Knight Another Story ―― 色褪せぬ記憶 ――

星蘭

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第十九章 Eggnog

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Eggnog (Liberté 150)



 自身の武器である短剣を、懐に忍ばせる。ブーツの紐もしっかりと縛り、任務中に解けることがないようにと確認。よしと小さく声を漏らして、リスタはテーブルの上の書類を手に取った。
 そこには今回の任務の概要が書いてある。時刻、場所、そして……討伐対象の詳細。ある貴族の屋敷周辺に住み着いた魔獣の討伐。魔獣退治を自分たちの部隊が請け負うなんて珍しいものだよな、と改めて思い、表情を引き締める。
 リスタの部隊……風隼は、原則密偵任務を行う。パーティ会場などに忍び込んで犯罪の芽を摘むことが彼らの仕事だ。しかし今日の仕事は、其れとは少し違う。
 と、その時。軽いノックの音が響いた。どうぞと返事をすれば、見慣れた少年が部屋に入ってくる。
 さらりと揺れる、長い銀髪。リスタの制服と似た銀の留め具の制服を身に付けた彼もまた、きっちりと身支度を済ませている。リスタにとって愛しい弟……クオンの姿だった。騎士団に入団した頃はあんなに幼げだった彼は大分成長し、頼もしい部下としてリスタの部隊に所属していた。今回の任務にも、一緒に赴くことになっている。

「今回の魔獣は危険なものらしい」

 書類をファイルに入れながら、リスタは言う。クオンはそれを真剣な表情で聞きながら、小さく頷いた。

「合成魔獣、だよ……ですよね」

 もうすぐ任務だから、けじめのつもりなのだろう。丁寧な言葉で返す弟を見て銀灰の瞳を細めながら、リスタは小さく頷いた。

「そうだ。あれが自然繁殖したら危険極まりない。だからそうなる前に、排除する」

 今回の魔獣は、自然発生した魔獣ではない。違法に作られた合成魔獣キメラ。それが逃げ出したものを討伐するのが、今回の任務だ。
 何故炎豹や雪狼の騎士でなく風隼の騎士がこの任務を任されたのか、といわれれば答えは簡単。その合成魔獣は数が多く、気配に敏く、足が速いらしいのである。
 炎豹の騎士たちは攻撃力こそはあるものの、瞬発力には欠ける。また、小型の魔獣の群れを相手にするのは不得意なものが多いのだ。肉を切らせて骨を断つという気質の者が多い以上、炎豹にこの任務を任せるのは不適切だ。
 雪狼の騎士を向かわせない理由は魔獣の群れの中には炎属性のものも多いらしいということから。雪狼の騎士は氷属性魔術使いが多いために、不利であろう。ついでにいうのなら、その魔獣は気配に相当敏感なのだという。襲撃し始めればきっと関係ないのだろうが、それ以前に気配を悟られたら、逃げられてしまうかもしれない。そうなると、被害が広まってしまう恐れがある。被害が広まる前に討伐しなければならない。そのためには風隼の騎士たちが適任、と作戦担当の水兎の騎士たちが判断したようだった。
 とはいえ、慣れないことだから不安なのだろう。クオンの表情は少し暗い。彼は得意とする魔術が変身魔術。魔獣相手にするには、不向きだろう。リスタはそんな弟を励ますようにぽんと肩を叩いて、笑って見せた。

「水兎のバックアップもある。大丈夫だ。いくぞ!」

 そう声をあげる兄。クオンは頼もしい統率官の姿を見つめ目を細めると、こくりと頷いた。
 二人は一緒に部屋を出る。既に他の騎士たちは準備をしていることだろう。早く行って、任務を終わらせよう。そう思いながらリスタは強く地面を踏みしめた。

***

 冷たい夜風が吹き抜ける。その中で騎士たちは戦っていた。飛びかかってくる魔獣たちを自身の武器で、魔術で叩き落としながら。
 時折響く魔獣の断末魔。叫び声。通信魔術で残りの魔獣の数や周囲の状況は逐一入ってくる。それを部下たちに告げながら、リスタも自身の武器である短剣を振るっていた。
 彼は風隼の騎士たちの中でも足が速い。魔獣の攻撃を躱し、カウンター攻撃を加える様は部下たちの眼から見ても美しく、凛々しく見えた。尤も、見惚れている暇はないのだけれど。

