アウラ・エア -Ep.OldOutSider-

絵畑なとに

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07:メイド服は朝食よりも重要か

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 暗闇の中に浮かぶ帆布には、ぼんやりとした明かりで映像が映し出されている。
 肉眼では点描も見えないほどに高画質な映像が主流だった時代で、納屋に忘れられていた旧式のプロジェクターで映した像はあまりにも不明瞭だ。帆布の素材の荒さも相まって、女性の表情が上手く読み取れない。
 同郷の彼女と話した回数は少ない。中等部の夏を境に会うこともなくなった。ただ、きらびやかな演出のステージで歌う姿を、街頭のモニターが映す度に目で追った。からかい混じりの質問に苦笑で応える姿を、居間のテレビが映す度に立ち止まった。海外ロケで別の国の土を踏んだときの笑顔を、手元の端末の画面が映す度に……。
 帆布には軍の制服を着て疲れた顔をしている女性の姿が映っている。特徴だったウェーブのかかった黒髪は短く切りそろえられ、略帽に押さえつけられている。
 無邪気に笑えたあのときの彼女はもういないんだなと思ってから、会社に辞表を持って行き、軍の定期募集に書類を持って行った。
 それからいろいろあった。訓練は辛かったが楽しい面もあった。それなりに死ぬかと思った時もあった。ただ、最初の任務で向いてないなと思って、すぐにまた辞表を書いた。会社とは違って簡単にはいかなかったが、銃を持つ代わりにPCと電話と工具を持って、人と機材の間を行ったり来たりする役割に落ち着いた。
 そう思った矢先に今度は全てのしがらみが無い場所に来てしまった。
 空には雲と大地が浮かんでいる。
 気がついたら空に放り出されていて、雲海に向かって落ちていた。叫び声は出ない。息を詰まらせて、上空に向かって流れていく景色に手を伸ばし、大きな翼とともに現れた少女が手を伸ばして何かを喋って――

 ――その手を掴めなくてベッドの端から床に落ちた。

「いってぇ……」
 今思うと、昔笑っていた頃のあの人と、翼の少女フェルはなんとなく似ている気がする。笑い方とか。
 それはさておき、ベッドの柄とか部屋の状態、窓から見える浮かんでいる小島を見て、夢だけど夢じゃない、と判断した。いろいろあったからあらすじみたいな夢を見たのだろう。
 昨夜、スミスに伝えられていた今日の予定を思い返す。
「今日は事業の紹介って言ってたな……」
 身体を起こして部屋を見渡す。昨夜はすぐに眠ってしまったから特に気にかける余裕もなかった。ベッド、机、椅子、ワードローブ。木材については明るくないが、質感が高級品のそれだ。合板とは見た目も手触りも違う。行ったことはないが、老舗のお高いホテルとかに泊まったらこういった調度品に触れることになるのだろう。
 そして、そもそも旅をしないためこういった物に慣れていない者はどうするか。もちろん、引き出しを開けたり閉めたり、中に何か面白い物がないか見て回るのだ。と、ワードローブの扉を開いたところで扉がノックされる。
「どうぞ」
 慌てて扉を閉めて腕を前に組む。
「ミスター ハヅキ、朝食のご用意ができました」
 スミスではない。女性の声だ。
「貴女は?」
「カフェといいます。部屋を案内するので、早めに準備してください」
 なるほど。待たせては申し訳ない。扉を開ける。
「……。」
 部屋と廊下の境を隔て、そこには確かに使用人ぽい服――メイド服(!) 喫茶店以外で初めて見た。クラシカルなものだが、端々の意匠が凝っている。推定年齢22~24。喫茶店のメイドは笑顔を振りまく愛想の良いイメージだが、目の前のメイドは愛想は良くない。こちらをまじまじと見つめている。
「あの……?」
「本当にダサ……いえ、みすぼらしい服装をしているのですね」
「いや、いきなりひどいな?」
「ダサいものはダサいのです。なんですかその全体的にくたびれた服装は。装飾のその字もないうえに、何故全身灰色なんですか。田舎の飛行士ですらステッチくらいついてる服を選びますよ。特にその腰のところについてる……なんですかそれは。え、機械つけてるんですか? 重くないです?」
 急に早口になる。遠慮もない。メイドの衣装を心の中で褒めたばかりなのに、こちらは作業着をひたすらけなされてしまい、号泣したい。
 だが、意を決して反撃に出る。
「この服は作業着で、しかも支給品だから見た目がダサいのは仕方ないんだよ。俺のせいじゃない。ちなみに横のこれはエアコン」
「えあこん……? それは置いておいて、ダサいままの理由は分かりました。しかしこの服飾を担当した人物はひどいセンスの持ち主ですね。同じような単色のツナギだとE&Tの物が有名どころですが、そちらは機能美的なものが見られますよ。違いは……わかりました、その服薄いんですよ。その割に布余りも多い。しかしツナギ!」
「えぇ……う~ん?」
 よく分からないが、何を言っても無駄なタイプの人間だと言うことは分かった。しかし彼女は一切意に介さないようで、
「少し待っていてください、適当に持って来ますので」
 と廊下を駆けていった。
「……腹減ったな」
 朝食で呼び出して起きながら、服がダサいという理由で待たされるのは納得がいかないので、彼女が向かった先とは逆方向、パンの香りへと進む。

