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37.糸口 sideフルール
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「フルール…この街は諦めよう」
クロードの声が、疲れ切った体にさらに重さを加えるように響いた。夕方まで粘りに粘ったが、あの女の手掛かりはどこにも見当たらなかった。
通りや広場を駆け回り、商人や宿屋の主人、街を歩く人々に声をかけて尋ね続けたが、誰も彼女も知っている者はいなかった。無駄な時間だったわ…
焦りと疲労が体中を蝕んでいく。宿で一息つきたかったが、彼はあくま で先を急ぐつもりだった。
「行くぞ、フルール。」
クロードの必死な表情が、何か言い返そうとする気力を奪っていく。
くたくたの体を馬車に押し込んだ。馬車はゆっくりと動き出し、私は静かにその揺れに身を委ねた。少しずつ遠ざかる街並みを窓越しに眺めながら、あの女を憎々しく思った。
しばらく馬車に揺られていると、私たちの向かいに座っていた商人が、不意に声をかけてきた。
「やあ、お疲れのようだね?どこから来たんだい?」
馴れ馴れしいわね。旅の邪魔にならないように簡易な服を着ているけど、雰囲気を見れば貴族だって気付くでしょう。商人の癖に見る目ないわね。まったく、言葉には気を付けてほしいわ。
「王都から来ました。人を探しておりまして…」
クロードが、力なく答える。
「人かい?それは難儀な…」
「そうだ!商人ならいろいろなところに行くのでは?ハニーブラウンの髪にコーラルピンクの瞳。エミリアって聞いたことがないでしょうか?」
「エミリアさん?君たちエミリアさんの知り合いなのかい?」
知ってるの!!私は思わず息を呑んだ。
「はい!そうです!!私は婚約者で、こっちは妹?です!」
婚約者…引っかかるわ。妹が疑問形なのは仕方がないとしても
「そうかい、そうかい。実は、エミリアさんには、大変世話になってね。」
「…それはいつのことです?」
「ちょうど、1週間ほど前だったかな?馬車の中で知り合ってね。困っているところを助けてもらったんだ。」
やっぱり馬車に乗って移動していたのね
「どちら行きの馬車でしたか?」
「ん?この方向で合っているよ?心あたりがあって乗っているのだろう?」
「…はい、そうなんですが…何か行先について言っていましたか?」
「ああ、…おっと、君たちを疑っているわけではないが、これ以上はやめておこう。エミリアさんの迷惑になりたくないからな」
変なところで勘がいいわね。この商人。
「そんな、迷惑ってどういうことですか?私たち困っているんです」
早く言いなさいよ。
「そう言われてもなぁ。理由があるから婚約者と妹に何も言わずに、馬車に乗っていたってことだろ?」
その一言で、クロードも私も黙り込んでしまった。確かに、理由がある。
「…そうだな。あ!君たちこれ読めるかな?」
商人が一枚の紙を渡してきた。どこの国の文字かしら?
「どこの言葉だろう?フルール、君は語学が得意だっただろ?なんて書いてあるんだ?」
「え?えーと、これは、私が見たことのない言語ですわ。すみません、サンベイ語やリバークレスト語なら得意なのですが…」
サンベイ語もリバークレスト語も本当は、読めなどしない
「…おかしいね。リバークレスト語が読めるのなら、読めるはずだよ。この、ランシェル語は、文法に癖はあるがリバークレスト語と共通している語彙が多い。」
ま、まずいわ。商人とクロードが、疑いの目で見ている。誤魔化さなくては。
「か、勘違いでしたわ。リバークレスト語ではなかったかも。それより、いったい何ですの?その、ランシェル語が一体何だというのですか」
「エミリアさんは、これを翻訳できたんだ。家にあった本で勉強したのだと。本は何冊もあったそうだが、妹なんだろ?なんで見たことがないんだ?」
「それは、っ!興味がない言語の本なんて開きませんわ!」
私は胸の中で密かに冷や汗をかきながら、商人の言葉をどう受け流すべきか考えていた。
「語学が得意な子が、まだ知らない語学に興味を持たない?不思議だなぁ?ああ、こうなると、君の婚約者説も怪しいね。エミリアさんは、最近このランシェル語にはまっていると言っていたんだが、婚約者なのに、見せてもらったこともないのかい?」
クロードは悔しそうな顔をしている。
そのとき、馬車がガタガタと揺れ、停車した。
「ほら、終点だよ。今日はこの街に泊まって、明日、君たちの考える場所に向かって乗り継ぐといい」
商人はそう言って、馬車から降りて去っていった。まあいいわ。行く方向がわかっただけで大収穫よ。
