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第四十三章 スレチガイ―壊れた絆―
しおりを挟む会議室の前に立ち、シストは一つ、深呼吸をする。自分から言いだしたのは良いが、あの場でのルカとの言い争い……基自分の一方的な罵倒を思い出して、少し足が竦む。申し訳なさと、決まり悪さ。それを抱いたまま足を止めるシストの手を、アルがそっと握った。驚いて視線を向ければ、アルはふわりと穏やかに笑って見せる。そんな彼を見つめ返して微笑むと、シストは軽くドアをノックした。
「失礼します」
そう声をかけ、ドアを開ける。ドアの向こう側に居たセラたちが驚いた顔をして、二人を見つめる。
「まったく……困った患者さんですね。大人しく寝ていないと、治るものも治りませんよ?」
ジェイドが呆れたような声音で言う。咎めるような翡翠の瞳に少し臆しながらも、シストは真っ直ぐに彼らを見据え、口を開いた。
「俺はもう平気です。俺も、会議に参加させてください」
シストはジェイドを見つめ、そう言った。自分の体調が万全でないことは他でもない自分がよく知っている。役に立てるかはわからない。しかし、それでも……大切ない棒を助け出すための会議に参加しない訳にはいかない、とシストは必死に主張した。
ジェイドは、そんな彼を険しい表情で見つめた。彼の治療を行った医師として、そんな無茶を赦す訳にはいかない。今は真っ直ぐ立っているし顔色も悪くはないが……いつ悪化するともわからない。絶対安静を命じるべきだ、そうするほかない、とわかってはいる。
しかし。ジェイドはふっと笑うと空いた席の椅子を引いた。驚いたように瞬くシストを見つめ、彼は静かな声で言った。
「……座りなさい。駄目だと言っても、貴方はきっと此処にいるつもりでしょう。無駄な議論は必要ありませんよね」
シストの顔を見ていれば、わかる。例え自分が駄目だと言ったところで、彼は聞かないだろうということが。答えの見える不毛な問答をする時間はない。
ただし、と前置いて、ジェイドは彼に釘を刺す。
「でも、無理をしているのがわかったら強制的に部屋に返しますよ、良いですね」
念を押すように言う彼に、シストはしっかりと頷き、頭を下げた。
「ありがとうございます。……それから、ルカ」
そう声をかけ、椅子に座る前にルカを見る。そして、不思議そうに首を傾げているルカに、シストは頭を下げた。突然の行動にルカが驚いた顔をした。
「な、何だ?」
「ごめん」
静かな声で、シストは彼に詫びる。その声に、言葉に、ルカはルビーの瞳を瞬かせる。
「俺、お前の気持ちも考えずにあんなこと……本当に、ごめん」
冷静に考えれば、すぐにわかることだった。ルカがあの場でああいったのは、騎士団の一部隊長として至極当然のことだったことも、本当は誰より、フィアを優先したかったであろうことも。それなのにあんな乱暴な、残酷な言葉をぶつけてしまった。そのことをシストは詫びる。
ルカは幾度かその瞳を瞬いて……ふっと、笑った。そして軽く頭を掻きながら、言う。
「……良いって。ごめんな、俺こそ」
シストがフィアのことを大切に思っていることも、ルカはよく知っていた。そんな彼がフィアのために怒ってくれたことが嬉しくもあって……だからこそ、自分の発言がシストを不安にさせたであろうこともすぐに理解出来た。あの場での自分の言動を後悔はしていないが、無暗にお前を傷つけるつもりはなかったのだと、彼も詫びる。それを聞いて、シストもぎこちなく笑いながら、緩く首を振った。
「仲直りが済んだところで……」
ルカとシストがいつものように笑いあったところで、アンバーが口を開いた。
「そろそろ話を進めるね」
良いかな、と問いかけるアンバー。それを聞いて、アレクが小さく頷く。
「あぁ。そうしてくれ」
そう言う彼は椅子に腰かけたまま、剣を研いでいる。アンバーを見据えるブラウンの瞳には強い闘志。どういった形でフィアを助けるにせよ、戦闘は避けられまい。自身が持つ力を使って、仲間を助け出す。そんな彼の強い意思を感じる。
