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9.降り出した雨
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今は、何も聞かなかった何も見なかった。そうしようと自分に言い聞かせながら、そっとその場を立ち去ろうと決めた。
だが、立ち上がった瞬間、体がふらつき、足元がふらりと揺れた。無意識にバランスを取ろうとしたが、その拍子に近くにあった小枝を踏んでしまい、乾いた音が夜の静寂を切り裂いた。
「…え?エミリア?」
その音は、クロード様とフルールの耳にも届いてしまった。クロードの驚いた声が聞こえ、フルールは動揺しながらも、その口元は弧を描いていた。私は、何を言うべきか分からずに、ただ二人を見つめることしかできなかった。
「お姉さま…」
「もしかして聞いていたのかい」
クロード様が私に近づき、問いかけた。
「…ええ」
彼は長い間沈黙した後、ようやく口を開いた。
「聞いていた…、すまないエミリア。私は自分の気持ちにもう嘘は付けない。君に情はあるが、共に笑い合い共に人生を歩むとなった時、私の心はフルールを求めているのだ。父からは、私が伝える。本当にすまない。婚約は、無くなることになるだろう…気持ちの整理をしてくれ」
クロード様の瞳に映る感情を感じ取り、何も言い返せなかった。
「お姉様、ごめんなさい。でも、お姉さまがよければ、ずっとこの家にいてくれていいの!ほら、お姉様は、学院にはあまり行っていないけどとても優秀だし。一緒にこの家を盛り立ててくだされば…例えば侍女としてとか…」
その提案に心はさらに苦しくなった。クロード様が結婚したら傍にはいられないと言ったフルールが、今では私をこの家に留めようとしている。
それが、私にとってどれほどの苦痛であるかを知ってか知らずか。いや、知っているでしょうね。
「ああ、それがいい!父も君のことを心配しているし。君を愛することはできないが、病弱だった小さい頃の私を励ましてくれた君を見守っていきたい気持ちはあるんだ。今では君の方が病弱になってしまったから…ああ、そうだ!伯爵家の領地で療養するのもいいかもしれない。自然豊かだし、父もいるし…それも合わせて父に話そう」
彼の言葉は、私を傷つけないようにという気遣いから出たものだろうが、その優しさが痛烈な苦しみとして響いた。
体調を気遣っていることが、私の心にどれほどの重荷を増すことになるか、気付かないのでしょうね。あなたが元気なのは、私の力あってこそなのに…
「お姉さまは、体が弱いからクロードと出かけたりダンスしたりできないでしょう?共通の友達だって…だから、分かって。私、必ずクロードを幸せにするわ」
「フルール…」
愛しそうにフルールを呼ぶクロード様。…幸せな未来しか見えていない二人をこれ以上見ていられないわ。
「ええ、大丈夫よ、二人とも。二人の未来を祝福するわ。でも、急なことだったから、少し一人になりたいの。」
「そうか!分かってくれてよかったよ。そうだね。混乱するのは当然だ。明日また話し合おう」
「そうね。お姉さま、また明日。おやすみなさい」
フルールを抱きしめるようにして、クロード様は邸へと戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、自分の心の中で渦巻く感情と向き合っていた。
さっきまでの天気が嘘のように、空からは冷たい雨が降り始めていた。
雨粒が顔を濡らし、その冷たさが現実を突きつけてくる。私は立ち尽くしたまま、夜空を見上げた。どこまでも続く暗い雲の中に、未来もまた見えなくなってしまったかのようだった。
雨はあの日を思い出すから、消えてしまえばいいと願うことが多い。でも、今日は、この雨に当たっていたいわ。
来月には、クロード様の誕生日がある。伯爵様も帰ってくるわね。このままここにいたら、あの靄を消すため、また私の身を削ることになる。苦しむのは嫌だわ…。
…ふふ、ふふふ
会いたい人に会えず
行きたいところに行けず
食べたいものを食べられず
大事なものは私の元から無くなる
繰り返される毎日…か
笑っちゃうわ…
だが、立ち上がった瞬間、体がふらつき、足元がふらりと揺れた。無意識にバランスを取ろうとしたが、その拍子に近くにあった小枝を踏んでしまい、乾いた音が夜の静寂を切り裂いた。
「…え?エミリア?」
その音は、クロード様とフルールの耳にも届いてしまった。クロードの驚いた声が聞こえ、フルールは動揺しながらも、その口元は弧を描いていた。私は、何を言うべきか分からずに、ただ二人を見つめることしかできなかった。
「お姉さま…」
「もしかして聞いていたのかい」
クロード様が私に近づき、問いかけた。
「…ええ」
彼は長い間沈黙した後、ようやく口を開いた。
「聞いていた…、すまないエミリア。私は自分の気持ちにもう嘘は付けない。君に情はあるが、共に笑い合い共に人生を歩むとなった時、私の心はフルールを求めているのだ。父からは、私が伝える。本当にすまない。婚約は、無くなることになるだろう…気持ちの整理をしてくれ」
クロード様の瞳に映る感情を感じ取り、何も言い返せなかった。
「お姉様、ごめんなさい。でも、お姉さまがよければ、ずっとこの家にいてくれていいの!ほら、お姉様は、学院にはあまり行っていないけどとても優秀だし。一緒にこの家を盛り立ててくだされば…例えば侍女としてとか…」
その提案に心はさらに苦しくなった。クロード様が結婚したら傍にはいられないと言ったフルールが、今では私をこの家に留めようとしている。
それが、私にとってどれほどの苦痛であるかを知ってか知らずか。いや、知っているでしょうね。
「ああ、それがいい!父も君のことを心配しているし。君を愛することはできないが、病弱だった小さい頃の私を励ましてくれた君を見守っていきたい気持ちはあるんだ。今では君の方が病弱になってしまったから…ああ、そうだ!伯爵家の領地で療養するのもいいかもしれない。自然豊かだし、父もいるし…それも合わせて父に話そう」
彼の言葉は、私を傷つけないようにという気遣いから出たものだろうが、その優しさが痛烈な苦しみとして響いた。
体調を気遣っていることが、私の心にどれほどの重荷を増すことになるか、気付かないのでしょうね。あなたが元気なのは、私の力あってこそなのに…
「お姉さまは、体が弱いからクロードと出かけたりダンスしたりできないでしょう?共通の友達だって…だから、分かって。私、必ずクロードを幸せにするわ」
「フルール…」
愛しそうにフルールを呼ぶクロード様。…幸せな未来しか見えていない二人をこれ以上見ていられないわ。
「ええ、大丈夫よ、二人とも。二人の未来を祝福するわ。でも、急なことだったから、少し一人になりたいの。」
「そうか!分かってくれてよかったよ。そうだね。混乱するのは当然だ。明日また話し合おう」
「そうね。お姉さま、また明日。おやすみなさい」
フルールを抱きしめるようにして、クロード様は邸へと戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、自分の心の中で渦巻く感情と向き合っていた。
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来月には、クロード様の誕生日がある。伯爵様も帰ってくるわね。このままここにいたら、あの靄を消すため、また私の身を削ることになる。苦しむのは嫌だわ…。
…ふふ、ふふふ
会いたい人に会えず
行きたいところに行けず
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大事なものは私の元から無くなる
繰り返される毎日…か
笑っちゃうわ…
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