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第二章 親友

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 ルカと一緒に集会の間に到着する。それと同時に、フィアを見る一同。視線が自分に集中すると、フィアは首を傾げた。

「……どうかなさいましたか?」

 いきなり視線を向けられたのは、何故だ。そう思いながら彼らの様子を見て怪訝そうな顔をするフィア。本当はじろじろ見るなと一喝したいところなのだが、先輩にあたる騎士もいるからと丁寧な言葉で訊ねる。こてりと首を傾げるその姿を見て、今度は一斉に顔を背ける彼ら。どういう訳か、彼らの顔は赤い。フィアはそれを見て一層怪訝そうな顔で、呟いた。

「……一体何なんだ?」

 心底不愉快だと言いたげに顔を顰めるフィア。元から、注目されることを嫌う彼だ、当然の反応である。彼の様子を見て、ルカはくつりと喉の奥で笑った。

「気にすんなよ、フィア。気にしたら負けだ」

 ぽん、と従弟の肩を叩きながら、知らぬは本人だけなのだな、とルカは小さく苦笑する。
 本人は自覚がないのだが、元々フィアは女。しかも、天使の子と呼ばれたほどの美しい少女であったのだ。男のフリをしているとはいえ、十分に美しい容姿を持っているために、男所帯の此処では人気があるのだ。戦闘職種だけに(尤も、医療部隊は別だが)いかつい男は多いが、フィアのように華奢で”女性的”な騎士はそういるものではない。目の保養になることは間違いなかった。性格が性格のため周囲に人だかりができるようなことはないのだが、こうして視線を向けられることは多々ある。彼が入団してから今まで女であることがばれていないのが本当に奇跡的だな、と思いながらルカは溜息を吐いた。

「じゃあ、俺は行くからな」

 ヴァーチェに上がったばかり、しかも飛び級で上がってきたフィアを一人置いていくのは少し心配だが、一応統率官としてやらなければならないこともある。それに、一人の騎士にずっとくっついていれば贔屓と見られかねないこともあって、いつまでも此処にいる訳にはいかない。
 大丈夫だろうか。そう思いながらルカは気遣うような視線をフィアに向けたが……

「さっさと行け」

 そっけなくそういいながらフィアはひらひらと手を振る。上官の心部下知らず、といったところか。本人は全く動じる様子がない。
 その様子を見て、ルカはひくりと表情を引きつらせたものの、すぐに他のセラたちが集まる場所へ向かっていった。

「ふぅ……」

 ルカが去り、一人置いていかれたフィアは小さく溜息を吐く。もうすぐ朝礼が始まる筈だが、と思いながらフィアは周りの喧騒を聞いていた。
 元々他人との関わりが上手い方でないフィアは自分から進んで誰かに声をかけに行くことは少ない。こうして一人、朝礼が始まるのを待つのが、いつもの事だった。少々寂しいような気がするにはするが、誰かと接触すればするほどに秘密が露見する可能性は高くなるのだから、一人でいる方が色々な意味で都合が良いのかもしれないな、などと思うことが多かった。
 とその時。

「おはよう、フィア!」

 鈴を振ったような軽やかで愛らしい声と同時に、飛びついてくる小さな温もり。白い髪の毛に薄い黄色の瞳の少年だった。眩しいほど真っ白い白衣が、良く似合っている。
 フィアは彼を器用に受け止め、微笑した。そして優しく彼の頭を撫でながら、言う。

「おはよう、アル」

 彼はフィアに名前を呼ばれると明るく笑った。人懐っこい黄色の目が宝石のようにきらきらと輝いている。

「すごいねぇフィア! 雪狼のヴァーチェなんて、ノトからすごい昇進じゃない!」

 無邪気に笑う少年の名はアル・リフォード。先天的に色素が薄いらしく、色白で、髪の毛の色も白。丸い人懐っこい瞳は薄い黄色で子猫のような印象を受ける。言動、容姿ともに幼く見られがちだが、フィアと同期の入隊者でフィアと同い年だ。気が弱く、戦闘向きではないものの、治癒魔術の能力が高く、フィア同様に飛び級でヴァーチェになった実力者である。白衣を着ているあたり、アルは草鹿に配属されたらしい。フィアはアルの治癒魔術の性能をよく知っているため納得していた。
 草鹿グラス・ディアというのは守護・治癒を専門とする部隊で、戦い……攻撃には参加しない。しかし、炎豹フレイム・パンサーとの仕事の時には、攻撃しかしない……否出来ない彼らの防御をするために戦線に立つこともあるという特殊な部隊だった。
 子供のように無邪気な声音で凄い凄いと繰り返すアルを見て、フィアはゆるゆると首を振りながら、言った。

