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第十四章 Wine Cobller

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Wine Cobller (Liberté 139)



 その報せが届いたのは静かに雨が降りしきる日の朝だった。
 最期は意識を失ったままだった。まるで周囲の騎士たちを騒がせることが無いようにと気遣ったかのように、静かに息を引き取ったという。他人思いのクレースらしいと、彼をよく知る騎士たちはいっていた。

***

 騎士としての制服を身に付け、胸に白い百合の花のブートニアを留め、スファルは一つのドアの前に立っていた。首の後ろを軽く掻いて、一つ息を吐く。下手な任務に出る時よりも緊張しているな、と考えながら苦笑を漏らした。
 覚悟を決め、震える手でドアをノックすれば、すぐに"はい"と短い返事があった。
 聞こえてきたいつも通りの声色。それを聞いて幾らか安堵しながら、スファルはドアを開けた。
 室内に立っていたのは長い淡水色の髪の少年……カルセ。彼は振り向いてスファルを見ると、ふわりと笑った。

「珍しいですね、貴方がドアをノックするなんて」

 そんなことを軽い口調で言うカルセにスファルは正直少し、面食らった。
 いつも通りに微笑む彼。ダークグレーのシャツに黒のジャケットを羽織った彼の姿は見慣れた彼と少し違って見えるのに、その微笑みは、表情は、あまりにいつも通りで……――

「スファル、どうかしました?」

 逆に彼にそう問われてしまった。不思議そうに首を傾げる彼を見て、スファルは口籠る。

「いや……」

 がしがしと頭を掻く。こういう時に気の利いたことが言うことが出来ない自分が嫌だった。

「大丈夫……なはず、ないよな」

 大丈夫か、なんて……問う方がおかしい。大切な人間を失って大丈夫なはずが、ないのだから。そう思いながらスファルは溜息を吐き出す。

「馬鹿なことを聞いたな」

 ごめん、と。そう詫びようとした時、カルセは不思議そうな声で言った。

「何故です?」
「……は?」
「私は、いつも通りですよ」

 何を気にしているのですかと、カルセは笑う。無理をした様子もなく、いつも通りの表情で。スファルはそんな彼を見つめて、ゆっくりと瞬きをした。
 ……何故、はスファルの台詞だった。何故彼は……こうも、"いつも通り"に笑っているのか。まるで何も起きてなどいないかのように。
 クレースを喪って自棄になっているか、気でも狂ったのか? そう思ったがどうやらそうではない様子。寧ろ困惑したように固まっているスファルを見て、カルセは困ったように微笑んで見せる。そのまま彼はすっと手を伸ばし、スファルの頬を撫でた。

「何故泣きそうな顔をしているんです、情けない。それでも炎豹の主力騎士なのですか?」

 辛辣に、けれども揶揄うような口調でカルセは言う。その言葉と冷たい手に、スファルははっとする。それと同時にカルセの手が、頬から離れていった。

「っ、お前」
「ほら、行きましょう」

 くるりと、彼はスファルに背を向ける。そのまま歩き出す彼の背は真っ直ぐに伸びていた。かつかつと彼の踵がリノリウムの床を叩く。
 その背に手を伸ばしかけて……引っ込める。ぐ、と拳を握ったスファルは小さく溜息を吐いた。
 何を言ってやることもできない。彼が何を考えているのかもわからない。そのままに、スファルはカルセの後を追った。

***

 弔いの鐘の音が響き渡る。騎士たちが並び、彼を見送る。
 啜り泣く声、彼を悼む声が響く静かな時が流れた。
 喪服に身を包み、ヴェールハットを被った女王が弔いの言葉を紡ぐ。それを聞く間も、彼の棺を運ぶ間も、カルセは一度も泣かなかった。顔を歪ませることも、涙を滲ませることも、俯くことさえもせずに、真っ直ぐに前を向いて彼を見送った。
 女王……ディナが声をかけた時にも穏やかに微笑んだだけ。カルセ、クレースと殊更親しいスファルとリスタは少し心配そうに、カルセの様子を見つめていた。
 無理をしているという風には、見えない。けれども……この反応はやはり、少し可笑しい気がする。何と言葉をかけたものか……リスタとスファルはそう思いながら、少し遠巻きに、カルセを見つめていた。
 降り注ぐ雨でクレースのために作られた新しい墓石が濡れていく。何処からか、甘い山梔子の香りが漂ってきた。

