忌花

こ★め

文字の大きさ
上 下
16 / 22
二章 青藍の夢

鈍色

しおりを挟む
 かつて存在した祖国は、内側から見れば悪い国などではなかった。貧富の差はあれど、それなりに良く治めていたと思う。尤も、騎士というある意味特権階級から見たものではあるが。生家とて貧困層ではなかったから、然とは言い切れない部分は否めない。それでも、大きな内乱は起きなかったと記憶している。
 ただ、それはあくまでも『内側から』の話だ。外から見れば答えは真逆になる。何故なら、我が国は侵略される側ではなく、する側だったから。祖国を奪われた者にとって、これ以上ない悪だろう。

 行くべきではなかった任務は、小さな内乱の鎮圧だった。大きなものはなくとも、郊外で小競合いくらいは発生する。多民族・多宗教ともなれば、当然とも言えるだろうか。
 併呑した国には、必ず監視のための間者を潜ませていた。ゆっくりと静かに蝕む病巣のように、自浄作用を無力化し、牙を腐らせ爪を剥ぐ。そうして家畜に変えてしまうのだ。

 そうした役目を担った者からの報告があった。西方の僻地にて反乱の気配あり、と。

「ふーん…なるほどね」
 命令を聞いた団長の一言が、それだった。つい、と目を細めて更に呟いた一言は、側にいた俺と参謀殿にしか届いていなかっただろう。
「栄枯盛衰は世の常か」
 こんな時の団長は、のだ。薄く紗の掛かった瞳が見ているのが何なのか、知っているのは恐らく公私に関わりの深い参謀殿くらいだろう。
「さて、あたしとしては正直気は進まないんだ。行きたくない者は行かなくて良いと思う」
「いつにも増して雑な上に、命令違反を誘うな」
 参謀との漫才が始まったようだ。実際のところ、彼女の出自から騎士団長とされている部分があった。団長なんか嫌だと涙目で抗議し、現副団長を推挙して本人に断られた経緯を知るものは多い。だが、彼女の戦闘能力の異常な高さと戦地に於けるカリスマ性が、最前線の死の淵で骨身削る者達に存分な士気を与えていた。

 少々猛進しがちな彼女を支え、最大限に活かす事ができる参謀がいてこその側面はあるが。

「最後の夢を見る場所くらい、自分で選びたいじゃない?」
 凍り付いた空気をものともせずに笑う顔は、いっそ無邪気でさえあった。
「…」
 馬鹿げた事だというのに、何故か参謀は何も言わない。ただ、静かに団長を見つめていた。その目には泡立つような感情もなく、凪いだ湖面のように静かだった。
 この暑苦しく血の気の多い騎士の集まる場にはそぐわない、耳の痛くなるような静寂が続く中、団長が再び口を開いた。
「お前たちには2つの選択肢がある。家族の元に戻り、夢の訪れを待つのか。それとも、このまま出陣し、西の僻地であたしと心中するのか」
「念の為確認するが、逃げるという選択肢は?」
「ナシかな。あれはいっそ呪いのようなもんだから、マーキングされてりゃ逃れられない。それに…あたしは一応王族の端っこに座ってるんだし、逃げるわけにもいかないでしょ」
「そうか。なら、私も行くとしよう」
 まるで、晩餐にでも同行するような気軽さで決めてしまった。そんな参謀を見る団長の目は、少々複雑だった。
「えぇ…。付いてくるの?」
「随分嫌そうだな?」
 穏やかだった目の色が、少々剣呑になったのはご愛嬌だ。

 余命宣告の後とは思えないダラッとした空気の中、その場にいた全ての騎士たちは己の装備を検めた後に行軍心中の列に加わった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...