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13.翻訳
しおりを挟む「エミリア姉ちゃん。一緒に芋の皮むこうぜ」
マリーさんのお宅にお世話になって一週間。その間に、マリーさんが交渉してくれて、持っていた万年筆が売れ、少しお金ができた。
「なんだよ、ちっとも上手くならないな。嫁にいけないぞ。痛て…」
「あんたは、また、エミリアに余計なことを言って」
家族の賑やかなやりとりが耳に心地よい。
「そうだぞ。そんなことを言う男は、もてないぞ」
アリーちゃんを抱き上げたお父さんのベンさんに言われ、コリー君はブスッとする。
闇魔法はうまくいったようで、ベンさんはまじめに仕事に取り組んでいる。彼の表情には以前のような苦悩は見られず、穏やかな笑顔が戻っていた。ギャンブルの誘いに乗らない、場所にも近づかないというマリーさんとの約束も守っている。
今は消えたとはいえ、何かのきっかけでまたギャンブルにはまるとも限らない。クロード様の靄が、1年に一度復活するように…
「それにしても、よかったです。他の記憶が消えたわけではないようで」
「いいんだよ、もし消えていたとしても。この人、勉強もできないし、人生に関わるような大事な用事もないからさ。ははは」
「…ひでぇな。まあ、お前たちの誕生日と結婚記念日をちゃんと覚えていたのはよかったがな」
彼が大切に思う人々のことを覚えていたかったのだという事実に、胸が温かくなった。
「な、なんだよ、ベン。泣かせるようなことを言うんじゃないよ。」
マリーさんが少し照れたように言い、私はその光景を微笑みながら見つめた。
***********
「マリーさん。ベンさんも落ち着いたようですので、私、明日旅立ちます」
夕食後、意を決して言った言葉に、部屋の空気が少し重くなった。ずっと一緒にいたいという思いはあるが、それはかなわないことだと皆が知っていた。
「エミリア姉ちゃん、ずっといてもいいのに…」
泣きそうな顔をした子どもたちが、私の袖を掴む。彼らの小さな手に、マリーさんは優しく手を重ねた。
「エミリアはね、兄ちゃんに会いに行くんだって。お前たちのように仲がいい兄妹なんだろうよ。明るく見送ってやりな」
マリーさんは、子どもたちに優しく語りかけ、夫であるベンさんとうなずき合った。
「エミリア、少ないがこれをもらってくれないか。路銀として使ってくれ」
ベンさんが袋を取り出した。その中には少なくないお金が入っているようだった。
「そ、そんな、いただけないです」
慌ててベンさんに返そうとした。しかし、マリーさんはその手を制し、真剣な表情で語り始めた。
「いいから、もらってくれないかい。なに、この金だってベンがあのままだったら、消えていた金なんだ。遠慮はいらないし、エミリアに使ってほしいんだよ」
「マリーさん、ベンさん…」
涙が溢れそうになるのを必死にこらえ、その袋を受け取った。
「エミリアには感謝してもしきれない。また、戻ってきたときには、ぜひ会いに来てくれ。決して戻っていない姿を見せることを約束する」
ベンさんがニカッと笑う。
久しぶりに笑った日々。人の温かさに触れた。自分がどれだけ狭い世界にとらわれていたのかを知った。
***********
泣きじゃくる兄妹と笑顔のマリーさん夫婦に見送られ、隣国行きの乗り合い馬車に乗った。
もらったお金を合わせたら、うん、食事や宿を節約したら何とか領地にたどり着けそう。
馬車の中は静かで、風の音だけが響いていた。しかし、その静けさを破るように、隣に座っている商人風の男が、紙を見ながらぶつぶつと呟いている声が耳に入った。
「あー、分からん。品物だと思うが…なんて書いてあるんだ?取引は1年後、いや、違う。振り込みは1年後?いやそんなわけないな…あー、どうしよう」
ふとその紙に目をやった。内容が目に入ると、無意識に口が動いていた。
「契約更新は1年後…」
突然の声に驚いたのか、頭を抱え込んでいたその商人が、バッと顔を上げる。
「あ、すみません。覗き込んだわけではなく、目に入ったというか…すみません」
ああ、やってしまったわ…
「あー、いいんだ。どうせ、ランシェル語なんか誰も読めないと思って私が広げていただけたから。いや!それよりも読めるのかい!?」
商人はむしろ喜んだように口を開いた。
「ええ、語学は好きなもので…」
体が不調で学院に行けないときは、本を読み勉強するしかやることがなかった。あの固いベットでは碌に寝ることもできなかったし。継母も本に興味がないため伯爵家にあった本を取り上げることはなかった。いつか行ってみたい国、そこを旅する自分を想像することが楽しく、その国の言語を覚えるのもまた楽しかった。ランシェル語もその一つだ。
「ああ、神は私を見捨てていなかった。お嬢さんお願いだ!この取引を失敗するわけにはいかないのだが、不利な状態で契約を結ぶわけにもいかない。礼はする。翻訳してくれ!」
特に馬車の中ですることもないし…
「そうですね、お役に立てるのなら頑張ります」
馬車が揺れる中、私は商人のホレスさんと共に書類を読み進めた。馬車酔いをするかと思ったがそんなこともなく。時間はあっという間に過ぎ、夕方にはホレスさんの商会のある町に到着した。
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