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54.唯一

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セシル殿下とお兄様が仕事の話をしている間、私はアルセイン伯爵夫妻と一緒に庭でお茶をすることになった。

風にそよぐ木々の葉の音が心地よく、鳥のさえずりが穏やかな時間を演出している。花々が咲き誇る庭園に設えられたテーブルには、豪華なティーセットと美味しそうなお菓子が並べられていた。お茶の香りがほんのりと漂い、心がほぐれるような気分になる。


「ああ、エミリアちゃんは、なんて可愛いのかしら。娘っていいわよね」


アルセイン伯爵夫人が、目を輝かせながら口にした。


「あっ!ヴィルの兄たちのお嫁さんも可愛いのよ。でも、次男夫婦は他国だし、長男のお嫁さんは、妊娠中だから実家に帰っているし…。家にいても楽しくないのよね。ヴィルは、せっかく遊びに来ても構ってくれないけど、でも、ここに来るとエミリアちゃんがいるでしょ。ああ、楽しいわ。一緒におしゃべりをして、流行りのお菓子を食べて、仕立て屋を呼んで、エミリアちゃんを着せ替えて、ああ、娘っていいわ」


「こら、エミリアちゃんは、お前の娘じゃないだろ。悪いね、エミリアちゃん」

アルセイン伯爵が困ったように笑いながら、夫人をたしなめる。



「いいえ、嬉しいです。私も楽しいので。でも…」

言いかけて言葉を飲み込む。


「でも?」

「…娘、お兄様の妻。…私、時間が、このまま、ずっと続いていくものだと錯覚してしました。お兄様もいずれ結婚しますよね」


私の言葉に、伯爵夫妻が顔を見合わせ、しばしの沈黙が流れた。



「結婚、そうね、そういえば…」

「そうだな。人らしく生きていることに安心していて、失念していたな」


伯爵夫妻がしみじみとした口調で応じる。


「本当よ!一番美形に産んだのに、育てにくくて。私のお腹に感情を忘れてきたんじゃないかって心配したくらいよ」


伯爵夫人は、半ば冗談めかしながらも、どこか本気の色を滲ませて語る。


「お兄様がですか!?」

私は驚きのあまり、思わず問い返す。


「そうよ、今だってエミリアちゃんと一緒にいないときやエミリアちゃんの話ではないときなんか、冷たく不愛想なんだから。友人のセシル殿下と話すときに、笑顔を見たことがある?」


夫人はお茶を一口飲みながら、私に向かって問いかけた。言われてみれば…


「まあ、会話が成り立つだけましになったがな。セシル殿下が、あんな風に構ってくださるから、いいようなものの、構わなければ、セシル殿下にも、もちろん私たち家族にも用事ができない限り連絡しないだろうな」


「関心がないんでしょうね…結婚、そうね。そうだわ!!ねえ、エミリアちゃんが適任よ。むしろ、エミリアちゃんしか考えられないわ。嫌かしら?」


私?思ってもみなかった提案をされ、思考が止まる。



「ヴィルはもう侯爵を継いじゃったから…、エミリアちゃんが、伯爵家の養子になって…ああ、素敵!結婚する前も結婚してからも娘だなんて。エミリアちゃん、お願いだからヴィルのお嫁さんになって?私、絶対、一生大事にするから」


「そうだな、エミリアちゃんが他に嫁に行ったら…やばいな、考えただけでぞっとする」

「そうね、また人じゃなくなるわ、あの子…」


伯爵は真剣な顔で言い、夫人も同意するように頷いた。



突然、低く冷ややかな声が庭に響いた。

「…2人とも何勝手なことを言っているのですか。アルセイン伯爵夫人、私より先にリアに求婚するのはやめていただきたい」

お兄様だった。え?先に?求婚?


私は思わず驚いてお兄様の顔を見つめた。お兄様の横には、蒼白な顔色のセシル殿下

「…おい。今の伯爵たちの話は、どこまでが本当だ?お前、本当に用事がなければ俺に連絡しないのか?いや確かにされたことがない…関心がないだと?冷たい感じは、照れているものだと…嘘だろ?俺たちは、親友だろ?なあ、ヴィル…」



縋るようなセシル殿下に、アルセイン伯爵夫妻がしまったという顔をしている。
でも、私はそれどころじゃない。お兄様の言葉が頭の中で繰り返される
『私より先にリアに求婚』


「な、なんだ、ったく面倒な奴だな。あー親友かどうかは分からんが…まあ、その、唯一の友だ」


その瞬間、セシル殿下の顔が、はじけるような笑顔になった。


「お、おう。唯一の友か、唯一…ふっ、そういうことなら、しょうがないな。お前のことは、一生俺が構ってやる。何せ、唯一の友だからな。ははは」


そう言いながら上機嫌に笑うセシル殿下



「ま、とにかく、3人とも用事が済んだら帰ってください。私は、これからリアと出かけたいところがあるので」



ほら、やっぱり扱いが雑なのよ…夕飯も一緒に食べようと思ってたのに…と文句を言いながら帰る3人



「よかったのですか?せっかくいらっしゃたのに…」


「ああ、どうせ、呼ばなくてもまた来る。じゃあ行こうか」




行き先は教えてもらえなかったが、”きっと気に入るよ”とお兄様は微笑んだ。


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