「……話に聞いてたより、手強いな」

 荒く、息を吐き出しながら、リスタは呟く。
 足が速い魔獣とは聞いていたが、それと同時に力が強い。地面には無数に大きな爪痕がついていて、周囲の木々は一部なぎ倒されている。これだから合成魔獣は厄介なのだと苦笑を漏らしたのも、無理はない。本来ならばありえなかった性質を二つ、かけ合せられたのが合成魔獣なのだから、こうした事態も十分に発生しうる。
 とは言え、入ってきている情報によれば生きている魔獣はあと少しだという。あと少しで、終わるはずだ。そう思いながら彼は呼吸を整え、通信魔術の向こうにいる水兎の騎士たちに、部下たちの状況を訊ねる。見回せば把握できるかもしれないが、それよりも聞く方が早い。
 聞けば、今のところ死者はなし。ただ怪我をしている者がいるらしい。それを聞いたリスタは眉を寄せ、よく通る声で指示を出した。

「怪我した奴は退け、無理はするな!」

 あと少しで魔獣を殲滅できる。それならば、怪我をした者が無理をする必要はない。そんなリスタの声を聞いて、数人の騎士たちが戦線を離脱していった。
 戦場に残った騎士たちは、数えるほどになった魔獣たちに斬りつけ、倒していく。その中に、リスタの弟である少年……クオンもいた。
 リスタはそれをつい、気にかけてしまっていた。彼は、怪我をしていないだろうか、無理をしていないだろうか、と。ちらちらと自分とよく似た銀の髪が視界に入る度についそちらへ視線をやってしまう。

「っ、あぁ、もう」

 いけない、とすぐに思い直す。自分は今、統率官なのだ。弟のことばかりを気にしていては、ならない。

―― そうだよな、スファル、カルセ。

 今は別々のところで活躍している友人たちのことを思いながら、リスタは魔力を放ち、剣を振るう。大切な仲間たちを、守るために。
 と、一人の騎士が目に入った。まだ年若い、風隼に配属されたばかりの騎士だ。
 慣れない戦闘で魔力も体力も、限界だったのだろう。ふらりと、その騎士の足がふらついた。目敏い魔獣はその少年に、狙いを定める。
 殺される。そう思ったのは少年だけではない。その様を目にしたリスタも、だった。

―― 大切な部下を殺されてなるものか。

 そう思うと同時、彼は強く地面を蹴っていた。
 足の速さには、自信があった。少年を突き飛ばし、魔獣との間に入ると、そのまま飛びかかってきた魔獣の攻撃を往なす。
 響く咆哮。それと同時、素早く身を翻した魔獣は、彼の足に鋭い爪を打ちつけた。

「ぐ……ッ」

 鋭い痛み。響いたのは悲鳴、だろうか。……嗚呼、誰の声かもわからない。
 けれども一つ、わかることがある。このまま自分が倒れたら、きっと部下たちが殺される。それは、嫌だった。

「俺の、部下たちに……手を、出すな!」

 そう叫び、彼は短剣を振るった。温存していた魔力も放出し、魔獣たちを拘束し、斬りつけて……

「兄さん! もう、魔獣はいないから……っ!」

 悲痛な叫び声が耳に入り、リスタは漸く止まった。
 嗚呼、魔獣は全部倒せたのか。そう思うと同時に、糸が切れた操り人形のように、リスタはその場に倒れこんだ。
 忘れていた痛みが今頃になって、襲ってくる。今まで感じたことがないような痛みに意識が遠のきそうになるのを必死に抑えながら、彼は首だけ動かして周囲の様子を窺った。
 ……嗚呼、良かった、倒れている仲間はいない。

