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二章 青藍の夢
藍の森
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アレッシオがこの鬱蒼とした森を歩き始めてからどれ程経っただろうか。普段なら、この辺りで兎の一羽も見つかるものだが、どうしたことか今日はまだ見ない。そういえば、と耳を澄ませど蝉や鳥の声さえしていないのに遅まきながらも気が付いた。
魔獣の類も頻繁に見掛ける森故か、草食動物でさえ豪胆な所があるというのに、コソとも気配がしない。首を傾げつつも歩をすすめると、やがて拓けた場所に出た。先般、小型の竜種が根城にしていた場所だ。村に近過ぎる場所なのでお引取願ったのだが、今日は先住民以外の先客がいるようだ。
射干玉の髪に白磁の肌を持つ華の顔。既知の少女は『顔以外良い所は何もない』と評した男。この男がいるのならば、魔獣さえ息を潜めても仕方あるまい。
「知ってるか?」
「突然過ぎるだろ。説明はどうした」
「…面倒だ」
「会話をしろよ。言葉は交わすものだろ」
「………その手に持っている草だが」
「やる気ゼロかよ」
クリス達村人に頼まれ、奥地で摘んだ植物。柔らかく繊細な葉と、美しい青い花が特徴の花。薬草だからと食べないよう言い含められたそれ。
「猛毒の花だぞ」
「え」
「巷で流行りのコレだが」
可愛らしい香水瓶の中で、琥珀色の光を弾く液体が揺れている。見覚えのあるものに、アレッシオの鼓動は自然と速くなった。冷たい汗が背を伝う。
「惚れ薬との事だが…ここ数日で3人が命を落とし、8人が昏睡。使用者からの事情聴取と成分分析で、惚れるどころかただの毒薬と判明した」
アレッシオの手から落ちた花が、青い花弁を雫のように散らす。おもむろに歩き出した男が、すれ違いざまにその花を拾い上げ、甘やかに宣った。
「村に戻ってみるがいい。面白い事になっているぞ」
男が闇に溶けると、消えていた気配が一気に押し寄せてきた。鳥の囀り、蝉の歌、木々の囁き…そして生きる気配。弾かれたように踵を返し、猛然と来た道を戻り始めた。
走って走って走って。森の入り口から村を見た時、狼煙の如き黒煙を見た。それは幾筋も上がり、蒼天に吸い込まれて行く。ただの火事にしてはあまりに物々しく、存在を忘れる程久しく顔を見なかったあの男が来たのだ。善意とは程遠く、災厄と親しい厄介な男が。親切心を起こしたなどとはお世辞にも言えないだろう。
近付いた村の門扉は固く閉ざされていた。外敵から村を護る筈の大きな扉は、外側から板を何枚も打ち付けられ、誰も逃さない為の障壁と化している。魔物や獣が登れない程の高い壁も、全てが逆しまに役目を果たしている。
「おい、何をしている」
目の前の憲兵が誰何の声を上げるが、答える気にはなれなかった。無言で防壁内の沈下を行うべく、鉛のように重い腕を持ち上げようとしたところで、軽い力に止められた。
「やめておきなさい、無駄よ」
幾分記憶より話し方が柔らかくなっていたが、知った声だった。日に焼けたアレッシオの腕に、小さな白い手が乗っている。
「ネーヴェ」
あの日と変わらぬ真っ白な少女が立っていた。
魔獣の類も頻繁に見掛ける森故か、草食動物でさえ豪胆な所があるというのに、コソとも気配がしない。首を傾げつつも歩をすすめると、やがて拓けた場所に出た。先般、小型の竜種が根城にしていた場所だ。村に近過ぎる場所なのでお引取願ったのだが、今日は先住民以外の先客がいるようだ。
射干玉の髪に白磁の肌を持つ華の顔。既知の少女は『顔以外良い所は何もない』と評した男。この男がいるのならば、魔獣さえ息を潜めても仕方あるまい。
「知ってるか?」
「突然過ぎるだろ。説明はどうした」
「…面倒だ」
「会話をしろよ。言葉は交わすものだろ」
「………その手に持っている草だが」
「やる気ゼロかよ」
クリス達村人に頼まれ、奥地で摘んだ植物。柔らかく繊細な葉と、美しい青い花が特徴の花。薬草だからと食べないよう言い含められたそれ。
「猛毒の花だぞ」
「え」
「巷で流行りのコレだが」
可愛らしい香水瓶の中で、琥珀色の光を弾く液体が揺れている。見覚えのあるものに、アレッシオの鼓動は自然と速くなった。冷たい汗が背を伝う。
「惚れ薬との事だが…ここ数日で3人が命を落とし、8人が昏睡。使用者からの事情聴取と成分分析で、惚れるどころかただの毒薬と判明した」
アレッシオの手から落ちた花が、青い花弁を雫のように散らす。おもむろに歩き出した男が、すれ違いざまにその花を拾い上げ、甘やかに宣った。
「村に戻ってみるがいい。面白い事になっているぞ」
男が闇に溶けると、消えていた気配が一気に押し寄せてきた。鳥の囀り、蝉の歌、木々の囁き…そして生きる気配。弾かれたように踵を返し、猛然と来た道を戻り始めた。
走って走って走って。森の入り口から村を見た時、狼煙の如き黒煙を見た。それは幾筋も上がり、蒼天に吸い込まれて行く。ただの火事にしてはあまりに物々しく、存在を忘れる程久しく顔を見なかったあの男が来たのだ。善意とは程遠く、災厄と親しい厄介な男が。親切心を起こしたなどとはお世辞にも言えないだろう。
近付いた村の門扉は固く閉ざされていた。外敵から村を護る筈の大きな扉は、外側から板を何枚も打ち付けられ、誰も逃さない為の障壁と化している。魔物や獣が登れない程の高い壁も、全てが逆しまに役目を果たしている。
「おい、何をしている」
目の前の憲兵が誰何の声を上げるが、答える気にはなれなかった。無言で防壁内の沈下を行うべく、鉛のように重い腕を持ち上げようとしたところで、軽い力に止められた。
「やめておきなさい、無駄よ」
幾分記憶より話し方が柔らかくなっていたが、知った声だった。日に焼けたアレッシオの腕に、小さな白い手が乗っている。
「ネーヴェ」
あの日と変わらぬ真っ白な少女が立っていた。
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