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46.私だって sideフルール

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「仕事を辞めた?」

クロードが驚きながら問い返す。
自分でも驚くほど、あっさりとその決断を下した。



「そうよ。計算とか翻訳とか、あんな地味な事務作業、私には合わないわ。」


仕事が理解できず、何度もミスをする私に、職場の同僚はいつも冷たく、居心地も悪かった。伯爵は私を優秀だと思っていたから…あんな職場を紹介したのだわ。ああ、もっと簡易な仕事を頼むべきだった。給与が安くても…


「フルールは、勉強が得意だろ?学年が上の私の課題も手伝ってくれたじゃないか。計算や翻訳は得意分野、合わないって…」

この言葉が頭の中で何度も響く。かつての優秀さはあの女を使って手に入れた物。偽りよ。



クロードが元気になったのはいいことだ。だけど、本当、口うるさい。



伯爵は、彼に職を紹介しなかった。極力愛情につながるようなことはしたくなかったのだろう、クロードのために。本当は、それが一番の愛だとは思うけど…、呪いの複雑さは私にはわからないわ。


やってもらうことが当たり前な伯爵令息だったクロードは、部屋にいるだけで何もしない。仕事を探しにもいかないし、家事もしない。唯一、自分でお茶を入れられるようになったが、自分が飲みたいだけだと私は思っている。しかし、それを自慢げに言うので、腹立たしい。

私だって令嬢だったのよ。でも、生活のためにやらなければいけないことはたくさんある、誰かがやらなければならないのなら、やってくれる人がいないのならやるしかない。


役に立たないクロード。何もしないで家にいるなら、伯爵家で寝込んでいても変わらなかったじゃない。私がクロードに何かを期待する度に、その期待は裏切られた。



「はあ…、本当にフルールは優秀だったのかい?でも、辞めたんならしょうがないな、早く次の仕事が見つかるといいね」



クロードの冷たい視線と言葉が私を刺す。彼のその疑問が、私の心の奥に苛立ちと屈辱を湧き上がらせる。


なんでこんなに、偉そうなのかしら。なんでこんなに言われないといけないのかしら。



…ここは私の家よ。お金だって、私に振り込まれた私のお金よ


そうよ、私のものだわ!


クロードが何と言おうと、これは私のもの。自分の中で、その事実を再確認する。伯爵はもうこの先、クロードに関わることはないだろう。そうだとすれば、クロードを見捨てたとしても、誰にも気づかれない。誰にも責められることはない。


職を失っても、住むところがあるし、伯爵からもらったお金で食いつないで行ける。


多額の賠償金を払わないなんていけない母も、足手まといのクロードもいらない。




私をだまし続けた母も、自分勝手なクロードも、私の人生にはもう必要ない存在だ。彼らのために犠牲になるつもりはない。自分の能力に合った職を見つけ、誰にも気を遣わず、誰の心配もせず、自由気ままに生きるわ


そうよ!


あんなに仲良くしていたのに、手紙の返事すら寄越さない王女や友人たち


婚約解消くらいで、私たちに会うことさえしない、あの女


頼みを無下にしたくせに、変な提案をしてきた、あの女の義兄


私に勘違いをさせてこんな目に合わせているのに、私を捜し歩いているという母親


自分のことは棚に上げて、私たちを攻め立て、挙句クロードを見捨てた伯爵




クロードだけじゃなく、みんな勝手じゃない


じゃあ、私だって勝手にしたっていいはずよ






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