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第十九章 勇者と偉大なる予言者
しおりを挟む「でっかい建物だな……」
うわ、と声を上げながらシュライクはネモフィラ色の瞳を真ん丸に見開く。その隣でリオニスもほうっと息を漏らした。
彼らの眼前にある建物は、魔法管理局。アレキシアに集められた魔法使いたちは此処に所属する形で"国"を守っているのだとオズワルドは語った。
「凄い魔力が伝わってくるね。中に居るのは相当の数の、相当な力を持つ魔法使いだ」
「そうですね……びりびりする感覚が、伝わってきます」
魔力に敏感なロレンスとユスティニアはその威圧感に少し気圧されたように表情を引き締めている。呑気にしているのは主にシュライクのみである。
「魔法の研究は勿論、魔法使いたちが集められる建物だからな。中央都市の中で王家の城に次ぐ建物だとも言われている」
冷静にそう返答したオズワルドはやや表情を強張らせつつ扉に手を翳した。ぼうっと淡い光が灯り、かちり、と鍵が外れたような音が響いた。
「此処に所属している魔法使いの案内がなければ、建物に入ることすらできない。外部の人間が中の人間と話をするには随分と時間を取られると聞いたことがある」
そう言いながら、オズワルドは扉を開ける。行こうと声をかける彼の表情は緊張で強張っていた。
それも当然のこと。彼らがこの場所……魔法管理局を訪ねた理由は、オズワルドがこの街を出ることが出来るようにするための交渉のため。彼を……強力な魔法を使う魔法使いを縛る枷となる指輪を外す許可を得るため、だった。
そう上手くいくはずがないことはオズワルドは勿論、この場に居る全員が理解している。しかし難しいからと言って諦められる問題でもない。指輪を外したオズワルドがリオニス達の仲間として加わることは全ての元凶である魔王を倒すための大きな力になるはずだ。オズワルドだけではない。この指輪(かせ)をはめられた魔法使いたちが自由に動くことが出来るようになれば、国中で起きている魔族や魔獣の襲撃を防ぐこともできるはずなのだ。
「きっとわかってくれる」
リオニスはオズワルドを鼓舞するようにそう言うと、一度彼の広い背を叩いたのだった。
***
「これはこれは。まさか勇者様方が訪れることがあろうとは」
オズワルドが居たためか、責任者だという初老の男性……コーディと会うことは容易かった。オズワルドが"勇者とその仲間"を連れてきたとあって、魔法管理局内はそれなりの騒ぎとなっている。それを諫めたコーディは彼らを豪奢な応接室へ通し、歓迎した。
「突然押し掛ける形になってしまい申し訳ない。お会いしていただけて良かった」
リオニスは少し微笑んで見せながら、コーディに言う。いえいえ、と笑みを浮かべたまま首を振った彼は小さく咳ばらいをし、リオニスに問いかけた。
「して、勇者様方のご用件は? 我らでお役に立てることであれば……」
恭しく頭を下げ、彼は言う。存外友好的な彼の態度にリオニスはほっと息を吐き出した。何とかなるかもしれない。そんな希望を抱く。
「話が早いじゃねぇか」
シュライクが笑顔でそう呟く。随分と粗雑な彼の反応にコーディは少し驚いた顔をする。おい、とリオニスが窘めるように声をかけるが、シュライクは笑顔のまま、言葉を続けた。
「オズの指輪を外してやってくれ」
彼の言葉にコーディは一瞬動きを止める。それでも笑顔を崩さないまま、彼は首を傾げた。
「……何と?」
「オズワルドの指輪です。あなた方が彼をこの街に繋ぎ止めている、この紅石の指輪を外してほしいのです」
ユスティニアはシュライクの言葉を丁寧に説明した。橄欖石のような瞳で真っ直ぐにコーディを見つめたまま、彼は真剣な声音で言った。オズワルドの指輪を外してほしい、と。この世界のために、と。
コーディはそれを聞いてゆっくりと瞬きをする。それから、静かな声で問いかけた。
「そうして、どうするのです?」
「オズは俺たちが連れて行く。世界を救うための仲間として」
リオニスは静かに、けれどきっぱりとした口調で言った。此処で退く訳にはいかないのだと、自身を奮い立たせて。
