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忸怩滂沱
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ここはどこだ?
屋根を叩く雨音で目を覚ました京香はシミ一つない天井に一瞬怪訝な顔して、そんな自分を自虐的に笑った。たった一週間で忘れたのか?ここは私の寮部屋じゃないか。
ゆるゆると首を動かす。勉強机、アンティークの衣装棚、藍色のカーテン。何一つ変わっていない。変わったのは自分か。
緩慢な動きで身体を起こす。
暖房を切った真冬の部屋は霜が出るほどに寒い。
だというのに京香は全身に生温い汗をかいていた。寝巻きが汗で肌に張り付いて気持ち悪い。
「…またか」
京香は洗面所に入ると、汗で濡れた浴衣や下着を脱ぎ、洗濯籠に投げ込んでいく。
この所淫夢を見る事が多く、下着も寝巻きの数も以前の倍になっていた。
ショーツをするすると下ろすと、恥部から白く泡立つ粘り気のある液体が、伸びた餅のようにでろりと糸を引いた。
どんな夢だったかは綺麗さっぱり思い出せないが、碌な物ではあるまい。
ともかく、朝からこんな状態ではウンザリするものだ。というか、その内脱水症で死ぬのではなかろうか。
火照る身体と汗を冷水で流しながらそんな事を考え、京香は鏡の向こうの自分と目を合わせる。
我ながらなんて顔だ。まるで怨霊のようじゃないか。
瞳に輝きはなく、濡烏のような髪はストレスで幾らか艶めきを失っていた。
枯れ木のように身体は痩せ細っている。だというのに、たわわな双房だけが脂肪を溜め込んでいて、少し滑稽であった。
そんな目で私を見ないでくれ…。責められているような気がして、京香は鏡から目を背けた。
日常。誰もが何気なく使う言葉だが、京香にとって、それは最早縁遠い言葉のように思えた。
どれだけ医学的な処置を施そうと、経験が、記憶が身体を反応させる。
すぐに下着を濡らすので、おりものシートは必須となった。
乳首はブラに擦れただけでも刺激しまうので、とりあえず大きな絆創膏を貼っている。
「学校、行かないと…」
京香はうわ言のように呟き、ブレザーを羽織った。
病棟に居た頃と比べればいくらか落ち着いたが、それでもふとした衝撃で壊れてしまうような危うさは健在だ。
他者の反応が自我へ相互作用をもたらすという、社会的自我を説いたのはクーリーであったか。
あの夢を見た日から、彼女はクーリーの言う社会的自我が半壊していた。
家族から教わった、彼女の自我の核心に秘められた思想は今にも崩れ落ちようとしている。
火種の近くに積まれた火薬の山のように、少しの衝撃で崩れてしまう危ういシーソー状態だ。
肝心のリェズィユはというと、彼女にかけるべき言葉を持ち合わせていなかった。
イノスはコミュニケーションを必要とせず、ゆえに他者を慮るという事態に対面した経験はない。
リェズィユが選んだのは沈黙であった。下手なことを言わず、ただ現状維持をするのみであった。
それが京香の孤独を深めているとは知らずに。
◇
京香が教室の扉を開けると、教室中が静まり返った。
以前では考えられない事だ。その変わり栄えに、京香は心臓を締め付けられる心持ちになる。
唯一口を聞いてくれそうな鏡仙院はあいにく魔法少女業に勤しんでいる。
「「「分不相応な理想を掲げて失敗した愚か者。口だけは一丁前な間抜け。正義ぶった下品な雌犬」」」
見られている、指されている、責められている、侮蔑されている、苦笑されている。京香はそう思ってしまった。
無論、そんな事はない。身も蓋もないことを言えばただの被害妄想、幻覚に過ぎない。
誰だってわざわざレイプされた話を持ち出そうとは思わないだろう。それに触れずに励ます事も困難だ。
どう触れればいいのか、そもそも触れてよいのだろうか。クラスメイト達はただ遠巻きに様子を見る事しかできない。
結果論ではあるが、それは悪手だった。
憐憫、同情、クラスメイトの目線は、自己嫌悪に陥った京香の心を更に傷付けた。
世界から離されているような心持ちだった。
見えない壁で自分と他人が隔てられているような、例えるならば檻にいる獣として観察されているような感覚だった。
動物園で動物を眺める人々は、無意識であるものの、自分と獣を同等の存在だとは思わない。
餌を投げ入れ、食らう様を楽しむ。昼寝をしたり、ピョンピョンと動く獣達の、生きる様を愉しんでいる。
ああ、何て性格の悪い例えと想像であろうか。あまりに穿った見方。あまりに歪んだ受け取り方。
だが、京香の精神状態を表すにはピッタリだ。
京香は逃げるように自分の席に着いた。
屋根を叩く雨音で目を覚ました京香はシミ一つない天井に一瞬怪訝な顔して、そんな自分を自虐的に笑った。たった一週間で忘れたのか?ここは私の寮部屋じゃないか。
ゆるゆると首を動かす。勉強机、アンティークの衣装棚、藍色のカーテン。何一つ変わっていない。変わったのは自分か。
緩慢な動きで身体を起こす。
暖房を切った真冬の部屋は霜が出るほどに寒い。
だというのに京香は全身に生温い汗をかいていた。寝巻きが汗で肌に張り付いて気持ち悪い。
「…またか」
京香は洗面所に入ると、汗で濡れた浴衣や下着を脱ぎ、洗濯籠に投げ込んでいく。
この所淫夢を見る事が多く、下着も寝巻きの数も以前の倍になっていた。
ショーツをするすると下ろすと、恥部から白く泡立つ粘り気のある液体が、伸びた餅のようにでろりと糸を引いた。
どんな夢だったかは綺麗さっぱり思い出せないが、碌な物ではあるまい。
ともかく、朝からこんな状態ではウンザリするものだ。というか、その内脱水症で死ぬのではなかろうか。
火照る身体と汗を冷水で流しながらそんな事を考え、京香は鏡の向こうの自分と目を合わせる。
我ながらなんて顔だ。まるで怨霊のようじゃないか。
瞳に輝きはなく、濡烏のような髪はストレスで幾らか艶めきを失っていた。
枯れ木のように身体は痩せ細っている。だというのに、たわわな双房だけが脂肪を溜め込んでいて、少し滑稽であった。
そんな目で私を見ないでくれ…。責められているような気がして、京香は鏡から目を背けた。
日常。誰もが何気なく使う言葉だが、京香にとって、それは最早縁遠い言葉のように思えた。
どれだけ医学的な処置を施そうと、経験が、記憶が身体を反応させる。
すぐに下着を濡らすので、おりものシートは必須となった。
乳首はブラに擦れただけでも刺激しまうので、とりあえず大きな絆創膏を貼っている。
「学校、行かないと…」
京香はうわ言のように呟き、ブレザーを羽織った。
病棟に居た頃と比べればいくらか落ち着いたが、それでもふとした衝撃で壊れてしまうような危うさは健在だ。
他者の反応が自我へ相互作用をもたらすという、社会的自我を説いたのはクーリーであったか。
あの夢を見た日から、彼女はクーリーの言う社会的自我が半壊していた。
家族から教わった、彼女の自我の核心に秘められた思想は今にも崩れ落ちようとしている。
火種の近くに積まれた火薬の山のように、少しの衝撃で崩れてしまう危ういシーソー状態だ。
肝心のリェズィユはというと、彼女にかけるべき言葉を持ち合わせていなかった。
イノスはコミュニケーションを必要とせず、ゆえに他者を慮るという事態に対面した経験はない。
リェズィユが選んだのは沈黙であった。下手なことを言わず、ただ現状維持をするのみであった。
それが京香の孤独を深めているとは知らずに。
◇
京香が教室の扉を開けると、教室中が静まり返った。
以前では考えられない事だ。その変わり栄えに、京香は心臓を締め付けられる心持ちになる。
唯一口を聞いてくれそうな鏡仙院はあいにく魔法少女業に勤しんでいる。
「「「分不相応な理想を掲げて失敗した愚か者。口だけは一丁前な間抜け。正義ぶった下品な雌犬」」」
見られている、指されている、責められている、侮蔑されている、苦笑されている。京香はそう思ってしまった。
無論、そんな事はない。身も蓋もないことを言えばただの被害妄想、幻覚に過ぎない。
誰だってわざわざレイプされた話を持ち出そうとは思わないだろう。それに触れずに励ます事も困難だ。
どう触れればいいのか、そもそも触れてよいのだろうか。クラスメイト達はただ遠巻きに様子を見る事しかできない。
結果論ではあるが、それは悪手だった。
憐憫、同情、クラスメイトの目線は、自己嫌悪に陥った京香の心を更に傷付けた。
世界から離されているような心持ちだった。
見えない壁で自分と他人が隔てられているような、例えるならば檻にいる獣として観察されているような感覚だった。
動物園で動物を眺める人々は、無意識であるものの、自分と獣を同等の存在だとは思わない。
餌を投げ入れ、食らう様を楽しむ。昼寝をしたり、ピョンピョンと動く獣達の、生きる様を愉しんでいる。
ああ、何て性格の悪い例えと想像であろうか。あまりに穿った見方。あまりに歪んだ受け取り方。
だが、京香の精神状態を表すにはピッタリだ。
京香は逃げるように自分の席に着いた。
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