アンバーはそんな彼を見て頷くも、すぐに悩むような顔をした。そっと息を吐いて、ぽつりと呟く。
「そうだな……何から話したら」
話したいこと、話さなければならないことが多すぎる。そう思いながら、目を伏せるアンバー。琥珀の瞳が、不安げに揺れる。
「お前とロシャの……否、お前の弟のことを、話してくれよ。アンバー」
そんな彼の耳に、ルカのそんな声が響く。アンバーは驚いたように顔を上げた。ぱちりと琥珀の瞳を瞬かせ、彼は首を傾げる。
「僕と、ハクのこと?」
どうして、と彼は問う。確かに、それも話さなければならないとは思っていたが、比較的優先順位は低いだろう。そうアンバーがいうのを聞いて、ルカは緩く首を振った。
「優先順位が低い、なんてことはないさ。お前にとっては、重要なことだろ? その弟とも、戦わなければならないかもしれないんだからさ」
それは、残酷だが現実であり、事実だ。アンバーの弟……今はロシャと名乗っているあの少年は、確かにフィアを攫った影猫の一員であり、ディアロ城騎士団の敵だ。敵対し、戦わなければならないことは、ほぼ確実である。
「お前と彼奴がどういう関係なのかをわかった上でないと、俺たちも存分に戦うことは出来ないだろ?」
ルカにそう言われて、アンバーは確かに、というように頷く。仲間の身内、そんなざっくりとした情報だけで戦うとなれば、剣も鈍ってしまうかもしれない。それを考えたら、きちんと話しておいた方が良いだろう、と思えた。
「それにな」
ルカはふっと笑って、言葉を続ける。
「今から大きな仕事をしようっていうんだ。仲間の事を少しでもたくさん知って、信頼しきった上で任務に臨みたい」
それが、どちらかと言えば大きい理由だ。ルカはそう言って、にかっと笑う。彼の言葉にアンバーは目を丸くした後、ふっと微笑んだ。
「……ルカらしい考え方だね。ありがとう。他の皆は? それでいいの?」
アンバーが他の仲間たちを見ると、シストとアルも含め、全員が微笑んで頷いた。それを見て、少し泣きそうな顔をした後、アンバーはもう一度礼を言って、話し始めた。
―― 哀しい、兄弟の物語を……
***
今から数年前。
アンバーとロシャ……ハクは、仲の良い兄弟として、近所でも有名だった。母親はハクを産んですぐに病気で他界。父親と子供二人の三人暮らし。父は騎士団の統率官を務めており、仕事で家を空けがちだったため、実質、兄弟二人暮らしだった。
弟のハクは生まれつき体が弱く、殆どの時間を家の中で過ごしていた。兄であるアンバーはそんな弟の面倒をよく見て、一緒に過ごしていた。
母が居なくても、父が仕事で忙しくなかなか帰ってこられなくても、兄弟は、幸せだった。ディアロ城騎士団の水兎を束ねる優秀な騎士を父に持っていることを誇りに思っていた。
そして、ハクにとって一番の理解者は兄であるアンバーだった。ハクより四つ年上のアンバーは幼い頃から強い魔力を持ち、将来優秀な騎士になるだろうと期待されていた。アンバーはそんな状態でも決してそれを鼻にかけることはなく、弟や友人にとても優しい少年だった。
***
「ハク! 具合はどう?」
毎朝、アンバーはハクの部屋に行き、明るく声をかけた。弟の体調を気遣い、場合によっては看病をする。仕事が忙しい父の代わりとして、他界した母の代わりとして、そして、ハクの兄として、アンバーはハクを大切にしていたし、そんな優しい兄のことを、ハクも好いていた。
「兄さん! 大丈夫。元気だよ。今日はいつもよりも調子がいいんだ」
そう答えるハクを見て、アンバーは嬉しそうに彼に声をかけた。
「そっか。具合良いんだ? ならさ、一緒に外に行こうよ」
そんな兄の誘いにハクは少なからず驚いた顔をした。そして、困惑したように、目を伏せて。
「でも……」
当時十二歳。病状は少しずつ悪化し、ハクは一人で歩くことが出来なくなっていた。外には行きたい。しかしこんな体の自分が出掛けたいと言えば兄に迷惑をかけるだけだ。そう思い顔を伏せるハクに、アンバーは笑顔で言った。
「大丈夫! 僕がおんぶしていくから!」
