Knight Another Story ―― 色褪せぬ記憶 ――

星蘭

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第十五章 Belmont

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Belmont (Liberté 141)



 飛び交う、祝いの言葉。その中心にいるのは、長い淡水色の髪を揺らす青年……カルセ。彼は長い白衣を揺らしながら、その賞賛の言葉を受け、穏やかに微笑んでいた。
 今日は、宴会。それも、カルセの重大な研究結果の表彰のための宴会、だった。
 とある病の研究。その病の特効薬を開発したことへの祝いの宴席。……そう。数年前、クレースの命を奪ったあの病の特効薬を、カルセが作ったのである。
 あの日から、二年が経過した。クレースがいなくなって、二年。少しずつ、騎士団内での悲しみも、薄れ始めていた。
 カルセは、医療部隊の部隊長としての務めを果たしていた。初めこそ、クレースを亡くしてからのよそよそしさ故に彼を認めようとしない騎士も多かった。
 しかし、彼は優しく、穏やかで、勤勉な性格だ。そんな彼を、草鹿の騎士たちは慕うようになっていた。その結果が、今日のこの祝宴である。彼の偉業を称えて、騎士たちは皆集まっているのだった。
 祝いの言葉と勲章授与。その後は、無礼講の祝宴へと移っていく。

「カルセ」

 そんな賑やかな人の波をくぐって歩み寄ってきたのは、リスタ。二年前より大人びた顔立ちになった彼は、かつてからの友人に微笑みかけて、祝いの言葉をかける。

「おめでとう」

 リスタがそういって微笑むと、カルセも嬉しそうに表情を綻ばせる。そして軽く頭を下げる。

「ありがとうございます、リスタ」

 礼を言う彼は、いつも通りの穏やかな表情。その胸には、女王から渡された勲章が光っている。普段装飾品を付けない彼だから、物珍しく感じられた。

「きっと……彼奴も、喜んでるよ」

 リスタは、控えめな声音でそういって、ぎこちなく微笑む。実際、彼……クレースも、カルセの偉業を喜んでくれていることだろう。そう彼が言うと、カルセは深い藍色の瞳を細めて、いった。

「そうだといいですねぇ……」

 穏やかな声音と、懐かしむような表情。リスタはそんな彼の顔をじっと見つめた。いつも通りの表情の奥の感情を推し量るように。
 クレースが居なくなってから、大分経つ。カルセは相変わらずに仲間や友人の前でその笑みを崩すことはなかった。
 クレースを思って泣く姿を見たのも、あの夜が最後。朝会った時に泣いた痕跡が見えることも一切ない。始めこそそれを冷たいと詰っていた騎士もいたが、日が経つにつれて、そして何よりカルセが部隊長としての務めを果たすにつれて、そんな声も少なくなっていった。
 けれど、実際はどうなのだろう。かけがえのない人を亡くした悲しみは、そんなにすぐに癒えるものではないはずだ。また、無理をしているのではないか。そうリスタが思うのも、至極当然のことで。

―― 守ってあげて。

 そんな、クレースの声が頭に残ってはなれなかった。
 しかしあまりにまじまじと見つめてしまっていたのだろう。カルセは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「何です?」

 そう問われて、リスタは慌てて首を振る。

「……ううん。何でもない」

 誤魔化すように笑えば、彼は幾分怪訝そうな顔をしながらも、そうですかと頷いた。

「あぁ、そう言えば」

 ふと思いだしたようにカルセは声をあげる。先刻とは逆にリスタが首を傾げると、カルセはふわりと穏やかに微笑んで、彼に問うた。

「先日入団したあの銀髪の子……貴方の弟さんでしょう」

 彼の言葉にリスタは銀灰色の瞳をぱちりと瞬かせる。

「え、あぁ、クオのことか。そうだよ」

 そう答えるリスタの表情は自然と、緩んでいた。 
 そう。先日騎士団にリスタの弟……クオンが入団したのである。リスタが騎士団に入ってから長く離れて暮らしていた、可愛い弟。彼と一緒に働けるというのは、リスタにとって嬉しいことだった。何より……彼が、あの家から離れることが出来るというのも、喜ばしいと、そう思っていた。
 リスタの返答に、カルセは一層笑みを深くする。そして柔らかな声音で言った。

「よく似ていますね。利発そうな子です」
「はは、ありがとう。ああ見えて、甘えん坊なんだよ」

 それが可愛いんだけどなとリスタは言う。そんな兄馬鹿を晒すリスタの様子に、カルセはくすくすと笑い声を立てた。

「ふふ、そうなのですねぇ。私には兄弟が居ないので、少し羨ましいです」

 そういった後、彼は他の騎士に呼ばれて歩いていってしまった。リスタはその背を見送って、一つ息を吐く。

―― 結局。こうやって、上手く躱されてしまうんだよなぁ。

 そう思いながら、そっと頭を掻く。彼を励まそうと思ったのに、自分がこうして励まされてしまっている。相変わらず彼は器用で、不器用だ。そんなことを考えながら、リスタは遠ざかる彼の背中を見つめたのだった。

***

 賑やかな会場から出て、一息つく。宴会の会場から少し離れた、中庭の一角。そこに佇む東屋ガゼボの下で、カルセは庭をぼんやりと眺めていた。
 少し濡れた芝の香り。リィリィと小さな虫の声が聞こえてくる。宴会場の喧騒が遠く聞こえて、まるで一人だけ別の世界に来てしまったかのようだ。そう思いながら、カルセは深海色の瞳を細めた。
 今日は、良い天気だ。空にはまばらに星が散らばり、吹き抜ける風はアルコールと会場の熱気とで火照った頬を冷ましていく。微かに、甘い薔薇の香りがした。

「おい、カルセ」

 不意に声をかけられて、少し驚く。振り向いてみれば、短い橙の髪の青年が呆れたように立っていた。

「おや、どうして出てきたのですか。まだ宴会は途中でしょう?」

 カルセは問いかける。そんな彼の発言に苦笑を漏らしながら、彼……スファルは肩を竦めた。

「主役がいなくなったらパーティの意味、ねぇだろ。今日のパーティはお前が主役なんだからさ」

 そう言いながら、彼はカルセの隣に座った。がしがしと頭を掻いている彼を見て、カルセはくすりと笑う。

「大丈夫ですよ。私が居ようが居なかろうが、皆普通に過ごすことでしょう」

 宴会とは得てしてそう言うものだ。名目などどうでも良くなるのがいつもの結末である。仲間と楽しく過ごすことが好きな騎士たちにとっては猶更。
 そう言われてスファルはぱちりと一度橙の瞳を瞬かせる。それから、ふっと表情を緩めた。

「……そうかね」

 独り言のようにスファルは呟く。ふわりと風が吹き抜けて、長いカルセの淡水色の髪が揺れた。空を見上げる彼の横顔はいつも通りの穏やかな表情で。

「……何だか、久しぶりだな」

 ぽつりとスファルは言葉を紡ぐ。カルセはそれを聞いて視線をスファルの方へ向けた。

「何がですか?」

 いきなり久しぶりだといわれても、何のことだかわからない。そんな彼の方へ視線を向け、スファルはふっと笑った。

「お前とこうやって、ゆっくり話するの」

 そう言いながら、スファルはそっとカルセの額を小突いた。
 こうしてゆっくりとカルセと話をするのは、久しぶりなのだ。近くで彼の顔を見たのも、言葉を交わしたのも。ここ最近は、少し話をしただけで、カルセはすぐに逃げていってしまっていたから。
 カルセもきっと、そんなスファルの言葉の意味は理解しているのだろう。一瞬驚いたように深海のように深い藍色の瞳を大きく見開いた後、少し目を伏せて、言った。

「……そう、ですかね。確かにそうかも知れません」

 そう言いながらカルセは曖昧に微笑む。珍しく、逃げる様子がない。そのことに少なからず安堵しながら、スファルは言葉を続けた。

「そうだよ。お前、俺たちのこと避けてただろ」

 今日は幾分素直になっているようだから、このままゆっくり話をしようと、そう思いながらスファルは真っ直ぐにカルセを見つめる。真っ直ぐすぎる彼の瞳と言葉にカルセは目を細める。そして微かにアルコールの香りが溶けた吐息を漏らしながら、ぽつりと呟いた。