「カルセ」

 リスタが彼を呼ぶ。振り向いた彼はリスタを見ると、ふわりと笑って、言った。

「酷い雨ですねぇ、風邪を引かないうちに帰りましょうか」

 穏やかな表情のまま、リスタの濡れた前髪を軽く指先で払って。そんな彼の姿を見た騎士たちはひそひそと言葉を交わした。

「泣きもしないって……」
「薄情だな」

 仮にも、恋人であった二人である。それなのに泣く様子も悲しむ様子も見えないと、彼らは囁き合った。"本当はそんなに大切に思ってもいなかったのではないか"などという者もいた。
 スファルにはそれが許せず、ぐっと唇を噛むと同時にその騎士に掴みかかろうとした。

「ッテメ……」
「スファル」

 そんな彼を止めたのは他でもない、カルセだった。彼の方を見れば、彼はゆっくりと首を振る。そして少し困ったように眉を下げつつ、言った。

「良いのです、言わせておいてくださいな。実際、私は薄情なのでしょうから」

 気にしないでくださいなと、そういう彼は微塵も怒る様子を見せない。そうした感情を堪えている風すらなかった。
 スファルが体から力を抜くと、カルセはリスタの方を見た。そしてふっと笑って、軽く眉間を指先でなぞる。

「リスタも、そんな怖い顔をしないで」

 そんな顔をしている友人をあの子も見たくはないでしょう、と……カルセはそう言った。
 一滴、彼の頬に雨粒が落ちる。一瞬彼の涙かと思ったが、それを確かめるより先に、カルセは二人に、陰口をたたいていた騎士たちに背を向けて、歩き出していた。
 雨が、一層強くなる。ぱらぱらと黒い傘を、佇む騎士たちを濡らしていく雨。その中に立ち尽くしながら、スファルは遠ざかっていく自身の相棒の背を見つめる。

「……なぁ、リスタ」

 ぽつりと、彼らしくもない弱い声でスファルはリスタを呼んだ。彼は顔を上げ、首を傾げた。

「ん?」
「……なんて、言ってやったら良いんだろうな」

 こういう時、ってさ。スファルはそういうと空を見上げた。
 厚い黒雲が覆った空。そこから雨はしきりに落ちてくる。良く茂った糸杉の木が重たそうに雫を滴らせている。
 スファルやリスタにとっても、クレースは大切な友人だった。彼が必死に病と闘う姿も見てきた。
元気になってほしいと願っていた。勿論、彼が死んで悲しいと思っている。
 けれども……自分たち以上に悲しい思いをしているであろう人物はカルセだと思っている。それなのに、当人がまるで泣かないのだ。
 悲しくないはずがない。先程他の騎士たちに薄情だと言われてそう言われても仕方がないと笑っていたけれど、スファルたちは知っている。彼の性格を。
 彼は悲しくない訳でも、泣かない訳でもないのだ。"泣こうとしない"だけ。そう思うと、先刻までの微笑みも、一切繕ったところのないいつも通りの様子も、全て……酷く痛々しく見えた。
 泣いても良いといったところで彼は泣かないだろう。きっと、いつも通りの表情で、"何故私が泣くのです"と笑うことだろう。そんな彼に……一体、何といってやったら良いものなのだろうか。

―― なぁ、クレース。

 今はもう手の届かない所に逝ってしまった友人を思いながら、リスタは一つ、息を吐き出したのだった。

***

 そんな、夜のこと。カルセのことが気になって寝付けず、リスタはふらふらと城の中を歩き回っていた。
 カルセは眠っただろうか。それとも、自分と同じようにこうして城の中を歩いているのだろうか。彼のことだから図書館にいるかもしれないな。そんな取り留めもないことを考えながら、歩いていた。
 静かで薄暗い医療棟。かつん、かつん、とブーツのヒールが床を叩く音だけが響く。
 もう、草鹿の騎士たちは眠りについたのだろう。幼い騎士たちが多い部隊だから。しんと静まり返った空間は、少し不気味にさえ感じる。
 初めて夜に此処に来た時、お化けが出そうだといってカルセとクレースに笑われたのがまるで昨日のことのようだ。そう思いながらリスタがふっと表情を緩めた、その時。

