【完結】全てを滅するのは、どうかしら

楽歩

文字の大きさ
上 下
9 / 57

9.降り出した雨

しおりを挟む
今は、何も聞かなかった何も見なかった。そうしようと自分に言い聞かせながら、そっとその場を立ち去ろうと決めた。


だが、立ち上がった瞬間、体がふらつき、足元がふらりと揺れた。無意識にバランスを取ろうとしたが、その拍子に近くにあった小枝を踏んでしまい、乾いた音が夜の静寂を切り裂いた。



「…え?エミリア?」

その音は、クロード様とフルールの耳にも届いてしまった。クロードの驚いた声が聞こえ、フルールは動揺しながらも、その口元は弧を描いていた。私は、何を言うべきか分からずに、ただ二人を見つめることしかできなかった。

「お姉さま…」

「もしかして聞いていたのかい」


クロード様が私に近づき、問いかけた。


「…ええ」



彼は長い間沈黙した後、ようやく口を開いた。



「聞いていた…、すまないエミリア。私は自分の気持ちにもう嘘は付けない。君に情はあるが、共に笑い合い共に人生を歩むとなった時、私の心はフルールを求めているのだ。父からは、私が伝える。本当にすまない。婚約は、無くなることになるだろう…気持ちの整理をしてくれ」


クロード様の瞳に映る感情を感じ取り、何も言い返せなかった。


「お姉様、ごめんなさい。でも、お姉さまがよければ、ずっとこの家にいてくれていいの!ほら、お姉様は、学院にはあまり行っていないけどとても優秀だし。一緒にこの家を盛り立ててくだされば…例えば侍女としてとか…」

その提案に心はさらに苦しくなった。クロード様が結婚したら傍にはいられないと言ったフルールが、今では私をこの家に留めようとしている。


それが、私にとってどれほどの苦痛であるかを知ってか知らずか。いや、知っているでしょうね。


「ああ、それがいい!父も君のことを心配しているし。君を愛することはできないが、病弱だった小さい頃の私を励ましてくれた君を見守っていきたい気持ちはあるんだ。今では君の方が病弱になってしまったから…ああ、そうだ!伯爵家の領地で療養するのもいいかもしれない。自然豊かだし、父もいるし…それも合わせて父に話そう」


彼の言葉は、私を傷つけないようにという気遣いから出たものだろうが、その優しさが痛烈な苦しみとして響いた。

体調を気遣っていることが、私の心にどれほどの重荷を増すことになるか、気付かないのでしょうね。あなたが元気なのは、私の力あってこそなのに…

「お姉さまは、体が弱いからクロードと出かけたりダンスしたりできないでしょう?共通の友達だって…だから、分かって。私、必ずクロードを幸せにするわ」


「フルール…」


愛しそうにフルールを呼ぶクロード様。…幸せな未来しか見えていない二人をこれ以上見ていられないわ。


「ええ、大丈夫よ、二人とも。二人の未来を祝福するわ。でも、急なことだったから、少し一人になりたいの。」

「そうか!分かってくれてよかったよ。そうだね。混乱するのは当然だ。明日また話し合おう」

「そうね。お姉さま、また明日。おやすみなさい」


フルールを抱きしめるようにして、クロード様は邸へと戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、自分の心の中で渦巻く感情と向き合っていた。



さっきまでの天気が嘘のように、空からは冷たい雨が降り始めていた。


雨粒が顔を濡らし、その冷たさが現実を突きつけてくる。私は立ち尽くしたまま、夜空を見上げた。どこまでも続く暗い雲の中に、未来もまた見えなくなってしまったかのようだった。

雨はあの日を思い出すから、消えてしまえばいいと願うことが多い。でも、今日は、この雨に当たっていたいわ。



来月には、クロード様の誕生日がある。伯爵様も帰ってくるわね。このままここにいたら、あの靄を消すため、また私の身を削ることになる。苦しむのは嫌だわ…。



…ふふ、ふふふ


会いたい人に会えず

行きたいところに行けず

食べたいものを食べられず

大事なものは私の元から無くなる

繰り返される毎日…か



笑っちゃうわ…




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...