6 / 38
6.元宮廷薬師です
しおりを挟む
次の日の昼、寮を後にした。
疲れと落ち込みが重なり、片づけには予想以上の時間がかかってしまった。荷物をまとめる手がなかなか進まなかったのだ。外に出ると、日差しは明るく、空は澄み渡っていたが、心は重く沈んでいた。
「今から実家に帰るには時間が足りないわね…」
小さくため息をついた。領地までの道のりは馬車で約四時間。夕刻までには着かないだろう。そう考えると、今日のうちに宿を探して泊まる方が良さそうだった。
「王宮もこれで見納めか…」
これまでの忙しい日々の中で、王宮をじっくりと歩く機会はほとんどなかった。今さらだが、もっと色々と探索しておけばよかったと後悔が胸に広がる。もう二度とこの場所に足を踏み入れることはないだろう。そんな思いが私を庭園へと向かわせた。
美しい花々が咲き乱れる庭園を歩きながら、心の整理を試みていた。これからの生活、失った職場、そして将来への不安が頭を巡っていた。
どこかしら、心の空白を埋めたくて、目に映るもの全てを記憶に焼き付けようとするかのように、周囲をじっくりと見渡していた。
しばらく歩くと、庭園の中央にある噴水のそばで、何か、苦しんでいるような男性が目に入った。彼はベンチに腰掛け、片手でお腹を押さえ、顔をしかめている。
どうしよう…声をかけるべきかしら?無視して通り過ぎることもできるけど、かばんの中には自作のポーションが入っている。もし具合が悪いのなら、役に立つかもしれない。よし!
意を決して、男性に近づき、小さな声で呼びかけた。
「あ、あのー…」
驚いたように顔を上げた男性の表情には、驚きと少しの警戒心が浮かんでいた。フローリアはその顔を見て、一瞬息を飲んだ。強面だが、端正な顔立ちは青ざめており、苦痛に耐えている様子が見て取れた。
「具合でも悪いのですか?」
男性は少しためらった後、深いため息をついて答えた。
「ああ、恥ずかしい話、胃が痛いんだ。…実は、私は、第三騎士団で副団長をしているのだが、団長の代わりに出た会合がどうにも合わなくてな。もともと平民だから、貴族のあの嫌味臭い言い方に我慢ならなくて、一発殴ってやりたいのをぐっと我慢していたら胃をやられてしまったようだ。はは、こんな体格でって思うだろ?」
彼の声には、どこか自嘲の響きが含まれていた。
「そんな、体の不調に体格は関係ないですよ。ストレス性の胃痛ですね。それでしたらこれを…」
かばんからポーションを取り出し、男性に差し出した。
「これは?」
「私が作ったポーションです。よろしかったら、お飲みください」
男性は驚いたようにポーションを見つめた。
「いいのか?ポーションなんて高価なものだろうに」
「いいのです。飲むために存在しているのですから。痛みに効くタイプのものなので、きっとお役に立つと思います」
「そうか、じゃあ、遠慮なく」
彼はポーションを受け取り、一気に飲み干した。
飲んだ後、男性はしばらく考え込むように沈黙したが、やがて口を開いた。
「君は、宮廷薬師なのかい?」
「ええ、でも…元宮廷薬師です。つい昨日、人員削減のために首になりまして」
「そうなのか…それは辛かったな。ん?おお!効いてきたぞ。胃の痛みが嘘のように消えていく!すごいな!こんなポーションが作れるのに、首になったのか?」
「えーと、ポーションの質は褒められたことがあるのですが、手早く作るのはまだ修行が必要で…」
「なるほど、それで君はこれからの身の振り方は考えているのか?」
男性は真剣な表情になった。
「ええ、なんとなくは。でも…目的を失って気力が湧かず、どうしたいのか、どうしていいのか…」
話しながら、胸の奥に溜まっていた感情が溢れ出し、涙が止まらなくなってしまった。あんなに昨日泣いたのに…
「っ!ああ、すまない。泣かせるつもりはなかったんだ。そうだよな、急なことだったんだろう?宮廷薬師の採用は難しいと聞いたことがある。そりゃ、まだ立ち直れていないのに、身の振り方にまで踏み込んでしまって…すまん」
男性は慌ててハンカチを差し出し、フローリアの頭を優しく撫でてくれた。その優しさに、少しだけ心が和らぐのを感じた。
「いいえ、とりあえず今日は宿を探して、また明日考えます」
「宿もないのか?そうか…。おっと、自己紹介がまだだったな。私は第三騎士団の副団長、エドモンド・レイヴンウッドだ。もともと平民だったが、功績を立てたので男爵位を賜っている。しかし、レイヴンウッドという姓がどうも馴染まなくてな。遠慮なくエドモンドと呼んでほしい」
エドモンド様はベンチから立ち上がり礼儀正しく自己紹介して下さった。
「エドモンド様ですね。私はグリムハルト子爵家の三女、フローリアですわ。宮廷薬師は平民もおりましたので、皆、名前で呼び合っておりました。ですので、私のこともフローリアとお呼びください」
正面からエドモンド様を見た。その若々しい顔立ちや精悍な体つきに驚きつつも、その若さで副団長まで登り詰めた彼の実力を感じ取った。彼はおそらく20代後半ほどだろう。それだけの地位に就いていることが彼の優秀さを物語っていた。
「わかった。では、フローリア、実は提案があるのだが…」
「提案ですか?」
エドモンド様は私を見つめ、真剣な声で言った。
「ああ、もし君がよければ、第三騎士団で働かないか?」
第三騎士団?
疲れと落ち込みが重なり、片づけには予想以上の時間がかかってしまった。荷物をまとめる手がなかなか進まなかったのだ。外に出ると、日差しは明るく、空は澄み渡っていたが、心は重く沈んでいた。
「今から実家に帰るには時間が足りないわね…」
小さくため息をついた。領地までの道のりは馬車で約四時間。夕刻までには着かないだろう。そう考えると、今日のうちに宿を探して泊まる方が良さそうだった。
「王宮もこれで見納めか…」
これまでの忙しい日々の中で、王宮をじっくりと歩く機会はほとんどなかった。今さらだが、もっと色々と探索しておけばよかったと後悔が胸に広がる。もう二度とこの場所に足を踏み入れることはないだろう。そんな思いが私を庭園へと向かわせた。
美しい花々が咲き乱れる庭園を歩きながら、心の整理を試みていた。これからの生活、失った職場、そして将来への不安が頭を巡っていた。
どこかしら、心の空白を埋めたくて、目に映るもの全てを記憶に焼き付けようとするかのように、周囲をじっくりと見渡していた。
しばらく歩くと、庭園の中央にある噴水のそばで、何か、苦しんでいるような男性が目に入った。彼はベンチに腰掛け、片手でお腹を押さえ、顔をしかめている。
どうしよう…声をかけるべきかしら?無視して通り過ぎることもできるけど、かばんの中には自作のポーションが入っている。もし具合が悪いのなら、役に立つかもしれない。よし!
意を決して、男性に近づき、小さな声で呼びかけた。
「あ、あのー…」
驚いたように顔を上げた男性の表情には、驚きと少しの警戒心が浮かんでいた。フローリアはその顔を見て、一瞬息を飲んだ。強面だが、端正な顔立ちは青ざめており、苦痛に耐えている様子が見て取れた。
「具合でも悪いのですか?」
男性は少しためらった後、深いため息をついて答えた。
「ああ、恥ずかしい話、胃が痛いんだ。…実は、私は、第三騎士団で副団長をしているのだが、団長の代わりに出た会合がどうにも合わなくてな。もともと平民だから、貴族のあの嫌味臭い言い方に我慢ならなくて、一発殴ってやりたいのをぐっと我慢していたら胃をやられてしまったようだ。はは、こんな体格でって思うだろ?」
彼の声には、どこか自嘲の響きが含まれていた。
「そんな、体の不調に体格は関係ないですよ。ストレス性の胃痛ですね。それでしたらこれを…」
かばんからポーションを取り出し、男性に差し出した。
「これは?」
「私が作ったポーションです。よろしかったら、お飲みください」
男性は驚いたようにポーションを見つめた。
「いいのか?ポーションなんて高価なものだろうに」
「いいのです。飲むために存在しているのですから。痛みに効くタイプのものなので、きっとお役に立つと思います」
「そうか、じゃあ、遠慮なく」
彼はポーションを受け取り、一気に飲み干した。
飲んだ後、男性はしばらく考え込むように沈黙したが、やがて口を開いた。
「君は、宮廷薬師なのかい?」
「ええ、でも…元宮廷薬師です。つい昨日、人員削減のために首になりまして」
「そうなのか…それは辛かったな。ん?おお!効いてきたぞ。胃の痛みが嘘のように消えていく!すごいな!こんなポーションが作れるのに、首になったのか?」
「えーと、ポーションの質は褒められたことがあるのですが、手早く作るのはまだ修行が必要で…」
「なるほど、それで君はこれからの身の振り方は考えているのか?」
男性は真剣な表情になった。
「ええ、なんとなくは。でも…目的を失って気力が湧かず、どうしたいのか、どうしていいのか…」
話しながら、胸の奥に溜まっていた感情が溢れ出し、涙が止まらなくなってしまった。あんなに昨日泣いたのに…
「っ!ああ、すまない。泣かせるつもりはなかったんだ。そうだよな、急なことだったんだろう?宮廷薬師の採用は難しいと聞いたことがある。そりゃ、まだ立ち直れていないのに、身の振り方にまで踏み込んでしまって…すまん」