明るくそう言うアンバーを見て、ハクは幾度も瞬きをした。そして、兄が無理をしていないかと、心配そうに彼を見つめる。しかし彼の笑顔や言葉に嘘はないようだった。事実、既に騎士としての訓練をしていたアンバーにとって、細くて軽い弟(ハク)を背負うことなど、少しも難しいことではなかった。
「……良いの? 兄さん」
それでも遠慮がちに訊ねるハクの額を突き、アンバーは笑った。
「良いって。何遠慮してるの? 僕たち、兄弟でしょ?」
遠慮する必要なんてない。そう言って笑う兄。その姿を見てハクは大きく目を見開いて……嬉しそうに、頷いた。
ハクは、強く、優しく、明るい兄が大好きだった。アンバーがハクの事を思うのと同じくらい……否、それ以上に、ハクは兄を尊敬し、敬愛し、信頼していた。
***
アンバーは言葉通り、ハクを背負い、お気に入りの場所に行った。そこは風通しの良い丘。ハクもそこが気に入っていて、ハクがまだ自分で歩くことが出来ていた頃は、二人でよく遊びに来た場所だった。
「うわぁ……久しぶりに来たなぁ」
そう言って、ハクは嬉しそうに息を吐き出した。彼の言葉に頷き、ロシャは彼を草の上に下した。
「そうだね。二人できたのは久しぶりだ」
ハクは隣に腰かけた兄を見る。二人の母親によく似た蜂蜜色の髪が風に揺れていた。
―― 本当に、僕と兄さんってそっくりだな……
ハクは隣にいる兄を見ながら、そう思った。
一緒に歩いていると、近所の人によく言われるのだ。双子のようにそっくりだと。そんな些細な繋がりが、ハクにとっては嬉しかった。丈夫で強い兄と、不健康で弱い自分。本当に兄弟なのかと不安になるほど似ていない自分たち。しかし、容姿が証明してくれる。尊敬する兄が、確かに自分の兄なのだと。
アンバーは自分を見つめるハクの視線に気づき、首を傾げた。
「ん? ハク、どうかした?」
少し心配そうに、アンバーはハクに問う。体調が良いと言ってはいたが、無理はさせられない。そんな彼の反応にハクは緩く首を振って、言った。
「何でもないよ」
本当に、彼は優しい。大好きな、愛しい兄。そう思いながら、ハクはそっと息を吐き出して、”ねぇ、兄さん”と、彼を呼んだ。
「? どうしたの、ハク」
「ずっと、一緒に居てくれるよね?」
ハクはそう言って、兄の瞳を見つめた。
ふと、不安になった。兄は健康な少年で、本当ならこんな……弱い弟の面倒を見ることなど、退屈なはずで。今日だって、他の友人と一緒に出掛けたりしても良かっただろうに……そう思う一方で、こうして兄が自分の傍に居てくれることに安堵してもいたのだ。だからこそ、不安になって問うた。自分の傍に居てくれるか、と。
アンバーはハクの突然の問いかけに一瞬驚いた顔をした。大きく見開かれた琥珀の瞳が瞬き……彼はすぐに笑顔を見せた。
「……当たり前でしょ。僕はハクの兄ちゃんだからね!」
そう言いながら、彼はくしゃくしゃとハクの頭を撫でる。笑顔で自信に満ちた声でそう答えるアンバーを見て、ハクは安堵した顔をした。子供らしく淡く笑って、彼は兄に抱きつきながら、言った。
「よかった! ね、兄さん。僕、いつか必ず元気になって、兄さんの背中を守るよ!」
それはハクの唯一の夢だった。身体が上手く動かなくなったその時でも、捨てることができない、たった一つの夢。かけがえのない兄を、守りたい。騎士として働くことになるであろう兄の力になりたい。彼の隣に立って、一緒に戦って守りたい。
そう語る愛しい弟を見つめ、アンバーは目を細めた。
「そっか。お前に守ってもらえたら、僕は無敵かな!」
そう言ってにこっと笑うアンバーを見て、ハクは小指を差し出した。
「約束だよ! 絶対だからね?」
きらきらと瞳を輝かせながらハクはそう言って。アンバーはその細く白い小指に自分の指を絡ませた。
―― 僕が、兄さんを守るんだ。僕が、兄さんの唯一のパートナーなんだから……
ハクはそう思いながら、兄の指に自分の指をしっかりと絡ませていた。
***
そんな約束から、一年後。ハクの体調は日に日に悪化し、もう長くないと医者にも言われていた。