「そう、ですかね」

 カルセは少し困ったような顔をしている。スファルはそんな彼の珍しい表情に目を細めながら、緩く首を傾げて、彼に問いかけた。

「何がそんなに気に食わなかった?」

 自分たちのことを避けた理由は何か、と彼は問う。カルセはそれを聞くと、ゆるゆると首を振った。

「気に食わなかった、わけではありませんよ。貴方たちの所為ではありません、絶対に」

 そこで一度彼は言葉を切る。そのまま、夜空を見上げた。
 きらきらと瞬く星。それを見上げたままに黙り込むカルセを、スファルはじっと見つめる。その言葉の先を促すでもなく、ただ静かに、待っていた。

「ただ、怖くなっただけですよ」

 夜の闇に溶けるような弱い声で彼は言う。それを聞いてスファルは少し意外そうな顔をした。

「怖く?」

 どういうことかと問いかけるスファルにカルセは首を振って見せる。そして困ったように笑った。

「……私の勝手な考えです。気にしなくて良いのですよ」

 そう言った彼は、目を伏せてしまう。それ以上言葉を紡ぐことはしない。スファルは溜息を一つ吐き出すと、少し乱暴に彼の頭を撫で回した。

「う、わ」

 驚いた声をあげるカルセを他所に、ぐいとその頭を押さえ、スファルは言う。

「お前はまたそうやって逃げるんだから。ちゃんと言えよな、そう言うことは」

 しっかり者なのに世話が焼ける。スファルはそう思いながら苦笑を漏らした。

「あのな、ちょっとくらい俺らに頼ったっていいんじゃねぇの」

 そう言いながら彼はカルセの顔を覗き込んだ。
 深い藍色の瞳の彼は、スファルの鮮やかな橙の瞳に映る。彼の瞳に映る自分を見つめた後、カルセは少し眉を下げて、言った。

「ふふ。生憎と、性格なのですよ」

 別に彼らを……スファルやリスタ、他の仲間たちを信頼していない訳ではない。けれど……それでも頼れないのが、自分の性分なのだ。カルセはすまなそうにそう言う。
 今まで、誰かに頼るということをあまりしたことがなかった。昔から器用な性質だったから、誰かに頼らなければならない事態がそうそう起こらなかったのだ。プライドの高さ故に誰かに弱みを晒すこともなかった。だから、頼り方がよくわからない。弱さを晒したくないと思ってしまう。それを申し訳なく思っている。けれども変えることのできない性分なのだと彼は言った。
 スファルはそれを聞いて小さく溜息を吐き出す。

―― まぁ、そうだろうな。

 彼の性格はスファルもよく知っている。
 何度も何度も、もっと自分に頼れば良いといったのに、彼はそうしようとしない。性分なのだろうということは理解していた。……頼ってほしいという想いは、変わらないのだけれど。
 そんなことをスファルが考えていた、その時。

「でも」

 ふ、とカルセが声を漏らす。いつになく気の抜けた声。それにスファルが顔を上げようとすると同時、肩に重みが乗っかる。それがカルセの頭だと気づくのに、大して時間はかからなかった。