「ん……」

 ふと、足を止めた。
 聞き違いかと思う程、微かな泣き声が聞こえてきたのだ。泣き声というには弱すぎる、啜り泣きのような声。お化けだ何だの話を思い浮かべていたものだから少し驚いたが……

「クレース……っ」

 啜り泣きに混じる、名前。それを聞いてリスタは大きく目を見開いた。

―― ……あぁこれは、カルセの声か。

 そう思いながらリスタは足音を殺し、声が聞こえる方へ歩み寄る。部隊の性質上、気配を消しての行動は得意だった。
 聞こえてくるのは確かに、カルセの泣き声。その主のところへ行こうと思っていたのだが……すぐに、足を止めてしまった。泣き声を聞いているうちに、その姿を見ようとは思えなかったのだ。きっと彼は……その姿を見られたくないだろうから。けれども、このまま放っておくのも何だか、辛い。

「……どうしてやったら、良いんだろう」

 ぽつりと呟く声は、誰もいない静かな廊下に吸い込まれていった。

***

―― 静かな、病室。

 誰もいなくなったそこは既に綺麗に片付けられていた。シーツもはがされ、点滴などの器材も片付けられている。残されているのはサイドテーブルの花瓶だけ。そこには山梔子の木が一枝、活けてあった。
 それは他でもないカルセが活けたもの。クレースもカルセも好きな花だった。独特の甘い香りが、部屋に満ちている。それがまるで、彼が居た名残のようで。

「クレース……」

 彼の名を紡ぐ。
 もう答える声はない。触れることが出来る肉体からだもない。彼は、遠くに逝ってしまった。それが……今になって、嫌というほどわかってしまった。
 かくん、と膝が折れる。ベッドのマットレスに触れるが、無論温もりも彼がいた証すらもなく。
 ぽつりと、白いマットレスの上に染みが広がる。

「……ごめんなさい、ごめんなさい、クレース……間に合いません、でしたね……」

 約束、守れませんでしたね。そう呟いたカルセの頬に一筋、涙が伝い落ちていった。
 哀しくないはずがない。愛しい人が死んだのだ。覚悟していなかったわけではない。そうなる可能性は十分に理解していた。けれども、それでも助けたかった。また一緒に笑い合いたかった。一緒に行きたい場所もたくさんあった。
 守りたかった。助けたかった。治せない病が存在することを認めたくなどなかった。よりによってそれが自分の大切な人間で証明されることなど……経験したくはなかった。
 今まで何度も人の死に立ち会ってきた。助けられぬと悟って、それでも最期を看取った患者も多くいる。慣れたと思っていた、けれど……
 慣れるはずがなかった。平気なはずがなかった。
 それでも……笑っていた。泣けばきっと"あの子"が心配するから、と。冷たいと言われようとも、薄情と言われようとも、泣いても良いのだと言ってもらえても。
 けれど、ここにきてわかってしまった。もう、泣いている自分を見て心配した顔をする彼はいないのだ。大丈夫? と問うてくる優しい声を聞くことも困ったように笑う顔を見ることも、その柔らかい手で頬を撫でられることも……もうないのだ。
 次から次へと、涙が零れて落ちる。部屋には声を殺し涙するカルセの声が響くばかり。甘い甘い山梔子の香りが彼を包み込んでいた。

***

 それから数週間が過ぎた。
 仲間が一人が死んだとしても騎士団に休みなどない。いつも通りの日常が、繰り返されていた。……無論、いつも通りではいられない騎士もいたけれど。
 クレースの死から変わったことが、一つ。それは他でもない、カルセの変化だった。

