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くにざゎゆぅ

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一蓮托生

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「――七奈美が飛び降りたとき、その場にいたのね……。なんで? どうして?」

 栞は、力也への恐怖心を忘れて、詰め寄ろうとした。
 ばつが悪いのか、力也はムッとした表情で押し黙る。
 ふたりのあいだを、小柄な体ごと忠太が割って入った。両手をあげて、まあまあと力也をなだめる。

「安藤さんも落ち着いて。ここは冷静になりましょうよ。――あの日は、いつもうまく隠れていた彼女を、ようやく発見して追いかけたんですよ。でも、彼女は運動神経がいいんですよね。なかなか追いつけなくて。ね、力也さん」

 忠太の言葉に、力也は仕方がなさそうに返事をする。

「ああ。女のクセに、俺よりも足が速かった。だが、あの日は――七奈美が校舎を抜けだそうと考えていた扉に、鍵がかかっていたんだったかな。それで行き止まりになった七奈美は、仕方なく、上に逃げるために階段をのぼったんだ」
「それで」

 栞は、つとめて冷静に声をだして促した。
 栞の知らなかった、一年前の出来事が、語られようとしている。その話の腰を折ってはいけないと、心の中で感情を抑えこんだ。

「それで……。俺は階段をのぼった。忠太も英二も、鈴音も一緒にいたよな? 皆であとを追ったんだ。そうだ、そのまま七奈美は階段を駆けあがって、屋上にでるドアの前まで行ったんだ」

 力也は、そのときの様子を思いだすように、目を閉じて続けた。

「屋上は、いつも鍵がかかっている鉄ドアだったんだが、あのときは、たまたま鍵が開いていたんだよな。七奈美は、屋上にでた。俺は、そのあとを追って出た……」
「そのとき、ぼくも英二も、七奈美が逃げないように、ドアを内側から押さえていたんだ。だから、力也さんと七奈美が、どんな会話を交わしたかなんて知らないし、力也さんが帰るから開けろって言うまで、ふたりでドアを押さえていたんだ」

 仲裁しながらも、忠太は自分の保身を忘れない。
 その場にいなかったことを、強調するように言葉を重ねた。

「あたしはぁ……。ドアを押さえている忠太と英二の後ろで、見ていただけだから」

 鈴音も、小さな声でいいわけのようにつぶやいた。

 栞は怒りで、握りしめた手が震える。
 なんてひとたち。
 自分のしたことを、悪いことだと思っていないひとたち。
 だが、巻きこみたくないから離れてほしいといわれ、その言葉に従った栞自身も、責める側ではなく責められる立場だ。

 そのとき、ぼそりと小さな低い声があがった。

「あの……。それじゃあ総合的にみて、今回の七奈美さんが待っていたり隠れていたりするのは、その屋上ではないかと……」

 その神園の言葉に、誰もが反論の声をあげずに押し黙る。

 口にださずとも、皆は気づいていたのだ。
 ただ、屋上から飛び降りた七奈美の事件を思いだしたくなくて、屋上という場所を無意識に避けたくて、誰も言いださなかっただけだ。

「――帰りたい」
「え?」

 突然聞こえた声に、我に返った栞が顔をあげる。
 帰りたいと口にしたのは、これまでずっといるかいないかわからないくらい、影を潜めていた英二だった。

「――屋上に行きたくなんかない。もう帰りたい」

 珍しく自己主張の声をあげた英二に、力也が近づいていった。
 英二の正面に立ち、その胸倉をつかむ。力也との身長の差だけ、英二がつま先立ちになる。

「ここまできて、逃げる気か? ああ、一蓮托生って言葉があるな。一年前に関わったからには、おまえにも最後まで付き合ってもらわねぇとな!」

 目つき鋭く、そう言い放つと、力也は突き飛ばすように、英二から手を放す。数歩よろけて尻もちをついた英二に、栞と神園が駆け寄った。

「そら! 屋上へ行くぞ! もしかしたら七奈美の奴が、罠を張っているかもしれねぇからな。警戒して行くぞ!」

 そして、力也は校舎内へ戻るべく歩きだした。そのあとを忠太と鈴音が続く。
 肩をすくめた神園が、栞と協力して英二をゆっくりと立ちあがらせる。そして、仕方がなさそうに、胸の前に両手を組んで体を震わしている英二をはさむようにして、三人そろって歩きだした。

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