「おはようございます、ミスタ・ハヅキ」
「おはよう、ミスタ・スミス」
 彼はちょうど紅茶(たぶん紅茶)をポットからカップに注いでいるところだった。
 昨晩使った一人がけソファの前のテーブルに食器が置かれている。パンかごにはフランスパンじみた細長めのパンが入っている。
 柔らかいソファに腰掛けると、スミスは紅茶が注がれたカップをソーサーに乗せてこちらに寄越す。
「どうも」
 パンかごもこちら側に少し押したので、好きなようにどうぞということだろう。一つ取って皿に移す。
「して、部下がお迎えに上がったと思うのですが……」
「カフェさん? 彼女なら今頃――」
「なぜ、待てと言ったのに待たないんですか?」
 部屋の前に戻って待たせておいた作業服の男がいないことを知り、気分を悪くしているだろうとは思っていたが、想像以上に怒っているようだった。
「部長、この男は基本的な命令もきけないようですが……本当にうちで雇うのですか?」
「カフェくん、それ、まだ彼には伝えていなかったのだが……」
 どうやら雇うことは確定していたらしい。とりあえずパンを食む。外は少し硬いが中は柔らかくて美味い。マーガリンを塗って焼いたらもっと美味しくなるやつだ。餡子とか乗せると最高だが、それは期待できないだろう。
「スミスさん、彼女はメイド……ではなさそうですね。商会の方なんですか?」
「誰がメイドですか」
 おっと。どうやらメイド服っぽいと思った服装はメイドのものではないらしい。確かに装飾などは作業服としては不適とも言える。
「いや、君の服装は確かに使用人の物に見えると思うよ。勘違いも仕方が無いでしょう」
 やっぱりメイド服じゃないか。
 スミスは苦笑して続ける。
「まぁそういうわけです。エヴァンズ商会は貴方をお迎えする準備ができています」
「ありがたいお話ですが……本当にいいんですか? その、結局のところダイレクトにお役に立てる技能を提示できたとは思っていないのですが」
 話した内容としては、地球での出来事や、自分の経験に基づく事柄のみだ。その中ではむしろ、自分に特殊な能力が無いこと、コンピュータがないこの星では全く役に立たない能力だけはそれなりの自信があること、知識に関しても教科書レベルを超えることはないということを話した記憶はある。
「私が指示されたことは、貴方が宇宙人であれば商会にスカウトするという1点のみでしてね。なので何ができるかというのは実のところどうでもいいのですよ。それに、私個人として貴方が気に入ったというのもあります。貴方はこの世界で多数を占める『自分が何のために生きているのかを分かっている気になっている連中』とは違う価値観を持っている。それは価値のある事だと思うのですよ」
 スミスはこちらを真っすぐに見据えて言う。
 それは、社会の歯車になれず収まった場所でも納得せずに生きている人間につけられた値である。
「どうです、ミスタ・ハズキ。貴方が何で力を発揮するのかは分からないが、まずは商会の新事業に携わってみるというのは」
 彼はテーブル越しに右手を差し出す。
「……ぜひ」
 特に選択肢があるわけでもない。目的にしようと思っていた、この星にありそうな地球の痕跡探しについても、商会という立場があれば何かと便利だろう。
 スミスと握手を交わす。
「それでは、食事の後に出かけましょう。カフェくん、彼の服についてはその後に好きにしたまえ」
 服は着替えさせられるのか……。
 カフェと目が合う。まるでゴミを見るような目で睨まれると、だんだん本当にこの服はひどいもののように思えてくる。いや、元からいいデザインだとは思っていないが……しかし長らく着ているものだからそれなりに愛着がある。……でも確かに全身灰色はちょっとダサいな。
 かくして、この世界における自らの所在がはっきりすることになりそうだ。
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