アウラ・エア -Ep.OldOutSider-

絵畑なとに

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05:そういえばグレイは捕えられたのだろうか

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 紅茶を一口飲む。多分紅茶だ。ポットに浮かぶ茶葉は紅いので便宜上紅茶と呼ぶことにする。香りも知っているものに近い。とはいえ、主張は弱い割りに、香ってくる酸味と渋みも少々強く、自分の中での等級は高いとは言えない。そのように評価は低いのだが、久しぶり(身体にとっては相当な期間ぶり)に口にしたモノだからであろうか、とても落ち着く。
 思えば、故郷に帰ることがかなわないだろうと覚悟した時から、体感時間だけでもそれなりに過ぎている。
 お茶請けには丸く半透明な菓子が出される。菓子が乗る皿のすぐ隣に、液体の入った小さな木製のカップが添えられている。これらは、目前に座り紅茶を鼻先でくゆらせている男性の、奥さんが用意してくださったものだ。男性、つまりはフェルの父親は、一つ息をつき、紅茶の入ったカップをゆっくりとテーブルの上に戻す。
「それで、ここで働きたいと?」
 声色は厳しい。こちらに向ける相貌に憎悪が含まれていることを、ひしひしと感じる。彼の背に畳まれた翼は開くか開かないかというところでピクピクと動いている。
 翼を持つ者の感情表現はよくわからないが、少なくとも歓迎されてはいない。というか、初めて会ったはずなのに、親の仇を前にしているかのようだ。何故だろうか。娘が男を連れてきたからだろうか。父親の気持ちはピンと来ないが、ここまで怒るものなのだろうか?
 フェルに視線を向ける。話が違うぞ、いや、こういったことを言及していた節は無かったが、しかし、ここまで難航するとは聞いていないぞ、と視線で訴える。すると彼女は困った顔をしつつ、
「だ、だって、お父さん、最近人手が欲しいなって言っ……てたから……」
 語尾が消え入りそうな所に、父親は大きい溜息で言葉を遮る。
「だからって、どうして翼無しを連れてくるんだ」
 彼は娘を一瞥してから、こちらに向き直す。
「それに、人手に関してはチョーリの息子に頼もうと思っていてな。……あんたにやる仕事は無い」
 憎悪からの拒否ならば、何とかして誤解を解こうと努力するのだが……。そもそも人手は、既に別口から用意するつもりとのことだ。このままだと、0からのスタートを踏み切らねばならなくなる。といって何か策が思いつくでもない。未知の世界での滑り出しが順調になるかと期待していたが、そんなことはなさそうだ。
「それを食ったら出て行ってくれ」
 彼はそれだけ言い残し、一瞥もくれず部屋から出ようとした。のだが、扉を叩く音が彼の足を止めさせた。彼はため息をついた後、玄関の扉を開ける。ここからは視線が通らないため、誰がいるのかは見えない。声だけは聞くことにした。会話を盗み聞きながら、目の前にある半透明のガラスのような菓子にフォークで切れ目を入れる。ぷにぷにしている。
「こんにちは。エヴァンズ商会のスミスといいます」
「……」
「あなたがヒューイ・フィ・ファラデー氏ですね? そしてここがファラデー農場」
「何の用だ」
「はい、ここの大鷹鳥が素晴らしいとお聞きしまして、ぜひとも一度お目にかかれればと思いまして!」
「それだけか?」
「ええ、はい! ああ、それと写真をいくつか取らせていただければとー……もちろん、フラッシュは無しで撮らせていただきます!」
「……悪いが帰ってくれ。今はそんな気分じゃないんでね」
「ほう、何か見られると都合が悪いものでも?」
「はぁ?」
「例えば、宇宙人を匿っているとか」

