【完結】全てを滅するのは、どうかしら

楽歩

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38.無力な2人 sideヴィルフリード

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「セバス、この婚約解消に向けての書類一式とコルホネン伯爵への私信を早馬で届けるよう手配してくれ」

全ての手続きを迅速に進めなければならない。リアの将来を守るために。



「分かりました。最速で届けるように念を押します」


セバスは短く答え、すぐに動き出した。

リアがこの侯爵領に来てからというもの、彼女の心身は少しずつ癒されてきている。頬に色が戻り、表情にも柔らかさが増してきた。その変化を見るたびに、胸の奥に安堵と喜びが広がるのを感じる。だが、彼女が時折、鏡を見つめ、自らの痩せた姿に悲し気な様子を見て、切なさを覚えた。


リアはどんな姿であろうとも、愛しい。痩せていようが、太っていようが、それがリアである限り、無条件に可愛らしいのだ。



「…ヴィルフリード様。コルホネン伯爵家を見張らせていた者から、急ぎの連絡が来ました」

突然、セバスが部屋に戻ってきた。


「なんだ?」

「例のあの2人が、こちらに向かっているそうです」

「…ほう」


ずうずうしいな、いや、命知らずか


「どういたしますか?」

「もちろん、リアに会わせる気はないが、私自ら現実を突きつけてやるのも面白い」


甘い考えに囚われている男に、絶望を味わわせてやるのも悪くない。


「邸に着いたら、知らせてくれ。私が門まで行こう」


***********


数日後、その2人が侯爵家に到着した。私は、彼らを門前で待ち受けていた。



「クロードか?久しぶりだな」



彼の隣に立つ女が例の…リアとは比べものにならない。どうしてこんな女に心を奪われたのか、理解に苦しむ。



「ヴァルデン侯爵、ご無沙汰しております」


「…何をしに来た」


「お姉さまに、エミリア様に会わせてください!お願いしたいことがあるのです」


急に声を上げた女。本当に令嬢か?



「お前は誰の許可を得て、私に話しかけている…男爵令嬢風情が失礼な」


「…男爵令嬢…え?なぜ知って…」


驚き、声を詰まらせているが、知らない女に答えてやる義理はない。



「まあ、ここで話す内容ではないだろう。エミリアに会わせる気はないから、場所を移そう。」


セバスが、近くに借りたタウンハウスへと移動する。門前とはいえ、これ以上、騒いだらエミリアに気付かれてしまう。



***********



「…で、何をしに来た、クロード」


「父から、エミリアが今までしてくれていたことを聞きました。その、黒い靄のことも…わたしは、このままだと幼い頃のように体が弱くなり、命を失ってしまう。エミリアと話がしたいんです。私は知らないことが多すぎた。私たちに今必要なのは、会話なのです」




何を言っているんだこの男は。会話?そんな時期はとっくに過ぎているだろう?



「このままだと、クロードは…人の命を見捨てるんですか?会わせてください、お姉さまに」



クロードとつないだ手を離さずに、また喚く。内心で苛立ちを覚えた。私は何を見せられているんだ?



「…もう一度言おう、私はお前に名を名乗っていないし、お前から名を聞くつもりもない。だから、お前は私に話しかけられない。…高々男爵令嬢が、侯爵家の令嬢に向かってお姉さまだと?ふざけるのもいい加減にしろ!」


なんて常識のない…


「なあ、クロード。まず、現侯爵である私に、婚約のことについて詫びるべきだろ?魔法云々の前に。リアがいながら、その女と不貞を働き、心を奪われ、リアを傷つけたと!はっ!不貞相手を伴ってリアに会いにきただと?頭がわいているのか?」


うなだれるクロードと顔を真っ赤にして震える女。



「おまえの父も哀れだな、土下座までして、リアをお前の婚約者にしたのにな」


「父上が土下座?」


「そのおまえは、土下座どころか、頭も下げない。あー、やれということではないぞ。やってもらっても迷惑だ。コルホネン伯爵が、私とリアが会わないように手をまわし、リアを囲い、リアをお前に縛り付けていたのに、無駄骨だな」


「疎遠だったんじゃ…なぜそんなに詳しいんだ…」


クロードの声には驚きと恐怖が混じっていた。



「貴族にとって情報は命だが?その女が義妹でないことも、お前が義母だと慕っている女が、侍女長なのも知っている。何ならその侍女長が首になり、実家に帰ったのも知っているぞ?莫大な賠償金の請求と共にな。まあ、その金もリアの慰謝料の一部になるのだろうが」


「お母様が!!」


悲痛な声が響く。耳障りだな…


「もうすでに婚約解消に向け、手続きは進んでいる。お前の父にも手紙を送った。ん?いいのか?私は、お前にリアを会わせる気は毛頭ないから、こんなところに居座っても無駄だぞ?さっさと帰った方がいい。もう一介の令息が何かできる状態じゃない。あとは当主同士の話し合いだ。ほら、そこの女も自分の母親が心配そうだしな」


青ざめた顔で力なく立ち上がる2人。その姿は無力そのもので、彼らがこの場で何を言おうと、何をしようと、もはや意味を成さないことを自覚しているかのようだった。

無力だな、早く帰れ。

リアに、謝罪させる気すらないし、視界に入れさせるつもりもない。お前たちの人生と私たちの人生は、もう二度と交わらないのだ。


罪の重さを自覚して、死ぬまでその重みと共に生きるんだな。


心の中でそう呟きながら、彼らの背中を冷たく見送った。


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