11 / 57
11.ギャンブル
しおりを挟む
もうすぐ、夜が明ける。今のうちに邸を出よう。これ以上、話し合いの場に立つことを考えるだけで頭が痛くなる。私にはその覚悟も気力も残っていない。
クロード様に手紙を書く。短く簡潔な文面だが、それが今の私の精一杯だ。書き終えた後、少しの間、手紙を見つめてから封をし、そっと置いた。私は一つだけのカバンに荷物を詰め込む。驚くほど少ない荷物だったが、今の私にとって必要なものはわずかしかなかった。
今の私にとって大切なものは、このネックレスだけ。
しかし、ふと気づく。お金がない…。ほとんど無一文であることに思い至ると、冷や汗が背筋を伝った。でも、ここに留まったところで、状況が好転するわけではない。
高価な持ち物などないけど、持ち合わせているものを売って、なんとかやりくりするしかないわ。
降りやまない雨音に紛れて、邸を出る。
***********
ちらほらと明かりがついている家もあるが、なかなか雨宿りができそうなところがない…。うぅ、靴の中が気持ち悪いわ。買取の店の前までたどり着いたが、これからどうしよう…。
「あんた!どうしたんだい。そんなにびしょ濡れで」
傘をさした気の良さそうな女性が、慌てて駆け寄ってきた。彼女の顔には心配そうな表情が浮かんでいる。
「実は、遠く離れた兄に会いに行こうと思っているのですが、お金がなく、そこの店が開くのを待っているのです。」
「何言ってるんだい。まだ、開店まであと1時間はあるよ。何だってまた…いいとこのお嬢さんだろ?親は一緒じゃないのかい?」
「両親は亡くなっております…」
「…そうだったのかい。よし、とりあえず、このままだったら風邪をひいてしまう。私は、マリーって言うんだ。狭いけど家においで」
ありがたい申し出だが、見知らぬ人についていくのは少し怖い。どうしようか迷っていると、マリーさんは強引に私の手を引いて、そのまま連れて行った。
マリーさんの家に着くと、幼い兄妹が迎えてくれた。家は確かに狭いが、温かな空気が流れていた。
「…おねえちゃん、だれ?」
「着る物を濡らしたらな、母ちゃんに怒られるぞ」
「何で母ちゃんがお客さんを怒るんだい。ほら、コリーもアリーもお姉ちゃんにタオルを持ってきておやり」
子供たちは素直に従い、タオルを持ってきてくれた。私はそのタオルで濡れた髪や服を拭きながら、心の中で少しずつ暖かさが広がっていくのを感じた。
「ほら、あんたもお食べ」
マリーさんが差し出したのは、温かいスープとパンだった。
「まあ、口に会わないかもしれないけど我慢しな」
スープを一口飲むと、涙が一筋こぼれた。
「温かい…、とっても…おいしいです」
久しぶりに食べた温かい食事。心遣いも暖かい。
「泣くほどうまいかこれ?」
コリー君は笑いながら言い、マリーさんに頭を叩かれた。
「おねえちゃん、これで、チーンってして」
小さな幸せが、ここには溢れている。
***********
「…今帰ったぞ」
「あっ…父ちゃん」
子供たちが一斉に顔を曇らせ、部屋の隅に避けた。
「何しに来たんだい。」
「は?自分のうちに帰ってくるのに、何しにってなんだよ」
男は不機嫌そうに答え、部屋を物色し始めた。
「1週間も帰ってこなかったんだ。何しにって言うだろう!こないだ持って行った金はどうしたんだい!あれは、この子たちの服を買おうと思っていた金だよ。まさか、またギャンブルにつぎ込んだんじゃないでしょうね」
「つぎ込んだに決まっているだろ!」
男の声が荒々しく響いた。
「あんた!!子供たちが可愛くないのかい!」
マリーさんは声を震わせながら叫んだ。
「…可愛いと思っているさ。初めは、いいもの食わしてやろうと思って…。はっ、お前にはわからないだろうな…ギャンブルの、上手くいったときの喜びや興奮が忘れられないんだ。ああ、やめようともしたさ!でも、無理だった…どうしようもないんだよ!!」
男は膝から崩れ落ちる
「…馬鹿だよ、あんたは…」
マリーさんの声には、呆れと悲しみが混じっていた。きっと泣いているのだろう。声が震えている。
上手くいくかどうかわからないけど…
「あのー、私、それ何とかできるかもしれません。」
※ちょっと字が切れてたのに気付き、直しました…。21:52
