彼女に言いたくて

くにざゎゆぅ

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 その瞬間。

「やってられねぇよ!」

 そう叫ぶと、ジュンイチが道路に落ちていた空き缶を思い切り蹴った。
 派手な音をたてて、空き缶は前方に停まっていた車に当たる。

 どうやら、前を歩いていたジュンイチに、オレたちの会話が聞こえていたらしい。
 振り返ると、ジュンイチはオレに指を突きつけて、美姫ちゃんに詰め寄った。

「なんでよりによって高雅だよ? 美姫ちゃん! こいつはコミュ障のボッチじゃねぇか!」

 そのジュンイチの剣幕に、美姫ちゃんは一気に蒼ざめる。
 そして、恐怖で目を見開きながら後退あとずさった。
 ――さすがに、オレも後退する。

 オレと美姫ちゃんの視線は、ジュンイチたちの背後に向けられていた。
 視線の先には、黒い車に傷をつけられた強面の男たちが数人、鬼の形相でオレたちのほうへ近づいてきたからだ。

 オレと美姫ちゃんの気配に気づいたリョウが振り返り、慌てたようにジュンイチの肩をばんばん叩く。

「なんだよ! うるせぇな、って……」

 怒った表情のままで振り返ったジュンイチも、とたんに状況を把握したらしい。
 一気にオレと美姫ちゃんのあいだを割って逃げだした。
 そのあとを追うように、リョウも走り抜ける。

 固まっていたオレと美姫ちゃんも、遅まきながらようやく逃げだした。
 しかし、女の子の美姫ちゃんと運動音痴なオレだ。
 サッカー部のジュンイチとリョウに、あっさりと置いていかれた。


 ジュンイチの野郎!
 女の子を――美姫ちゃんを置いていきやがって!


 追いかけてくる厳つい男たちを撒こうと、オレは美姫ちゃんと狭い路地に逃げこんだ。いくつかの角を細かく曲がる。
 直線の道で振り切ることはできない。
 だが、オレたちの姿を見失えばあきらめてくれるかもしれない。

「どこ行きやがった! ガキども、出てきやがれ!」

 息を弾ませながら、オレたちは足が止まった。
 男たちの声が、だんだん近づいてくる中で、オレと美姫ちゃんは辺りを見回し、電柱の陰にかがんで身をひそめる。
 美姫ちゃんがガタガタ震えているのが、触れた腕からオレへ伝わってきた。

 そんな中、絶望からだろうか、オレは妙に冷静になる。

 ――ここでオトコを見せずに、オレはいつ好きなオンナを護れるっていうんだ?

 美姫ちゃんも、勇気をだしてオレに告白してくれたじゃないか。
 オレは、憧れの美姫ちゃんのためなら死ねるって思ったじゃないか?
 きっと、オレの気持ちを――いままで言えなかった言葉を伝えられたら、オレは覚悟を決められる。
 本当に、彼女のために犠牲となって死ねる。

 言いたくて、でもずっと言えなかった言葉。
 いまこそ、ここで彼女に言うんだ。


 オレは、彼女の腕をつかんで引き立たせると、男たちが近づいてくる路地の反対側へ押しだす。
 そして、封印となる眼帯を取りながら肩越しに言い放った。

「ここはオレが食い止める。おまえは逃げろ。――はやく行け!」

 オレの言葉を受けて、しゃくりあげながら、遠ざかる美姫ちゃん。
 一方では、これ見よがしに指を鳴らしつつ、距離を縮めてくる男たち。


 ああ、オレ、詰んだな。

 だが、彼女の前で、中二病的なカッコイイ言葉を言えたんだ。
 中二病人生、もう後悔はない。





 ちなみに、後日談になるが。
 美姫ちゃんを無事に逃がしたあと、オレは男たちに土下座をして、入院一週間のケガで勘弁してもらった。

 そして、毎日学校帰りに見舞いにきてくれる彼女に、今度は言うべき言葉を伝えるつもりだ。





  FIN
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