嫌な気分はぬぐえないが、やっとつかんだ糸口に、クロードの表情も少しだけ緩んだように見えた。
クロードの声が、疲れ切った体にさらに重さを加えるように響いた。夕方まで粘りに粘ったが、あの女の手掛かりはどこにも見当たらなかった。
通りや広場を駆け回り、商人や宿屋の主人、街を歩く人々に声をかけて尋ね続けたが、誰も彼女も知っている者はいなかった。無駄な時間だったわ…
焦りと疲労が体中を蝕んでいく。宿で一息つきたかったが、彼はあくま で先を急ぐつもりだった。
「行くぞ、フルール。」
クロードの必死な表情が、何か言い返そうとする気力を奪っていく。
くたくたの体を馬車に押し込んだ。馬車はゆっくりと動き出し、私は静かにその揺れに身を委ねた。少しずつ遠ざかる街並みを窓越しに眺めながら、あの女を憎々しく思った。
しばらく馬車に揺られていると、私たちの向かいに座っていた商人が、不意に声をかけてきた。
「やあ、お疲れのようだね?どこから来たんだい?」
馴れ馴れしいわね。旅の邪魔にならないように簡易な服を着ているけど、雰囲気を見れば貴族だって気付くでしょう。商人の癖に見る目ないわね。まったく、言葉には気を付けてほしいわ。
「王都から来ました。人を探しておりまして…」
クロードが、力なく答える。
「人かい?それは難儀な…」
「そうだ!商人ならいろいろなところに行くのでは?ハニーブラウンの髪にコーラルピンクの瞳。エミリアって聞いたことがないでしょうか?」
「エミリアさん?君たちエミリアさんの知り合いなのかい?」
知ってるの!!私は思わず息を呑んだ。
「はい!そうです!!私は婚約者で、こっちは妹?です!」
婚約者…引っかかるわ。妹が疑問形なのは仕方がないとしても
「そうかい、そうかい。実は、エミリアさんには、大変世話になってね。」
「…それはいつのことです?」
「ちょうど、1週間ほど前だったかな?馬車の中で知り合ってね。困っているところを助けてもらったんだ。」
やっぱり馬車に乗って移動していたのね
「どちら行きの馬車でしたか?」
「ん?この方向で合っているよ?心あたりがあって乗っているのだろう?」
「…はい、そうなんですが…何か行先について言っていましたか?」
「ああ、…おっと、君たちを疑っているわけではないが、これ以上はやめておこう。エミリアさんの迷惑になりたくないからな」
変なところで勘がいいわね。この商人。
「そんな、迷惑ってどういうことですか?私たち困っているんです」
早く言いなさいよ。
「そう言われてもなぁ。理由があるから婚約者と妹に何も言わずに、馬車に乗っていたってことだろ?」
その一言で、クロードも私も黙り込んでしまった。確かに、理由がある。
「…そうだな。あ!君たちこれ読めるかな?」
商人が一枚の紙を渡してきた。どこの国の文字かしら?
「どこの言葉だろう?フルール、君は語学が得意だっただろ?なんて書いてあるんだ?」
「え?えーと、これは、私が見たことのない言語ですわ。すみません、サンベイ語やリバークレスト語なら得意なのですが…」
サンベイ語もリバークレスト語も本当は、読めなどしない
「…おかしいね。リバークレスト語が読めるのなら、読めるはずだよ。この、ランシェル語は、文法に癖はあるがリバークレスト語と共通している語彙が多い。」
ま、まずいわ。商人とクロードが、疑いの目で見ている。誤魔化さなくては。
「か、勘違いでしたわ。リバークレスト語ではなかったかも。それより、いったい何ですの?その、ランシェル語が一体何だというのですか」
「エミリアさんは、これを翻訳できたんだ。家にあった本で勉強したのだと。本は何冊もあったそうだが、妹なんだろ?なんで見たことがないんだ?」
「それは、っ!興味がない言語の本なんて開きませんわ!」
私は胸の中で密かに冷や汗をかきながら、商人の言葉をどう受け流すべきか考えていた。
「語学が得意な子が、まだ知らない語学に興味を持たない?不思議だなぁ?ああ、こうなると、君の婚約者説も怪しいね。エミリアさんは、最近このランシェル語にはまっていると言っていたんだが、婚約者なのに、見せてもらったこともないのかい?」
クロードは悔しそうな顔をしている。
そのとき、馬車がガタガタと揺れ、停車した。
「ほら、終点だよ。今日はこの街に泊まって、明日、君たちの考える場所に向かって乗り継ぐといい」
商人はそう言って、馬車から降りて去っていった。まあいいわ。行く方向がわかっただけで大収穫よ。
嫌な気分はぬぐえないが、やっとつかんだ糸口に、クロードの表情も少しだけ緩んだように見えた。
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