「アルもヴァーチェじゃないか。俺と同じだ」

 フィアはふっと笑い、アルの癖毛をくしゃり、と撫でる。ふわふわしたアルの髪を撫でていると、まるで子猫の毛を撫でているような、穏やかな気持ちになる。……それは彼にとっては不本意なのかもしれないけれど。
 フィアの言葉を聞いて、アルは頬を膨らませる。ふるふる、と首を横に振りながら、彼は言った。

「僕は草鹿だもん。フィアみたいに剣使って戦ったりは出来ないんだ。でもフィアは、それが出来る……やっぱりフィアは凄いよ」

 騎士といえば、剣を持ち、勇ましく戦う職種だという印象が強い。実際、そうした騎士の姿に憧れて入団を志望する者は多い。アルにとっての理想の騎士像もきっとそれで、そうあれない自分はコンプレックスなのだろう。少々拗ねたような顔をするアルを見て、フィアは少し言葉を探した。一度サファイアの瞳を伏せ、そして、優しく微笑んで言う。

「アル。確かに騎士として戦闘能力は大事だが、お前の仕事も重要だ。人を癒し、守る力。もし、俺が怪我をした時、お前みたいな奴が居ないと……困るよ」

 そっとアルの髪を撫でながらフィアはいう。アルを宥めるような、穏やかな口調で。
 今の言葉に嘘はない。確かに騎士団に戦うことが出来ない騎士しかいないのでは困るが、戦うことしか出来ない騎士ばかりだったならば、きっとこの騎士団も今のような機能を果たすことは出来ていなかっただろう。
 暫しフィアの言葉が世辞ではないかと悩むように黙り込んでいたアルだが、素直に他者に必要とされたことが嬉しかったらしく、やがて表情を綻ばせる。嬉しそうに何度も頷きながら、フィアを見つめ、言った。

「そうだね! 僕、僕も出来ることを頑張るよ!」

 花が咲いたような笑みを浮かべながらの素直な決意に、フィアは頑張れよというように小さく頷いた。こうした素直さが彼の美点でもあると思った。

「あ、でも」

 不意に目を伏せ、そう声を漏らすアル。今度は眉を下げ、困ったような、悲しむような表情。くるくると表情を変える彼は、やはり子供のようだなと思いながら、どうしたのかと問いかけた。
 アルは視線を上げる。そしてやや上目づかいのままに、彼は言った。

「怪我はしないようにね? もしフィアが怪我したら僕が治してあげるけど、僕、フィアが傷つくのを見るのは嫌だな……」

 眉をハの字にしながら、アルはいう。医師として頼ってもらえるのは嬉しいが、親友であるフィアが怪我をするのは嫌だ、と。彼の役に立つことが出来るという喜びよりも、自分が大切に思う友人が怪我をするという悲しみの方が大きいのだ、と。
 フィアはその言葉を聞き、少し驚いた顔をした後、優しく微笑んだ。そして、少し照れくさそうな声音で礼を言う。
 両親を亡くしてから今まで、誰かに心配されることなど、実はあまりなかったのだ。誰かと深く接することもせずにいた。友人だって少ない。家族みうちであるルカは心配してくれるのだが、それ以外……友人だとか仲間だとかに心配されることは、ほぼなかった。だからこそ驚くと同時に、嬉しいと感じたのだ。
 優しく、人一倍他人を思いやることの出来るアル。彼はお世辞にも戦闘向きとは言えない。寧ろ、攻撃系の魔術や、剣術はさっぱり使えないといってもいい。剣を持てば、その重みに振り回され、攻撃系の魔術は発動出来ない。何より、故意でなかったとしても相手を傷つけてしまえば彼自身が泣いてしまうのだ。相手を傷つけるのが嫌なのだとアルはいつも言っていた。例えそれが敵であっても、魔獣であっても。誰であれ傷つけたくはない、と。自分の力は守るために、癒すために使いたいのだ、と。
そんなことは戯言だといって、他の仲間には馬鹿にされるかもしれない。戦うことが仕事ともいえる騎士には向いていないのかもしれない。しかし、そんな優しさを持つ彼だからこそ、草鹿のヴァーチェにまでなれたのだろうと、フィアは思っていた。元々人付き合いが得意でなかったフィアに心を開かせることが出来た、優しい少年。その無邪気さと素直さは、他人に対して幾分壁を作りがちだったフィアの警戒をあっさりと解いた。そして、一番の友人となったのである。
 フィアにとってそんなアルは弟のような存在だった。何といってもこの騎士団に入った時からので、とても親しい。恐らく、親を亡くしたフィアにとって、ルカの次に信頼でき、大切に思っている相手である。アルもまた、勇ましく凛々しいフィアのことを兄のように慕っていた。凄いといいつつ、君の力になりたいと笑ってくれるのだ。
 ……尤も、二人は同い年なので、兄も弟もないのだけれど。

