【完結】全てを滅するのは、どうかしら

楽歩

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29.父帰宅 sideクロード

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「クロード!クロードはどこだ!!」

玄関から響き渡る父の怒声に、私は手に持っていたティーカップを震わせてしまった。ついさっきまで、フルールと静かな午後のお茶を楽しんでいたというのに、一瞬でその穏やかな時間が崩れ去った。

父のあんなに大きな声を聞いたのは初めてだった。いつも冷静で理知的な父が、こんなにも取り乱している。胸の奥で不安がじわりと広がっていくのを感じた。


「クロード、早く行きましょう」

フルールが焦るように私の腕を引っ張る。私は彼女に頷き、急いで立ち上がった。心臓が早鐘のように打ち、足が少しもつれそうになる。それでも、なんとかフルールと一緒に玄関に向かった。



「ち、父上。早いお帰りで…」


と私は言葉を絞り出す。通常よりも半月も早く帰宅した父に対し、どうして良いのかわからなかった。


「これは一体どういうことだ!エミリアは?エミリアは帰ってきたのか?」


彼の手には、一通の手紙が握りしめられていた。私が送ったものだ。父は手紙を読んで、こんなにも慌てて帰ってきたのだ。



「いいえ、エミリアはまだ…」

と私は口ごもりながら答えた。エミリアが戻ってきていないことを告げると、父の顔が一瞬で悲痛な色に染まった。その目に映るのは、深い絶望と焦りだった。



「…なんということだ」

悲痛な顔でうなだれる父




「お父様、そんなことより…」

フルールが切り出した途端、父の目が鋭く光った。


「そんなこと?お前はいったい何を言っている!ロザリー!お前はいったい何をしていたんだ、この愚か者!」


「だ、旦那様…」

怯える母。母の顔から血の気が引いたのがわかった。父から2人を守らなければ!


「父上!2人にそんな言い方をしないでください。家族なのですから…」

「はぁ?とにかく皆、執務室来い。こんな所じゃ話にもならない」


声にはまだ怒りが滲んでおり、その命令に背くことは許さないという圧が漂っていた。

私たちは凍りつくような沈黙の中、無言で父に従った。執務室に入ると、父は机に手をつき、荒い息を吐きながら続けた。

「この手紙の…ああ、聞きたいことが多すぎる。まず、エミリアは探したんだろうな」


「…探しておりません」



私は小さな声で答えた。



「なぜだ」

「だってお父様、お姉さまはご自分で…」

「お前には聞いていない、黙っていろ!!」


父の怒声に、フルールが体をこわばらせ、震えたのが分かった。




「い、行くところがありませんから、すぐに戻ってくるかと。」

私は精一杯の言い訳をしようとしたが、その言葉は父には届かなかった。


「正気か?もう、1週間だ…行くところがないと思ったらなおのこと…生存すら気にならなかったというのか?」


父の声には絶望と苛立ちが混ざり合い、私の心を重く押しつぶした。もちろん、私はエミリアの無事を毎日祈っていた。




「自分の身分を証明できるもの…それは持っているだろう。私にも邸にも連絡がない…1週間。侯爵家、あの義兄の元か?厄介だな…」



父は何かを考え込むように、低く呟きながら頭を抱えた。


「…とにかく部屋に手掛かりがないか確認をする。」


私宛の手紙しかないことを伝えようとしたが、父の向かう方向が違うので思わず声をかけてしまった。


「エミリアが最後に使っていた部屋はそちらではありません父上」


「最後に使っていた部屋?どういうことだ…」


父が怪訝そうな顔をする。



「どういうこと、とは?え?母上?」


父は知らないのか?と伺うように母を見る。青ざめたまま何も言わず震えている母。


「…とにかくそこへ案内しろ」


父の声は冷たく、命令するようだった。私は無言で頷き、父を案内した。

父がその部屋の中に足を踏み入れた瞬間、彼の顔が真っ青になった。日の当たらない質素な部屋。父が来ているとき以外はいつも使っていた部屋。


「な、なんだこの部屋は?こんなところにエミリアが?っ!ロザリー!!!!」



父はその場で怒りを爆発させ、母を責め立てた。母は恐怖に怯え、何も言えずにただ震えていた。


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