日に日に弱っていくハク。声を出すことさえも、苦しくなってきた様子で。そんな弟の姿を見ているのは、苦しかった。アンバーはそれでも明るく振る舞い、時間の許す限りハクの傍に居るようにしていた。
ある日……雨の降っている日だった。その日、アンバーは急いでいた。ディアロ城の騎士団の試験の日だったのだ。
制服に腕を通しながら弟の部屋に飛び込み、いつになく慌てた口調で彼に声をかけた。
「おはよ、ハク! 今日、僕ちょっと急いでるから、おとなしく寝ててね!」
ゆっくりとハクの顔を見ることもなく、アンバーはそう言いながら、ハクの頭を一撫ですると部屋を出ようとした。
「あ……!」
ハクは反射的にアンバーの手を掴んだ。無意識に、だった。そうしなければ、もう二度と兄に会えないような……そんな、気がしたのだ。
そんな彼の行動に少し驚いて、アンバーは弟を見た。よく似た二つの琥珀色の視線が絡み合う。
アンバーは気づかなかった。ハクの様子がいつもと違うことに。
「ごめんハク、俺もう行かなきゃ」
申し訳なさそうにそう言って、アンバーは……ハクの手を、解いた。帰ってきたら遊んであげるからね、と言って、そのまま慌てて部屋を飛び出す。
「にいさ……ッ!」
呼びとめる声も、腕を掴み直す力も、……不調を告げるだけの余裕も、ハクにはなかった。必死に、アンバーが出ていったドアに手を伸ばした。
視界が霞んで、呼吸が苦しくなる。兄を呼ぼうとした声は咳に絡み、消えてしまう。涙で滲む視界の中で、ハクは必死に、兄に向かって手を伸ばしていた。
***
その数時間後……
アンバーは無事に試験を終え、控室で待機していた。この試験に通れば、晴れて騎士として働くことが出来るようになる。後は結果を待つばかり、という状態で。
「アンバーよかったな! 合格だってさ!」
先輩騎士が部屋に入ってきて、そう告げる。アンバーの顔が輝いた。
「本当ですか?」
やった、とアンバーが喜びの声をあげるより早く、もう一人騎士が部屋に飛び込んできた。何だか随分と焦っている様子で。
そんな先輩騎士と目が合った、その瞬間。その瞬間、アンバーの心がざわめいた。いいようのない、不安が広がる。
「アンバーってやつ、此処にいるか?!」
そんな声が上がる。どくり、と心臓が嫌な音を立てた。
「え、あ、……僕ですけど……」
おずおずと、手を上げた。答えた声は掠れていて……その騎士はアンバーを見て、ゆっくりと告げた。
「弟さんが……」
「え……」
外でピカリ、と雷が光った。
***
報せを受け、アンバーは走って家に帰った。
違う、そんなはずはない。だって、そんな未来、”視えなかった”んだから。そう思いながら、否、自分自身に言い聞かせながら、必死に、家に向かって走った。
辿り着いた自分の家は、いつも通りのように見えた。しかし、しんと静まり返っていて何処か恐ろしい。は、は、と浅く息をしながら、アンバーは恐る恐る、弟の部屋を開けた。
静まり返った部屋。先程まで此処に居たはずの父は大人たちとの話のために外に出ていた。部屋には、弟が……白い布を顔に掛けられたハクが眠っているだけで。
「……ハク」
名前を呼べば、返事が返ってくる気がした。しかし、返答はない。
「ハク……ねぇ、ハク」
何度呼んでも、返事をしない弟。起きてよ、と揺らした肩は冷たく、硬直している。
アンバーは震える手で、ハクの顔に掛けられた布を外した。元々白かった肌は、今ではシーツと同じような、無機質な白色に代わっている。閉ざされた瞳に光が宿ることはない。
「あ……」
掠れた声が、息が、漏れる。背を冷たい汗が伝い落ちていくのを感じた。足が震えて、その場に座りこんでしまいそうになる。
と、その時。アンバーは気付いた。ハクの目から頬にかけて、一筋の涙の、跡が残っていることに。それを見て、アンバーは瞳を揺るがせた。
「ハク、泣いたの……?」
そう呟き、アンバーはそっと、ハクの頬に触れた。指先に冷たさが伝わってきたその時、アンバーの頭の中でハクの声が響いた。
―― 兄さん、助けて、兄さ……ッ! 苦しい、苦しい、よ……ッ!