「兄さん!」

 駆け寄ってきた弟も、大丈夫そうだ。リスタは少し掠れた声で、問うた。

「クオ、怪我は」

 その問いかけに彼は首を振る。あちこち血と泥とで汚れてはいるが、大きな怪我はないらしい。リスタはほっとして、微笑んだ。

「そう、か」

―― よかった。

 ちゃんと、守れたんだ。そう思って、安堵する。足は痛いけれど、仲間を失うことに比べたらこんなの、どうということもない。仲間を失う悲しみは、もうたくさんだ。

「兄さんッ!」

 必死に呼ぶ声が、次第に遠のいていく。安心したこともあって緊張の糸が切れてしまったらしい。
 だいじょうぶ。だいじょうぶだから、と声を出しているつもりなのが、声になっているか、わからない。

「誰か、早く……ッ!」

 そう叫ぶ悲痛な弟の声を遠くに聞きながら、リスタは意識を手放した。

***

―― その日の夜。

 クオンはベッドに横たわる兄を、蒼い顔をして見つめていた。ぐったりと眠る彼……リスタの顔色は、シーツに同化してしまいそうなほどに青白い。目を向けまいとしても、痛々しい足の傷の方へ視線が向いてしまう。
 裂けた皮膚。シーツを染める赤は既に酸化して、赤黒く変色している。

「クオン、見ていても辛いだけでしょう」

 そう声をかけてきたのは、草鹿の医療部隊長である少年……ジェイド。リスタより少し年下なだけの彼は冷静な表情をしてはいるが、それでも少し焦っているようだった。
 リスタの傷口に手を当てて、時折魔力を注ぎ込んでいる。その度に苦し気にリスタが呻くのが痛々しい。しかしそれでも、クオンは部屋を出ず、首を振った。

「兄さんの、傍に居たい」

 何の役にも立てないかもしれないけれど。そう言いながら、クオンはそっと、リスタの手を握る。血を流しすぎたためにか体温が下がっているらしく、ひんやりとした手。自分の体温を分け与えようとするかのように、クオンはその手を強く握りしめた。
 ジェイドはそんな彼を見て、ふっと笑った。

「……わかりました。でも辛かったらすぐに外に出るんですよ」
「わかった。邪魔になるようだったら、言って」

 苦笑まじりに彼は言う。ジェイドはそれに頷いてから、彼の足の手当てを始めた。
 随分と酷い状況だ。泣きながらクオンが空間移動術で彼を運んできた時には流石に驚愕した。血まみれの足。青白い顔。浅く息を吐く姿は何とも辛そうで。酷く傷つけられている足は皮膚を裂かれ、骨を砕かれていて、辛うじて繋がっている、という状況で。
 ともすれば、このまま死んでしまってもおかしくはない。足を切断する覚悟も決めなければならないかもしれないが……そんなことにしたくはないと、ジェイドは必死だった。

「……兄さん、がんばって」

 震える声で、兄を呼ぶ弟の声。それを聞いてジェイドは翡翠の瞳を細めた。

「貴方を待っている人がいるのですよ。死んだりしたら、赦しませんからね」

 ジェイドもそう言葉を紡ぎ、魔力を彼の足に注ぎ込む。外科的治療も勿論必要だが、此処まで酷い状況になってしまっていると、魔力の補助も必要になってくる。

―― 絶対に、助けてみせる。

 そう、心の中で呟く。
 自分に、部隊長の職を任せてくれた上官の友人。彼を助けたいと強く、強くそう願いながら、ジェイドは手に込める魔力を強めた。

***

 誰かが、呼んでいる。泣き出しそうな声だ。よく知った……弟の声。
 あぁ、泣かないで。ちゃんと、傍に……傍に、居るから、大丈夫だから。そう声をかけたいのに、声が出ない。
 眼前も、真っ暗だ。自分は、眠っているのか。
 起きないと。彼を慰めないと。そう思って、必死にもがいた……

***

 ゆっくりと、眼が開く。瞬きをすれば、ぼやけていた視界がくっきりした。
 白い天井の部屋。自分を覗き込む、自分とよく似た銀灰色の瞳……

「! 兄さん!」

 そう呼びかけてくる、心配そうな顔をしている弟。その姿を捉え、リスタは口を開いた。

「クオ……」

 呼びかける声は、掠れていて。混乱した頭ではその理由も全くわからなかったが……今はただ、目の前で泣きそうになっている弟を慰めたかった。
 彼の頬には大きな絆創膏が貼ってある。そっとそこに手を伸ばして、リスタは問いかけた。

