ヲワイ

くにざゎゆぅ

文字の大きさ
上 下
18 / 34

不祥事

しおりを挟む
 ふいに、いままで沈黙していた忠太が声をあげた。

「あの噂のあと、あのまま放っておけばよかったんですよ! 力也さんは、七奈美なんかによけいな手をださなきゃよかったんだ!」
「黙れ! 忠太!」
「言わせてもらいますよ、力也さん! ぼくはさっき、あんな怖い目に遭ったんだ。もう巻きこまれるなんてこりごりだ!」

 顔を腫らし、涙目になりながら、忠太は叫んだ。
 栞が、忠太をかばうように二の腕を引っ張り、力也の視界から遠ざける。そして、改めて問いかけた。

「ねえ、忠太くん。 七奈美によけいな手をださなきゃって、どういうこと?」
「忠太! よけいなことをしゃべるなよ!」

 邪魔な栞につかみかかろうとする力也を、慌てて曽我がさえぎる。
 そして、前に回りこんで、なだめるように両肩に手を置いた。

「まあ、待て。佐々木。そう興奮するな」

 そのあいだに、忠太は栞に向かって一気に告げた。
 おのずと周りにいる全員に、その言葉が伝わる。

「鈴音さんの噂の件で、教室で七奈美を怒鳴ったあと、力也さんは言っていたんだ。孤立したいまなら、ちょっとやさしい言葉をかけたら、気弱になっている七奈美が手に入るかもしれないって。ぼく、止めたんですよ? でも、力也さんは強引に」
「ちょっと。それ、どういうこと?」

 聞き捨てならないと、鈴音が割りこんだ。

「手に入るって、どういうことよ。あたしには、噂を言いふらした七奈美を、ちょっと脅すだけだって言ったじゃない!」
「ちょっと、待て待て!」

 今度は力也へ詰め寄ろうとする鈴音を、曽我があいだに入って引き離そうとする。そのとき一瞬、肩に触れた曽我の手を、邪険に鈴音は振り払った。
 ばつの悪そうな顔をしながら、曽我は声を張りあげる。

「ちょっと静まれ! みんな、落ち着こう。――佐々木、教師として見過ごしできない言葉を聞いたが、どういうことだ?」
「うるせぇな!」

 皆の視線を集めた力也が、肩を回すように大きく腕を振るった。そして、距離をとるように一歩さがったあと、言いわけがましく口を開いた。

「ちょっと意地悪をしただけだって。声をかけたら、あからさまに嫌そうな顔をしたから、カッとなって――それで、遊びだって言って、逃げる七奈美を追いかけるようになっただけだって」

 それがいかにも本当なんだと言わんばかりに、力也は大声を出す。

「追いかけるって……」

 栞は、唖然とつぶやいた。

「女の子が、男子に追いかけられるのって、とっても怖いことだと思うのに……」
「だから! 遊びじゃねぇか。ドロケイだ。ただの悪戯だ。第一、いつも追いかけるだけで、一度も本当に捕まえたことなんてねぇよ!」

 弁解がましく、力也は言う。
 そこへ、忠太が口をだした。

「いつも寸前で逃げられていたんだ。七奈美はギリギリで逃げ切っていたんだ。本当に捕まえていたら、きっと力也さんはその場でヤる気だったよ!」
「黙れ! 忠太!」

 日頃の恨みが蓄積されていたのだろうか。鬱憤うっぷんを晴らすように、忠太は際どい言い方をする。力也は、そんな忠太をねめつけた。
 曽我が、困惑したように頭を抱えた。

「おまえたち……。こんなことがバレたら、一年前のこととはいえ問題になっちゃうんじゃないか? まさか彼女の飛び降りに関わっているとは」
「俺は関係ねぇ! 七奈美は勝手に、自分で飛び降りたんだ!」

 どうしようかとつぶやいた曽我に、力也が怒鳴る。

「――もう、いい加減にして」

 ふいに聞こえた鈴音の低い声は、いつもの媚びを売るような甘ったるい彼女らしくなかった。蔑んだ冷ややかさが感じられ、思わず皆が動きを止める。
 能面のように見える鈴音の表情は、ぞわりとした怖さを栞に与えた。

「力也って、どうしようもない男ね。男って、そろいもそろってみんな、自分の都合の悪いことはごまかすし、逃げるし! ほとほと呆れたわ!」

 鈴音は吐き捨てると、くるりと踵を返した。
 その後ろ姿に、力也は舌打ちをする。
 顔だけ振り返り、鈴音は力也を睨みつけた。

「狙われているのは、力也だけでしょ? あたしは関係ないもの。先に帰るわ」
「でも、単独行動は危ないと思う……」

 慌てて栞が声をかけると、鈴音は、ちらりと栞に視線を向ける。

「だったら、栞も、あたしと一緒に帰ればいいじゃない。行こ」
「え……。わたしは……」

 栞は言いよどむ。
 視線を床にさまよわせて、言葉を探した。

「わたしは、わたしが知らなかった七奈美のことがわかるなら……。もう少し、残って調べてみたい、と思って……」
「だったら、あたしはひとりで帰る」

 鈴音は、怒った声で言い捨てた。さっさと速足で歩きだす。
 慌てて神園が、鈴音のあとを追いかけた。足の速い鈴音に追いつこうと、フレアースカートを広げて、パタパタと駆けていく。

