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47.君との思い出 sideコルホネン伯爵
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空っぽになった邸の中を歩き回ると、記憶が次々と蘇ってくる。
かつて家族と共に過ごしたこの場所は、今や静寂だけが支配している。長い廊下を歩くと、まるで昔の喧騒が耳に残っているかのようだが、それはすべてが過去のものになってしまったからだろう。
広い庭に目を向けると、亡き妻セリーヌと共に散歩した瞬間が思い浮かぶ。彼女の手を引き、季節の花を眺めながら、二人で語らった日々。
庭に面した窓辺では、彼女が微笑みながら刺繍をしている姿があった。時には、彼女が異国の本を手に取って、熱心に読みふけっていたこともあった。彼女は常に新しいことに興味を持ち、知識を深めていく姿が美しかった。
二人でガゼボに腰を下ろし、午後のひとときを過ごしたこともあった。お茶を飲みながらたわいもない話を交わし、二人で生まれてくる子供の名前を考えたあの日々は、今も心の中で鮮やかに甦る。
セリーヌの瞳に映る未来への期待と幸福感が、まるで昨日のことのように鮮明に感じられる。
しかし…慰謝料のためにと、この邸は手放すことにした。
こんな日が来るなんて思いもしなかった。大切にしていたものを失った。
エミリアにも悪いことした。クロードがあまりにも楽しそうだったから、エミリアにも、あの母娘が家族じゃないと伝えることを先延ばしにした。察してくれると安易に考えた。ロザリーが使用人だと知っていれば、現状を詳細に伝えてくれたはずだ。はぁ、こんなこと、今思っても遅いが。
どうせ領地に行けば、ほとんど帰ってこない家だと自分に言い聞かせるが、それでも、この家は両親や妻、息子クロードとの思い出が詰まった場所だ。感傷的になるのも無理はない。
領地にも必要なものはそろっている。だから、家財のほとんどは処分した。
最後に一枚の肖像画を見つめる。そこには愛しい妻、セリーヌが描かれている。彼女の微笑みが、私を見つめている。
他の男の子どもを宿した彼女を、責める気には到底なれなかった。他の誰かを私よりも愛したとは思えない、いや、思いたくなかったからだ。
クロードを宿したとき、笑顔で報告してくれたが、心は恐怖で満ち溢れていたことだろう。その笑顔の裏には、どれほどの苦悩が隠されていたのだろうか。
すべては私の過ちだ。クロードを呪わず、私を呪ってくれれば、すぐにでも君の元へと逝ったものを。
私はそっとその肖像画を壁から外し、慎重に美しい布で包んだ。
この肖像画、いや、セリーヌを領地に連れて行くことに決めた。もっと早く領地で一緒に暮らそうと誘っていれば…。きっと彼女は付いてきてくれただろう。
公爵令嬢の彼女には田舎暮らしは合わないと勝手に思い込み、王都に彼女を一人残した私が愚かだった。彼女は彼女よりも身分の低いこの伯爵家に嫁いできてくれたんだ。そんなことは気にしなかっただろう。もし、あの時私が正しい選択をしていたら、今もきっと私の傍でほほ笑んでくれていた…そう思わずにはいられない。
邸を後にする前に、私は心の中で一つの決意を固めた。
クロードは、愛するセリーヌの子。
だが、もう、クロードの幸せを願うことはやめよう。私がクロードを愛し、幸せを願うことで、セリーヌが苦しむのなら、彼の幸せを願うことなどできない。
だから、セリーヌ、どうかクロードのことは忘れてやってくれ。
これから私は、君と思い出の中で、生きることを誓うから。
かつて家族と共に過ごしたこの場所は、今や静寂だけが支配している。長い廊下を歩くと、まるで昔の喧騒が耳に残っているかのようだが、それはすべてが過去のものになってしまったからだろう。
広い庭に目を向けると、亡き妻セリーヌと共に散歩した瞬間が思い浮かぶ。彼女の手を引き、季節の花を眺めながら、二人で語らった日々。
庭に面した窓辺では、彼女が微笑みながら刺繍をしている姿があった。時には、彼女が異国の本を手に取って、熱心に読みふけっていたこともあった。彼女は常に新しいことに興味を持ち、知識を深めていく姿が美しかった。
二人でガゼボに腰を下ろし、午後のひとときを過ごしたこともあった。お茶を飲みながらたわいもない話を交わし、二人で生まれてくる子供の名前を考えたあの日々は、今も心の中で鮮やかに甦る。
セリーヌの瞳に映る未来への期待と幸福感が、まるで昨日のことのように鮮明に感じられる。
しかし…慰謝料のためにと、この邸は手放すことにした。
こんな日が来るなんて思いもしなかった。大切にしていたものを失った。
エミリアにも悪いことした。クロードがあまりにも楽しそうだったから、エミリアにも、あの母娘が家族じゃないと伝えることを先延ばしにした。察してくれると安易に考えた。ロザリーが使用人だと知っていれば、現状を詳細に伝えてくれたはずだ。はぁ、こんなこと、今思っても遅いが。
どうせ領地に行けば、ほとんど帰ってこない家だと自分に言い聞かせるが、それでも、この家は両親や妻、息子クロードとの思い出が詰まった場所だ。感傷的になるのも無理はない。
領地にも必要なものはそろっている。だから、家財のほとんどは処分した。
最後に一枚の肖像画を見つめる。そこには愛しい妻、セリーヌが描かれている。彼女の微笑みが、私を見つめている。
他の男の子どもを宿した彼女を、責める気には到底なれなかった。他の誰かを私よりも愛したとは思えない、いや、思いたくなかったからだ。
クロードを宿したとき、笑顔で報告してくれたが、心は恐怖で満ち溢れていたことだろう。その笑顔の裏には、どれほどの苦悩が隠されていたのだろうか。
すべては私の過ちだ。クロードを呪わず、私を呪ってくれれば、すぐにでも君の元へと逝ったものを。
私はそっとその肖像画を壁から外し、慎重に美しい布で包んだ。
この肖像画、いや、セリーヌを領地に連れて行くことに決めた。もっと早く領地で一緒に暮らそうと誘っていれば…。きっと彼女は付いてきてくれただろう。
公爵令嬢の彼女には田舎暮らしは合わないと勝手に思い込み、王都に彼女を一人残した私が愚かだった。彼女は彼女よりも身分の低いこの伯爵家に嫁いできてくれたんだ。そんなことは気にしなかっただろう。もし、あの時私が正しい選択をしていたら、今もきっと私の傍でほほ笑んでくれていた…そう思わずにはいられない。
邸を後にする前に、私は心の中で一つの決意を固めた。
クロードは、愛するセリーヌの子。
だが、もう、クロードの幸せを願うことはやめよう。私がクロードを愛し、幸せを願うことで、セリーヌが苦しむのなら、彼の幸せを願うことなどできない。
だから、セリーヌ、どうかクロードのことは忘れてやってくれ。
これから私は、君と思い出の中で、生きることを誓うから。
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