「少しだけ……酔ったようなので、此処で酔い覚ましをすることにします。……背中、貸してくださいね」

 顔を見せようとはしない。けれどもこれが彼なりの精いっぱいの甘えなのだろうと、感じられた。スファルはふっと、表情を和らげる。

「おう。仕方ないから貸してやるよ」

 そう言いながらスファルは空を見上げた。
 煌めく星。よく、死んだ人間は星になるというが……

―― 彼奴も、そうなのかな。

 そんなことを思い、目を細める。ふっと吐き出した吐息は、夜の空気に溶けていった。

***

 そんな夜会から、数日後。

「おいカルセ!」

 カルセが自室で書類仕事を片付けていた時、ノックもなしにドアが開いた。普段通りの仕事中。急にドアが開くことはそうそうないために、驚く。

「あぁ良かった、いた!」

 そんな言葉と同時、ひょいと顔を出したのは、スファルで。突然の来訪者に思わず苦笑しつつ、カルセは首を傾げた。

「スファル、どうかしました? せめてノックはしてくださいね」

 いつも通り落ち着いた様子の彼にスファルは一瞬面食らった顔をした。

「あぁ悪い……」

 つい、と言いながら詫びたが、すぐにそれどころじゃないというように首を振った。そして困り切った顔をして、スファルは言う。

「お前んとこのジェイドとうちのアレクがまぁた喧嘩してんだよ、仲裁手伝ってくれ」

 うんざりだといわんばかりの顔で彼は頭をがしがしと掻く。
 彼の言葉にカルセはぱちりと藍色の瞳を瞬かせ……それからすぐにふっと笑った。

「まったく……あの子たちは」

仕様のない子たちですね、と言いながら彼は一度開いていた本を閉じる。
そしてスファルと一緒に、"あの子たち"がいるところへ赴いた。


***

 むくれた顔をしてそっぽを向いている、二人の少年。一方は短い茶色の髪、もう一方は長い緑髪の少年だ。
 彼らはどうにも反りが合わないようで、喧嘩をしてばかりなのである。殴り合いの喧嘩、という訳ではないのだけれど、やはり仲間同士で言い争いをしていると、周囲の士気も下がる。それを防ぐためにも、喧嘩の仲裁は必要なのだった。
 今日の喧嘩の原因も、おおよそ訓練か何かへの取り組み方の違いあたりだろう。拗ねた顔をしている緑髪の少年……ジェイドと、そんな彼の背を時折睨みつけている茶髪の少年……アレク。いつもこんな調子だ、と思いながら、カルセは呆れたように腰に手をあてた。

「気が合わないのはわかりますが、周りにも迷惑がかかりますから、喧嘩は駄目ですよ、ジェイド、アレク」

注意された二人はおとなしく頷くが、相変わらず互いの方を見ようとはしない。頑なな二人の態度を見て、カルセとスファルは顔を見合わせた。

「やれやれ……」

 部屋を出ていく部下たちを見送って、カルセは苦笑を漏らす。スファルはくつくつと笑いながら、カルセに問うた。

「俺たち昔あんなふうに喧嘩したことあったか?」

 自分とカルセの性格も似ているとは到底言えないし、どちらかといえば真逆に近いはず。ジェイドとアレクによく似ている。しかし、ジェイドとアレクのような喧嘩をした記憶はない。そうスファルが言うと、カルセはくすりと笑って、いった。

「したことありませんねぇ。というか貴方が私に喧嘩で勝てるはずがないでしょう」

 可笑しそうに笑いながらそういうカルセ。スファルは彼のそんな発言に一瞬大きく目を見開いて……それから深深と、溜息を吐き出した。

「……あぁ、そりゃあそうだったな」

 確かに、喧嘩で彼に勝てる未来が見えない。口喧嘩では到底適わないし、殴り合いの喧嘩になったとしても、正直カルセの方が強いだろう。尤も、今したい話はそんなことではないのだが……だからこそ、彼らしい軽口だ。そう思ったところで、スファルは笑う。

―― やっと、彼らしさが戻ってきたかもしれない。

 そう、思う。
 クレースがいなくなってからのカルセの様子は酷いものだった。"いつも通り"を装った姿は何とも無様で痛々しく、しかしそれを指摘しても彼はそれを受け入れず。傍から見ているのが辛いほどだった。
 けれど、この前の……あの宴会の後の時間のおかげで、少しは吹っ切れたのだろうか。それならば、友人として、相棒としても嬉しい。スファルはそう思う。

「スファル?」

 どうかしましたか? と問いかけるカルセ。きょとんとしている藍色の瞳の友人にゆっくりと首を振って見せてから、スファルはいつも通りの笑みを浮かべたのだった。







第十五章 Fin
(ベルモント:優しい慰め) 
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