「怪我、したのか?」

 眉を下げながら、大丈夫か、と問いかけるリスタ。それを聞いてクオンは驚いたように瞬いた。瞳を潤ませていた涙がぽろりと落ちた。そして穏やかに微笑んで、言う。

「……俺は平気だ。兄さんの足の傷ほど酷くない」

 だから大丈夫だと、そう告げる声は、微かに震えていた。しかしリスタは彼の言葉に安堵したようで、穏やかに微笑む。

「そうか」

 良かった。彼を守ることが出来たみたいで。朧げな記憶を探る限り、他の仲間たちも大きな怪我はしていなかったようだし……
 そう考えた所で、かつかつと急いで近づいてくる足音が聞こえた。ドアが開き、入ってきたのはリスタの主治医であり、医療部隊長である青年……ジェイドで。

「リスタ、目が覚めましたか」

 ほっとした声が聞こえた。それは、リスタより三つ年下の割に幾分落ち着いた表情の医療部隊長……ジェイドの声だ。小さく頷いたリスタは体を起こそうとして……

「って!」

 足の痛みに、悲鳴じみた声が漏れた。ずきんと、鋭い痛み。少し動かしただけ、力が入っただけなのに、酷い痛みだ。思わず涙目になるリスタを、ジェイドは慌てて押さえた。

「駄目ですよ。足を動かしたら……」

 大人しく寝ていてくださいとジェイドは彼に言う。その慌てようと、今の足の痛み、そして先刻のクオンの"兄さんの足ほど酷くない"という言葉……それを聞いたリスタは真剣な顔をして、ジェイドに問いかけた。

「……どの程度、酷いんだ?」

 少し動かしただけで痛みが走るから、足を見ることも出来ない。今目が覚めたばかりで記憶もぼんやりしているためどれほど酷いのかが自分では想像するしかないのだ。率直に、ジェイドに聞いておきたかった。……彼の目は、話すべきか否かと悩んでいる風でもあったから。
 ジェイドは彼の言葉に視線を揺るがせた。それから一つ息を吐き出す。

「……正直、命があるのが不思議ですよ。
 あそこまで深く切り裂かれて命が助かったのは、クオンのおかげだと思いますよ」
「え、俺?」

 クオンがきょとんとした顔をする。ジェイドは穏やかに微笑んで、頷いて見せた。

「ずっと、貴方を呼んでいたのですよ。クオンは」

 確かに、ずっと聞こえていた。自分を呼ぶ弟の声。あれが聞こえたから、眼を覚まさなければと思ったことに違いはない。……なるほど、彼のおかげだ。そうリスタが納得していれば、クオンは泣き出しそうな顔をして、ぽつりと呟く。

「……だって、心配だったから……」

 彼の声が掠れている理由は、ずっと自分を思って呼んでくれていたからなのか。そう思い、リスタは目を細める。

「ありがとな、クオ」

そう彼に礼を言ってから、彼はジェイドの方へ視線を戻した。

「で。足の怪我は、どうなんだ?」

 はぐらかさないでくれよと先手を打つ。ジェイドは暫し言い淀んだが……やがて、口を開いた。

「……一応、最善は尽くしました。しかし……」

 そこで彼は言葉を切り、ちらりとクオンを見た。彼に聞かせたくないこと、なのだろう。クオンもそれを察したようでリスタに笑いかけて、言った。

「……俺、部屋に帰ってるから」

 そのまま、部屋を出ていく。ぱたん、とドアが閉まるのを見届けてから、ジェイドはリスタの方へ視線を戻す。そして真剣な顔をしたままに、言った。

「最善は尽くしましたが、正直難しい所です。
 リハビリ次第ではありますが、恐らく立って歩くのに不都合はないと思います……しかし」

 そこでやはり彼はまた、口を噤んだ。しかし此処まで来たら最後まで聞きたい。ジェイド、とリスタが彼の名を呼ぶと、彼は静かな声で言った。

「走ったり、ましてや魔獣と戦ったりということは……難しくなりますね」

 予測していた通りの言葉、だった。
 歩くことが出来なくなる訳ではない。しかし、走ったり戦ったりすることは、もうできない。……それは、実質的に騎士としての仕事はもうできない、ということを意味していた。殊更リスタの部隊は足の速さや器用さが重視される。万が一のことがあった際に走れず逃げ損ねる、なんて笑い話にもならない。

「……そっか。わかった、というか、なんとなくわかってたよ」

 そう言って、リスタはぎこちなく微笑む。
 ジェイドに無駄な心配をさせたくはなかったが……やはり、少なからずショックだった。騎士としての仕事は好きだったし、やっとずっと追いかけてきた友人たちの背中に追いつけたかな、と思っていた時でもあった。それに……ロゼル家の長男としての、使命もある。平気なはずは、なかった。
 きっとそれは、ジェイドもわかっているのだろう。彼が謝ることでもないだろうに、彼はすまなそうな顔をして、言った。

「力になれず、すみません。
 ……あまり激しい運動はしないようにしてください。最悪……歩くことさえ、出来なくなってしまいますから」

 そう言いながら、ジェイドはそっと、リスタの足を撫でた。
 ほんの少し触れられただけでも微かに痛みが走る。しかしじんわりと魔力が伝わってきて、幾分その痛みは軽くなった。 彼はきっとずっと、こうして自分の足を治そうとしてくれていたのだろう。幾らか彼の表情が窶れているのは、そのためのはずだ。

「ありがとな、ジェイド」

 そう、彼に礼を言う。それを聞いてジェイドは微笑み、首を振った。

「これが僕の仕事ですから。……さて、貴方の意識もはっきりしてきたようですし、お茶を淹れてきますね」

 大人しく寝ていてくださいね、と言い聞かせると、ジェイドはキッチンに引っ込んでいった。
 その背を見送ったリスタはふぅっと一つ息を吐く。それから、視線をドアの方へ向けた。すう、と銀灰の瞳を細めて、ドアの方へ呼びかける。

「……クオ」

 紡いだのは、弟の名前。
 彼は部屋を出ていった。ジェイドは気が付かなかったのだろうが……彼は、ドアの向こうにずっと居たのだ。
 密偵部隊の騎士であるクオンは、自分の気配を絶つのが得意だ。しかし流石に、兄は誤魔化せない。
 声をかけて暫く、ドアは開かなかったが……やがて、ドアが開いておずおずと、クオンが入ってきた。彼は俯いたまま、ぽつりと呟くように言う。

「……ごめん、聞いてた」

 兄さんのことが、心配で。呟くようにクオンはいう。ぐっと握りしめた拳が小さく、震えている。リスタはそれを見つめて微笑んだ。

「こっちにおいで、クオ」

 そう、弟を呼んだ。躊躇いながら視線を上げる彼を見つめて、リスタは言う。

「わかってた。……大丈夫だ、どうせお前には話すことだから」

 隠しておくつもりなんて、なかった。ジェイドも、クオンがショックを受けたらいけないからと思って遠ざけただけなのだろう。覚悟を決めた上で聞いていたのなら、叱りはしないはずだ。
 ゆっくりと歩み寄ってきた弟を、リスタは精一杯に伸ばした腕で抱きしめる。大きくなったと思っていた弟はやっぱりまだまだ子供で、抱きしめてやればその体は小さく震えた。

「大丈夫。俺は、生きているんだからさ」

 大丈夫だよ。そう、今ならば告げてやることが出来る。

「お前たちを守ってやれて良かった」

 それは確かな想いだった。大切な仲間が殺されるようなことがなくてよかった、と。それを想えばこの程度の怪我はどうということもない、とリスタは言う。強がりでも嘘でもない言葉を告げる兄の声にクオンは泣き出した。

―― 嗚呼、温かい。

 この温もりを守ることが出来て本当に良かった。そう思いながらリスタは優しく、けれども強く、震える弟を抱きしめていたのだった。







第十九章 Fin
(エッグノック:守護)
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