コーディはゆっくりとリオニスを、シュライク、ユスティニアを、ロレンスを、そして最後にオズワルドを見た。それから深く、深く息を吐いて……
「残念ですが、それは不可能です」
ゆるゆると、首を振った。至極残念そうな表情を浮かべて。
「な……」
何故、と問おうとしたのは誰だったか。この場に居た皆が想ったことだった。
「彼には彼の務めがあります。それはこの街を守ること。それはひいてはこの国を守ることにつながります」
にべもなく彼はそう言い切った。それが最善だと信じ切っている表情を崩さないままに。
「でも彼の魔法の能力は知っているでしょう! それを適切に使えばより多くの人を救えるのですよ?!」
「おかしいだろ!」
唇を戦慄かせたユスティニアが、シュライクが、声を上げる。ロレンスは静かに、その様子を見つめていた。
「オズの力はこの街にこそ必要なのです」
この街から彼を出す訳にはいきません。コーディはきっぱりとそう言い切った。先刻までの友好的な雰囲気は鳴りを潜め、警戒の色を濃く瞳に灯している。"宝"を奪われまいとするかのように。
「頭が硬いどころの話じゃねぇよ、こんなの!」
シュライクは吐き捨てるように言う。おい、と窘めるリオニスを他所に、彼は足音も荒く部屋を飛び出していった。
しん、と静まり返る室内。耳が痛くなるほどの沈黙を破ったのは、静かなコーディの声だった。
「オズワルド、お前はどう思うのだ」
そう問われて、オズワルドは体を強張らせる。真っ直ぐに見据えられ、彼は浅く息をした。幾度か迷うように視線を彷徨わせた後。
「……私は」
口を開いた彼の声は、微かに震えていた。
答えなど決まっている。しかしそれを紡げばどうなるかもよくわかっている。その上でコーディがこの問いかけを投げてきたことが、全ての答えだ。
はぁ、と一つ息を吐く。真っ直ぐに顔を上げた彼は、コーディを見据えて唇を開いた。
「私は、彼らと……ッ」
言葉を紡ぎ始めると同時、光る彼の手元。咎めるように、苛むように、指輪の光は増していく。苦痛に顔を歪め、膝をつくオズワルド。
「オズ!」
鋭く彼の名を呼んでリオニスたちは彼に駆け寄った。その背を擦りながら、ユスティニアはキッとコーディを睨みつける。
「なんということを……」
こうなることはわかっていたはずだ。非難するような視線にも怯むことなく、コーディはオズワルドを見つめ続けている。
「お前はお前の職務を果たせば良い。それが勇者様達の道を照らすことにもなろう」
話はこれまでだ、と言うように彼はひらりと手を振る。それと同時、強い光が彼らを包み込み……その眩さに目を閉じた。次に目を開けたとき、彼らは建物の外に放りだされていた。対話の拒絶。それが、魔法管理局の出した答えのようだった。
ひやり、と冷たい風が吹き抜ける。
「……あのおっさんに追い出されたのかよ」
丁度そこには不機嫌そうな顔をしたシュライクの姿もあって。深々と溜息を吐き出したリオニスはがしがしと自分の頭を掻いた。
「はぁ……まぁ、想像はしてたけどあそこまで頑なとは……」
自分たちの振る舞いが問題だったとは考えにくい。確かにシュライクの言い方は少々礼儀を欠いたものであったが、コーディはそれに怒りを覚えて彼らを追い出した訳ではない。最初から、オズワルド達を手放すつもりはないのだ。それが、今回の面会で嫌と言う程よくわかった。
「……すまない、君たちには、厭な想いをさせただけだったな」
指輪の苦痛から解放されたオズワルドはまだ少し掠れている声で詫びる。ああした反応をされることは予測していた。彼らは、自分達を守ることに全力を注いでいる。自分達、或いは自分達を守護してくれる貴族や王族を守ることに。だから、彼らはオズワルドたちを手放さない。わかっていた、わかりきっていたのに止めなかった……それを悔やむように、オズワルドは顔を歪める。
ユスティニアはゆるゆると首を振り、そっと彼の額に滲んだ汗を拭った。
「オズワルドの所為ではありませんよ。悪いのは、あの人の……魔法管理局の考え方です」
悲し気に目を伏せて、ユスティニアは言う。彼からすれば到底理解できないのだろう。多くの人間を救うためと祈りを捧げ続けた星読みの魔法使いであった彼。穢れたために能力を失ったと思った時は、自分以外の星読みたちが見捨てられないようにと自ら命を捧げようとしたほど献身的で利他的な彼からすれば、自分たちの住む地域のみを守ろうとするコーディの思考が到底理解できないようだった。
「仕方ないよ。一度手に入れてしまったものを手放すのは、きっと誰だって惜しいし、怖いだろうから」
ロレンスは静かな声でそう言った。ずっと黙ったままリオニスたちとコーディのやりとりを見ていた彼は、冷静にその状況を分析していたようだった。
魔法管理局の在り方。この街における強力な魔法使いの扱い。そしてリオニスや自分達の願い……それらを感じ取り、理解した彼は、コーディがオズワルドたちを手放さないのも致し方ないことなのだと冷静に呟く。一度手に入れたものを手放したくないのは人として当然の感情だ。手に入れた美しく有用な楽士を逃げないようにと枷で繋いだ彼らもきっと同じだったろう、とロレンスは言う。
正直、八方塞がりだ。誰も、この先どうするべきなのか、わからない。
「先に予言の話を聞きに行きませんか」
気を取り直すように口を開いたのはユスティニアだった。え、と声を漏らす仲間たちにいつも通りの柔和な笑みを向けて、彼は言う。
「此処で途方に暮れていても仕方ないですし……リオニスが此処を目指した最初の目的を果たしましょう。予言を、その詳細を確かめましょう?」
ね、と笑う彼。それを聞いて、仲間たちも少し表情を綻ばせる。
「そうだな」
リオニスもそう頷いて、軽く伸びをする。彼の言う通りだ。此処で落ち込んでいたって仕方ない。前に進めるように動こう。そんな彼の言葉に、不機嫌な顔をしていたシュライクもいつも通りの表情に戻った。
「そーだな! あんなバカの言うこと気にしてる暇あったら、魔王をぶっ倒すために必要なことしたほうがいい」
「そうだね。オズも、一緒に来てくれる?」
穏やかに微笑んで、ロレンスはオズワルドに問いかける。
―― 嗚呼、なんて。
頼もしく、眩しい存在だろう。そう、オズワルドは思う。
彼らは決して強い力を持つ訳ではない。事実、魔法使いである自分ひとりで十分に制圧することが出来る程度の力しかないだろう。しかしそれはあくまでも戦闘能力的な意味合いのみだ。心の在り様は、美しさは、頼もしさは、ちっぽけな指輪でこの街に囚われた自分よりも、ずっとずっと強い。
―― 何の柵もなく彼らの仲間になることが出来たら良いのに。
オズワルドはそんなことを考えながら、彼らにぎこちなく微笑んで頷いて見せたのだった。
***
魔法管理局の建物を離れ、彼らは街の中を歩く。賑やかな中央の通り。幸せそうな、豊かそうな雰囲気は、何も知らずに見れば平穏そのもので良い街だと思うのだろうが……この街を、この景色を守るために犠牲になっているものを想うと複雑な心境だ。
そんな想いを引き剥がすように首を振った後、リオニスはふと抱いた疑問を口にした。
「そもそも予言者ってそう簡単に会えるものなのか?」
そもそも、自分達はその予言者の顔も名前も知らない。どこで誰がしたのかも知らず、おおよその予言しか知らない状態で旅に出てきた自分は大概だと思う。そう思いながらリオニスは苦笑を漏らした。
と、その時。
「会えるよ」
不意に聞こえたのは、全く聞き覚えのない声。それが聞こえた方は視線を向ければ、小柄な影が一つ。気配も何も全く感じなかった。
「うわ、びっくりした」
思わず飛び退き、リオニスは声を上げる。そっと呼吸を整えてから、彼は視線をその影に向けた。
小柄な少年のようだ。色が白く、手足が細い。真っ白なローブに身を包んだ彼の表情は窺えない。その理由は……
「仮面……?」
少年の顔は、梟の顔のような形をした仮面で隠されていた。表情は窺えないが、視線が向けられていることはわかる。じっと見つめられる感覚に少し緊張して、リオニスは視線を彷徨わせた。
と、オズワルドが驚いた顔をして跪く。そのまま、小柄な少年の手を取った。
「お久しぶりです。まさか、貴方様から姿を見せてくださるとは」
