アウラ・エア -Ep.OldOutSider-

絵畑なとに

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01:ジャズを聴きながら目を閉じる

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 地上にいたときは宙なんて見上げなかった。詩的なことを考えることもなかった。ただ仕事に追われて、前だけを見ていたのだと思う。それが幸福と呼べるのかは、今でもまだわからないが、それでも今この瞬間よりはマシなのだと思う。
 機体操作のためのコントローラにはすでに触れていない。お手上げである、と、腕を頭の後ろで組み、脚を投げ出し、モニタに映し出される外の状況を虚ろに眺める。
「人間のサイズ感で言うと、恒星の密度ってそんなでもないよな」
 離れていく星の光を眺めながら、いつしか天体地理の講義を受けていたときのことを思い出す。自分の専攻と直接の関わりがあったわけではない。ただ、宇宙で作業をする機体の開発には、動作環境をよく知ることが要点になりうると考えていたからだ。結局、目標であった宇宙作業機械の開発職には受からず、流れに流れた挙句、下請けの管理ソフトウェアの開発部署で働くことになった。せっかく自分が論文誌にも掲載した、作業機械の帰還アルゴリズムも、自分が触ることなく実装まで扱ぎついたという。そして、今乗っている機体に組み込まれているらしい。
 ため息をつく。機体内に装備されたスピーカーは合計で三系統ある。1つは外部無線の音声が流れる。もう1つは音楽プレイヤーで、これについては自分がオプションで取り付けたものである。そして、最後の1つは外部状況をサウンドで教えてくれる装置につながっている。
 外部無線は、敵国のプロバガンダ音声が流れている。シャットアウトも可能だが、現状で受け取れる強度の無線はこの音声だけである。プロバガンダ音声はこちらの無線を妨害する意図もあるので、信号出力が相当に高く、普段ならばフィルタリングして聞かないのだが、今は他に届くものもないので、とりあえず聞き流している。受け取れているということが重要なのだと、理性は言う。本当のところ、出力がお化けとはいえ、ノイズまみれで聞き取れるわけでもないし、聞き取れたとして有用な情報が得られるわけでもない。ただただ、他人が意図して放送しているものを受け取れているのだという事実が、たとえ何の役にも立たないにしても、自分の心をつないでいるのだと思う。
 音楽プレイヤーからは、持ち込んだメモリカードに保存してある、昔ながらの音楽が再生されている。適当にダウンロードして適当にプレイリストに登録したものだから、今何の曲が流れているのかわからない。ジャンルについても、たぶんジャズか何かじゃないかと思っているが、正しいジャンルが何なのかとかはさっぱりわかっていない。ただ、聞いていると少し哀愁が漂ってくるような、そんな曲だ。酒でも飲んでいれば、ちょうどいいテンションになるだろうが、あいにく、アルコールの持ち込みはしていない。事故のようなものとはいえ、現場から遥か彼方まで飛ばされるなんて考えもしなかったのだ。
 この機体に搭載されているはずの帰還システムは、推進系統の装備が最低限でも生きていることが前提である。とても残念なことだが、ここまで飛ばされてくるまでに機体が帰還目標へ向けて何かしらの動作をした履歴はない。多少の姿勢制御くらいしそうなものだが、一切の動作を行わなかった。そこから結論を導き出すのであれば……言うまでもない。
 外部状況を音として教えてくれる装置は、現場では周りの異常を音で喚起してくれるため便利ではあるのだが、今はひたすら、沈黙を続けている。だが、もし状況を音としてあらわすならば、いや、文字としてあらわすのであれば、
「シーン……」
 大昔のマンガ家が発明したとかしなかったとか、無音を表現する世界共通の擬音表現である。その擬音を口ずさんだが、それとノイズまみれのプロバガンダとジャズが重なるものだから、意味が分からない。
「意味が……」
 わからない。
 今まで住んでいた場所がある天体系の、中心にある恒星の光がすでに点になっている。いったいどんな速度で移動していれば、こんな短時間にここまで離れることができるのか。第三宇宙速度なんて比ではない。まぁ、もともとの定義に当てはまらない箇所からのスタートだから計算は合わないが、それでも、大なりであることは想像がつく。この想像は、有益ではないが、現場からの今の位置を概算することができる情報である。これは、絶望を教えてくれる。
 ただのソフトウェアエンジニアが従軍して、無事兵士としての才能に恵まれずに作業員として安全に作業していたはずであった。今回の任務は、基地でPCを弄り、現場エンジニアに代わって防衛用のソフトウェアアップデートを行うものだった。各星に配備された基地で同じ作業を施し、そして、アステロイドベルト上のラグランジュポイントに設置された基地にて最終作業を予定した、一か月に及ぶ作業計画であった。
