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55.花が咲き乱れる中で END

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「ねえ、リア?さっきの結婚の話、どう思った?」


私たちが乗っている馬車の中は、言葉が響き渡るほど静かで、その静寂が私の緊張をさらに煽っていた。お兄様の顔が近くて、そのせいか私は無意識に息を呑む。さっきの話が頭を離れない。なんだか、鼓動がどんどん早くなっている気がする。


「え、えっと。お兄様は、素敵ですもの、私じゃなくても」

自分で言っていて、心が沈むのがわかる。婚約解消された身である私は、やはり傷物として扱われるだろう。そんな私がお兄様に相応しいはずがない、と頭ではわかっているのに、なぜか胸が痛む。


「私は、リアに釣り合うと思うかい?」


私に、釣り合う?
うう、お兄様が近い…逃げ場がない。真剣な瞳が私を捉える。


「釣り合うも何も、もったいないくらいですわ。でも、ずっと兄として…」


なんとか言葉を紡ぎ出すが、その言葉は弱々しく、お兄様の耳にどれほど届いているのだろうか。



「じゃあ、今日からお兄様と呼ぶのを辞めよう。ほら、ヴィルって呼んでみて?」

「あのお兄様は…」

「ヴィルだよ」


有無を言わせない圧を感じ、私は急いで訂正する。

「ヴィ、ヴィル様は、え?えーと、ヴィルは、私との結婚に前向きなのですか?」


”様”のところで顔が微妙に歪む。…どうやら”様”もだめらしい



「リアは違うのかい?悲しいな…」


少し俯き、肩を落とした。その姿に、私は胸が締め付けられるような感覚を覚える。



「わ、私は、後ろ向きではない…と思います。でも、急なことに心が付いてきていないっと言うか…」

「ふふ、馬車の中で確認することじゃなかったね。さあ、もうすぐ着くよ」


お兄様が離れる、私は、ほっとした反面、どこか寂しさも感じていた。



***



「ここは…」

馬車が止まり、外に出ると、見渡す限りの色とりどりの花が咲き乱れる光景が広がっていた。ここは、以前、ホレスさんが話していた花畑に違いない。

「暖かくなったからね。ちょうど、これからが見ごろだよ」


お兄さ…ヴィルは私の手を取り、花畑の中の道をゆっくりと歩き始めた。彼の手の温もりが伝わり、私の胸の鼓動が再び早くなる。


「これは、リアが好きだと教えてくれた花、これは、リアの瞳の色の花、リアと一緒に座りたいベンチもあるよ。このアーチに使われているバラは、リアが好きそうだからセシルに頼んで取り寄せたんだ」

ヴィルは、次々と花や景色について説明してくれる。その声には、私への想いが込められているようで、私の心に深く響いた。




「毎年少しずつ増やしていったら、こんなに大きくなってね。今じゃ領地の観光名所だ」


「素敵ですわ。みんなが幸せな気持ちになる場所なんて」


私は心からの言葉を口にする。こんな美しい場所なら、誰もが幸福を感じることができるだろう。


「リアなら、そう言うと思った。本当は、リアのために作ったのだから、私とリア以外は入れないようにしようと思っていたんだけど。美しいものは、分かち合うものって昔教えてくれたから公開しているんだよ」

私は思わず息を飲む。こんなにも私のことを考えていてくれたなんて、思いもよらなかった。

昔って…私たちが初めて会った頃のことだわ、きっと。それを彼は今でも大切に覚えているのだ。



「ヴィル…」


自然と彼の名が口をついて出る。彼の優しさと深い愛情に、胸がいっぱいになる。

ヴィルはふと足を止め、ポケットから小さな箱を取り出した。




「リア、私は君の心を少しずつ手に入れようと、これまでずっと我慢してきたんだ。でも、今日、母に先を越されてしまった。この先、他の男に君への求婚を先にされるなんて、考えるだけで気が狂いそうだ。私は必ず君を好きにさせるし、幸せにする。だから、どうか私と結婚してほしい。」



彼は穏やかな声で告げる。その箱の中には、美しい指輪が輝いていた。指輪には、タンザナイトが光り輝く。ホレスさんに頼んでいたアクセサリーは、これだわ。この前、会ったとき、ホレスさんがニヤニヤしていたもの。


でも、私は…


「ヴィル…長年の婚約者を見捨てた女が、あなたの隣に立つ資格があるでしょうか…」

ヴィルは私の手を優しく握りしめた。


「リアが傷ついたら、私のことも見捨てていいんだよ」

真剣な瞳が私を見つめる。


「まあ、そんなことになったら、私は生きられそうにないけどね。そもそも、傷つける気もないし。クロードのことは、もう気にすることはない。平民となり父である伯爵と会うことは叶わなくなったが、力仕事ができるくらい元気になったようだし、もうすぐクロードも父になるそうだ。新しいスタートを切っている」


クロードが、父親に⁉︎


「そうなのですね。ヴィル…もしかして、私のために調べて…。ああ、なんだか心の重荷が軽くなったようだわ」


「リアは、リアの幸せだけ考えればいい。その幸せに、私を入れてくれると嬉しいのだが」


ヴィルの言葉に、私の心は一瞬にして、温かさで満たされた。


「リアがいない世界に興味はないんだ。もしリアがいなくなったら、消えてしまいたい、そして世界ですら消してしまいたいと願うだろう。両親や兄たち、セシルがいても、リアがいない世界でなんて、生きられるはずがない。何をおいてもリアが最優先だ」


そんなにも私を…そうだわ、今までだって、ずっと大切にしてもらってきた。すべてを受け入れてくれたわ。

不安や迷いが嘘のように消え去る。



「…嬉しいわ」

私は微笑みながら、彼から指輪を受け取り、そっとその輝きを見つめた。指輪の繊細な細工が太陽の光を受けて美しく輝いている。



「ああ、リア…」

次の瞬間、私は彼の腕の中に包まれていた。ヴィルは私をしっかりと抱きしめ、その温もりが私の体に広がる。彼の心臓の鼓動が私に伝わる。


ふと、手にした指輪から、微かな魔力を感じた。その感覚は、まるで小さな電流が指先を通り抜けるような、不思議なものだった。

私は一瞬驚いたが、すぐにその魔力の正体を悟った。これにもヴィルが何か特別な付与魔法を施したのだろう。彼の気持ちが込められているのだと考えると、心が温かくなった。


私がその魔力に疑問を抱いていることを察したのか、ヴィルはまるでいたずらがばれた子供のような、少し困った表情を浮かべていた。ヴィルが私を思ってしてくれた付与魔法なら、特に問いただす必要もない。彼の愛情が込められているなら、それだけで十分だった。


「リアの過去も、今も、未来も、全て愛してる」

ヴィルの声が、私の心に深く染み渡る。彼と共に歩んでいく未来が、どれほど素晴らしいものになるだろうと考えるだけで、胸がいっぱいになる。



色とりどりの花々が咲き誇るこの美しい景色が、明るく輝いている。私はヴィルと共に、この先もずっと一緒に歩んでいく。

来年は、ヴィルの瞳と同じ色の花を植えたい、そう願ってみよう。


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