ヲワイ

くにざゎゆぅ

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黙秘

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 数回追いかけて、すべて逃げられて。
 業を煮やした力也が昼休み、剣呑な目つきで七奈美を見おろしながら、机の上にバンと片手を置いた。

「よお、七奈美。逃げまわるのも、ひとりじゃ大変だろう? どうだ。おまえと英二、ふたりで逃げまわるか? そうしたら片方が捕まっても、助けにきたら、また逃げられるルールで遊べるだろう?」

 その提案に七奈美は、ふっと考えた表情を浮かべる。
 やがて、きっぱりと涼しげな声で告げた。

「――ひとりでええ。それより、もう遊びのほうを、終わりにしてもらいたいわ」
「強情だな。わかった。今日の放課後も、ひとりで逃げまわれ。――英二、ふられたな! 足を引っ張るおまえとは、足の速い七奈美さまは組みたくないんだとよ!」

 そのやり取りは、英二も力也の後ろで聞いていた。
 英二に相談もなく、勝手に話を進めた力也だが、その提案はあっさりと却下される。やり取りのあいだ、話の内容や意図に気づいた英二は、その会話が終わっても、大きな音をたてる心臓はおさまらなかった。

 英二には、わかっている。
 女神の心を持つ七奈美のことだ。追われるのは自分だけでいい。力也に捕まれば、英二もひどい目に遭わされるだろう。英二を巻きこみたくない。ただ、それだけだ。

 単純な構造である力也の考えも、手に取るようにわかる。
 足の遅い英二と組ませて、英二を先に捕まえるだけでいい。性格上、必ず助けにくるであろう七奈美を、おびき寄せる餌にするためだ。

 英二は、自分が足を引っ張りかねない状況を回避できて、ホッとする。そして同時に、肩透かしを食らったような気がした。

 ――未来さきに、地獄が待っていようとも。
 七奈美と手を取り合って逃げる自分の姿を、一瞬でも脳裏に描いていた。
 あっさりと断った七奈美に、英二は意識しないほどの、かすかな嫌厭けんえんの感情が芽吹いた。



 追いかけだして一週間。
 力也がついに、七奈美を屋上へと追いつめた。彼女が通り抜けようと思っていた出入り口の扉が、その日に限って閉められていたから、上へ逃げるしか仕方がなかったようだ。

 そして、行き止まりと思えた扉の鍵がかかっていなかったために、七奈美は押し開いて屋上へ出る。
 力也も追って、屋上へ右足を一歩踏みだし、止まった。その際に振り返って、あとから追ってきた忠太と英二に、小さな声で命じる。

「すぐにドアを閉めとけ。俺が声をかけるまで、絶対に開くなよ」

 忠太が何度もうなずく様子を満足そうに眺め、力也は勢いよく屋上に飛びだした。



 屋上の出入り口の陰に、七奈美は身をひそめていた。
 飛びだした力也の姿を確認して、彼が扉から離れたところで隙を突き、扉へ飛びこんで逃げようと考えていたようだ。
 屋上の真ん中に立ち、力也は下卑た笑いを浮かべて口を開く。

「ほら、七奈美。隠れてないで出てこい!」

 力也の死角から、七奈美は足音を立てないように、素早く扉へ走り寄る。だが、その目の前で、扉は閉められた。

「――うそやん? 開けて?」

 ささやく七奈美の声は、扉越しに、忠太と英二の耳にも届いた。

「悪いな、ぼくら、力也さんの命令には逆らえなくて」

 忠太が、弁解するようにつぶやく。

「開けて。この扉、開けて!」

 七奈美が、扉をバンバンと叩く音が響いた。内側からドアノブをつかみ、全力で引っ張る忠太と英二にも、その振動がダイレクトに伝わってくる。

「その扉、開けたら許さないから」

 階段をゆるゆると歩いて追いついた鈴音が、背後から男ふたりに、ひんやりとした声をかけた。



 どのくらい、経っただろうか。
 英二は時間の感覚が狂っていたが、そんなに長い時間ではなかったと思う。

「――おい。開けろ」

 押し殺したような、力也の声が聞こえた。
 必死にドアノブをつかんでいた忠太と英二は、急いで手の力を抜いて、扉を解放する。そこには、力也がひとりで立っていた。
 ゆっくりと入ってきた力也に、声をかけてはいけない気がした。

「――今日のことは、一切口外するな。知らぬ存ぜぬで通せ」

 力也のかすれた声に、英二は、なにかしら不吉な予感しかしなかった。
 ただ、うなずくしかできなかった。

 おそらく、その場にいた全員が口にださなくても、なにが起きたのかを理解していた。しかし、それは結果的には、見当違いであったと、英二はあとで知る。
 いまは、あれだけ執拗に追いかけ回した力也だが、ようやく目的を達成したことで落ち着くだろうということだけだった。英二は、彼の遊びに、これ以上巻きこまれたくなかった。
 だから、ただ無言で何度もうなずいた。



 英二は、どうやって家まで戻ったのか、記憶にない。
 気づけば、自宅の自室で、布団をかぶり、ベッドの上で震えていた。

 優しく気高く、美しい七奈美。
 女神と崇めていた七奈美。

 ぼくはただ、ドアが開かないように、全力でドアノブを引っ張っていただけだ。
 彼女の助けを求める声を無視して、内側から押さえていただけなんだ……。



 誰も足を踏みいれない裏庭で倒れている、こと切れた七奈美を見つけたのは、朝早く登校してきた女子生徒だった。
 教室に風を通そうと窓を開け、なにげなく見おろして――悲鳴をあげた。

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