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第二十七章 遊戯

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 薄暗い部屋の中、フィアは一人で合成魔獣の相手をしていた。その間にも合成魔獣は女性たちを運び出していく。そのうちに、部屋に残されたのはフィアとロック、そして、数十頭の合成魔獣のみになった。戦力の全てがフィアを殺すために用いられる。敵の牙を、爪を、魔術を躱しながら、フィアは必死に短剣を振るう。

 随分と不利な状況である。動きにくいロングドレス。普段の剣とは違う、あくまで護身用でしかない短剣。多すぎる敵。盛んな攻撃。そして、捕らえるべき獲物を守る、魔獣たち。ただの魔獣ならば、剣で斬ってしまえば終わりだ。生かしておく理由がないのだから。しかし、この状況では、ロックも合成魔獣も重要参考人だ。全てを殺す訳にはいかない。それらを総合して考えれば、フィアにとって不利な状況この上ない。
 そもそもの話、短剣で戦うのには限界がある。リーチが短く、敵に攻撃を当てるのは難しい。……手加減して戦うとなれば、尚のこと。
 それならば、と、魔力で戦い始めるフィア。魔術剣がないために少し威力は落ちるが、天使の力を持つフィアにとって、それは大きな障害にはならない。氷属性の魔力を放てば、幾らかの魔獣が氷漬けになり、動きを封じることができる。

 しかし……数が多すぎる。フィアは何度も敵の牙を、爪を受けた。普通の人間が持つはずのない、巨大な爪を、牙を、腕に、足に食らう。血が滲む白いドレス。次第に増えていく傷に、フィアは舌打ちした。痛みには強い方だが、疼くような痛みが煩わしい。
 その痛みさえも振り払おうかとするかのようにがむしゃらに戦うフィア。そんな戦い方をしていれば、嫌でも隙は出来てしまう。そのうち後ろで腕を捕らえられ、身動きが取れなくなった。しまった、という顔をするも、すでに時は遅い。

「離せっ!」

 叫んで腕を凍りつかせるが、合成魔獣はびくともしない。普通なら、痛みに、或いは冷たさに手が緩むはず。それなのに、魔獣は平然としている。

「痛覚が、ないのか……?」

 痛覚があれば僅かにでも隙ができる。それなのにこの合成魔獣はたちは斬りつけても魔術をぶつけても、反応を示さない。

「そうだろうね。此奴らは作られた生き物……いや、生き物ですらないのかな」
「は……?」

 ロックの言葉に、フィアは目を見開く。困惑。その言葉に尽きるその表情。今まで魔獣とフィアの戦いを黙って見物していたロックが面白そうに笑いながら話し始めた。

「此奴らはね、私が長年研究してきた結果なんだよ。昔から私は合成魔獣の研究をしていた。あれほどまでに人間に近い賢さを持つ魔獣はほかにいない。他の魔獣はただの獣さ。でも、その獣の強さと人の賢さを併せ持った合成魔獣を作れたら……? それはまさに最強だろう? 私はそれを作り出すことを望んだ。だが、それには金がかかってなぁ……」

 ロックの言葉で、全てが繋がった。漸く悟ることができた真実に、悍ましい事件の全貌に、フィアは唇を噛み締める。怒りに震える声で、フィアは訊ねた。

「……その資金のために、女性を誘拐して売ったのか?」

 にやりと笑って、ロックは答える。答えは、明白だった。

「その通り。女性たちを捕まえるのは合成魔獣を使えば簡単だったよ。今回のパーティは、尚のことだった。我が娘、カロンの見合いだと広めれば、簡単に人が集まった。此処まで多くの人間がいれば、これから先、もっと多くの合成魔獣を生み出すことができるだろうね」

 悪びれる様子もなくそう言い放つロックを睨みつけ、ぎっと強く唇をかみ締めるフィア。唇が切れて、僅かに血が滲む。ロックは狂ったように笑いながら言葉を紡いだ。

「最初の一体を作るには協力してくださった方がいてね……私の研究に興味を持ってくださった。手伝ってやるから、その研究を完成させて、より多くの合成魔獣を作り出せ、と。ふふふ……ははは……っ! あの方は偉大だ! 最強の……ッ!」

