1 / 1
きぃちゃん
しおりを挟む
その日。
ぼくは小学校のグラウンドで、時間を忘れて友だちと遊んでいた。
けれど、ようやく日暮れの気配に気がついたぼくらは、慌ててランドセルを背負うと、我先にと校門を飛びだした。
ぼくは、校門前で友だちと別れて、一目散に家へ向かう。
その帰宅途中で、ふと、近道となる公園を通り抜けようと考えた。
鉄棒がひとつとブランコがひとつ、そして砂場があるだけの、小さな公園だ。
その砂場に、ひとりの見知らぬ女の子がしゃがみこんでいた。
幼稚園児ほどの、小さな女の子だ。
白いワンピースのような、ふわふわとした柔らかそうな服を着ている。
女の子の手もとには、透明のプラスチックのカップがあった。
あれは、ぼくも食べたことがある市販のプリンの空きカップではなかろうか。
その中へ、砂場の深いところから掘りだしたような茶色い砂を、ぎゅうぎゅうと詰めこんでいるようだ。
なにげなく足をとめ、その様子を見つめてしまったぼくに気づいたらしい。
女の子は、ふいに視線をあげた。
艶やかで黒い瞳の大きな目にじっと見つめられ、急にぼくは、居心地が悪くなる。
しばらくすると、女の子は手もとへ視線を戻した。
コンクリートで作られた砂場の縁の上にカップをひっくり返して、そっと持ちあげる。
ほとんど崩れることなく、砂はきれいに抜けて形を残した。
「あ、うまい」
思わず声をだしたぼくへ、女の子はパッと顔を向けると、目を輝かせた。
「ほんとう? きぃちゃん、じょうずにつくれてる?」
「――うん。上手」
ぼくは、女の子のたどたどしい言葉と嬉しそうな笑顔に戸惑いながら、小さくうなずく。
「――あ、でも、もう遅いから、早く帰れよ。すぐに暗くなるぞ」
なぜか不安に駆られたぼくは、それでも年長組らしく声をかけてから走りだした。
次の日も、偶然同じ時刻に学校を出たぼくは、公園を通りかかった。
そして、驚くぼくの目に、その日に新しく作られたらしいカップ型の茶色い砂の山がひとつ、飛びこんできた。
プラスチックの容器は近くに残されていたけれど、女の子の姿はない。
その山を見たとたんに、ぼくの心臓は、どくんと大きな音をたてた。
そして、気づいたときには、ぼくはその砂を蹴り崩していた。
行かなくていいのに、ぼくはわざわざ次の日も、その時間に公園へ向かっていた。
同じように新しく作られたひとつの砂の山を見て、言い知れぬ怖さのあまりに踏みつぶす。
さらに転がっていた容器を拾いあげると、公園の外のゴミかごへ思い切り投げいれた。
しばらくぼくは、公園を避けた。
女の子の姿はないのに、できたての茶色い砂の山を見るのが怖くなったからだ。
それでも一週間ほどしてから、ぼくはおそるおそる公園の中をのぞきこんだ。
時間が経って、薄らいだ恐怖心よりも、好奇心が勝った。
そして、ひとつどころか公園中に数え切れないほど作られた茶色い砂の山を見た瞬間、ついにぼくは叫び声をあげていた。
へたりと力が抜けたように、その場に座りこむ。
しばらく両手で顔をおおったぼくは、やがて、観念したようにささやいた。
「――きぃちゃん。たくさん作ったね。あのとき、ほめたぼくの言葉が嬉しかったんだね。ああ、どれも上手に作れているよ。ぼくは、とっても満足だ」
その声が届いたのだろうか。
次の日の公園では、もう砂の山は作られていなかった。
END
ぼくは小学校のグラウンドで、時間を忘れて友だちと遊んでいた。
けれど、ようやく日暮れの気配に気がついたぼくらは、慌ててランドセルを背負うと、我先にと校門を飛びだした。
ぼくは、校門前で友だちと別れて、一目散に家へ向かう。
その帰宅途中で、ふと、近道となる公園を通り抜けようと考えた。
鉄棒がひとつとブランコがひとつ、そして砂場があるだけの、小さな公園だ。
その砂場に、ひとりの見知らぬ女の子がしゃがみこんでいた。
幼稚園児ほどの、小さな女の子だ。
白いワンピースのような、ふわふわとした柔らかそうな服を着ている。
女の子の手もとには、透明のプラスチックのカップがあった。
あれは、ぼくも食べたことがある市販のプリンの空きカップではなかろうか。
その中へ、砂場の深いところから掘りだしたような茶色い砂を、ぎゅうぎゅうと詰めこんでいるようだ。
なにげなく足をとめ、その様子を見つめてしまったぼくに気づいたらしい。
女の子は、ふいに視線をあげた。
艶やかで黒い瞳の大きな目にじっと見つめられ、急にぼくは、居心地が悪くなる。
しばらくすると、女の子は手もとへ視線を戻した。
コンクリートで作られた砂場の縁の上にカップをひっくり返して、そっと持ちあげる。
ほとんど崩れることなく、砂はきれいに抜けて形を残した。
「あ、うまい」
思わず声をだしたぼくへ、女の子はパッと顔を向けると、目を輝かせた。
「ほんとう? きぃちゃん、じょうずにつくれてる?」
「――うん。上手」
ぼくは、女の子のたどたどしい言葉と嬉しそうな笑顔に戸惑いながら、小さくうなずく。
「――あ、でも、もう遅いから、早く帰れよ。すぐに暗くなるぞ」
なぜか不安に駆られたぼくは、それでも年長組らしく声をかけてから走りだした。
次の日も、偶然同じ時刻に学校を出たぼくは、公園を通りかかった。
そして、驚くぼくの目に、その日に新しく作られたらしいカップ型の茶色い砂の山がひとつ、飛びこんできた。
プラスチックの容器は近くに残されていたけれど、女の子の姿はない。
その山を見たとたんに、ぼくの心臓は、どくんと大きな音をたてた。
そして、気づいたときには、ぼくはその砂を蹴り崩していた。
行かなくていいのに、ぼくはわざわざ次の日も、その時間に公園へ向かっていた。
同じように新しく作られたひとつの砂の山を見て、言い知れぬ怖さのあまりに踏みつぶす。
さらに転がっていた容器を拾いあげると、公園の外のゴミかごへ思い切り投げいれた。
しばらくぼくは、公園を避けた。
女の子の姿はないのに、できたての茶色い砂の山を見るのが怖くなったからだ。
それでも一週間ほどしてから、ぼくはおそるおそる公園の中をのぞきこんだ。
時間が経って、薄らいだ恐怖心よりも、好奇心が勝った。
そして、ひとつどころか公園中に数え切れないほど作られた茶色い砂の山を見た瞬間、ついにぼくは叫び声をあげていた。
へたりと力が抜けたように、その場に座りこむ。
しばらく両手で顔をおおったぼくは、やがて、観念したようにささやいた。
「――きぃちゃん。たくさん作ったね。あのとき、ほめたぼくの言葉が嬉しかったんだね。ああ、どれも上手に作れているよ。ぼくは、とっても満足だ」
その声が届いたのだろうか。
次の日の公園では、もう砂の山は作られていなかった。
END
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
怪談ぽいもの
寛村シイ夫
ホラー
僕が実際に経験した「変わった出来事」。
友人・知人から聞かされた怪談。
自分の性格的に。周囲との関係的に。
これまであまり話す機会もなかったので、ぼつぼつと書いていきたいと思います。
*本編の写真は、全て実際その場所に再度行って
撮影し加工したものを使用しています。
ですので二次使用等は禁止させていただきます。
魔法の言葉、もう少しだけ。
楪巴 (ゆずりは)
ホラー
もう少しだけ。
それは、私の口癖。
魔法の言葉――……
さくっと読める800文字のショートショート。
※ イラストはあままつ様よりお借りしました。
初めてお越しの方へ
山村京二
ホラー
全ては、中学生の春休みに始まった。
祖父母宅を訪れた主人公が、和室の押し入れで見つけた奇妙な日記。祖父から聞かされた驚愕の話。そのすべてが主人公の人生を大きく変えることとなる。
フランソワーズの耳
猫又
ホラー
主婦、有明伽耶子、ある日突然、他人の思惑、心の声が聞こえるようになってしまった
優しくて働き者の夫、頼りになる義母、物静かな義父。
さらに仲良く家族ぐるみで仲良くしていたご近所達。
さらには犬や猫、鳥までのさえずりが理解出来てしまいパニック状態。
酷い本心、罵詈雑言を吐き出すのは誰か?
伽耶子はそれらとどう戦うのか?
関係は元に戻れるのか?
人を食らわば
GANA.
ホラー
――ろく……なな……はち……――
右手、左手に二重に巻き付け、握ったポリエステル・ロープが軍手越しにぎりぎりと食い込み、びぃんと目一杯張って、すぐ後ろに立てかけられたはしごの最上段をこする。片膝つきの自分は歯を食いしばって、ぐ、ぐ、ぐ、と前に屈み、ウォークイン・クローゼットの扉に額を押し付けた。両腕から全身が緊張しきって、荒い鼻息、鼓動の響きとともにのぼせていく……――
じ、じゅうよん……じゅうご……じゅうろく……――
ロフトへのはしごに背中をつけ、もたれた「うさぎ」の細い首が、最上段からハングマンズノットで絞められていく……引張強度が300キログラム超のロープ、たとえ足がブローリングから浮き、つり下がったとしても、やせっぽちの息の根を止めるうえで問題にはならない。食い込む痛みを押し、自分はいっそう強く握り締めた。仕損じてはいけない……薬で意識のないうちに、苦しむことなく……――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる