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証拠
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「そこまで言うんだったら、俺たちが関わったっていう証拠をだせよ」
力也は、柵の向こう側に立つ神園を、威嚇するような声で叫ぶ。
「録音だけじゃ、飛び降りには結びつかねぇぞ。ほら、出せや!」
感情的にシャウトする力也とは対照的に、神園は七奈美の声のまま、ささやくように静かに告げた。
「なあ、身内に自殺者が出たときの心的外傷後ストレス障害――PTSDが、血の繋がらない他人と比べて、どれほどのものやと思う? このトラウマは、一生続くんや。常に死をそばに意識して、考えないようにしようとしても、ずっと死がわたしの生活にまとわりついて。事あるごとに死について考えて、なにかがあれば死に結びつけるんや。突然突きつけられた七奈美の無念の死が、わたしが死ぬまで、わたしの人生に重なるねん」
「――先生? 先生は七奈美じゃないから……。ねえ、しっかりして?」
「どうしてわかってあげられなかったんやろ。そばにいたのに。苦しみがわかってあげられなかった。辛い思いをしていたのに。相談できない苦しみを抱えていたのに。残されたわたしも、思いだすたびに呼吸ができなくなって、ぎゅっと心が締めつけられる。ことあるごとに、手が届かなくて、助けられなかった歯がゆさで、自分の体をずたずたに引き裂きたいくらいに身もだえる。そして、七奈美を追い詰めたひとたちに、憎しみをおぼえる。見つけだして殺してしまいたい衝動に駆られるんや!」
「――先生、しっかりして。わたしの声を聞いて」
かすれた栞の声は、神園の耳に届いたようだ。
一瞬、夜空を仰いでいる神園の瞳が、栞のほうへ向けられる。だが、栞の声は心まで届いていないのか、その瞳はすべての感情を吸いこんでいるような、光を持たない漆黒の色だ。
栞を見つめて、神園は言葉を紡いだ。
「飛び降りた理由を知りたい。死ななきゃいけなくなった真実を知りたい。殺されたのならその犯人を知りたい。原因となったひとたちに、七奈美の味わった苦しみを味あわせたい」
神園は、光のない洞窟のような眼を、力也へ向けた。
「一年かけて調べていくと、七奈美の交友関係がわかってきてん。一年経って、なにかしら関係のあるあなたたちに、いまの心境や本音を聞きたかってん。その内容によっては、わたしのくだす審判も変わってくるやろと思いながら。――その結果が、これや」
神園の口は、動きを止めない。
「あなたたちに、わかる? どれほど悔しかったか憎らしかったか助けて欲しかったか! 身に覚えのない噂で、中傷されて、蔑まれて、非難されて、巻きこみたくないから距離を置いて、助けてもらえずに、口もきいてもらえずに、手を差しのべてもらえずに、ひとり怖くて、ひとり震えて、追いかけられて、追い詰められて、息が苦しくて、胸が痛くて、喉が渇いて、頭が痛くて、涙が止まらなくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて! 苦しくて!」
神園は、肩で大きく息をする。
「もうどこにも逃げ場がなくて、飛び降りたんや」
少しのあいだ、誰も声をださなかった。静かな時間が流れる。
すると、遠くのほうから風に乗って、パトカーのサイレンの音が聞こえた。
気づいた栞は、ドキリとする。
だが、偶然だろうと考えを払拭したとたんに、神園が口を開いた。
「パトカーが、近づいてくるなぁ」
息が整ったのか、静かな声だった。
だが、相変わらず七奈美と同じ高い声で、七奈美独特のイントネーションで語り続ける。
「パトカーの目的地は、ここや。途中でいなくなった曽我先生が、きっと職員室から警察へ、電話をかけたんやな。一年間、副担任として一緒におったんや。あの先生の行動パターンは頭に入っとるねん」
その言葉に、力也はあざけるように笑った。
こちらも、かなり感情がおさまっている。考える余裕が出てきていた。
「警察がきても、いま、事件が起こったわけじゃない。あんたは、一年前の真相がわかって、あわよくば再捜査を期待してんじゃねぇか? あんな録音程度で、一年前の再捜査なんてしねぇな。警察はそんなに暇じゃねぇよ」
力也の言葉に、神園は冷静に応えた。
「そうやな。いま、事件がなければ、警察は動かんやろな。でも、いま事件が起こればどうやろ? それが、一年前の飛び降りと関係があるとわかれば? 警察も再調査するんちゃう? そうや、マスコミも飛びついてくれるやろな」
「飛び降りる気か」
力也は、無意識に硬い声で問いかけていた。
強がっていても、目の前で一度、飛び降りをされている経験が、力也の動揺を生む。焦りが、口数を増やしていく。
「なにをする気だ? 飛び降りる気か? そんなことやっても、七奈美のときと同じで、自殺扱いにされるだけだぞ。ここにいる、俺ら全員で口裏を合わせてやる。いとこだったらしい先生が、悲しみのあまりに後追い自殺をしたってな」
力也の言葉に神園は、なにかジッと考えるように、小首をかしげた。
左手は、相変わらず放送室の鍵を、ゆらゆらとぶら下げている。それほど強くない夜風が、神園のフレアースカートの裾を、ふわりとはためかせている。
やがて、力也を見据えた神園が、ゆっくりと口を開いた。
力也は、柵の向こう側に立つ神園を、威嚇するような声で叫ぶ。
「録音だけじゃ、飛び降りには結びつかねぇぞ。ほら、出せや!」
感情的にシャウトする力也とは対照的に、神園は七奈美の声のまま、ささやくように静かに告げた。
「なあ、身内に自殺者が出たときの心的外傷後ストレス障害――PTSDが、血の繋がらない他人と比べて、どれほどのものやと思う? このトラウマは、一生続くんや。常に死をそばに意識して、考えないようにしようとしても、ずっと死がわたしの生活にまとわりついて。事あるごとに死について考えて、なにかがあれば死に結びつけるんや。突然突きつけられた七奈美の無念の死が、わたしが死ぬまで、わたしの人生に重なるねん」
「――先生? 先生は七奈美じゃないから……。ねえ、しっかりして?」
「どうしてわかってあげられなかったんやろ。そばにいたのに。苦しみがわかってあげられなかった。辛い思いをしていたのに。相談できない苦しみを抱えていたのに。残されたわたしも、思いだすたびに呼吸ができなくなって、ぎゅっと心が締めつけられる。ことあるごとに、手が届かなくて、助けられなかった歯がゆさで、自分の体をずたずたに引き裂きたいくらいに身もだえる。そして、七奈美を追い詰めたひとたちに、憎しみをおぼえる。見つけだして殺してしまいたい衝動に駆られるんや!」
「――先生、しっかりして。わたしの声を聞いて」
かすれた栞の声は、神園の耳に届いたようだ。
一瞬、夜空を仰いでいる神園の瞳が、栞のほうへ向けられる。だが、栞の声は心まで届いていないのか、その瞳はすべての感情を吸いこんでいるような、光を持たない漆黒の色だ。
栞を見つめて、神園は言葉を紡いだ。
「飛び降りた理由を知りたい。死ななきゃいけなくなった真実を知りたい。殺されたのならその犯人を知りたい。原因となったひとたちに、七奈美の味わった苦しみを味あわせたい」
神園は、光のない洞窟のような眼を、力也へ向けた。
「一年かけて調べていくと、七奈美の交友関係がわかってきてん。一年経って、なにかしら関係のあるあなたたちに、いまの心境や本音を聞きたかってん。その内容によっては、わたしのくだす審判も変わってくるやろと思いながら。――その結果が、これや」
神園の口は、動きを止めない。
「あなたたちに、わかる? どれほど悔しかったか憎らしかったか助けて欲しかったか! 身に覚えのない噂で、中傷されて、蔑まれて、非難されて、巻きこみたくないから距離を置いて、助けてもらえずに、口もきいてもらえずに、手を差しのべてもらえずに、ひとり怖くて、ひとり震えて、追いかけられて、追い詰められて、息が苦しくて、胸が痛くて、喉が渇いて、頭が痛くて、涙が止まらなくて、苦しくて、苦しくて、苦しくて! 苦しくて!」
神園は、肩で大きく息をする。
「もうどこにも逃げ場がなくて、飛び降りたんや」
少しのあいだ、誰も声をださなかった。静かな時間が流れる。
すると、遠くのほうから風に乗って、パトカーのサイレンの音が聞こえた。
気づいた栞は、ドキリとする。
だが、偶然だろうと考えを払拭したとたんに、神園が口を開いた。
「パトカーが、近づいてくるなぁ」
息が整ったのか、静かな声だった。
だが、相変わらず七奈美と同じ高い声で、七奈美独特のイントネーションで語り続ける。
「パトカーの目的地は、ここや。途中でいなくなった曽我先生が、きっと職員室から警察へ、電話をかけたんやな。一年間、副担任として一緒におったんや。あの先生の行動パターンは頭に入っとるねん」
その言葉に、力也はあざけるように笑った。
こちらも、かなり感情がおさまっている。考える余裕が出てきていた。
「警察がきても、いま、事件が起こったわけじゃない。あんたは、一年前の真相がわかって、あわよくば再捜査を期待してんじゃねぇか? あんな録音程度で、一年前の再捜査なんてしねぇな。警察はそんなに暇じゃねぇよ」
力也の言葉に、神園は冷静に応えた。
「そうやな。いま、事件がなければ、警察は動かんやろな。でも、いま事件が起こればどうやろ? それが、一年前の飛び降りと関係があるとわかれば? 警察も再調査するんちゃう? そうや、マスコミも飛びついてくれるやろな」
「飛び降りる気か」
力也は、無意識に硬い声で問いかけていた。
強がっていても、目の前で一度、飛び降りをされている経験が、力也の動揺を生む。焦りが、口数を増やしていく。
「なにをする気だ? 飛び降りる気か? そんなことやっても、七奈美のときと同じで、自殺扱いにされるだけだぞ。ここにいる、俺ら全員で口裏を合わせてやる。いとこだったらしい先生が、悲しみのあまりに後追い自殺をしたってな」
力也の言葉に神園は、なにかジッと考えるように、小首をかしげた。
左手は、相変わらず放送室の鍵を、ゆらゆらとぶら下げている。それほど強くない夜風が、神園のフレアースカートの裾を、ふわりとはためかせている。
やがて、力也を見据えた神園が、ゆっくりと口を開いた。
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