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その日の放課後、いつしかわたしの足は、校舎の四階にある自習室へ向かっていた。四階の一番端は空き教室で、普段から自習室として開放されている。
結城先輩も生徒会を引退してからは、放課後に時々、残って勉強をしていたのを噂で聞いていたのだ。
自習室の前で立ち止まり、そっとのぞいてみる。
だが、その日は誰もいなかった。
――そうだよね。
たまたま結城先輩がいるなんて、そんな偶然、あるわけないよね。
そう思ったとき、気がついた。
窓際の机の上に、黒いマフラーが置かれている。
あれって、結城先輩のマフラーではなかろうか?
引き寄せられるように、わたしはマフラーへ近づく。
「やっぱりそうだ。先輩、忘れて帰ったのかな? それとも、教室に戻ってくる、の、か……」
わたしの言葉が、かすれるように途切れる。
近くで見て、気がついた。
この黒いマフラーは、あたたかそうな黒い毛糸で編まれたものに、同色の糸が混ぜられている……?
これって、絹糸のような――髪?
長い、髪の毛?
顔が強張り、一歩、後ろへさがった瞬間。
その黒いマフラーは、机の上で身を縮め、ゴムのように跳ねた。
跳ね飛んだマフラーは意思を持って、わたしの顔に張り付いた。
わたしは悲鳴をあげて、尻餅をついた。
そんなわたしの顔面を覆うと、マフラーの髪がバラけながら、うねうねと小さな触手を伸ばすように口の中へ侵入してくる。
そのまま仰向けに倒れたわたしの喉の奥が、どんどん髪で詰まっていく。
息ができない。
身体の内側から苦しさがこみあげる。
手が空を掻く。
耳もとで心臓の音がどくどくと響く。
知らずに涙が溢れる。
「やめるんだ!」
その声とともに、わたしの口から髪が引き抜かれた。
一気に咳こみながら、わたしは上半身をひねって、両手を床につく。
――いまの声、結城先輩!
息も絶え絶えに見上げると、目の前で、黒いマフラーを巻いた先輩が立っていた。先輩の整った顔が、苦痛に歪む。
「せんぱ、い、」
――違う!
結城先輩は、マフラーに首を絞めあげられているんだ!
「先輩!」
今度はわたしが、先輩からマフラーを引きはがそうと身体を起こして駆け寄った。
けれど、わたしから遠ざかるように、マフラーは窓際へ向かって、先輩をずるずると引きずっていく。
そして勝手に窓が開くと、一気に先輩を外へ引っ張り落そうとした。
わたしは必死に先輩の身体に飛びつく。
先輩の首から髪を引き千切ろうと、指を首と髪の隙間に突っ込んだ。
「先輩! 負けないで!」
半分身体が窓の外へ乗りだした状態だ。
目の端に、地上が見える。
その地上から長い黒髪の少女が、わたしと先輩を見上げていた。
なぜか、はっきりと少女の表情がわかる。
人形のように整った顔で眼を大きく見開き、赤い唇を歪めて笑っていた。
先輩を助けようとするわたしへの憎悪だ。
でも、負けられない!
わたしは思い切り叫んだ。
「先輩のことが大好きなら、自分の分まで生きて幸せになってって願うのが、本当の愛情じゃないんですか?!」
その瞬間。
先輩の首に絡まっていた彼女の髪が、力尽きたように千切れた。
あれから数日後。
わたしの隣に並んで下校する先輩は、わたしが市販で手に入れた白いふわっふわのマフラーを、照れくさそうに首に巻いている。
寒さで鼻の頭が赤くなっていても、きっと首もとは、あたたかいはずだ。
最後の最後で黒いマフラーが千切れたのは……。
彼女の中に残った良心――妬みを上回った彼への愛情だろうか。
FIN
結城先輩も生徒会を引退してからは、放課後に時々、残って勉強をしていたのを噂で聞いていたのだ。
自習室の前で立ち止まり、そっとのぞいてみる。
だが、その日は誰もいなかった。
――そうだよね。
たまたま結城先輩がいるなんて、そんな偶然、あるわけないよね。
そう思ったとき、気がついた。
窓際の机の上に、黒いマフラーが置かれている。
あれって、結城先輩のマフラーではなかろうか?
引き寄せられるように、わたしはマフラーへ近づく。
「やっぱりそうだ。先輩、忘れて帰ったのかな? それとも、教室に戻ってくる、の、か……」
わたしの言葉が、かすれるように途切れる。
近くで見て、気がついた。
この黒いマフラーは、あたたかそうな黒い毛糸で編まれたものに、同色の糸が混ぜられている……?
これって、絹糸のような――髪?
長い、髪の毛?
顔が強張り、一歩、後ろへさがった瞬間。
その黒いマフラーは、机の上で身を縮め、ゴムのように跳ねた。
跳ね飛んだマフラーは意思を持って、わたしの顔に張り付いた。
わたしは悲鳴をあげて、尻餅をついた。
そんなわたしの顔面を覆うと、マフラーの髪がバラけながら、うねうねと小さな触手を伸ばすように口の中へ侵入してくる。
そのまま仰向けに倒れたわたしの喉の奥が、どんどん髪で詰まっていく。
息ができない。
身体の内側から苦しさがこみあげる。
手が空を掻く。
耳もとで心臓の音がどくどくと響く。
知らずに涙が溢れる。
「やめるんだ!」
その声とともに、わたしの口から髪が引き抜かれた。
一気に咳こみながら、わたしは上半身をひねって、両手を床につく。
――いまの声、結城先輩!
息も絶え絶えに見上げると、目の前で、黒いマフラーを巻いた先輩が立っていた。先輩の整った顔が、苦痛に歪む。
「せんぱ、い、」
――違う!
結城先輩は、マフラーに首を絞めあげられているんだ!
「先輩!」
今度はわたしが、先輩からマフラーを引きはがそうと身体を起こして駆け寄った。
けれど、わたしから遠ざかるように、マフラーは窓際へ向かって、先輩をずるずると引きずっていく。
そして勝手に窓が開くと、一気に先輩を外へ引っ張り落そうとした。
わたしは必死に先輩の身体に飛びつく。
先輩の首から髪を引き千切ろうと、指を首と髪の隙間に突っ込んだ。
「先輩! 負けないで!」
半分身体が窓の外へ乗りだした状態だ。
目の端に、地上が見える。
その地上から長い黒髪の少女が、わたしと先輩を見上げていた。
なぜか、はっきりと少女の表情がわかる。
人形のように整った顔で眼を大きく見開き、赤い唇を歪めて笑っていた。
先輩を助けようとするわたしへの憎悪だ。
でも、負けられない!
わたしは思い切り叫んだ。
「先輩のことが大好きなら、自分の分まで生きて幸せになってって願うのが、本当の愛情じゃないんですか?!」
その瞬間。
先輩の首に絡まっていた彼女の髪が、力尽きたように千切れた。
あれから数日後。
わたしの隣に並んで下校する先輩は、わたしが市販で手に入れた白いふわっふわのマフラーを、照れくさそうに首に巻いている。
寒さで鼻の頭が赤くなっていても、きっと首もとは、あたたかいはずだ。
最後の最後で黒いマフラーが千切れたのは……。
彼女の中に残った良心――妬みを上回った彼への愛情だろうか。
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