 ほう。宇宙人とな。
 ところで、ガラスっぽいといった表現は適切ではなかった。これはすごい。なんていうか、すごい。甘いし、柔らかく、舌触りがとても良い。おいしい。久々にこんなものを食べた。ケーキとはまた違ったおいしさだ。もう皿の上には飾りの葉しか残っていない。名残惜しいが、もう一つを要求するような空気ではない。
 さて、おそらくは宇宙人とは自分のことなのではないかと思う。実際、宇宙から落ちてきたのだから宇宙人だ。とはいえ、宇宙空間に浮かぶこの惑星に住まう彼らもまた、宇宙の民という意味では宇宙人ではないだろうか? 地球人が地球外の惑星から見たら宇宙人であるように。

「何を言っているんだお前は。宇宙人? ……いるわけがないだろう。頭でもおかしいのか?」

 いるんだよな、宇宙人。と、フェルに視線を向ける。この世界の、いや、この星の宇宙人は翼が生えている。宇宙の民で、この星の民で、翼人で、女の子の彼女は父親に叱られたからか、意気消沈している様子だ。特に父親が何か変な奴の対応をしていることには、もしかしたら気が付いてすらいないかもしれない。

「その宇宙人は、私と見た目が同じです。ただ違うとしたら、おそらく妙な服装をしているはずです」
「そいつは――」
「ああ、いるのですね。悪いことは言いません。その方と合わせていただきたい」

 相手方はどうやら、この星の外から来た”宇宙人”とどうしても会いたいらしい。さてはて、会うべきか。もし彼らが自分とかけ離れた姿かたちをしていたら、思い浮かぶのは、二人の男に腕をつかまれ連れていかれるグレイだ。だが、おそらくだが、この世界の人間は自分とそう違わない見た目であると思う。会ってみるか。
 それに、フェルの父親――そういえば直接名前を聞いていなかったが――ヒューイはその”宇宙人”を匿っているわけではないから、ここで断る理由はない。

「……ちょっと待ってろ。よくわからんが、そいつがあんたの言う”宇宙人”だっていうなら、別に勝手にすればいい。だが、ここではするな、二人とも出て行ってもらう」
「あー……なるほど、そういった感じでしたか……これは失礼しました」

 と、いうことで謎の男、ええと、エヴァンズ商会のスミスという男と対面することにする。とはいえ、用心はさせてもらう。
 フォークをこっそり手に取り、マルチプライヤーで少し加工をする。フォークの歯を折り曲げたあたりで、もしかしてこれは貴金属なのではないかと思い至ったが、すでに遅いのでそのまま拝借する。加工といっても簡単なもので、先を折り曲げ、棒状になるようにしただけだ。あとはこれを、プライヤーの穴に差し込んでおいて、ポケットに忍ばせる。
 さて、と立ち上がると、フェルが顔を上げて、こちらを見る。
「世話になった。お菓子、おいしかったよ。ありがとう」
「うん……」
 
 玄関まで出向き、ヒューイの背中越しに、スミスに声をかける。
「宇宙人かどうかはわからないが」
「確かに、変な服だ。翼無しの流行りかと思っていたが……」
 とヒューイが半身ずらしたおかげで、スミスの顔を見ることができた。
「お初にお目にかかります。私はスミス・マクラウド。エヴァンズ商会の者です」
 礼儀正しい笑みを浮かべている青年は、こちらと同世代――いや、数字で言えば二十代前半あたりだろう。翼は無い。薄い褐色の肌を見ると、中東や南米を思い浮かべるが、彼の国はそう言った環境にあるのだろうか。
「どうも、葉月だ。宇宙から来た」
 左手を差し出すと、スミスはそれを握り返した。彼の察しがいいのか、それとも握手を知っているのか。
「ハヅキさんですね。ゆっくりお話でも……と言いたいところではありますが、お邪魔でしょうし、我々はこれで失礼いたします」
「ああ、とっとと行ってくれ」
 半ば追い出されるように玄関から出る。ここから直接は見えないが、フェルはまだ俯いているだろうか。彼女には悪いが、ここでお別れということにする。彼女には救われたし、ここで軽く食事ももらった。とはいえ、年頃の女の子だ。相棒になってくれというお願いは、また時間を空けてからここに立ち寄って、彼女に別の要求がないか尋ねてみようと思う。
 とりあえず今は、こちらのことを『宇宙人』であると知っている彼と話してみるのが先決だ。
 

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