上 下
31 / 46

31.聞き間違いかしら?

しおりを挟む
馬車がゆっくりと止まり、扉が開く。冷えた夜の空気が肌を撫で、星の光が静かに降り注いでいた。馬車から降り立つと、王宮の正面階段が目の前にそびえ立つ。一歩一歩、石段を踏みしめて進んだ。


「エルミーヌ、緊張しているのかい?」

隣を歩くヴィンセントの優しい声が、冷たい空気を和らげるように耳に届く。



「ええ、久しぶりの王宮ですもの。何だか、少し戸惑ってしまいますわ」

笑顔で答えるも、心臓の鼓動が速いのを感じる。これからの夜会への期待とで胸がいっぱいだわ。



フリード様は、微笑みを浮かべながら私とシャルロットのドレスを目に留めた。

「ああ、二人のドレス。公爵家で見たときも美しかったが、こうして王宮の光の中ではまた格別だね。…シャルロット、ちょっと肩を出しすぎじゃないか? 今からストールを取ってこようか?」

「ふふ、大丈夫よ。出しているのよ、見せるつもりで」

シャルロットは少し得意げな表情を浮かべ、まったく気にする様子もない。その様子に、フリード様が眉をひそめた。


「諦めろ、フリード。誰にも見せたくない気持ちは分かるが、これは二人の渾身のドレスだ。下手に口を挟むと嫌われるぞ」

ヴィンセント様が軽く肩をすくめる。


「まあ、お兄様。ダリルのことを忘れておりますわ。3人の渾身のドレスですのよ」

シャルロットが笑いながら言うと、頭の中にダリルの姿が浮かんだ。

彼は最後まで鬼気迫る表情でドレスの仕上げに取り組み、光の当たり具合や布の質感を細部まで計算し尽くしていた。夜会の様子を見られないことを悔しがっていたけれど、もしかしたらこっそり忍び込んでいるのではないかと疑ってしまう。


大広間の扉の前にたどり着いた。



「お兄様、前にお話ししたことは覚えていて?」

「ああ、もちろんだ。忘れるわけがない」


兄妹2人の会話に私とフリード様は、首をかしげる。


「ふふ、エルミーヌのことを頼んだだけよ」


「おお、そうだったのか! じゃあ、シャルロットのことは私に任せておけ」


フリード様が嬉しそうに言う。

ふふ、子供じゃないのに、頼んだだなんて。




荘厳な扉がゆっくりと開かれ、豪華なシャンデリアが目に飛び込んできた。


天井から吊るされた無数のガラスの飾りが光を反射し、部屋全体を柔らかな光で包み込んでいる。テーブルに置かれた銀の燭台のキャンドルは、揺らめく炎を灯しながら、ほのかなローズの香りを漂わせていた。

私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、空気が静まり返り、続いてざわめきが波のように押し寄せた。耳を澄ませば、私たちのドレスを称賛する声が聞こえてくる。



「みんな、君たちに夢中だね。誰が最初に声をかけるか探っているな」

ヴィンセント様が微笑む。



「一部のご婦人たちは眉間に皺を寄せていますけどね。まあ、王太子の挨拶が始まるまで、歩きましょう。揺れるとさらにこのドレスの素晴らしさが分かるわ」


シャルロットが、愉快そうに言う。


「それでしたら、このまま庭に出てみませんか? 出来栄えが気になっていたのです」


皆が私の提案に賛同し、庭園へと向かった。目の前に現れた庭園は、まるで別世界のようだった。無数のランタンが灯り、木々の間を星明りが照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。


想像以上だわ。ここでのランタンもシルクの輝きを美しく見せる。



賑やかだった大広間に静けさが訪れる。そろそろ始まるわ。



楽団の音楽が一瞬止むと、王太子が王が座っている王座の横に立ち、客人たちに笑顔を向けた。その姿はまさに王族の威厳と品格に満ちている。


「本日は、私のためにお越しいただき誠にありがとうございます。この特別な日を皆さまと共に過ごせることを大変嬉しく思います。どうぞ、存分にお楽しみください」


王太子の優雅な挨拶と乾杯が終わると、大広間にはさらに高揚した空気が広がった。



彼の背筋はまっすぐに伸び、優雅な立ち居振る舞いは王太子そのものだった。

すごいわ、教師の方々頑張ったのね。




アンナ様は、部屋の片隅の席でシャンパンのグラスを持ち、友人たちと微笑みながらその姿を見ている。彼女の笑顔は明るく、大きなイヤリングが揺れるたびに光を反射してきらめいた。

とっても綺麗な…ガラスだわ。




ふと、彼女の視線が、王太子へと向けられる。その視線に気づいた王太子との間に微かな微笑みが交わされていた。


「それでは、これから、この夜をさらに特別なものにするために、驚きの演出をご覧いただきます」



王太子が宣言すると、あっという間に大広間に舞台が出来上がった。


その後、舞台に現れたダンサーたちが披露した演目「星の調べと竜の伝説」は息をのむような美しさだった。星座を模した衣装が光と影の演出とともに動き、夢のような世界を描き出していた。



私たちは、他の招待客と一緒に見入っていたが、ふとアンナの視線が気になった。

彼女はグラスを手に、友人たちと微笑んでいたのに、私たちのドレスを見ると、どこか悔しげな表情をしていた。




「私もあのドレスに目をつけていましたのよ。教えてくだされば、もっと早く3人で揃えられましたのに」



ん? 3人で?  聞き間違いかしら?


しおりを挟む
感想 136

あなたにおすすめの小説

【完結】政略結婚だからこそ、婚約者を大切にするのは当然でしょう?

つくも茄子
恋愛
これは政略結婚だ。 貴族なら当然だろう。 これが領地持ちの貴族なら特に。 政略だからこそ、相手を知りたいと思う。 政略だからこそ、相手に気を遣うものだ。 それが普通。 ただ中には、そうでない者もいる。 アルスラーン・セルジューク辺境伯家の嫡男も家のために婚約をした。 相手は、ソフィア・ハルト伯爵令嬢。 身分も年齢も釣り合う二人。 なのにソフィアはアルスラーンに素っ気ない。 ソフィア本人は、極めて貴族令嬢らしく振る舞っているつもりのようだが。 これはどうもアルスラーンの思い違いとは思えなくて・・・。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも
恋愛
学園の卒業パーティ 人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。 傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。 「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」 私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。

誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?

miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」 2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。 そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね? 最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが 彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に 投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。 それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。 ――なにもかもを間違えた。 そう後悔する自分の将来の姿が。 Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの? A 作者もそこまで考えていません。  どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

処理中です...