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42.セシル殿下のお願い

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セシル殿下が転移魔法を使って、突然訪ねてきた。


「おう、来てやったぞ」

殿下は軽い調子で言いながら、無造作に手を振る。


「誰も頼んでないが…」

お兄様の声は、さっきまでのにこやかな調子から一転して冷ややかだった。つい数分前まで穏やかに話していたのに?
殿下の姿を見た途端、急に不機嫌になったのが、目に見えてわかる。


「まあ、そう言うなって」

セシル殿下は、お兄様の態度を気にも留めず、笑いながらテーブルについた。気さくな感じだが、彼の振る舞いは、いつもながら自信に満ちていて、余裕さえ感じさせる。流石、皇族だわ。


「アビー、私にもお茶を頼む」

殿下は、アビーに声をかけた。


「はいはい、それにしても、殿下はいつも急ですね。」


アビーもまた、セシル殿下に対して気安い口調で応じる。

セシル殿下は、誰に対しても親しみやすく接するので、自然と周囲の人々もリラックスして話せるのね。



「はは、先ぶれなんか出したら、ヴィルに間違いなく断られるだろ?」

友人なのに?


「で?ただ遊びに来たわけではないのだろ?要件を早く言え」

お兄様は直球で尋ねる。どうやら、殿下が、ただ遊びに来たのではないことを見抜いていたかのようだ。


「せっかちだなあ。ああ、リアちゃんとのお茶の時間を邪魔されて拗ねているのか?」

セシル殿下は、わざとらしい笑みを浮かべながら、からかうように言った。


「…そう思っているのなら、早く帰れ。また、お前の部下が探しに来るぞ」

「ははは、今日は来ないんだな、これが」


殿下は笑いを浮かべたまま、不敵に言い返す。



「…なぜだ」

お兄様の目が細くなり、探るような視線を殿下に向けた。


「ああ、国家機密の頼みごとをリアちゃんにしにきたからだ」

セシル殿下の声が、少しだけ真剣な色を帯びた。
私に?私は驚きながら、殿下を見つめた。



「どういうことだ」

「ああ、これを見ろ」


セシル殿下は、黒革で装丁された古びた本を取り出した。表紙には見たこともない文字が刻まれており、不思議な力を感じさせる。


「これは…、例の書か」

お兄様の表情が一変し、緊張が走った。

「そうだ、古代の禁書。禁術が書かれている。絶望感や無力感を植え付ける。対象に触れるものすべてを腐敗させる。視界を奪い、周囲を恐怖で包み込む霧を発生させる。対象の心臓の鼓動を徐々に遅らせ、極度の不安や恐怖を引き起こす。魔法を使えない呪い師のための本だが、訓練次第で、その…闇魔法使いも使えるようになる」


「こんな恐ろしいことを?」

私は本の内容を聞き、恐怖に震えた。そんなものが存在するとは信じがたかった。


「この本の解読を進めてきたが、思っていたより厄介な内容でな。しかし、悪しきものが、必ずしも悪しきものとは限らない。使い方によっては、善にもなり、術式を応用すれば未知の可能性が広がる。だが、それを形にできる人材が少ない。現時点で、書かれている知識や技術は、非常に危険で破壊的なものなんだ」

殿下の言葉には、深い思索と責任感が感じられた。


「封印し、悪用を防ぐことが最善と皇帝は考えた。というわけさ」

殿下は視線を私に向けた。その目は、私に何かを期待しているようだった。



「まあ、俺は天才だからな。何とか人々の役になるようなものにできないか考えてみるが、やばい奴の目に触れるのも避けたい。そこで…この魔道具だ。これに、禁書を封印してもらいたい、リアちゃんに」

「おい、リアを利用する気か!」


お兄様が声を荒げた。その言葉には、私を守ろうとする強い意志が込められている。


「なんだと…おまえからのあの頼み事…引き受けないぞ?」

「はっ!なんだお前、皇族のような脅し方するじゃないか」


お兄様の口調が一段と鋭くなり、部屋の空気がピリッと張り詰める。これはいけないわ。



「あ、あの。やります!まだ封印に、慣れていないし、その…練習の意味でも、やらせてください」

私は二人の緊張を和らげるため、急いで口を開いた。まだ不慣れな封印術を習得するための貴重な機会でもあるし、何より国家の安全に関わることだと理解していた。


「そうか!持つべきものは、腹立たしい友人の愛らしい妹だな。この魔道具を使うことによって、封印を解けるのは俺だけになる。リアちゃんに危険は無い。リアちゃんの封印と俺の渾身の魔道具。これで鉄壁の封印だ」

セシル殿下は、私に優しい微笑みを向けた。その言葉に、私はほっとした。



「…封印などしなくても、お前が、魔法省で管理でいいじゃないか。どうせ、お前より魔力の強い者などいないのだから、奪われはしないだろう」

お兄様は、まだ納得がいかない様子で、ぶつぶつと文句を言っている。



「もちろん生きてるうちは余裕だが、明日死なない保証はないだろ?今できることを考えたい。対策は必要だ」

殿下の言葉には、未来への責任と覚悟が込められていた。彼の真剣さを感じ取り、私もまた心を引き締めた。封印の役目を担うことに対して、決して軽々しく考えることはできない。




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