***

 不意に手を叩く音が聞こえた。その音の大きさに少しだけ驚きながらアルとフィアはそちらへ視線を向ける。手を叩いた人物……雪狼の統率官であるルカが良く通る声で指示を出した。

「さぁ、無駄話はやめろ! そろそろ仕事の時間だ。部隊ごとに分かれ、統率官の指示に従え!」

 よく通る凛とした声でルカが指示を出すと、アーク以上の騎士たちはそれぞれの部隊ごとに集まっていく。アルも草鹿の仲間たちがいる場所を探して、きょろきょろしつつ、フィアに言った。

「僕も行かなきゃ。じゃあ、またねフィア」
「あぁ、また」

 フィアはアルに手を振り、ルカたち……雪狼の部隊の所へ向かう。彼がそこに辿り着くと、統率官(リーダー)であるルカが新人たちだけを集め、雪狼の騎士としての心構えや仕事の内容を説明し始めた。

「雪狼はこの騎士団の中で最もバランスのいいチームとされている。魔術、剣術、防御……どれもバランスよく出来る者が集められている筈だ。バランスがいい分、仕事も本当に多種多様。魔獣退治は勿論、王族の護衛やら潜入捜査やら……あー、まぁ、色々だ。いずれにしても楽な仕事ばかりではない。気を抜かずに頑張れよ!」

 途中で恰好を付けた説明が面倒臭くなったのだろう。まぁ色々、の一言で全てが台無しだ。新人騎士たちもその言葉に思わず噴き出している。この適当さは昔から直らないな、と思いながらフィアは溜息を吐き出す。そんな彼をちらりと見たルカは小さく咳払いをしてから言った。

「……まぁ、連絡事項は以上だ。今日は訓練。個人でやってもよし、仲間とやってもよし。実戦に備えてしっかりやれよ。じゃあ、解散!」

 ルカらしく、若干適当な説明ではあるが、大体の話は伝わったようで、騎士たちはバラバラに訓練に向かう。やれやれ、とフィアは肩を竦めた。
 普段は少々抜けているルカだが、仕事になると話は別。きっぱりとした物言い、的確な指示。誰もが認める、剣術の腕……フィアはそんないつもと違う従兄の姿に少々感心していた。いつもルカを軽んじる発言ばかりするフィアだが、心の奥では、ちゃんと彼のことを尊敬しているのである。……それを表情に出すことは皆無だが。
 ルカの指示で少しずつ散っていく雪狼の騎士たち。訓練室に向かったり、中庭で剣の手合わせをしたりするのだろう。
 そんな騎士たちの姿を見送りながら、自分はどうしたものかと、フィアは悩む。
 ルカに付き合ってもらうか。フィアはそう考える。ノトの頃から、訓練に付き合ってもらう相手をいつも選ぶようにしていた。自分自身の秘密を守るために。
 剣術とはいえ、たまに剣をぶつけ合って、体が接触することもある。その場合、下手に体が触れ合うとフィアが女性であることがばれてしまうかもしれないのだ。そんなことで秘密が露見しては困るからとりあえずルカを待つことにしよう。そう思いつつフィアが歩き出した時だった。

「お。女顔のヴァーチェ様のお通りだ。道開けろよ」

 そんな声が、後ろから聞こえた。少し、馬鹿にしたような声が。不意に聞こえたその声にフィアは振り向いた。
 彼の視線の先では、数人の騎士がフィアを見てニタニタと笑っていた。フィアはそんな彼らを見て、一瞬怪訝そうに顔を顰める。誰だったか、というのが最初の疑問だ。しかし、すぐに思い出した。
確か、自分と同期生の、ドットという名の少年だったはず。元から人の顔を覚えるのは得意な方だ。確かそんな名前だったと思う。フィアはそう思いながら、眼前の少年に視線を向けた。名前は思い出した。けれども特に彼と話したことはない。特段こんなものの言い方をされる記憶もない。では、一体何のために自分に声をかけてきたのか。好意的な感情を向けられている訳ではないことは、見ればわかる。