脳内に響いたのは弟の苦しそうな声。悲痛な声。必死に、自分を呼ぶ声……――
アンバーは驚いて手を離した。自分の魔力の影響で、ハクの”記憶”を見たのだと気づくのに少し時間がかかった。そして、その事実に気付いた瞬間、アンバーは愕然とした。
「助けて、って、言ってたのに、僕は……ッ!」
なんてことを。アンバーはその場に崩れた。そのまま、震える手で顔を覆って、泣きだした。
最期になるなんて、思っていなかった。あの時、ハクに手を掴まれた時、ハクの顔をきちんと見ていたら? きちんと、ハクの異変に気づいていたら? 命を助けることは出来ずとも、一人で寂しく死なせずに済んだのに……
「ごめ、ハク、ごめん……ッ! ハク……ッ!」
もう二度と戻ってこない弟の名を叫びながら呼び、アンバーは涙を零した。
ずっと一緒にいるといったのに、一番大事な時に傍にいなかった。ずっと手を握っていたのに、一番肝心な時に、その手を離してしまった。悔やんで悔やんで、悔やんで……アンバーは何度も何度も謝りながら、泣き続けた……――
***
自分の過去を話していたアンバーはそこで言葉を切った。常に笑顔のアンバーが語った、悲しい過去。拭い去ることのできない、後悔の記憶。
「……それで、彼奴はお前を恨んで、アイツらの……影猫の、仲間になっちまったのか?」
眉を寄せながら、アレクが訊ねた。それではあんまりだ、というように。それを聞いたクオンは言葉を選びながら、アンバーに言う。
「なんていうか……ある程度、不可抗力だろ?」
そんな理由で、と言っては悪いが、アンバーが全て悪い訳ではないだろう。ある程度、仕方がない部分もあったのではないか、話し合えば何とかなったのではないのか、と、彼らは言う。
しかし、アンバーは首を振った。
「それだけじゃないんだよ。僕は、二度、ハクを裏切った。一度ならず、二度までも……あの子が、ハクが、悪に染まってしまった原因は、僕にあるんだ……」
そう言ったアンバーはきつく拳を握って、言葉を続けた。
***
ハクの死から数年。アンバーは水兎の騎士として働いていた。パートナーもでき、共に戦う仲間もできた。少しずつ、少しずつ、ハクの死を乗り越えようとしていた、そんなある日の事だった。
アンバーはパートナーと一緒に任務をこなしていた。何のことはない、弱い魔獣の退治だった。すぐに任務を終えることが出来た。
「アンバーと一緒だと任務がスムーズに進むよ!」
アンバーのパートナーがニッと笑って、そう声をかけてきた。人懐こい気質の、優しい少年だった。アンバーが弟を喪ったことも知っており、その話を聞いてくれてもいた。だからこそ、アンバーは彼に心を赦していた。
「ありがと。僕も君とだと随分気が楽だよ。君になら、僕の背中を任せられる」
アンバーがそう言って微笑んだ、その、刹那。
―― 約束、したのに。
微かに声が聞こえた。それに驚いてアンバーが顔を上げた次の瞬間に、アンバーのパートナーがどさり、と鈍い音を立てて地面に倒れた。飛び散った血が、地面を濡らす。既に息が無いことは、確認せずとも理解出来てしまった。
敵か。そう思いながら武器を構えたアンバーは、倒れたパートナーの傍に立つ人物を見て、言葉を失った。
「ハ、ハク……?」
そんなはずが、無い。そんな想いで、声が震えた。
そう、そこに立っていたのは、十三歳で死んだはずの自らの弟。死んだ時のまま時が止まったような姿で、彼は立っていた。唯一の違いは、お揃いだった琥珀色の髪と瞳が黒くなっていることで。
刃先が血で濡れた鎌を手に、彼は立っていた。そして冷たい瞳でアンバーを見据え、口を開いた。
「僕が、兄さんのパートナーになるって、約束したのに。僕は、ずっと……信じてたのに。兄さんは、二度も僕を裏切った」
冷たく、静かな声で、ハクはそう言った。鋭い瞳でアンバーを睨む。漆黒の瞳に宿る、憎しみの炎。許さない、と呪うようにロシャが呟いた。
「ノアールが言ったとおりだった。少しでも兄さんの事を信じてた僕が馬鹿だったみたいだね。人間なんて……信用できない」
ハクはギュッと自分の武器の鎌を握った。そして、アンバーを睨みつけ、叫ぶように言った。
「僕はもうハクじゃないよ。僕の名前はロシャ。暗殺集団影猫の一人。覚悟、しておいてよ? 僕、絶対にアンタのことを許さない。いつか、僕の苦しみを……思い知らせてやるからね!」
そう言って、彼は嗤った。生前では考えられないような、残忍な笑い声を立て、彼は言う。
「もう僕は、昔の僕じゃない。御主人に、もう一度この世界を歩くことができる体をもらった。歩くことも、走ることも……アンタを傷つけることだってできるんだから」
そう言いながら、彼は笑う。漆黒の瞳に強い怒りと憎しみの光を灯して。そんな彼を見て、アンバーは強く、強く、首を振った。
「違……ッ! 待ってハク!」
違う、と弁解しようとした。裏切ったつもりなどなかった。ハクとの約束だって忘れてはいなかった。しかし……いつまでも後ろを向いている訳にはいかなかったのだ。騎士として働く上でパートナーを持たず任務に赴くことは難しい。死んでしまった弟のために、自分と彼が憧れていた父のような騎士になることを、アンバーは目標としていた。そのために、パートナーを持ったのだ。そのことを、パートナー自身も知っていた。“その弟さんに恥じないコンビにならないとな”と彼は笑ってくれていたのに。
誤解を解きたかった。必死に、弟の名を呼ぶ。しかしそれは、彼の逆鱗であったようだった。
「ハクじゃないって言ってるだろッ!」
ヒステリックに叫んで、ハクは大きな鎌を振り回した。生前の彼では決して持つことが出来なかったであろう、身体より大きな鎌。易々と振り回されたそれが掠めて、アンバーの頬が切れた。アンバーが怯んだ隙に、ハクは姿を消していた。
―― 許さない。許さない……ッ!
憎しみに満ちたハク……否、ロシャの呪詛だけが、アンバーの頭の中で木霊していた。
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だが俺は……一年たっても二年たっても一匹もテイム出来なかった。
犬や猫、底辺魔物のスライムやゴブリンでさえテイム出来ない。
俺のジョブは本当に魔物使いなのか疑うほどに。
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俺はメンバーの為に必死に頑張った。
なのに……あんな形で俺を追放なんて‼︎
そんな無能な俺が後に……
SSSランクのフェンリルをテイム(使役)し無双する
主人公ティーゴの活躍とは裏腹に
深緑の牙はどんどん転落して行く……
基本ほのぼのです。可愛いもふもふフェンリルを愛でます。
たまに人の為にもふもふ無双します。
ざまぁ後は可愛いもふもふ達とのんびり旅をして行きます。
もふもふ仲間はどんどん増えて行きます。可愛いもふもふ仲間達をティーゴはドンドン無自覚にタラシこんでいきます。
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