男性は慌ててハンカチを差し出し、フローリアの頭を優しく撫でてくれた。その優しさに、少しだけ心が和らぐのを感じた。
「いいえ、とりあえず今日は宿を探して、また明日考えます」
「宿もないのか?そうか…。おっと、自己紹介がまだだったな。私は第三騎士団の副団長、エドモンド・レイヴンウッドだ。もともと平民だったが、功績を立てたので男爵位を賜っている。しかし、レイヴンウッドという姓がどうも馴染まなくてな。遠慮なくエドモンドと呼んでほしい」
エドモンド様はベンチから立ち上がり礼儀正しく自己紹介して下さった。
「エドモンド様ですね。私はグリムハルト子爵家の三女、フローリアですわ。宮廷薬師は平民もおりましたので、皆、名前で呼び合っておりました。ですので、私のこともフローリアとお呼びください」
正面からエドモンド様を見た。その若々しい顔立ちや精悍な体つきに驚きつつも、その若さで副団長まで登り詰めた彼の実力を感じ取った。彼はおそらく20代後半ほどだろう。それだけの地位に就いていることが彼の優秀さを物語っていた。
「わかった。では、フローリア、実は提案があるのだが…」
「提案ですか?」
エドモンド様は私を見つめ、真剣な声で言った。
「ああ、もし君がよければ、第三騎士団で働かないか?」
第三騎士団?
2,089
あなたにおすすめの小説
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
【完結】結婚しておりませんけど?
との
恋愛
「アリーシャ⋯⋯愛してる」
「私も愛してるわ、イーサン」
真実の愛復活で盛り上がる2人ですが、イーサン・ボクスと私サラ・モーガンは今日婚約したばかりなんですけどね。
しかもこの2人、結婚式やら愛の巣やらの準備をはじめた上に私にその費用を負担させようとしはじめました。頭大丈夫ですかね〜。
盛大なるざまぁ⋯⋯いえ、バリエーション豊かなざまぁを楽しんでいただきます。
だって、私の友達が張り切っていまして⋯⋯。どうせならみんなで盛り上がろうと、これはもう『ざまぁパーティー』ですかね。
「俺の苺ちゃんがあ〜」
「早い者勝ち」
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結しました。HOT2位感謝です\(//∇//)\
R15は念の為・・
〖完結〗残念ですが、お義姉様はこの侯爵家を継ぐことは出来ません。
藍川みいな
恋愛
五年間婚約していたジョゼフ様に、学園の中庭に呼び出され婚約破棄を告げられた。その隣でなぜか私に怯える義姉のバーバラの姿があった。
バーバラは私にいじめられたと嘘をつき、婚約者を奪った。
五年も婚約していたのに、私ではなく、バーバラの嘘を信じた婚約者。学園の生徒達も彼女の嘘を信じ、親友だと思っていた人にまで裏切られた。
バーバラの目的は、ワイヤット侯爵家を継ぐことのようだ。
だが、彼女には絶対に継ぐことは出来ない。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
感想の返信が出来ず、申し訳ありません。
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
兄のお嫁さんに嫌がらせをされるので、全てを暴露しようと思います
きんもくせい
恋愛
リルベール侯爵家に嫁いできた子爵令嬢、ナタリーは、最初は純朴そうな少女だった。積極的に雑事をこなし、兄と仲睦まじく話す彼女は、徐々に家族に受け入れられ、気に入られていく。しかし、主人公のソフィアに対しては冷たく、嫌がらせばかりをしてくる。初めは些細なものだったが、それらのいじめは日々悪化していき、痺れを切らしたソフィアは、両家の食事会で……
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる