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第四十八章 美しい未来を

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 高い剣戟の音が響いた。斬りつけてきたフィアの剣を自身の剣で払い、フォルは目を丸くする。

「うわぁ、強いね、フィア! 君があの家に落とされた時はこんなに強くなるなんて、予想してなかったよ!」

 フォルは嬉しそうに笑った。その表情だけ見れば、妹の成長を喜ぶ兄のようだ。しかしその実、彼がフィアの強さを喜ぶのは、自分の願いを叶えるために、その強さが役立つと思っているからに他ならないことを、フィアは理解出来ていた。
 幾度目かの応戦の後、フィアはアルに向かって、声をあげた。

「アル、ルカを連れて一度此処から離れろ」
「え?」

 アルは目を丸くする。その瞳に映るのは、戸惑い。フィアを此処において離れることなど、出来るはずがない。フィアはそんなアルの表情を見て、言った。

「……ルカの腕の傷は大分深いはずだ、放っておく訳にはいかないだろう」

 フィアは、ルカが自分の所為で怪我をしたのだと知っていた。自分が意識を失わなければ、一人で立つことができていれば、あんな斬撃、躱すことが出来ただろう、と。
 しかしルカは、そんなフィアの言葉に首を振る。

「俺は平気だ、こんな時まで強がってんじゃねぇよ馬鹿フィア!」

 ルカはそう怒鳴る。自分の傷など大したことはない、と。彼の言葉を聞いてフィアはそっと、微笑んだ。そのまま、緩く首を振る。

「強がってなど、いない。寧ろ俺は弱くなった。……守りたいモノが増え過ぎるというのも、困りものだな」

 フィアは困ったように笑うと、剣でフォルを突き離した。そして、ルカとアルとを、魔力で突き飛ばす。

「決して破れぬ我が守り……金剛石障壁ダイヤモンドバリア!」

 フィアがそう詠唱するのと同時、ルカとアル、フィアとシストを隔てるかのように、障壁が張られた。障壁外に放り出されてしまったルカとアルは呆然とする。しかし、ルカはすぐにはっとして障壁に駆け寄った。

「何すんだよフィア! これを解除しろッ!」

 ガツン、と障壁を殴りながら、ルカが叫ぶ。これでは中にいる二人を援護することは出来ない。焦りの籠った彼の声を聞いて、フィアは蒼い目を細める。そして、いつものように勝気な声で言った。

「解除したければ自力でするんだな。……もっとも、お前の貧弱な魔力でそれは不可能だろうが」

 フィアは障壁の中で意地悪く笑う。それを見て、ルカは唇を噛んだ。事実、強力な魔力を持つフィアの障壁をルカが解除することはまず不可能だ。
 フィアは暫しそんな彼の様子を見つめた後、真剣な表情で言った。

「まずはアルに傷を治してもらえ。此方が本当に不味くなったら嫌でも障壁は壊れる。助けに来るのはそれからでも遅くない」
「そうは言っても……!」

 ルカはなおも食い下がろうとした。もう、これ以上フィアが傷つく姿を見たくはない。漸く、取り戻すことが出来たのだ。また、喪うかもしれない恐怖に耐えるのは嫌だった。そんな想いをせずに済むなら、腕の傷の痛みくらい、耐えることが出来ると、ルカはそう訴えようとする。
 しかし。

「頼む」

 そんな、フィアの声に、言葉に、ルカは口を噤む。今まで聞いたことがないような、真剣な懇願。見れば、フィアは泣きだしそうな表情を浮かべていて。ルカは、驚いたように紅の瞳を瞬かせる。

「お前に、その傷のまま戦ってほしくない。……大切だから、大切な家族だから……もうこれ以上、傷ついて、ほしくない。だから、とにかく一回傷を治してくれ」

 そう言い切ったフィアは、もうルカの方を見なかった。もうそれ以上の言葉は不要だろうとでも、言うかのように。ルカは暫しその華奢な背中を見つめた後、そっと息を吐き出して、口を開いた。

「……アル、頼むよ」

 紡がれたのは、フィアが誰より信頼を置く、医療部隊の騎士。彼の言葉に、アルは微笑んで頷いて見せた。

「わかっています。ただ、フィアの言う通り此処では危ないですから、少し離れますよ」

 良いですね、と念を押すようにアルは言う。ルカはその言葉に力強く頷いて、にっと笑った。

「あぁ。フルスピードで頼む!」
「了解です」

 アルはルカの手を取り、空間移動の魔術を使う。発動の寸前、障壁の向こうにいる二人に向かって、叫んだ。

「フィア、シストさん、気をつけてください! 僕らもすぐに戻ってきます!」

 アルの声にフィアとシストは無言で剣を掲げた。

***

 アルとルカが姿を消した後、フィアは静かにシストの方を見た。申し訳なさそうな顔をするフィアに、シストは不思議そうに首を傾げる。

「どうした?」
「否……シスト、すまない。お前まで巻き込んで」

 障壁の中に共に閉じ込めてしまったパートナーにフィアは詫びる。本当は、シストは無関係。これは、フィアとフォルの、兄弟間の問題なのだから、一人で解決するのが、筋であるとは思った。
 しかし、フィアは今、本調子ではない。流し込まれた悪魔の魔力の所為で体調はお世辞にも良いとはいえないし、魔力も安定しない。故に、一人で戦うことが不安だと、そう思ったのだ。
 昔の彼ならば、躊躇いなくシストも追い出していただろう。しかし、それをしなくなったのは、仲間を、パートナーを、信頼しているから。頼りたいと、思ったから。それは、間違いなくフィアの心の中で起きた、変化だった。
 フィアの謝罪に、シストは小さく笑う。そしてぽんとフィアの頭を撫でて、言った。

「何を謝る必要があるんだよ、俺たち、パートナーだろ? 助けに来られて、良かったよ」

 そう言って、シストは笑う。一度は、本気で覚悟したのだ。また大切なパートナーを喪うかもしれない、と。だからこそ、彼との再会は何よりも、嬉しかった。
 シストの言葉にフィアは少し、はにかんだように笑う。しかしはっと何かに気が付いたような顔をして、彼に問うた。

「……シスト、そういえばお前、体は大丈夫なのか? あの時の傷は?」

 今まで普通に立って、戦っていたためにすっかり失念していたが、彼も傷を負っていたはずだ。大丈夫なのか、と心配そうに問えば、シストは小さく笑って、頷いた。

「大丈夫。ジェイド様の治療のおかげで、普通に動くことはできる」
「そうか……無理はするなよ」
「それは此方の台詞だな」

 シストとフィアは笑い合う。ある意味で似たもの同士の、相棒として。
 そんな彼らの様子を面白くなさそうな顔をして見つめていたフォルが、そっと息を吐いて、口を開いた。

「お話は済んだ? 全く、腹が立つなぁ。僕の弟とこんなに仲良く話してるなんて。折角再会できた兄弟に気を使うべきじゃない?」

 そう言いながら、フォルは剣を構える。ノアールのそれによく似た、黒い剣をシストに向け、冷たい声で彼は宣言した。

「僕、フィアと二人っきりで話したいから、君を消すことにするよ」

 そんな言葉と同時、フォルはシストに斬りかかる。その剣を受け止めながら、シストは笑う。

「普通に考えろよ? お前は一人、俺たちは二人だ。騎士道には若干反するけど……まぁ、今はそんなこと言ってる場合じゃなさそうだしな」

 フォルは小さく鼻を鳴らした。

「良いよ、その辺は気にしない。だって、僕一人の方が、君ら二人より強いと思うしね。僕は最強の魔力を持つ天使の力を持っている。ある程度のハンデは必要でしょう?」

 そう言いながら、彼はゆったりと首を傾げる。その表情には相変わらずの余裕が浮かんでいる。

「ハンデ? それは、必要ないかもしれないな。こっちにいるのも、天使だからな」

 シストはフィアの肩に手を置いて、勝気に笑う。フィアは自分の手に置かれたシストの手を見て、少し照れたように頬を赤く染める。自分の力を厭ったこともあるが、こうして仲間に頼られることはくすぐったく、嬉しく思えた。
 フォルは面白くなさそうに表情を歪めたが、すぐに笑顔に戻る。悪戯を思いついた子供のような、笑顔を。

「それもそうだったね。でも、君は負けるよ。だって……」

―― フィアを楯にすることなんて、出来ないでしょ?

 そんなフォルの言葉にシストが目を見開く。

「僕は、君だけを狙うことができる。僕の魔力を纏った攻撃防げるのはフィアだけ。つまり、フィアを楯にしない限り、君は僕の攻撃を受け続ける。そうしたら君は死んじゃうよね。君が死んだところで、僕はゆっくりフィアとお話をするよ」

 残酷な笑みを見せて、フォルは剣を振り上げた。漆黒の剣が纏う強い魔力。剣を構える彼の瞳が細められる。深い海のようなその瞳に点るのは本気の殺意だった。
 シストは障壁を張ろうとした。しかし、フォルの動きのほうが早い。

―― 一回受ける程度なら、大丈夫だろう……

 防ぐのを諦めかけたシストに振り下ろされる剣。……しかし、それはシストに当たることなく止まった。

「え……?」

 目を開けたシストの前に、立ち塞がっているのは他でもない、相棒で。

「……フィア。どいてよ」

 フォルの冷たい声に、フィアは無言で首を振る。フォルは困ったような顔をして溜息を吐き出した。

「どいてってば。そいつを消したらちゃんと最後まで魔術をかけて、フィアを完全な悪魔にしてあげるから」

 フィアは首を振り続けた。迷いも怯えもなく真っ直ぐに、フォルを見つめながら。そんな彼を暫し見つめていたフォルだったが、やがて溜息をついて剣を下ろした。そして、恨めし気な顔をしながら、フィアに言う。

「はぁ……聞き分けのない子は嫌いだよ?」
「貴様に嫌われようが、何でもいい」

 きっぱりと、フィアはいう。それを聞いたフォルはやれやれ、と首を振って、呟くように言った。

「まったく……本当に母親似で強情だね。彼奴がいた所為で父親消すのに一苦労だったんだよ?」

 冷たい表情で、フォルはそう言い放つ。その言葉が意味することを理解して、フィアは大きく目を見開いた。

「まさか、貴様……実の両親まで……」

 掠れた声で、フィアは呟いた。そんなこと、あるはずがない、あっては、ならない。けれど今の言葉は、まるで……フォルが、実の両親を殺したと言わんばかりではないか。
 そんなフィアの反応を見て、フォルはけろりとした声で、言った。

「あぁ。だって、邪魔だったんだもの。彼奴ら、言ったんだ。僕にお前のような堕天使は一族に必要ない、ってね。僕を殺して、フィアを迎えに行くって言ったんだ。僕を見せしめに処刑した上でね。そんなことを言われて、僕が黙っているとでも思う?」

 何事もないようにそう言うフォルをフィアは思い切り殴った。それをよけることなく受けたフォルはニヤニヤと笑った。その口の端に血が伝う。フィアはふるふると拳を震わせて、叫んだ。

「貴様、命をなんだと思っている?! 一度死んだ者は戻ってこない! 俺にとって……俺たちにとって、唯一の両親でさえ、貴様は平気で殺したというのか?!」

 騎士になり、多くの命が失われるのを見た。多くの命が失われる話を聞いた。少しでも多くの命を救いたいと思っていた。そんなフィアにとって、フォルの話はあまりに残酷で、非道なものだった。
 実の両親の顔を、フィアは知らない。それでも……いつか、会うことが出来たらと思っていたのだ。しかし、そのささやかな願いすら、フォルによって打ち砕かれていたのだ。
 しかし、フォルはけろりとした表情のまま、言い放つ。

「遊び、ゲームのようなものだよ、フィア。この世は勝つか負けるか。僕たちの両親は、僕に負けた。だから、死んだ。ただそれだけのことだよ」

 僕が負けていれば、僕が死んでいたさ、といって彼は肩を竦める。フィアは固く拳を握ったまま、そんな彼を見つめる。

「別に君には死んでくれと言ってる訳じゃない。僕は君が欲しいだけだよ。僕と君の力が合わされば、この世界を全て、僕たちのものにすることが出来るんだよ。もう何も失わないで済む、全てを僕たちのモノにできる。僕たちを拒む存在は何も居なくなるんだ。それが何でそんなに嫌なのかな?」

 フォルはそう訊ねながら、首を傾げる。フィアは剣を握り直しながら、震える声で言った。

「嫌に決まっているだろう。何故、俺が貴様に協力するような真似をしなければならない……俺はそんなこと、望みはしない!」

 世界の支配権など要らない。力など望んではいない。そう言い放つフィアを見つめて、フォルは嘆息した。

「仕方ない。本当はあんまりこういうことしたくないけど……」

 フォルは足元に魔法陣を描いた。そして叫ぶ。

「出現せよ我が下僕たち!」

 短く唱えると魔法陣から無数の魔獣が現れた。

「暫くこの子たちと遊んでいると良いよ。疲れて動けなくなるまで遊んでもらって? そうしたら、僕が紫の子を殺して、フィアを連れて行くよ」

 フォルはそういうと黒い翼を広げ、空に舞い上がる。大きく羽ばたきながら、彼はシストとフィアを見下して、笑った。相変わらずの余裕の表情を浮かべながら。

「くそ……ナメやがって」

 シストはそう毒づきながら、飛び掛かってくる魔獣を斬り伏せる。フィアもそっと一つ息を吐き出して、剣を握り直しながら、言った。

「まぁ、仕方ないな。とりあえず此奴らを倒すぞ!」
「おう!」

 フィアとシストは剣を振るう。これ以上、大切なものを奪われないようにするために……――

***

「大丈夫でしょうか……フィアとシストさん」

 アルはそう呟きながら、不安そうにフィアたちが居るはずの方角をを見つめる。フィアの言葉通り、傷を負ったルカを連れてあの場所を離脱した。魔獣が少ない場所に降り、ルカの腕の傷の治療をしながらも、心を占めるのは敵の頭領であるフォルと戦闘しているはずの二人のことである。
 フィアが弱っていることは、先刻の様子を見るだけでも十分に分かった。真っ直ぐに立っているだけでも辛そうな彼を見ていると、初めての任務で悪魔の魔力を受けた時の彼の姿を思い出してしまって、胸が痛かった。そんな彼と共にあの場に残ったシストも、怪我が完治した訳ではない。傷は大分塞がっているはずだが……長時間の戦闘には、耐えられないはずだ。アルは医療部隊の騎士として、そんな二人を戦わせることは、極力避けたいと思っていた。
 ルカはアルに治してもらった腕を押さえながら、ふっと笑った。

「大丈夫だろう。彼奴らは雪狼の中でもトップクラスの実力者だし」

 そう言って、ルカは笑う。全く心配していない訳ではない。しかし、ルカは誰よりもよく知っている。自分の従弟とその相棒の強さを。だから、今は信じようとそう思っていた。
 アルも、別に彼らの強さを疑っている訳ではない。それでも、と彼は眉を下げながら、言った。

「でも、心配なんです。あの人……フォルって人、とても危険な感じがしたから……」

 そう言いながら、アルは目を伏せる。思い出すのは、空間移動の直前まで傍に居た、フィアの兄だという青年の姿。崩れることのない笑顔は無邪気を装った狂気を秘めたもの。感じ取れた彼の魔力は人間のそれではない、強いものであった。故に、彼と戦っているはずの友人たちを案じてしまう。万が一を考えて、不安になってしまうのだ。
 アルが最悪の場合を考えて俯いていた、その時。強い力で、頭を小突かれた。

「痛っ?!」

 思わず叫び、アルは顔を上げる。その黄色の瞳に映ったのは、人懐っこく笑う、赤髪の少年の姿で。彼はわしわしとアルの頭を撫でながら、言った。

「しっかりしろよ。お前、フィアの騎士ナイトだろ?」
「あ、アネットさん!」

 アルは眼前の彼を見つめ、ふわりと微笑む。自分たちと少し離れた場所で、彼は魔獣と戦っていたはずだ。彼の制服は既に、真っ赤に染まっている。それを見たアルは、驚いて声をあげた。

「お、お怪我は、ないですか?」
「ん? 何ともねぇよ、全部返り血だ!」

 そう言って、アネットはにかっと笑う。そんな彼の言葉に安堵してアルが表情を緩めれば、彼はもう一度、アルの頭を撫でながら言った。

「フィアとシストは、他所で戦ってるんだな。事情はよくわからねぇが……絶対大丈夫だ、彼奴ら強いからな!」

 にっと笑って、アネットは言った。自信に満ちた、その笑顔を見て、アルも力強く頷く。

「そう、ですね!」
「その意気だアネット!」

 彼らの様子を見ていたルカも目を細め、笑った。ともすれば気分が沈みそうになるこういう時には、アネットのような底なしの明るさが、頼もしい。
 と、不意にアネットが顔をあげた。そして、鋭く叫ぶ。

「二人ともちょっと下がれ!」

 鮮やかな石榴石色の瞳が、強く光る。それと同時に、大型の魔獣が、彼らに向かって飛びかかってきた。

「全てを焼き尽くせ、火炎大嵐フレイム・ストーム!」

 容赦なくアネットの炎が魔獣を燃やす。炎に巻かれた魔獣たちは甲高い断末魔をあげ、ばたばたと地面に崩れ落ちる。ぱちぱちと燃え残る炎を一瞥して、アネットは目を細める。

「よし、終わり!」

 ふぅ、と息を吐くと頬についた煤を軽く手の甲で拭った。そんな彼の様子を見つめていたルカはゆっくりと瞬いて、言う。

「本当にお前、戦闘時には性格変わるな……」

 前々から知ってはいたが、普段のアネットの人懐こさを知っていると、今のような彼の様子には少なからず驚く。敵への容赦ない攻撃も、その鋭い目付きも、普段のアネットの様子からは想像がつかないものなのだった。
 アネットはルカの言葉に軽く肩を竦めた。そして、苦笑混じりに言う。

「躍起になっちまうんだよ。どうにかして此奴らを倒さなきゃって」

 やりすぎだとは思うんだが。そう言ってアネットは嘆息する。

「そうまで思う、理由ってあるんですか?」

 ふと疑問に思い、アルはアネットにそう問いかける。アネットは口を噤み、暫し考え込むように目を伏せた。その視線を上げるとふっと一つ息を吐いて、言った。

「……俺には妹がいるんだけどさ」
「あれ、そうだったんですか」

 初めて聞いた話にアルは目を丸くする。ルカも初耳だったらしく驚いた顔をしている。アネットは今まで言ってなかったな、と言って肩を竦めた。そして、空を仰ぎ見て、言葉を続けた。

「妹……マリンって名前なんだけど……マリンさ、眼が見えないんだ。生まれた時からな。もう少し大きくなったら、手術で何とかできるんだって。それで、マリンの目が見えるようになった時、こういう残酷な生き物を見せたくないな、って思ってさ」

 そう言いながら、アネットは目を細める。そして拳を握りながら、言った。

「争いなんて、見せたくない。綺麗で、楽しいものだけ見てほしい。目が見えるようになって良かったって、心から思ってほしい。こんな争いを見ることになったら、きっと……目が見えない方が幸せだったって、思うだろうから……」

 折角見えるようになっても、見るものが醜いもの、恐ろしいものばかりというのは、あまりに悲しすぎる。だから、彼女が心から目が見えるようになって良かった、と思えるようにしたいのだと、そう言って笑うアネット。

「兄貴のエゴかもしれないけどさ、でも、それが俺の本心。醜いモノは、見えない方がいいから、だから……俺は戦うんだ。少しでも、綺麗な世界をマリンに見せるために」

 彼が必死に戦うのは、たった一人の妹のためだという。そう言って笑うアネットを見て、ルカはふっと笑みを零す。先刻まで向きあっていたフィアの兄……フォルとは大違いだ。そう思いながら。

「そっか……頑張れよ。俺も、協力する」

 そんなルカの言葉にアネットも、嬉しそうな笑顔を見せ、剣を空に向かって掲げた。

「よし。まずは”綺麗な世界”を守るために、俺たちの天使を取り返すに行くか!」

 三人はフィアとシストの元へ走り出した。
 
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