「待って、さすがに危ないと思うわ……」

 神園の声が小さくなって、やがて廊下の向こうに消えていく。
 離脱するなら、いまだ。そう考えたのだろう。恐る恐る、忠太と英二が声をだした。

「そろそろ帰ります。ぼくも、相手の挑発に乗る必要もないし……」
「ぼくも……」
「うるせえ! おまえらは残ってろ!」

 鈴音は見逃した力也だが、子分ふたりに対しては、逃がす気がさらさらないようだ。
 力也に睨みつけられた忠太と英二は、嫌そうな態度をありありと見せながらも、小さくうなずいた。

「しかしなぁ。一年前は知らなかったとはいえ、力也が遊びで追い回したことが原因で飛び降りた、なんて話が漏れたら……。いまさらだが、マズいよなぁ」

 曽我が困ったように、頭のてっぺんの髪をいじりながらつぶやく。彼としては、こんなよけいな話を知りたくもなかったという表情だ。
 自分に対しての嫌味と捉えたのだろう。力也が、不機嫌そうに、曽我へ怒鳴った。

「犯人を捕まえりゃいいんだろ? 煽ってきたんだ。こっちも舐められたままで済ませるもんか」

 右手でけんを作ると、いい音を響かせながら、左の手のひらへこぶしをぶつける。

「七奈美本人か、成りすましか知らねぇよ。だが、今度は必ず捕まえてやる。おとしまえで言うことをきかせてやるよ!」

 そうつぶやく力也に、忠太と英二は呆れた目を向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

初恋

三谷朱花
ミステリー
間島蒼佑は、結婚を前に引っ越しの荷物をまとめていた時、一冊の本を見付ける。それは本棚の奥深くに隠していた初恋の相手から送られてきた本だった。 彼女はそれから間もなく亡くなった。 親友の巧の言葉をきっかけに、蒼佑はその死の真実に近づいていく。 ※なろうとラストが違います。

Springs -ハルタチ-

ささゆき細雪
ミステリー
 ――恋した少女は、呪われた人殺しの魔女。  ロシアからの帰国子女、上城春咲(かみじょうすざく)は謎めいた眠り姫に恋をした。真夏の学園の裏庭で。  金木犀咲き誇る秋、上城はあのときの少女、鈴代泉観(すずしろいずみ)と邂逅する。だが、彼女は眠り姫ではなく、クラスメイトたちに畏怖されている魔女だった。  ある放課後。上城は豊(ゆたか)という少女から、半年前に起きた転落事故の現場に鈴代が居合わせたことを知る。彼女は人殺しだから関わるなと憎らしげに言われ、上城は余計に鈴代のことが気になってしまう。  そして、鈴代の目の前で、父親の殺人未遂事件が起こる……  ――呪いを解くのと、謎を解くのは似ている?  初々しく危うい恋人たちによる謎解きの物語、ここに開幕――!

失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話

本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。 一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。 しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。 そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。 『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。 最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。

百合御殿ノ三姉妹

山岸マロニィ
ミステリー
️ 犬神怪異探偵社を訪れた、フランス人形と市松人形のような双子の少女。  彼女らは、村に伝わる「天狗の祟り」を恐れていた。  ──陣屋に双子が生まれたら、十五までに片方を、天狗様に捧げねばならぬ──  天狗の調査のため、「百合御殿」を訪れた、探偵・犬神零と助手・椎葉桜子。  しかし、彼らを待ち受けていたのは、天狗ではなく、愛憎渦巻く殺人事件だった……。  拙作「久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚」のキャラクターを登場させた、探偵小説です。  大正時代、山村の名家を舞台にし、「本格ミステリ」を目指して執筆しました。  ご趣味が合いましたらご覧ください。 ─────────────── ️■以下の内容を含みます。18歳未満の方、及び、苦手な方の閲覧はご遠慮ください。 ️・残酷表現 ・グロ表現 ・性的表現 ・胸糞展開 ・犯罪行為 ・タブーとされている事象 ️■大正時代を意識して執筆しております。現代の価値観とは異なる場合がごさいますが、当時の時代背景を表現する演出とご理解の上、ご覧ください。 ■人物、地名、組織等、全てフィクションです。 ─────────────── ■表紙・「Canva」にて制作 ■作中資料・「いらすとや」様の素材を利用 【全67話(本編のみ)・完結】

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

雨屋敷の犯罪 ~終わらない百物語を~

菱沼あゆ
ミステリー
 晴れた日でも、その屋敷の周囲だけがじっとりと湿って見える、通称、雨屋敷。  そこは生きている人間と死んでいる人間の境界が曖昧な場所だった。  遺産を巡り、雨屋敷で起きた殺人事件は簡単に解決するかに見えたが。  雨屋敷の美貌の居候、早瀬彩乃の怪しい推理に、刑事たちは引っ掻き回される。 「屋上は密室です」 「納戸には納戸ババがいます」  此処で起きた事件は解決しない、と言われる雨屋敷で起こる連続殺人事件。  無表情な美女、彩乃の言動に振り回されながらも、事件を解決しようとする新米刑事の谷本だったが――。

処理中です...