「オズ?」
畏まった態度の彼を見て、リオニスたちは驚いた顔をする。オズワルドは顔を上げると、一つ息を吐き出して、言った。
「この方が、君たちが会いたがっていた偉大な予言者……フロスト様だ」
その言葉にリオニスは大きく目を見開いた。
予言者、と呼ばれるのは優れた予知能力を持つ人々だ。人並外れた魔力、それが未来を見通す力を齎すのだと言われている。訓練すればなれるというものではなく、予言者は生まれつき予言者だというのだから、子供の予言者がいるのも至極当然のことか。
リオニスはそう考えながら、改めてフロスト、と紹介された少年を見る。
見た目は至って普通の少年(こども)だ。真っ白な髪を長く背に伸ばした、真っ白なローブを纏った、まるで雪の精霊か何かのような子供。仮面の奥に見える瞳は、鮮やかな紅色をしているようだった。相変わらず表情を窺い知ることは出来ない。
「え?! こんな子供が?!」
リオニスも思ったことを素直に口に出したのはシュライクだ。おい、とオズワルドが窘めるより先。
「子供じゃないよ」
静かな声と同時、一陣の風が吹いた。次の瞬間、シュライクの背後に少年の姿が現れる。華奢な手でシュライクの両手を拘束し、跪かせた彼はひとつそっと息を吐く。何も見えなかった。何も感じなかった。何をされたのかすら、誰にもわからなかった。
シュライクは振り解こうとすれば十分できるだろうに、抵抗することなく膝をついている。……もし、フロストと呼ばれたこの少年に殺意があったなら、シュライクは今頃命を落としているだろう。それを理解しているためか、彼は全く動かなかった。悔し気に顔を顰めている。
「っ……」
「見た目で判断する癖は、直した方が良いね」
君は十分強いけれど。そう言ったフロストはシュライクの手首を離した。シュライクは息を吐き出すと、銀髪をかきあげつつ、素直にこくりと頷いた。
そんな彼を見て小さく頷いたフロストはリオニスをじっと見つめて、口を開いた。
「そろそろ辿り着く頃だと思っていたんだ。無事に仲間を集めているみたいで良かった」
そう言ったフロストの声は穏やかだ。オズワルドが畏まるほどに偉大な予言者、と言うから緊張していたが、見た目も相まって(見た目で判断するなと言われたばかりではあるが)少し安堵する。
「もしここに来るまでに一人だったら、君は死んでいたから」
「…………」
……前言撤回だ、とリオニスは思った。淡々とした声音で恐ろしいことを言うあたり、彼が予言者であると言うのは間違いないだろう。
「勿論、そうはならないと思っていたけれど」
くす、と小さく笑う声。君が辿り着けない未来は殆ど見えなかったし。彼はそう言ってほんの少し表情を緩めたようだった。
「そもそも予言の内容を、俺は詳しく知らなくて……教えていただけますか」
いつまでに、どのように魔王を倒せばよいのか。どうした自分なのか。予言した張本人だと言うのなら、わかるだろう。リオニスはそう彼に言う。しかしフロストは緩く首を振ると、静かな声で言った。
「君が聞いた内容程度の話しか僕はしていないよ」
「え、そうなのですか?」
ユスティニアが少し驚いたように声を上げる。ぱちりと瞬く、橄欖石の瞳。それを見つめたフロストは目を細めて、言った。
「星読みの子、ユスティニア。僕たち予言者がするのは、人々を導き動かすことではないんだ」
「そうなのですか?」
こくり、とフロストは頷く。そして小さく何事かを呟いた。おそらく彼の魔法の呪文なのだろう。同時にぽうっと小さな光がふたつ灯った。その二つを少し離れた位置に浮かせて、フロストはいう。
「僕らが見て、伝えるのは最終的な目的地だけ。そこに至る道筋や、そこにある困難を伝えることはしないよ。例え見えていても」
始まりと終わりとを示すらしい二つの光を繋ぐように、柔らかな光の筋が幾つも現れる。その光の筋は強いものも弱いものも、途中で途切れているものもあった。きっとこれが、彼の言う"目的地に辿り着くための道筋"なのだろう。
ふわりと光を消して、フロストはそっと息を吐き出した。そして小さな声で言葉を紡いだ。
「人々は僕の機嫌を取りたがる。そうすれば、本来教えてもらえないはずのものを教えてもらえるのではないかと思っているから」
幾ら機嫌を取られたってそんなことをするはずはないのにね……呟くような彼の声。それを聞いて、ロレンスはねぇ、と控えめに彼へ声をかけた。
「それを伝えることが例え、世界を守ることになる繋がるのだとしても? それでも、アナタは、未来をヒトに教えないのかい?」
ロレンスはゆるりと首を傾げつつ、問いかける。それに頷いて見せながらフロストは言った。
「知りすぎることは逆に、人々を破滅に導くものなんだよ」
そんな彼の声には微かに哀しみの色が滲んでいる気がした。
未来を知ることが出来る能力。それを人に知らせる役目。予言者、と崇められ、慕われる彼は今まで一体幾つの予言を告げてきたのだろう。どれだけの人がその予言に従い動く姿を見たのだろう。
―― ……その結末は、幸福なものばかりではなかったのではないか。
ふと、リオニスはそんなことを考えた。先刻、自分たちが無事にこの街に辿り着いたことを喜ぶようなことを言っていた。無事に辿り着くだろうと思っていた、と言いながら表情を緩めているようだった。きっと彼は、優しい人間だ。だからこそ、気に病むこともあるのではないか。
しかしそれをリオニスが指摘するより早く、彼は仮面を少し押し上げて位置を直すと、リオニスの方へ向き直った。そして、感情の薄い、予言者としての声で言う。
「改めて予言を伝えよう。
腕に選ばれし者の痣がある少年が魔王を倒し、世界を救う。
さっきも言ったけれど、詳細な予言はしていないし、これからもするつもりはない。
いつまでにとも、どのようにとも予言はしていない。それは君が選び取っていくものだから。……ああ、でも」
言葉を切った彼はすぐ傍にいる魔法使い……オズワルドに視線を移す。ほんの少し緊張したように背筋を伸ばしたオズワルドは彼の紅色の瞳を見つめた。鮮やかな瞳を細め、彼はオズワルドに言う。
「オズワルド、君は彼について行くよ」
「え……」
フロストの言葉にオズワルドは大きく目を見開く。
「そう決まっているから。勇者の旅の仲間は四人。最後の一人は最強の魔法使い、オズワルドだ」
これは確定した未来だからと、彼は言う。それを聞いたオズワルドは少し困ったように、目を伏せる。
「しかし……私は、この街を出られない。彼らの役に立つことは……」
「出られるよ」
そっと指輪を撫でてそう言うオズワルドに、フロストはきっぱりと告げる。優しくオズワルドの手に触れた彼は、彼を繋ぎとめる指輪を見つめながら、淡々と語った。
「魔法管理局の奴らと、その指輪の所為だろう。その指輪がある限り、オズワルドは自由に動けない。そんなことくらいで諦める君たちでは、ないだろう?」
そう言った彼はゆっくりと、リオニス達に視線を向けた。リオニスは表情を引き締めて、頷いて見せた。事実、諦めるつもりはなかった。尤も、その手段は思いつかないままだけれど。
「フロストから魔法管理局に伝えてもらうことはできないのか?」
シュライクはそう言って、フロストを見つめた。
強力な力を持つ魔法使い、オズワルドが畏まるような相手、それも"偉大な予言者"と呼ばれる存在だ。何より、魔王を倒す勇者の予言をした張本人である。そんな彼が"オズワルドは勇者の仲間として旅立つ運命だ"と告げてくれたなら、あの頭の硬い魔法管理局の人間も考えを改めてくれるのではないか、とシュライクは考えたようだった。
フロストはふ、と息を吐き出すと小さく首を振った。
「それはおすすめしないな。……本当は君もわかっているのだろう?」
そう言いながらフロストは真っ直ぐにシュライクを見つめる。思わず背筋を伸ばすシュライクを見つめたまま、彼は静かな声で言った。
「解決策は自分達で見つけて進まないと。さっきも言ったでしょう。目的地にたどり着く道筋は、君たちが見つけるんだ」
―― きっと辿り着けるよ。
そんなフロストの言葉は予言と言うよりは特別な祈り、或いは祝福のようだった。
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