の雑種である。
アンジュはフランス語では天使と読み、日本語では安らかに寿ことほぐと書く。




約二ヶ月後-桔梗の自宅

「アンジューーー、ごは~~ん!」

桔梗は手を動かしながら叫ぶ。
アンジュの昼食を作っているのだ。

暫くして、桔梗の足にアンジュが飛び付く。

「ウギャア!」

彼女が思わず奇声を上げた時、居室から不気味な音がした。

ドンッ!
ドンッ!
ガチャァン!!!!!

「?!!!」

桔梗はビクッとし、次いでソロソロと居室を覗く。

「なっ、なっがっ!」

視界を埋め尽くす巨大な岩。
桔梗の自宅の裏のがけは脆く、崩れた事もある。
去年の雪が致命傷になったのだろう。

「てか、ヤバイよね?
アンジュッ!」

桔梗が上擦った声でアンジュを呼ぶ。

ほぼ同時に凶器の足音が響いた。

ドドドドッ!!!!!

「ヤバッ!」

桔梗はアンジュを引っ掴んで駆け出すが、自然の力はどこまでも残酷だ。
土砂の牙が死の口を開ける。

「だっ、誰かっ!
誰か助けてっ!!!」

その悲鳴が奇跡を起こした。

桔梗とアンジュは閃光に包まれ、あっと言う間もなく消える。
これが全ての始まりだった。
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