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【第四章】対エージェント編『・・・!』

第136話 京一郎

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 エージェントふたりが海に落ちてから、一夜が明ける。
 俺たちは今日の朝にチェックアウトして、列車に乗って帰ることにしていた。
 行きとは違って、帰りは俺とジプシー、トラと夢乃とほーりゅうの五人になる。

 海の捜索は再開されたが、おそらく発見されないのではないかと、俺は理由なく考える。
 それに島本と名乗っていた男のほうは、拳銃で撃たれた傷と、あの高さからの転落。
 たぶん助からないだろう。

 夢乃のことを心配して、ほーりゅうが友人たちと別れて一緒に帰ると申しでてきた。
 俺たちとしては、夢乃と同性でもあるほーりゅうの天然で少しでも場が和めばありがたい。
 ホテルから出るとき、ほーりゅうは友人たちと、またすぐに会う約束をして、俺たちのところへとやってきた。

 行きは急ぎで夜行に飛び乗ったが、帰りは朝から余裕を持っての列車と新幹線の乗り継ぎになる。
 エージェントがふたりとも行方不明の状態なので、俺たちは狙われているわけでもないし、昨日の情報部のヘリが飛んだ時点で、任務からも解放されている。
 帰りはゆっくりと車窓からの風景を楽しみながらの旅行気分に浸ろうと、一応皆で話ができていた。



 さっそく、大量のお菓子を抱えて列車に乗りこんできたほーりゅうをみて、俺はあきれながら声をかけた。

「おまえ、くつろぎ過ぎ」
「なんで? 旅行なんだから、いいじゃない」

 そう口にしながら、どの席に座ろうかと見渡して考えている彼女に、俺は続けて言った。

「ほーりゅう、これは俺の予想だが。この旅行から戻ったら、多分ジプシーは自分の世界にしばらく入っちまうと思う。だから、比較的奴の精神状態が安定しているいま、いい機会だと思うんだ。言いたいことは口にだして言えよ。おまえ、ジプシーがどんな奴かってことは、もう知っているだろう? 普段は頭の切れる奴だが、女に関しちゃ相手の意向も聞かない鈍感な奴だ。おまえが黙っていたら、いつまでもおまえの意見は奴に伝わらないぞ」

 ほーりゅうは、俺の言葉を聞いて考える顔になる。
 そして、俺と夢乃が向いあわせに座っている四人席ではなく、隣の、トラとジプシーが向いあわせに取っている席へと向かった。
 その姿を見ながら、夢乃が俺に小さく声をかけた。

「そんなこと、無責任に言っちゃっていいの?」
「それで進展があれば、いいんじゃねぇ? 悪くはならないと思うがね」

 俺は答える。
 夢乃は静かに、窓の外へ視線を向けた。



 一応トラが車内を点検してくると席を立っていたので、ほーりゅうはジプシーの前に座る。 
 ほーりゅうは、窓の外をぼんやりと眺めている奴へ向かって、言葉を探しながらという感じで切りだした。

「あのさ、謝って欲しいんだけど」
「――なにに対して、俺が謝らなきゃならない?」
「なににって、人の嫌がることをしたら謝るものでしょ」

 ジプシーは、窓の外からほーりゅうへ視線を移し、しらじらしく、ああ、と思いついたような顔をして言った。

「嫌がる? あのときは嫌がらずに応えてくれたと思ったが?」

 素でさらっと口にした奴に、ほーりゅうのほうが赤くなる。

「あれは……! その、体力が尽きて、抵抗できなくなったのよ!」
「なんだ、それ」

 関心のないフリをして隣で聞いていた俺も、心の中でほーりゅうに、なんだそりゃとツッコミを入れる。
 そして、こっそりとジプシーの表情をうかがうと、見落としそうなくらいの笑みを口もとに浮かべて、ほーりゅうを眺めていた。

 こいつ、いつもの調子を取り戻しつつ、ほーりゅうで遊んでいやがるなぁ。

 そんなことを考えていると、トラが席に戻ってきた。

「なに、なんの話? ほーりゅうの恋愛話?」

 話に入ってきたトラに、呆れたような表情で、ジプシーが大量のお菓子を指さしながら返事をした。

「食欲で頭の中が占められているこいつに、そんな話、あるわけないだろ」

 ジプシーの断定的な言葉に、ほーりゅうの勝ち誇ったような言葉がかぶされた。

「そんなことないもん! やだなぁ。わたしにも好きな相手がいるんだから!」
「え、誰? たぶん俺の知らない相手だよね。訊いてもいいのかなぁ」

 場の雰囲気を察していないトラが、ほーりゅうの隣に座りながら話に乗る。

「トラったら、聞いて聞いて。その人、華やかでモデルみたいな格好良い人なんだから!」

 聞き上手そうなトラ相手に、ノロケられると感じた嬉しそうなほーりゅう。
 対するジプシーはと見ると。
 寝耳に水の状態で、見事に表情が固まっていた。

 おもしれぇ。
 ほーりゅうのたった一言で、あれだけ気持ちが揺さぶられている奴を見るのは初めてだ。

 俺は、見ていないフリをしながらも、興味津々でジプシーを観察する。
 そのうち、奴の頭の中で考えがまとまってきたのか、徐々に奴の表情が変わり、そして、微笑みを満面に浮かべながら、ほーりゅうへ言った。

「へぇ! 初耳。どんな相手? 俺も詳しく聞きたいな」

 ――ヤバい。
 奴のあの表情は、なにかを企んでいるときだ。
 黒ジプシー降臨。 

 奴との付き合い方が慣れてきたほーりゅうなら、もうわかる変化なのに。
 いまは舞いあがっているのか気がつかず、トラに聞かれるまま、片想い相手の情報を話している。

 たしかにいままで、ほーりゅうの一目惚れの件について話をする機会がなかった。
 奴にバレるなら、このいまのタイミングじゃないと、これからも機会がないかもしれない。
 だが、これで相手の男の身の安全の保障ができなくなった。

 片想いの相手の外見的特徴を、以前ほーりゅうは、なんて言っていただろうか。
 俺の中の記憶ではたしか、身長百七十センチくらいの細身で、髪を伸ばして三つ編みにし、雑誌のモデルをしているような、華やかで格好良い、笑顔が似合う男。
 俺がほーりゅうのために捜しだしてやっても、すぐにジプシーに、いろんな意味で潰されそうな軟弱なイメージが、俺の中でできあがっている。

 まだ会ったこともないが、ほーりゅうの片想いの相手の男、マジでヤバイかも。

 逆に捜さないほうが良いのか?
 それとも、奴よりも先に捜しだして、俺が保護しなきゃならねぇのか?



 俺が、夢乃の意見を聞こうと彼女のほうへ顔を向けたとき、夢乃は驚愕の表情で、窓の外を見ていた。
 つられて、俺も窓の外へ視線を移す。
 ゆっくりと、ひとりの男が列車に沿って、こちらのほうへ歩いてくるところだった。

 二十半ばと思う年齢、俺とおなじくらいの身長、いや、もう少し上で、身長も百八十センチくらいあるか。
 後ろで束ねている長い黒髪が、線の細い身体の向こう側で揺れている。
 包帯で巻かれた左腕をハーフコートの袖に通さず、身体の前で吊って固定しているのが見えた。

 俺や夢乃と目が合った彼は、女性だと見間違いはしないだろうが整った顔に、照れたような穏やかな笑顔を浮かべる。

「島本さん」

 目を見開いて見つめていた夢乃が、つぶやいた。

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