「カルセ」

 仕事の合間。食堂に向かったリスタは彼に会った。名前を呼べば、いつものように顔をあげて、微笑む。彼は"いつも通り"だった。

「お疲れ様」
「ありがとうございます」

 リスタもお疲れ様ですと言って、抱えていた書類を抱き直す。じっと、そんな彼を見つめても、疲れた様子や窶れた様子は、見えない。

「無理してないか?」
「してませんよ、大丈夫です」

 そう言う彼はすでに足を踏み出していた。あ、とリスタが呼び止めるより先、すれ違いざまに彼は言う。

「すみません、仕事があるので失礼しますね」

 そのまま、すたすたと歩いていってしまう。これ以上話している暇はないのだと言うように。そんな彼の背を見て、集う騎士たちはひそひそと言葉を交わしていた。
 通常、パートナーだったり身内だったりを亡くした騎士は暫く休みをとる。勿論階級次第ではあるのだが、ヴァーチェの騎士であるカルセは、多少休んでも問題はなかった。しかし彼はクレースの葬儀の次の日から、普通に仕事をしていたのである。
 そんな彼を見て詳しく事情を、カルセの性格を知らず、クレースとカルセとの関係を知っている者はカルセを冷淡無情だと言った。その程度の想いしかなかったのか、と。
 彼自身も陰でそう言われていることには気づいているだろう。しかし頑なに休もうとせず、いつも通りの職務を全うしているのである。
 そればかりではない。最近、やたらと周囲の人間にそっけなくなった。今のリスタへの態度もそうである。以前なら、少しお茶でもしましょうと誘ったり、もう少し世間話をしたりはした。それが一切なくなったのである。
 一言で言うならば一人でいることが増えた。仲の良かった草鹿の騎士が声をかけようとも、遊びなりなんなりに誘おうともそっけなく断るのだと言う。少し、極端なほどに。
 やはり彼は冷たいと、皆言う。しかしそうは思えないリスタは彼の態度の変化に戸惑っていた。

「……カルセ」
「大丈夫かね」

 小さくリスタがカルセの名を紡いだ時、ちょうど食堂からスファルが出てきた。角を曲がるカルセの背を見送り、目を細める。溜め息をひとつ吐き出したリスタはぽつりと、呟くように言った。

「あれは、大丈夫ではない、よな」
「だろうな。平然と仕事してるフリしてるけどミスが多いんだぞ、あいつ」

 スファルはそういいながら、ガシガシと頭を掻く。

「少し歩こうぜ」

 スファルはそうリスタを促して中庭に歩き出す。リスタは小さく頷くと、その大きな背を追った。

***

 今日もどよんとした曇り空だ。スファルはポケットから出した煙草を一本口に咥えて、火を付ける。

「……煙草、吸ってたっけ?」

 少し驚いた顔をしてリスタが問えば、スファルは幾度か橙色の瞳を細める。

「一時期な。カルセに睨まれてクレースに怒られてやめた」

 スファルはそういいながら肩を竦めて、煙を吐き出す。

「今は叱るやつがいねぇからな」

 そう呟く声は少し、暗かった。

「……どうしたら良いんだろ、声かけても逃げられるし」

 リスタは小さく呟く。カルセが悲しんでいるのはわかるし、話をしたいと思うのだが、彼自身がそれを許さないのだ。話しかけても、忙しいからまた今度、と躱されてしまう。
 スファルはそれを聞いて深く息を吐き出した。ふわりと紫煙が空に消える。

「強引に呼び止めたことはあるけどそれでも逃げられたからな」

 実際に、強引に引き留めたらしい。その時には酷く驚いた顔をした後、冷静に"離してください"とカルセはいったという。それでもスファルが彼を捕らえたままでいたら、彼の魔術で手の力を奪われて、そのまま逃げられたのだと、スファルは溜め息混じりに語った。
 避けられているというのは確定か。そう思いながらリスタは少し眉を下げる。そして呟くような声で、いった。

「俺たちのことが嫌いとかそういうんじゃないよな」

 やたらと避けられる理由は、自分たちにあるのではないか。そう思わないでもなかったのだけれど……スファルはその言葉に小さく息を吐きつつ、首を振る。そして肩を竦めながら、そっけなくいった。

「逆、だろあれは多分……」

 そう言いながらスファルは煙草を携帯式の灰皿に推しつけて消した。

「これ以上カルセが誤解されるのを見るのも、辛いんだけど」

 呟くようにそういうスファル。彼らしくもない、弱弱しい声音。リスタも俯いて、ぽつりと言う。

「でもどうしてやれる訳でもないんだよな」

 大切な、友人なのに、慰める方法が、思いつかない。きっとこういう時に上手く彼を励ましてくれたであろう優しい緑髪の少年は、もうこの世界におらず……――
 彼らは途方に暮れながら、ただ薄曇りの空を見上げていた。

***

 クレースの死から、数か月。夏の暑さも和らいできた頃のこと。
 カルセは上官であるスフェンに呼び出されていた。
 静かな、彼の執務室。あの日、カルセが真実を問いただすために押し掛けた部屋。彼が淹れてくれた紅茶の香りが部屋に満ちている。
 一口紅茶を啜った後に、スフェンは静かに言った。