「飛び級でヴァーチェだって、凄いじゃねぇか」
「そうそうないことだぜ、なぁ?」

 にやにやと笑いながらわざとらしくフィアの肩を叩き、彼らはそういう。それを聞いてフィアは眉を寄せた。
 大体、彼らの思考は読めた。話の流れから推測するに、どうやら、ドットはノトから一気にヴァーチェまで昇進したフィアを妬んでいるらしかった。こういった妬みを買うことは、ある程度は予想していたが、とフィアは溜息を吐いた。
 一人思案していることが気に食わなかったのか、ドットはフィアの肩を掴みながら、訊ねた。

「お前、ルカ様の従弟らしいな」
「そうだが」

 それがどうかしたかと言わんばかりの顔をするフィアを見て、ドットはにやりと笑った。そして彼の耳元に唇を近づけて、揶揄うような声色で、囁く。

「どうやって取りいった? その女顔で誘惑でもしたか? え?」
「…………」

 それを聞いて、フィアは盛大に顔を顰めた。以前から、こそこそと叩かれている陰口だった。ルカはこの騎士団のリーダーの一人だ。その身内であるフィアが飛び級で昇格したとあれば、このようなあらぬ推測をされるのは予想通り。事実フィアの顔立ちは整っているし、あらゆる面で自由でゆったりとした国風であるこの国では男色も珍しくはなかった。見目の良い騎士が貴族に買われる(飼われる、ともいう)という話も珍しくはない。美しい、或いは愛らしい容姿を持つ騎士が上官を誘惑する……そういった事態もありうるとわかっていた。それも、”上手くやっていく”ための手段には違いないから。
 わかりきったことではあったが、そんなことを言われて、良い気分がするものではない。何より、上官であり家族であるルカを貶められるのは、自分が侮辱されるよりも尚気分が悪い。
 しかし、此処で激高しては相手の思う壺だ。にやにやと下卑た笑みを浮かべるドットをフィアは冷たく笑った。

「貴殿に真似出来ることではあるまいよ。ルカ統率官は卑劣な人間を好みはしないんでな。それが男であれ、女であれ」
「な……」

 思わぬ反応だったのだろう。相手はまだ幼さの残る新人騎士だ。少し揶揄えば羞恥に頬を染めるか激昂するだろうと思ったのだ。しかし当の相手は、酷く冷静に、しかし瞳には確かな怒りを灯して、言った。 

「……とりあえず、俺の肩を離してくれないか。貴様のような奴に触れられていると思うと、気分が悪くなる」

 冷たく言い放ったフィアは、強くドットの手を払いのけた。そして、吐き捨てるように言い放つ。

「馬鹿なことを。実力で選ばれなかったから嫉妬とは、醜いな」

 それがドットのプライドを刺激したのだろう。彼はみるみるうちに顔を真っ赤にした。

「何……ッ?」

 ドットは素早く剣を抜き、フィアに突き付けた。周囲が思わず、危ない、と声を上げるほどに素早く。
 しかし、フィアは落ち着いてその剣を躱していた。その切っ先がフィアの亜麻色の髪に掠め、ぱさ、と僅かにフィアの髪が散った。そのことにも大して怒る様子もなく、彼は冷静にドットを見つめていた。
 あまりにあっさり剣を躱されたことに一瞬驚いた後、ドットは舌打ちした。そして、怒り故に掠れた声で、彼は言う。

「そこまで言うなら、決闘だ。今すぐ闘技場で。格の違いってもん、見せてやるよ」

 お前の実力とやらを見せろ、と息巻くドットを見て、フィアは冷笑し、頷いた。

「決闘を挑んだ以上……覚悟しておけよ」

 彼が余裕の表情で言えば、ドットは盛大に顔を歪めた後、何やら毒づいてフィアから離れていった。それを、取り巻きたちも追いかけていく。そんな彼らを見送りながら、フィアはやれやれというように息を吐き出した。自分で買った喧嘩ではあるが、全く、厄介なものだ。そう思いながら。
 
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