忌花

こ★め

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二章 青藍の夢

夏草色

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 風が渡る穏やかな丘陵地の中程に、村を見守るように立つ石造りの建物がある。石を切り出した煉瓦の壁はそこかしこが崩れ、嘗ての姿を朧気に残す成れの果て。それが、この村唯一の教会だ。ステンドグラスは所々抜け落ち、華やかな硝子の彩りの代わりに、素朴な陽光が長閑に射し込む。古ぼけた鐘楼には、時を告げていたであろう鐘はない。戦禍で徴収され、元は穏やかに神の教えを告げていた役割を、人々の命を奪う事に変えられたのだと村人は言う。その隣、そこにも隙間風と雨漏りが絶えない建物がある。元は修道士達が起居していた場所だが、やはり半分は崩れている。端的に言えば廃墟なのだが、『聖女』の呼び声も高いクリスが住まう家だ。他にも10余名の子ども達がいて、皆で助け合って暮らしている。
「ねえ、クリス」
「なぁに?」
「鐘のお金は貯まった?」
「うーん…。まだちょっと足りないかな?」
 彼らは、鐘楼に鐘を取り戻したいと考えていた。それよりも、住居であるこの建物の方を直すべきだと皆が言うが、鐘の音は時を告げるものだからと譲らなかったのだ。
 この場所が孤児院の様相を呈しているのは、彼らの親が過労によりただの風邪が治らず、税を納める為に尚の事無理をしたからだ。せめて時が分かれば、少しでも休息ができたのではないか、という後悔の現れでもあった。だが、如何せん金はない。小銭を掻き集めたところで─────と言ったところだが、子供達には言えなかった。
「アレッシオまだかな?」
「もうすぐだよ」
「ねぇ、クリスはアレッシオのお嫁さんになるの?」
「ええ!?」
 赤くなったクリスを子供達が囃したてる。互いに見目が良く、仲も良いとなればそういった話は方々に湧く。先日もそんな話を訊かれたが、二人して濁したものだ。
「そんなんじゃないよ」
 パタパタと火照った顔を煽ぎながら、クリスは窓の落ちた穴を盗み見た。村を守る外壁の向こうには、鬱蒼とした森が拡がっている。そこには、魔物と獣が住み、生半では命を落とす場所。そこに、アレッシオは現在出掛けている。
 アレッシオが流れ着いてからは、村の生活は僅かばかりではあるが、改善していた。主には食だ。今までは、肉と言えば迷い込んだ大型の鳥が、細切れになって稀に食卓に上っていたが、アレッシオが定期的に狩りに出るようになり、肉を口にする機会と量が増えていた。
「お薬は?」
「ほら、いっぱいできたよ」
 笑うクリスが指す先に、小瓶が幾つも並んでいた。香水瓶のような少し洒落た瓶の中には、飴色の液体が陽の光を受けて琥珀色に輝いている。薬の材料も、アレッシオが狩りの序にと入手して来るのだ。稀に来る商人を頼る必要もなくなり、危険を犯してまで森に分け入る事もなくなった。
 村に笑顔が増えたのだから、身元不明の旅人ではあっても、彼には感謝しかなかった。自身について何も語らないが、元々流れ者の多い村だ。瑣末な事だと誰も問い質そうとはしない。それがこの村の悪い所でもあった。
 出自を問われない、という事は即ち、後ろ暗い者も平然と混ざる事ができる事に他ならない。彼らはこの後、自身の認識の甘さを痛感することになる。
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