 バリッと音がして、ロックは目を見開き……倒れた。ほんの一瞬だった。電気? 炎? 氷? どれも違う。残っているのは殺気の籠った魔力のみ。床に倒れ伏したロックの命が消えているのは明らかだった。

「……煩いよおじさん。喋り過ぎ」

 冷めた声が頭上で聞こえた。フィアはそちらを見る。黒いフードの少年……ロシャがふわふわと浮いていた。フードの下の漆黒の瞳が、冷たく光っている。それを見て、フィアは目を見開いた。

「貴様……ッ! 何故殺した?!」

 怒りに満ちた声でフィアが問えば、ロシャはくすくすと笑う。そしてゆったりと首を傾げながら、答えた。

「何故、って? 君に聞かれると困る事をこのおじさんが喋ろうとしたからだよ。全く……この人が考えてることが面白そうだったからちょーっと協力してあげたら、すぐ調子に乗るんだから。ほどほどって言葉を知らないっていうのかな。本当、大人って面倒だよね」

 拗ねた子供のようにロシャは言った。実際、喋り方はどう考えてもフィアより幼い少年の、それ。しかし、行動が恐ろしすぎて、本当の年齢は測れない。
 フィアはロシャが何を仕掛けてくるかと身構えた。ロックの死体と、その周りをうろうろしている大量な合成魔獣。中にはフィアの魔術で氷漬けになったものもいる。”主人”を失って、彼らなりに困惑しているらしい。もっとも合成魔獣に感情というものがあるとすれば、だが。それを面倒くさそうに見ると、ロシャは呟いた。

「……あーあ。合成魔獣こいつらも思ったより面白くなかったなぁ。弱いし、使えない……まあ、所詮は魔獣だからね、仕方ないかなぁ。それにしても、此処でずっとうろうろされてちゃ邪魔だし……あぁ、そうだ」

 そう呟いて、ロシャは笑った。まるで、悪戯を思いついた子供のように。そして、何を思ったのか、パチンッと指を鳴らす。
 その瞬間、響いたのは凄まじい破裂音。何十頭といた合成魔獣が爆発したのだ。無論、フィアの腕を捕えていたものも。まるで、体内に爆発物でも仕込まれていたかのように。

「ぐ……ッ!」

 魔獣が破裂した衝撃と飛び散った魔獣の骨の欠片で、フィアは体中に傷を負った。痛みに思わず声が漏らす。ロシャはそんな彼をちらと見た。

「あ、ごめんね。痛かった? 君が死んじゃったら面白くないし、そいつだけは弱めに破裂させたんだけどね」

 苦痛に顔を歪めるフィアを見て、ロシャは微笑む。整った顔を歪ませるフィアを見ることが出来て満足そうな表情を浮かべたまま、彼は言葉を紡いだ。

「この建物に火をつけようと思ってさ。燃やしちゃえってあのおじさんも言ってたし」

 そういって、ロシャはにこりと笑う。……確かに、ロックはそう言っていた。だが、まさか自分の合成魔獣が自爆機能付きで、それで火をつけられるとは思っていなかっただろうけれどフィアはそう思いながら、険しい表情でロシャを見た。
 ロシャは相変わらず楽しそうに笑っている。明るく鼻歌でも歌いそうな、軽い調子で、ロシャは言った。

「ねぇ、フィア。ゲームをしようか」

 まるで、歌うような声音で彼は言う。フィアは顔を顰めた。

「断る」

 冷たい声で、拒絶を示す。彼が言う”ゲーム”が楽しいものではないことくらい、容易に推測できる。効果はないと分かりつつも、蒼い瞳でロシャを睨みつければ、その様子を見て、ロシャはすっと目を細める。

「つれないなァ。まぁ、言うと思ったけど」

 つまらなそうに呟くと、ロシャが素早く動いた。慌てて身を躱そうとしたフィアだが、傷を負った体は、そう自由に動くものではない。次の瞬間にはロシャに部屋の壁に押し付けられていた。

「う……っ」

 彼に触れられるのと同時に、フィアは呻く。呼吸を制限されているかのような息苦しさ。挙句、悪魔族の力でフィアの魔力は弱るために、抵抗の術さえ、失ってしまう。アルのブレスレットのお陰でで辛うじて立っていられる、という状態だ。もがこうとすれば、ロシャが強く、肩を押さえつけた。先日負った傷の痛みも相まってフィア一層苦し気に顔を歪める。くすくすと笑いながらロシャは嬲るようにフィアに問いかけた。

「ねぇ苦しいよね? 苦しいでしょ? このブレスレットのお陰で少しだけ、僕の魔力が遮断されてるから、まだぎりぎり大丈夫なんだよね?」

 するりとフィアの腕をなぞりながら、ロシャはフィアのブレスレットに手を近づける。

「さわ……るな」

 苦しげに息をしつつ、フィアは拒絶の言葉を吐いた。アルにもらった大切なブレスレットに触れられたくなくて、必死にもがく。大した抵抗になるはずもないとわかってはいても、大人しくしていることなど、出来るはずもなかった。
 そんなフィアの様子を見て、ロシャは緩く笑みを浮かべ、もう一度フィアに問うた。

「ね? ゲームしてくれるでしょ?」

 純真な子供が新しい玩具を強請るように、ロシャは言う。しかし、その瞳には純粋とは言い難い、どす黒い感情が宿っている。フィアはロシャの言葉が意味するところを悟り、口を開いた。

「断ったら……これを壊すと?」

 自分のブレスレットに視線をやってから、フィアは問う。先刻からロシャの視線も、常にそこに向けられていた。フィアの問いかけに、ロシャは一層、笑みを深くした。

「正解。さ、僕の意図がわかったところで、どうするー?」

 悪戯っぽくそういって、ロシャは首を傾げる。相変わらずに浮かべられたままの笑みの奥に隠れた、そこはかとない悪意。子供の容姿に似つかわしくない、残虐性。

「本当、に……趣味の悪い、奴だ」

 吐き捨てるようにフィアが言った。ロシャはそれを了承と捉えた。ロシャはフィアに睨み付けられても怯んだ様子を見せることなく、やったぁ、と無邪気な声をあげた。そして、出し抜けにフィアの肩から手を離す。フィアは支えを失って、その場に座り込んだまま、微かに震える手でアルのブレスレットを握りしめる。息を整えるために、深呼吸を繰り返した。ロシャはそんなフィアに、大して心配する様子もなく大丈夫? と声をかける。フィアがぎっと睨み返せば、上機嫌に笑って、”ゲーム”の説明をし始めた。

「すごく簡単なゲームだよ。君が生きてたら君の勝ち。君が死んだら僕の勝ち。さっきの魔獣の爆発で火がついたでしょ? 早く逃げないと君は簡単に焼け死んじゃうね」

 上機嫌にそう言って、彼は嗤う。それから、ふと何かを思いついたような顔をして、軽く頬を引っ掻いた。そして緩く笑身を浮かべたままに、言葉を続ける。

「あー。このゲーム、僕と君だけのゲームにしたいからさ、隣の部屋の邪魔な人たちは外に出しとくね、助けに来られないように。それから、君の事だからこの部屋の脱出だけじゃ簡単すぎるだろうし、おまけも置いていってあげるよ!」

 そう言い切ると、ロシャはふっと消えた。彼らが得意とする、空間移動の魔術だろう。まるで、それを合図にしたように、ロシャの置き土産……基、あの合成魔獣が三頭現れる。

―― 遊戯開始ゲームスタート

 遥か遠くから、ロシャの楽しそうな声が聞こえた気がした。

***

 一方ルカたち男性は、ゴミを放るが如く床に転がされていた。全ての人間を運び込むと合成魔獣がさっさと出て行ってしまったのは、男の方は適当に放り込んでおけと命令されたためだろう。

「いってー……乱暴に扱いやがって、あの野郎」

 ルカはむくりと体を起こして、床に落とされた時に打った腕を擦った。周りを見れば眠りこんでいる貴族の男たち。この様子では暫く起きないだろうな、とルカは溜息を吐く。せめて自力で動いてくれれば、脱出させるくらい訳もないのだけれど。
 そんなことを考えながらフィアの魔力を探ってみれば、隣の部屋にいるらしいということが分かった。そのことに、とりあえず安堵する。

「この距離なら、通信魔術で……って、うわ」

 思わず、ルカは天を仰ぎ、呻く。通信魔術に使おうと思ったのに、フィアの指輪についていた魔術石が割れていた。これでは魔力の強化の効果はない。つまり、通信魔術は使えない。フィアと連絡を取ることは、出来ないのだ。

