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47.番外編sideミュラー侯爵

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「アランちゃん、だめよ。綺麗にホールドを張らなきゃ。そう、そうよ。飲み込みが早いわ。」


妻が、アランにダンスの指導をしている。無様な姿を笑ってやろうと思ったのに、様になっている…

そうだ、君はそういうやつだよ。


妻は、初めからアランにとても優しく”狂乱の死神”と呼ばれるようになってからも怖がることはなかった。我が邸に来たあの日から、痩せているアランを心配し、根気強くマナーを教えながら食事の世話をした。病気でやせ細り死んだ弟の姿を重ねたのだろう。アランはすでに18歳だったから私は軽く嫉妬したぞ…。傷だらけで帰ってきて熱を出したアランを寝ずに看病していたこともある。そして、私は人生で初めて妻に怒られた…。

アランも私にはあんな態度なのに、妻には従順だ。『…似てるんだ。おっとりしたところもあの呼び方も…死んだ母親に…』酔ったアランがそんなことを言った時がある。おかげで、息子も生まれたばかりの娘もアランを少しも怖がらない。息子にいたってはキラキラした憧れの目でいつも見ている。くっ。


このミュラー家は、代々皇帝の影だ。妻を見初め、前ミュラー侯爵に頼み込んだときにその覚悟はあるかと聞かれた。あるに決まっている。まあ、あの場でないと言ったら殺されていただろうな。妻は、影のことを知らない。おっとりしている娘の彼女を影にする気はないと義父が婿養子である私を侯爵にした。まあ、私の転移魔法も決め手だったのだろう。

この手が黒に染まっていったが何も後悔はしていない。後悔しているとしたら、愛する姉上に辛い役目を背負わせたことだ。そして、その娘、シルヴィにも。

********************


姉上の死後、シルヴィの生存すら耳に入ってこなくなり、皇帝を巻き込んであの国をつぶす計画が最終段階まで来たころ、アランがやってきた。


シルヴィがこの子を見つけたのか…平民にしては高貴な顔だな。藤色の髪に瑠璃色、ラピスラズリのような瞳とは珍しい。貴族の庶子か?…ああ、いや違うな。心当たりがある。

それにしても、ラピスラズリ、はは、姉上が好きだった宝石だな。血は争えない。


********************


面倒だから、あまりシルヴィに近づけたくない。そう思ったが、このアランの意志は固かった。

それにしても、剣の腕の上達が尋常じゃない。口は悪いが、すごいスピードで知識も吸収する。地頭がいいのだろう。妻のおかげもあるが、マナーも完璧だ。私の前以外で…。この前、思わず高笑いをしてしまったら『おい、マナーがなってないぞ』と言われた…


血筋か…やはりそうだな。調査の結果を侍従長から受け取る。‥‥スピネル国の王弟。ラピスラズリの瞳を持つ美しいその王弟は、学院を首席で卒業しながらも、剣を愛し、武者修行だと言って各国を周っていたと聞いた。数年後、唐突に”家族ができたから国に連れて帰る”という連絡があったにもかかわらず消息不明となり、スピネル国は悲しみに包まれたと聞く。酔ったアランから聞いた話によると両親は、5歳のころ馬車の事故でそろって亡くなったという。すぐ帰ると約束したまま。…アランが”約束”に異常なほど固執するのはそのせいか…。話に聞いた父親の外見は王弟とそっくりだ。なにより、そうでなくてはアランの並外れた能力を説明できない。


********************

姉上の面影があるシルヴィは美しい。いや美しさだけではない。望めば、この国のどんな男でも手に入るだろう。あの王太子が馬鹿すぎたのだ。


アランかぁ…


そんな気はしていた。気のせいだと思いたかったが…いや、誰が見ても両片思いだ。『私はいつも粉砂糖まみれです。』と、ナタリーも言ってた。…まあ、いい。はは、私はこれでもアランをとても気に入っているんだ。


アランが、もっと上の爵位がほしいと相談に来た。シルヴィに釣り合う爵位がほしいのだろう。ようやく腹をくくったかとほくそ笑んだ。汚い手で手に入れた爵位でプロポーズなどするまいと思って聞いたのだが、何でもいいから確実に、早くだと。くくっ、シルヴィを待たせたくないのか取られたくないのか。あー笑える。


王弟の息子。これが一番手っ取り早いが、アランが望んでいるのはこれではないだろう。今は、いや余計なことに巻き込まれるくらいなら永遠に知らないほうがいいことだってある。


ラピスラズリ、石言葉は、「真実」「崇高」「幸運」だったか…。
ああ、シルヴィ、君の幸せは、この男の中にあるんだね。



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