 火星とアステロイドベルト間にある第三基地からアステロイドベルトの基地へ向かう途中、出逢った悪夢を思い出す。同時にまともな人員を基地に配備できなかった軍の人事に苛立ちを覚える。道中のことだ。その時は、早く仕事を終わらせることだけを考えていた。
 物理弾頭が傍を通過し、少なくとも死を免れたのだと自覚した瞬間のことは記憶に鮮明だ。けたたましく鳴り響く、所属不明機の接近を知らせるアラートとほぼ同時にシステムが感知した砲撃を、こちらの状況解析システムは正しく敵の発射した弾頭がメタルコアの高速貫通弾頭であることを解析し、ご苦労なことに、自機を掠ったことを教えてくれる。弾頭で抉られた空間の穴に気体が流れ込み、ステップ的な破裂音が入力される。空気の流入により高周波の、つまり高音が聞こえる。……空気が高密度で存在する空間でのことだ。簡単に言うと、音声システムはおせっかいにも、「お前は今、死にかけたぞ」と教えてくれたのだ。
 次に状況解析システムが教えてくれたのは、自機を守ってくれていた兵隊が死んだ音である。近くで味方機が破損すると、システムのスピーカーからは、ふざけた音が流れる。
「ピチューン」
 馬鹿か。昔のSTGじゃないんだぞ。やられたのは自機操作している巫女でも魔女でもなかった。軽口とはいえ、移動の際に通信した言葉のやり取りを思い出す。本当にどうでもいい内容だったが、言葉を交わした相手の乗る機体の、パイロットの乗るコントロールユニットがあるはずの部分に貫通穴が開た時、そのふざけた音をスピーカーが他人事の様に発する。
 弾道に比べて瓦礫の移動は遅い。その瓦礫に、軍用機体では使われていない赤黒い色を見た。注意喚起用の塗料はオレンジだ。小惑星の反射光を受けても、赤黒くは見えない。理性が、認めたくない感情を殺し、言葉を交わした人間の死を、事実として、実際に起こった事象として語っていた。
『お前、あの国の人間らしいな。こんなクソみたいな仕事にも、文句を言わず……しかめっ面してこんなところまで来るなんて。馬鹿か、労働大好きの変態か、あの国出身なのを言いふらしたい奴なのかって』
 こんな調子のログもとっていない軽口なんて、本当に、二度と聞くことはない、と。
 物理弾頭の通過音がコックピット内に鳴ったのに気が付いた頃に、味方機体の破損、つまりパイロット死亡の報告音が鳴り、それとほぼ同時に、プラズマの通過音(これは物理弾頭とはまた違う音が発生する。具体的には、人ひとりが入りそうな大きさまで膨らませた風船に針を刺したような、破裂音が近い。)が鼓膜をつんざく。思わず耳を抑えたくなるような高周波の状況再現音声は、開発者に訴えてもいいレベルであったのも印象深い。おそらくは、その非物理弾頭によって、自分の乗っている機体の推進システム周りの装備が消し飛んだのであろう。
 その後に何が起こったのかは、正直に言うと詳細には覚えていない。爆発のような音、真っ白に染まるモニター、初めて感じる強烈な加速度、押しつぶされるような感覚が胸を襲い、息が詰まり、気を失い、瞼を開ける。
 そうして今、ついにノイズしか聞こえなくなったプロバガンダ放送と、哀愁をくすぐる音楽、それと、何も、あんなに煩わしく思っていた警戒音すら鳴らしてくれないシステム。何も、誰も、自分はここで終わりなのだと。
 視線を落とす。コンソール画面の下にはアクリル板で囲われたスイッチ群がある。この操作方法は、記憶の底にあった。アクリルの蓋を持ち上げる。スイッチ群とあらわしたが、その個数は5つだ。3つは、そのIOで、8種類の特別な命令を機体に行うためのものだ。スイッチを押す。左の3つは押すと白く発光し、現在の入力されている数を2進数で示す。その隣のスイッチを入れると、確認メッセージが機体のスピーカーから流れる。
『これは緊急離脱機能です。ユーザー生命維持のための休眠処理の後、規定の信号を受けるまで全機能を停止します。確認の後、最終起動ボタンを押してください。キャンセルする場合は、コントロールスイッチカバーを閉じてください。繰り返します。これは――
「死にたく、ない…」
 最後のスイッチを入れると、指定した機能が実行に移される。システムは、その機能を実行に移す。初めて使用する機能だ。少し前までは、スイッチカバーに触ることすら想像しなかった。
 先ず、全ての音声システム、いや、全てのユーザーインターフェースシステムをダウンさせた。そこからは自分の五感では何も見えないし、感じない。それどころか、システムは僕の意識を刈り取ろうとする。酸素供給はそれなりに、気温を急激に下げ、その後は覚えられないだろうが、予想はできる。このまま体温を削り、そして、フリーズ。

 ここからは僕の知らない時間の話だ。予想であり、想像。僕は、深い眠りについた。古い恒星間航行などでは休眠処理により生命維持が行われるという知識はある。人間を凍結保存し、長時間航行を経た後でも活動を再開させるための処置。それが行われ、僕はきっと、もう戻れない時間が過ぎた後に、何らかのきっかけで目覚めるのだろう。



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