「マジかよ……」

 ルカは呆然として呟き、砕けた石に触れる。この時ばかりは自らの壊滅的な魔力を呪いたくなった。この場合、剣術ではどうにもならない。
 必死になって少ない魔力をかき集め、どうにか通信を繋ぐことが出来たかと思えば、向こうの部屋の会話が聞こえるようになっただけ。此方から向こうに言葉を伝えることは出来そうもない。

―― この生き物はね……

 どうしたものか、と悩むルカの耳に、ロックの声が聞こえてきた。合成魔獣の研究のために金が必要だったことを悪びれもせずに答えるロックの声を聞き、ルカは唇を噛み締めた。彼らの自分勝手な理由で売られた女性がどんな目に遭ったか……想像するだけで、怒りが込み上げてくる。
 狂ったように笑うロックの声が、耳につく。頭が痛くなってきた。

『あの方は偉大だ! 最強の……ッ!』

 魔力通信越しにでもはっきりと響いた、バリッという音。殺意のある魔力が駆け抜け、ロックの声が途切れる。

「フィア!」

 ルカは思わず叫んでいた。分厚い壁の向こうに居るフィアに届くはずはないと分かりつつ、叫ばずにはいられなくて。今の魔力がフィアにも当たったのではと、気が気ではなかった。
 しかし、ルカの心配が杞憂に終わったことはその後に聞こえたフィアの声が証明した。

『貴様……ッ! 何故殺した?!』

 彼の言葉を聞いて、ルカは大きく目を見開く。どうやら、ロックが殺されたらしい。先刻の魔力はロックを狙ったものらしい。ロックの死は騎士としては残念に思うが、フィアの従兄としてはフィアが無事だったことに何より、安堵していた。
 しかし、ほっとしたのも一瞬だった。今、フィアが一緒にいる人物がフィアにとって一番危険な種族の者であることが分かったからだ。
 聞こえてきたのは、悪魔の力を持つ、暗殺者と名乗った少年……ロシャだと、ルカも理解した。以前、フィアを襲った者だ。固く唇を噛み締め、拳を震わせる。

『……あーあ。合成魔獣こいつらも思ったより面白くなかったなぁ。弱いし、使えない……まあ、所詮は魔獣だからね、仕方ないかなぁ。それにしても、此処でずっとうろうろされてちゃ邪魔だし……そうだ』

 何かを思いついたらしいロシャが一瞬黙った後、凄まじい爆音が響いた。

「フィア!」

 目を見開き、ルカは叫ぶ。大切な、従弟の名を。何が起きたのか、此方には見えない。とにかく、大変なことが起きているということしかわからなかった。だからこそ、不安で。

「フィアッ!」

 無事でいてくれ、そう願うように、悲痛な声でルカは叫ぶ。叫ぶことしかできない自分が悔しい。魔力があれば、すぐにでも彼のところに行けただろうか。そうすればフィアを助けることだって……――

『あ、ごめんね。痛かった?』

 悪びれもせずそういうロシャの声が聞こえる。ルカは舌打ちしてフィアがいる部屋の側の壁に体当たりした。どうにかしてフィアのところへ行きたかった。

―― 助けてやらなければ。力にならなければ。

 ルカはそう思いながら、拳を震わせる。以前、フィアが悪魔属性の魔力を持つ彼らに襲われたときのことを思い出す。ほんの少し触れられただけでも、フィアは力を失うのだ。そんなフィアを殺す事くらい、彼らには造作ないだろう。一刻も早く、フィアとロシャが居る所へ行きたい。助けに行ってやりたい。
 しかし此処は貴族の館。丈夫な造りの壁は壊せない。剣で殴りつけても、鈍い音が、静まり返った部屋の中に反響するばかりだ。