クロード様に手紙を書く。短く簡潔な文面だが、それが今の私の精一杯だ。書き終えた後、少しの間、手紙を見つめてから封をし、そっと置いた。私は一つだけのカバンに荷物を詰め込む。驚くほど少ない荷物だったが、今の私にとって必要なものはわずかしかなかった。
今の私にとって大切なものは、このネックレスだけ。
しかし、ふと気づく。お金がない…。ほとんど無一文であることに思い至ると、冷や汗が背筋を伝った。でも、ここに留まったところで、状況が好転するわけではない。
高価な持ち物などないけど、持ち合わせているものを売って、なんとかやりくりするしかないわ。
降りやまない雨音に紛れて、邸を出る。
***********
ちらほらと明かりがついている家もあるが、なかなか雨宿りができそうなところがない…。うぅ、靴の中が気持ち悪いわ。買取の店の前までたどり着いたが、これからどうしよう…。
「あんた!どうしたんだい。そんなにびしょ濡れで」
傘をさした気の良さそうな女性が、慌てて駆け寄ってきた。彼女の顔には心配そうな表情が浮かんでいる。
「実は、遠く離れた兄に会いに行こうと思っているのですが、お金がなく、そこの店が開くのを待っているのです。」
「何言ってるんだい。まだ、開店まであと1時間はあるよ。何だってまた…いいとこのお嬢さんだろ?親は一緒じゃないのかい?」
「両親は亡くなっております…」
「…そうだったのかい。よし、とりあえず、このままだったら風邪をひいてしまう。私は、マリーって言うんだ。狭いけど家においで」
ありがたい申し出だが、見知らぬ人についていくのは少し怖い。どうしようか迷っていると、マリーさんは強引に私の手を引いて、そのまま連れて行った。
マリーさんの家に着くと、幼い兄妹が迎えてくれた。家は確かに狭いが、温かな空気が流れていた。
「…おねえちゃん、だれ?」
「着る物を濡らしたらな、母ちゃんに怒られるぞ」
「何で母ちゃんがお客さんを怒るんだい。ほら、コリーもアリーもお姉ちゃんにタオルを持ってきておやり」
子供たちは素直に従い、タオルを持ってきてくれた。私はそのタオルで濡れた髪や服を拭きながら、心の中で少しずつ暖かさが広がっていくのを感じた。
「ほら、あんたもお食べ」
マリーさんが差し出したのは、温かいスープとパンだった。
「まあ、口に会わないかもしれないけど我慢しな」
スープを一口飲むと、涙が一筋こぼれた。
「温かい…、とっても…おいしいです」
久しぶりに食べた温かい食事。心遣いも暖かい。
「泣くほどうまいかこれ?」
コリー君は笑いながら言い、マリーさんに頭を叩かれた。
「おねえちゃん、これで、チーンってして」
小さな幸せが、ここには溢れている。
***********
「…今帰ったぞ」
「あっ…父ちゃん」
子供たちが一斉に顔を曇らせ、部屋の隅に避けた。
「何しに来たんだい。」
「は?自分のうちに帰ってくるのに、何しにってなんだよ」
男は不機嫌そうに答え、部屋を物色し始めた。
「1週間も帰ってこなかったんだ。何しにって言うだろう!こないだ持って行った金はどうしたんだい!あれは、この子たちの服を買おうと思っていた金だよ。まさか、またギャンブルにつぎ込んだんじゃないでしょうね」
「つぎ込んだに決まっているだろ!」
男の声が荒々しく響いた。
「あんた!!子供たちが可愛くないのかい!」
マリーさんは声を震わせながら叫んだ。
「…可愛いと思っているさ。初めは、いいもの食わしてやろうと思って…。はっ、お前にはわからないだろうな…ギャンブルの、上手くいったときの喜びや興奮が忘れられないんだ。ああ、やめようともしたさ!でも、無理だった…どうしようもないんだよ!!」
男は膝から崩れ落ちる
「…馬鹿だよ、あんたは…」
マリーさんの声には、呆れと悲しみが混じっていた。きっと泣いているのだろう。声が震えている。
上手くいくかどうかわからないけど…
「あのー、私、それ何とかできるかもしれません。」
※ちょっと字が切れてたのに気付き、直しました…。21:52
772
お気に入りに追加
2,246
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる