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最終章 ある勇者の物語
しおりを挟む―― 勇者様の凱旋だ!
そう言って、シュライクは笑っていたけれど、 魔王を倒した勇者は、世界中から称えられるように……と言うのは、あくまでも御伽噺の中での話だ。
魔王の目覚めに怯えていた人々を落ち着かせるために、国へ魔王の討伐を報告した。当然、その報告に国王は喜び、国民へも魔王による危機が訪れないこと、予言の勇者が務めを果たしたことを伝えた。人々も当然、それを喜んだ。
しかし、である。
「なーんか……思ったより何も起きないな」
滞在している街の中、小さな喫茶店で休憩しながらそうぼやいたのはシュライクである。子供のように(事実彼はまだ子供と言って相違ない年齢だけれど)唇を尖らせながらほんの少し拗ねた顔をしている。
そう、彼の言葉通り。魔王を倒した勇者たちは、非常にいつも通りの日々を過ごしていた。
丁度街に居るため野宿をすることはないが、安い宿に泊まり、食事処へ行き、時折街の傍に出る魔獣を倒したりしながら過ごす日々。魔王を倒す前と然して変わらない日常だ。
シュライクのそんな言葉にオズワルドは苦笑混じりに呟いた。
「正式に言えば、リオニスが国王からの褒賞を断ったからだがな」
ばん、と机を叩いて、シュライクは立ち上がる。そして、よく通る大きな声で言った。
「それだよそれ! 何でだよ、つまらない」
オズワルドの言う通り。主にこの状況の要因は、リオニスが国王の提案を呑まなかったことなのだ。
当然、リオニス達のしたことはこの世界を守ること。国王はそれを軽んじた訳ではない。当たり前のように、リオニス達の功績を称え、伝えるためのパレードを計画すらしていた。しかし、それをその勇者張本人が拒んだのである。それをシュライクは"つまらない"と思っているようである。
そんなシュライクの言葉に、リオニスは小さく溜息を吐いた。
「つまるもつまらないもないだろ。そもそも俺は、あんまり目立ちたくない」
リオニスが国王の申し出を断ったのは、目立ちたくなかった……それだけである。
「魔王の正体も正体だしさ……あんまり深く追求されるのも嫌だよ」
「…………」
リオニスの言葉の意味は、シュライクも理解はできる。だからこそ、それ以上言葉を紡ぐことはなく、それでもむくれたような顔をしている。何か言いたげな顔をしているシュライクを見つめて、リオニスは小さく笑った。そして緩く首を傾げながら、言う。
「それでも、あちこちで感謝の言葉はもらえるじゃないか。俺はそれで十分だよ」
そうだろ、とリオニスは言った。強がりでも何でもない、心の底から本当にそう思っているのが良くわかる、穏やかな声。彼の気質を良く理解しているシュライクはそれが余計に良くわかって……
「むぅ……」
言葉を返さず、手元にある水のグラスをからからと揺らしているシュライクを見て、くすくすと笑うのは、ユスティニアだ。
「まぁ、それがリオニスらしいなぁって思いますよ」
此処まで旅をしてきたからわかる。目立ちたくないという言葉も、感謝の言葉がもらえるだけで充分だという想いも、間違いなくリオニスの本心だ。
穏やかに微笑んだユスティニアは、そっとティーカップを傾けた。温かな紅茶が喉を潤す。教団に居る時から紅茶は好んで飲んでいたけれど、あの時飲んでいたそれよりも、今の物の方がずっと美味しく感じる。きっとそれは、隣に居る仲間達のお蔭なのだろう、とユスティニアは思った。
「でも、リオは……英雄になりたいんじゃなかったっけ?」
ロレンスはそう言って首を傾げた。確かに目立つことが苦手なリオニスではあるが、彼の……基、"かつての彼"の願いはそれだ。英雄となること……その想いが強すぎて、魔王を生む形になってしまったのも確かなのだけれど。
リオニスはそれを聞いてゆっくりと瞬く。それから、少し気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「確かに、昔はそう思ってたよ。……でも、今は違う」
そう言いながら、リオニスはライラックの瞳で仲間達を見つめた。
ケーキを口いっぱいに頬張っているシュライクを。
紅茶のカップを傾けているユスティニアを。
クッキーを指先につまんで首を傾げているロレンスを。
自分をじっと見つめ返すオズワルドを。
……そして、ふわりと笑いながら、リオニスは言った。
「沢山の人の特別な英雄になるんじゃなくていい。……仲間にとっての勇者であればいいな、って思ってる」
リオニスが辿り着いた答えが、それ。確かに英雄になりたいと思っていた。多くの人々に愛され、慕われる英雄に。けれどその想いはとっくに変化していた。"多くの人間"に慕われる存在でなくても良い。大切な、かけがえのない仲間にとっての英雄であればそれで良い。
「俺は強くない。きっと勇者だとか、英雄だとかって言葉は似合わない。だけど……みんなと出会って、旅が出来たことだけは誇りたいなって思ってる」
役目を果たした後も、リオニスの自己肯定感は変わらない。自分が勇者、英雄と言う器ではないという自己評価は変わっていない。けれど……勇者として仲間と歩んだこの道のりは誇りたい、と彼は言う。
それを聞いた仲間達は大きく目を見開いた。それから、それぞれ少し照れ臭そうに笑う。
「とっくに、俺たちにとっては特別な英雄だよ」
ばぁか、と笑うシュライクを見て、リオニスも嬉しそうに目を細めたのだった。
***
喫茶店を出たところで、"さて"とリオニスは口火を切った。そして仲間達の方を振り向いて、言う。
「……これから、どうする?」
ふわり、と風が吹き抜けていく。リオニスの言葉が示す、"これから"は……魔王を倒したその後の、自分たちの進むべき道のことだ。
いつまでもこんな風に呑気にし続けている訳にもいかない。否、世界は平和を取り戻したのだから呑気にしていても問題はないだろうけれど……無為に時間を消費し続けるのは、勿体ない。
これから、を考えなければならない。それはリオニスは勿論、仲間達も思っていたことだ。
「俺はルビアに戻るよ」
真っ先に応えたのはシュライクだった。いつも通りの笑顔にほんの少しの寂しさを滲ませて、彼は言葉を続ける。
「きっと、皆待ってるからさ」
自分の旅立ちを見送ってくれた大切な家族。彼らは元気にしているだろうか。リオニス達との旅の話をしたら、彼らは喜んでくれるだろうか。そう思いながら、彼は言う。
「でも、まだ俺はイーグルみたいにはなれてない。だから、一旦帰って、また少し、いろんな世界を見て回りたい。……アルフェたちのところにも行ってやりたいし」
そう言ったシュライクはほんの少し、表情を悲痛に歪めた。守り切れなかった、初めての"教え子"。彼の死を簡単に乗り越えることは出来ない。けれど、だからこそ……自分は目的を果たしたのだと、彼と、彼の仲間達にそう胸を張って報告しに行きたいのだと、シュライクは言った。
「シュライク……」
少し眉を下げるリオニスを見て、シュライクははっとした顔をすると、悪戯っぽく笑って、言った。
「……ついでに、リオの街にも行ってみたいしな!」
そう言ってへらっと笑うのは、きっと彼なりの照れ隠しだ。それがわかっているからこそ、リオニスはいつものように笑って、言った。
「ついでかよ」
そんな彼らのやり取りを見てふわりと笑った白銀の髪の治癒術師はそっとロザリオを握って、言った。
「僕も一度、スフェインに帰ります。教団のことも心配ですし……僕が見てきたものを何とかあの街に活かすことができないか、少し考えてみたいんです」
彼も、戻る場所がある。あり方の歪んだ教団。今更その根底をひっくり返す訳にいかないため、そのまま維持してほしいと頼んで離れたあの場所に戻って、自分にできることをしたい。世界を知らず、一度は生きることを諦めようとした彼は、本当に強くなった。いつでも穏やかで一生懸命で……その力を仲間の、人のために使う優しい治癒術師、ユスティニア。きっと、彼ならばできることが、彼にしかできないことがあるだろう。
「そっか」
そう言って、リオニスは微笑んだ。そして、彼らのやり取りを穏やかに見守っていた最強の魔法使いへ視線を向けて、問いかける。
「オズは?」
「……私は、中央都市に戻る」
ほんの少しの間を空けて、オズワルドはそう答えた。
「は?!」
「だ、大丈夫なのですか……?」
そんな彼の言葉に、仲間達は絶句する。彼は、一度中央都市で処刑されかけた……正式に言えば、"処刑されたはず"の人間だ。あの後追手はなかったし、きっと上手く誤魔化せたのだろうとは思ったけれど、流石に中央都市に戻るのはハイリスクだろう。そんな仲間達の心配そうな表情を見て、オズワルドはそっと笑った。
「良くも悪くも保守的で事勿れ主義な街だ。国を救った英雄の仲間を殺そうとはしないだろう。寧ろ、恐らく私を祭り上げて、一層魔法管理局の力を強めたいのだと思う」
長く暮らしていたからこそわかる。あの街の、魔法管理局の人間の思考回路。一度逃がしてしまった以上、勇者の仲間として旅をし始めてしまった以上、オズワルドを追うことが出来なかったというのがきっと本当のところだ。そして、オズワルドが勇者……リオニスと共に魔王を倒すことが出来た今、彼らが望むのは、恐らくオズワルドの協力だ。魔王を倒した勇者の仲間である碧落の魔法使い。そんなオズワルドを祭り上げることで、魔法管理局の名を上げたいと考えているのだろう。
「当然、従うつもりはないがな」
オズワルドはそう言って、ふっと息を吐いた。そして、強く拳を握って、言った。
「寧ろ、魔法管理局の在り方を変える良い機会だ。服従の指輪などなくし、本当に必要なところに行き、人々を助ける……碧落の魔法使いは、そうあるべきだ」
そうだろう? 彼にしては強い語調で言う。
「オズワルドの言う通りですけれど……でも」
ユスティニアは心配そうに彼を見る。あの街での、理不尽にオズワルドに向けられた敵意を、殺意を覚えているから。火刑に処されそうになっていた彼の姿を覚えているから。
そんな彼を見て、オズワルドはそっと榛色の瞳を細める。そして、そっとユスティニアの頭を撫でて、言った。
「わかっている。……下手な方法を取るとキサナの想いを無駄にしてしまうから慎重にするとも」
「……本当に、大丈夫なんだな?」
リオニスは、真っ直ぐにオズワルドを見つめる。彼の実力を、言葉を疑うつもりはないけれど、やはり心配が全くない訳ではないから。仲間が傷つけられる可能性が少しでもあるのなら、その背を笑って見送ることは出来ない。
そんな彼の言葉に、オズワルドは力強く頷いた。
「大丈夫さ。私は、偉大なる魔法使いキサナ・ヴィオレトイドの弟子だ」
誇らしげに、彼は言う。取り戻した大切な師の記憶。それを胸に、自分は生きていくのだと彼はそう言った。
「ボクは、暫く色々な街を見て回ろうかな。一人でどこまでできるかわからないけれど……いつも、皆に頼ってばかりだったから、ボクにどこまで、どんなことが出来るのか、色々試してみたいんだ」
ロレンスはそう言って、色の違う双眸を細めた。彼の足首についていた枷の痕は、もうすっかり薄くなっている。彼は何処にでもいける。歩み続けていける。それは、共に旅をしてきた仲間たちにはよくわかった。
「旅をしながら、歌うよ。ボクたちの旅路を。キミの……リオの、思いを」
そう言ってロレンスはそっと竪琴を鳴らす。その柔らかな音に、何度癒されてきただろう。
仲間達の姿を見て、リオニスはそっと目を細める。当たり前のように傍に居た、大切な仲間達。彼らはそれぞれ歩む道を決めている。
「ずっと一緒には、いられないよなあ」
リオニスは寂しげにそう呟いた。わかりきっていたことだ。ずっと一緒には居られない。旅の目的は果たされたのだから。わかっていた、わかり切っていたけれど……それでも、やはり寂しい。
そんな彼の言葉に、ユスティニアは小さく笑った。
「何を今更」
「でも、二度と会えない訳じゃないだろ?」
そう言って、シュライクは首を傾げた。
「手紙は出せる。会いにも行ける……よな?」
そんなシュライクの問いかけに、オズワルドは迷わず頷いた。
「あぁ、いつでも来てくれ。私も、必ず皆に会いに行く」
「ボクも、皆のところへ行くよ」
ロレンスもそう言って、穏やかに微笑んだ。
迷いのない、仲間達の言葉。これが最後ではない、と彼らは言う。それを聞いてリオニスは、安堵したように微笑んだ。そんな彼を見て、シュライクは首を傾げた。
「リオはどうするんだ?」
肝心のお前の"行く先"を聞いてない。シュライクはそう言ってじっとリオニスを見つめる。リオニスはそれを聞いて、少し困ったように笑った。
「……俺も、旅をしてみようか、とも思うんだけど……とりあえずは一旦、故郷に帰るよ」
そう言って、リオニスは頬を引っ掻いた。そして、軽く肩を竦めながら、いう。
「結局、一人でってのはやっぱりつまらないし、俺一人じゃあどうしようもない部分があるからさ。そもそもの旅の始まりも行き当たりばったりだったしさ」
少し落ち着いてから先を考える。リオニスはそう言って笑う。仲間達は"リオニスらしい"と言って、笑った。
そうして歩いている内に、街の外れまで来た。……此処からは、進んでいく道が違う。
「……さて、じゃあそろそろ」
リオニスはそこで一度言葉を飲み込んだ。黙り込んで……もう一度、息を吸い直して。彼は、笑った。
「行こうか」
その言葉に、仲間達は頷く。その表情は寂しげだけれど……穏やかな、確かに明るいもので。
「楽しかったな」
ほうっと息を吐いて、シュライクが言う。夢を見るような、そんな声で。
「そうだな」
リオニスはそう言って笑う。まるで、遊びを終えて家に帰る前の子供のように。
「リオニス」
静かな声で名を呼ばれて、リオニスはそちらを向く。手を差し伸べた魔法使いの長い濃紺の髪とマントが、吹き抜ける風にそっと揺れた。
「ありがとう」
静かで穏やかな、心からの感謝の言葉。改まったその言葉に、リオニスはライラック色の瞳を見開く。オズワルドはそっとリオニスの手を握って、言った。
「君が居なければ、私はあの街で死んでいた」
そう言って、オズワルドは微笑む。そっと、ユスティニアに貰った指輪を撫でながら。かつてそこにはまっていた、自分の行動を制御する指輪を思い出して。
「ボクもだよ。あのまま魔獣に殺されていたかもしれない。そうでなくても、あの村で殺されて居たかもしれない」
生きることすら諦めた自分を助け、守ってくれたのは他でもないキミだ、とロレンスは言う。
「きっと僕も、あのまま何も知らないままに、処刑されていたでしょう」
何を疑うこともなく、それが自分の運命だと受け入れて。ユスティニアはそう言って目を細めた。
「俺も、俺の仲間たちも、憲兵に捕まってただろうな」
シュライクはそう言って苦笑する。そうなっていたらきっと、自分たちのような孤児たちを救うという夢を叶えることなどできなかっただろうと、そう言って。
そんな仲間達の言葉にリオニスは幾度も瞬いた。じわり、と滲む視界。ごしごしと目元を拭った彼は、仲間達に笑いかけて、言った。
「ありがとう、っていうなら俺の方だよ。みんなが居なかったら、絶対此処まで来られなかった」
声が震えないように抑えて、涙が零れないように笑って、リオニスは言葉を紡ぐ。
「ありがとう」
―― さよなら、またいつか。
そう言って、彼らは背を向け、歩き出す。永遠の別れではないとわかっていても、もう一度顔を見たら今度こそ泣いてしまいそうで。遠ざかっていく仲間達の足音を聞きながら、勇者も足を進めていった。
***
久しぶりに一人で眠ったその日の夜に、リオニスは夢を見た。
「リオニス」
そっと自分に呼びかけたのは、梟の仮面をつけた少年……基、予言者であるフロストだった。彼はゆったりと首を傾げて、問いかける。
「どうだった? この旅は」
その言葉に、リオニスはゆっくりと瞬いた。これは、夢ではないのかもしれないなぁ、などと少々ずれたことを考えながら、それでも笑って、答えた。
「凄く楽しかった。大変だったことも、辛かったことも、大変だったこともあったけど……でも、皆に出会えて、一緒に旅ができて良かったと思うよ」
幸せなことばかりではなかった。大変なこともたくさんあった。そもそも、旅に出たときは嫌嫌だった。
……けれど、今は確かに言える。この旅は本当に楽しかった、と。旅に出て良かった、と。
「そっか」
フロストはそう答えた。仮面の向こうの表情は見ることが出来なかったけれど……その声は穏やかで、自分を祝福してくれているようだとリオニスは思った。
そして、ほんの少し迷ってから……
「フロスト様、一つ聞いても?」
フロストに、言葉を投げる。その言葉に、予言者は小さく頷いた。
「どうぞ」
「……この結末も、全部知っていたんですか」
未来を知ることが出来るフロストは、この未来を、結末を全て知っていたのか、と。リオニスはそう問いかけた。フロストはその言葉に少し考え込むように口を噤んで、それから答えた。
「結末は沢山あったよ。君が勝つ道にしても、仲間が皆死ぬ道も、誰かが死ぬ道も……或いは、君が死んで仲間たちが生き残る道もあった。勿論、君が負けてしまう未来だってあった」
指折り数えながら、彼は答えた。結末は一つではなかったのだ、と。それを聞いて、リオニスはひゅっと息を呑む。……本当に仲間を喪う未来もあったのだと、わかっていたはずなのに、改めてそれを思い知ると、背筋が凍る。
フロストはそんな彼を見て、言った。
「それでも、君が選びとった未来は、これだったんだ」
そう言った彼は、そっと手を差し伸べてきた。そして、そっとリオニスの頭を撫で、言う。
「おめでとう。君はきっと、最善を選び取ったんだ」
それはきっと間違いないよ、とフロストは言う。仮面の向こう側で、彼も笑ってくれている気がした。
「……そうか、なら良かった」
本当に、良かった。そう思いながら、リオニスはライラックの瞳を細める。まだ彼らと別れてそんなに時間が経ってもいないのに……もう既に少し寂しくて、彼の笑みは少し歪んだ。
ふ、と息を吐いて、リオニスは呟く。
「これから、どうなるんだろう」
魔王を倒す旅は終わった。仲間達とも別れてしまった。自分はもう、"勇者"ではない。ただのリオニス・ラズフィールドに戻ったのだ。そんな自分は、どうなるのだろう。どうしていくのだろう。
そんなリオニスの呟きに、フロストはこてりと首を傾げた。
「さぁ?」
「さぁ、って……」
貴方には見えているのではないのですか、と。苦笑混じりにリオニスは言う。それを聞いたフロストはくす、と笑った。
「旅を終えた勇者の行く先を語るのは、無粋だ。だって、蛇足だろう?」
至極当然のようにそう言って、フロストは首を傾げた。リオニスはその言葉に目を丸くして……笑う。
「それも、そうだな」
確かに、今まで読んだどんな御伽噺でも伝説でも、魔王を倒した勇者のその後なんて描かれていない。
「幸福な物語になるのか、ならないか……それも、君が選び取っていくものだ」
未来へ辿り着く道は幾らでもあるのだから。そう言って、彼は微笑んだようだった。
「誰も知らないし、誰も邪魔できないよ。だって君の人生は、君が選び取っていく君だけの物語なんだから」
それを聞いて、リオニスは微笑みながら、頷いた。
***
自分は取るに足らない存在だと思っていた。
居ても居なくても変わらない存在だと思っていた。
特別な存在ではない。
自分を特別だと思ってくれている存在も居ない。
例えば自分が消えたところで何も変わりはしないのだと。
ずっとそう思っていた。
そんな自分が、自分はずっとずっと嫌いだった。
……けれど。
仲間と出会って、旅をして、数多くの物を得た。
仲間と過ごす喜び。
仲間を傷つけられたことへの怒り。
仲間を喪うことへの恐怖。
仲間への、そして仲間からの思いやり。
そんな沢山の、感情を得た。
仲間達と出会い、旅をする中で、勇気をもって戦うことを知った。
特別な力なんてないと蹲るだけでは守れないことを知った。
自分ひとりではできないことでも、仲間とならばできることがあるということも知った。
伝説に残るような英雄ではなかったかもしれないけれど、共に旅をした仲間にとっての特別にはなれた。
大切な仲間達にとっての勇者になれた。
……それだけで、十分だ。
そう思いながら、かつて特別を望んだ平凡な勇者は歩き出す。
誰も知らない、何処にも描かれないありきたりな日々を過ごしていくために。
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