「くそ……ッ!」

 ダンッと壁に拳を叩きつけ、ルカは毒づく。無力な自分に腹が立った。

『ねぇ、フィア。ゲームをしようか』

 ルカが壁の向こう側で聞いている事にも気付かずに、無邪気な子供のように、ロシャが言う。無論、フィアは即座に拒否した。

『つれないなァ。……言うと思ったけど』

 不服そうな声が聞こえた、次の瞬間。弱まるフィアの魔力。ロシャに触れられたのだろうということはルカにも分かった。フィアが無事であることを祈ると同時に、ふと思考の中を何かが過った。
 ルカは気付いたのだ。可笑しなことに。フィアと話している相手……ロシャは魔族のはず。天使の力を持つフィアがロシャに触れられたら力が弱まるのは自然なことだ。しかし、それでは矛盾が生じる。ロシャは普通にフィアに触れているらしい。少しも、苦しむ様子もなく。
 可笑しいではないか。天使の魔力と悪魔の魔力は反発する。天使が悪魔に弱いように、悪魔も天使には弱いはず。それなのに、何故ロシャは弱らない……?
 そんなことをルカが考えている間に二人の会話は進んでいたようだ。仕方なくフィアが遊戯の承諾をしたらしいと、楽しそうなロシャの口調で理解した。

―― 凄く簡単なゲームだよ。君が生きてたら君の勝ち。君が死んだら僕の勝ち。

 ボードゲームでもしようかというようにロシャは言う。そしてつけたす。”隣の部屋の人たちは外に出しておく”と。
 その言葉を聞いて、ルカは大きく目を見開いた。冗談ではない。外に出されてしまったら、フィアを助けに戻れなくなってしまうではないか。ルカはそう思い、何処かに隠れようとした。

「無駄だよ」

 そんな冷たい声が、すぐ傍で聞こえる。見れば、いつの間にか目の前にいるロシャ。真っ黒いローブに身を包んだロシャは、楽しそうにルカを見つめていた。
 ルカは舌打ちをして、自分の腰につけてあった魔術剣を抜く、ルカ。鋭いルビー色の瞳で睨みつける彼を見ると、わざとらしく目を見開いて、ロシャは首を傾げた。

「あれぇ? まだ僕あなたには何もしてないよね? あぁ、まあ何度か逃げたことはあるけど」

 くすくす、と愉快そうに笑いながら、ロシャは首を傾げている。無邪気な、子供のように。そんな相手を睨みつけ、剣を向けながら、ルカは怒鳴った。

「うるせぇ……フィアに手ェ出しやがっただろう」

 わかりきった返答だったろうに、なるほど、という顔をして、ロシャは頷いた。

「ああ、なるほど。君はそこで怒ってるんだ? ふーん……従弟思いだね」

 ロシャはそう言って、漆黒の瞳を細めた。馬鹿にするようなその口調に、舌打ちしてロシャに向かって剣を突きだした。ひょいと軽く躱して、ロシャは笑う。ふわりふわりとルカの頭上を飛び回る姿は、まるで彼を嘲っているようで。その様を見たルカは、舌打ちをした。

「ふわふわ浮いてないで降りて来い。……叩き斬ってやる」

 容赦はしない、とルカが凄むと、ロシャはわざとらしく顔を顰めた。

「やだよ。僕、痛いの嫌だもの」

 ロシャはそう言うと肩を竦め、ルカたちに手を翳した。その手に、魔力が籠る。ロシャはニィッと笑う。子供らしくない、まるで……悪魔のような、表情。その表情から、彼が何をするつもりかというのは、容易に推測できた。

「じゃ、部外者は退場―ッ!」
「ちょ……ッ!」

 待て、とルカが叫ぶより先に。ロシャが指を鳴らした。ルカの抵抗も虚しく、ロシャの魔術が発動する。ぱっと光が弾けて、ルカは思わず目を閉じた。

「う、く……」

 光が消えた時には既に外。周囲にはまだ眠ったままの男性たちが転がっていて、ロシャの姿は消えていた。目に映るのは、燃え盛る屋敷。屋敷は真っ赤な炎に包まれ、黒い煙を上げている。ルカは、茫然とする。外に出されてしまった。フィアは、まだ室内のはずだ。

「くそ……っ! フィアッ!」

 ルカは叫びながら、拳を握り、地面を叩いた。悔しさに、自分の無力さに対する怒りに、小さく震える拳。青白い月明かりがぼんやりとルカの姿を照らしていた。そんな薄暗い夜空を、赤い火の粉が彩っていく。

「フィア……っ!」

 ルカは叫ぶように、従弟の名を呼ぶ。届くはずがないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
 燃える屋敷から舞い上がっていく火の粉が嗤う様に夜空を彩っていた。
 
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