「医療部隊長の座をお前に任せたい」

 無論、カルセは驚いた。幾度か藍色の瞳を瞬かせ、スフェンを見つめながら、彼は問うた。

「私が、ですか」

 信じられないといった声音。それを聞いたスフェンは緩く頷きながら真っ直ぐにカルセを見つめ、言った。

「あぁ。お前にしか任せられないと思ってる」

 真剣な声音で彼は言う。彼が冗談を言うような人間でないことはカルセもよくよく知っているのだけれど……何故自分が、という想いは拭えなかった。少し顔を歪めて、彼はスファルに問うた。

「何故、ですか。もっと優秀な方はたくさんいる。それに何より、スフェン様はまだお若い」

 カルセに部隊長の座を譲るということは、スフェンは退団するということ。スフェンは退団するにはまだ若いと、彼は言った。
 それを聞いてスフェンはくつりと笑って、いった。

「確かにそうかもな。だからとりあえずあと数年は騎士団には残るよ。部隊長の役はお前に任すがな」
「……ならば、猶更何故」

 まだ騎士団に残るというなら、自分に任せる必要などないのではないか、とカルセは食い下がる。スフェンはふっと笑って、首を振った。

「理由なんてない。お前に任せようとおもった、それだけじゃ駄目か」

 少し困ったように首を傾げるスフェン。それを見るとカルセは戸惑ったように視線を揺るがせた。それから、ふっと息を吐き出して、ポツリと言う。

「何故今なのか、と想いはあります。
 スフェン様もご存じでしょう。私が周囲に一体何といわれているか」

 苦笑まじりに、カルセは言う。苦笑、というよりは自嘲……だろうか。スフェンはそんな彼の表情を痛まし気に見つめる。

―― 知っているとも。

 彼がどう思われているのか。彼のことを、草鹿の騎士たちがどういっているのかも。
 冷酷。冷淡。非道。近づきがたい。人嫌い。……全て彼に当てはまらないことも、スフェンはよくよく知っている。彼がそうなってしまった原因も。

「だからだ、っていったら?」

 そんなスフェンの言葉にカルセは藍色の瞳を大きく見開く。

「何を……」

 何をいっているんですかと、カルセは彼に問う。スフェンは穏やかに微笑んで、軽く彼の頭を撫でた。

「お前が部隊長を務めれば、周りも少しはお前のことを見ようとするだろう。
 だがお前が"部隊長として"の働きをできなければ誰もついてこない。
 ……それは頭が良いお前なら、わかるな?」

 彼が周囲との接触を避けている理由は、スフェンもわかっていた。だからこそ彼は敢えて、今彼に部隊長の座を譲ることにしたのだ。部隊長ともなれば、仲間との接触を避けることは出来ない。それは分かっているよな、と優しい声音で彼は言う。
 真っ直ぐに見つめてくる燐色の瞳。カルセは暫しその視線から逃げるように目を伏せていたが……
やがて、すっと顔を上げた。そして小さく頷いて、言う。

「……お受けいたします」

 お任せ下さいといった彼は、微笑む。けれどもその笑みは今まで何度も見てきた笑顔ではなく……相も変わらず繕ったような、無理をしたような笑みだった。
 部屋を出ていくカルセ。その背を見送ってから、スフェンは溜息を一つ。そして軽く頭を掻いて、ぽつりと呟いた。

「……ちょっと、焦りすぎた、かね」

 そう言いながら、彼はデスクの上の写真立てを手に取った。少し埃をかぶったそれを指先でなぞり、懐かしむようにその中に入れられた写真を見つめる。
 そこに映るのは、カルセと同じ年の頃のスフェンと、当時のパートナー。明るく笑う黒髪の少年。そのパートナーの頭辺りを指先でなぞりながら、彼は呟いた。

「あの頃の私に、重なって見えてしょうがなかったよ……
 大切な人間を失うと、世界が曇る。周りにはそんな世界を照らしてくれる人間がたくさんいるというのに、なぁ……」

 そのことに彼奴も早く気が付けば良いのだが。そう言いながらスフェンは目を細めていたのだった。







第十四章 Fin
(ワイン・コブラ―:拒絶)
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