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【第四章】対エージェント編『・・・!』
第132話 ほーりゅう
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ジプシーに遅れて、わたしはトラとともに雑木林を抜けたところで立ちどまった。
如月さんは、彼を護衛する日本情報部所属の流花と、わたしの後ろの雑木林の中で身を潜める。
その状態でジプシーに向かって言葉を発するのは、夢乃に拳銃を突きつけた、背が高くて格好良い男の人。
あの男の人が我龍の言っていたもうひとりの敵、コードネーム『ラストダンサー』なんだな。
って。
――あれ?
あの人、昨日、ホテルのレストランで見かけた人だ。
ってことは、やっぱり夢乃、昨日はあの人と夕食のとき、レストランにいたんだぁ。
わたしの見間違いじゃなかったんだ。
夢乃もスミに置けないなぁ。
でも。
――それならなんで、あの男の人が夢乃に拳銃を突きつけている、こんな状況になっちゃったのかが、わたしにはわからない。
「ジプシー、あなたは如月から、もう情報を受け取っていますよね。それをこちらに渡していただきたいのです」
両手をあげたまま、無言でラストダンサーを見つめ返すジプシー。
その視線を受けながら、ラストダンサーは続けた。
「如月に、この佐伯さんが接触した時点で、――いいえ、本当はあなたがホテルに姿を見せた時点で、なぜか、情報があなたに渡るのは時間の問題だと感じていました。あなたの仲間を傷つけたくなければ、こちらに情報を渡してください」
ラストダンサーの静かな言葉を聞きながら、ジプシーは悔しそうな表情を浮かべ、右手で上着のポケットからUSBメモリーを、ゆっくりとした動作で取りだした。
それを、目の高さにあげて、ラストダンサーに確認させるように見せる。
「けっこうです。それを持ったまま、こちらに歩いて、そこの大きい岩の上に置いていただけますか?」
ジプシーの動作を見ながら、彼は慎重に指示をだす。
仕方がなさそうに、ジプシーは数歩あるき、ゆっくりと岩の上にメモリーを置くとあとずさった。
そして、ラストダンサーに向かって問いかける。
「どうする気だ? この状態で情報を手に入れても、この状況から抜け切れるとは思えない」
その言葉を聞いたラストダンサーは、薄っすらと微笑んだ。
「そうですね。脱出方法、一応考えてはいるのですよ。だからそのまま動かないでくださいね」
そして、夢乃に拳銃を突きつけたまま、メモリーを拾うために、彼女を促して移動をはじめる。
わたしはトラと、後ろからその様子を見ていたけれど。
――そういえば、あのメモリーってたしか、部屋で京一郎が入れ替えたんだよね。
ってことは、偽物なんだよなぁ。
本物の情報は、部屋に残っている京一郎が、もう情報部に送り終わっているころだろうか。
ジプシーったら、知っているくせに役者だなぁ。
そんなことを、わたしは無防備に考えていると。
わたしのほうへ視線を走らせたジプシーの、焦りの混じったような声が飛んだ。
「伏せろ! ほーりゅう! レーザーポイントがあたっている!」
突然のことで、一瞬意味がわからず棒立ちのまま、わたしは反応が遅れた。
間に合うかどうかのタイミングで、かばうようにわたしへ飛んでくれたトラ。
わたしは突き飛ばされ身体ごとトラに覆われると同時に響く、二発の銃声。
一拍遅れて地面に転がったわたしとトラだけれど、続けてジプシーの足もとにも、数発の着弾があり、岩が砕けて破片が跳ねる。
ジプシーは身を翻して近くの岩の陰に飛びこんだ。
「怪我は?」
すぐに樹の陰へわたしを引っ張りこんだトラが訊ねてきた。
無言で首を横に振りながら、わたしは、自分が先ほどまで立っていた空間から目が離せない。
わたしの様子に、訝しげにわたしの視線の先を追ったトラも、驚いた表情になって見つめた。
まるで、なにか硬い壁にぶつかって潰れたような形の弾丸がふたつ、空中に浮かんで停止している。
そして、見ているあいだに、急に重力を思いだしたかのように下へ落ちた。
――これ、前にも見たことがある光景だ。
『狙撃されないように、雑木林の奥へさっさと移動しろ』
一瞬にして強張ったトラの表情で、この我龍のテレパシーは、わたしだけではなくトラにも聞こえたらしいとわかる。
まだ、身体が固まったように動かないわたしとトラに、ふたたび声が頭の中へ響いた。
『もうひとりの女のように奴の足を引っ張りたくなければ、敵の標的になるな。早く動け』
「たしかにそうだ」
トラはつぶやくと、狙撃がやんでいるこのタイミングで、わたしを引っ張りながら、雑木林の奥へ移動をはじめる。
そして、移動しながら辺りの気配を確認したトラは、ジプシーに叫んだ。
「この林の右手方面、木の上に狙撃者がいる!」
「オーケー。俺にもおまえの式神が視えているから、位置は確認できる」
ジプシーが返してきた。
そんなふたりのやり取りを聞きながら、わたしは小声で我龍に言った。
「我龍。念動力で護ってくれたの? 嬉しいけれど、あんたっていま、どういう立場にいるのよ?」
『いま力を使っても、その従兄弟の結界の種類が変わっているから、俺のいる位置がわからないだろう? だから部外者を助けてやっただけ。――この仕事は奴の仕事だ。俺はそれに対しては、手助けする気はない』
そう告げると、我龍の気配が消えた。
この仕事は奴の仕事って?
ジプシーに与えられた任務だから、それに関しては、自分は手助けしないってこと?
わたしは、一緒に我龍の声が聞こえていたトラと顔を見合わせ、ふたりで首をかしげた。
わたしとジプシーが狙撃されたことによって、皆の注意がメモリーからそれた。
そして、そのタイミングをみて、夢乃から離れたラストダンサーがメモリーに駆け寄ろうとする足もとへ、さらに着弾する。
そのため彼も近くの岩陰に隠れることになった。
すると、メモリーを狙ってなのか、雑木林の一角から銃を構えたまま、ひとりの男が姿を見せた。
背の高い、金髪の白人男性だ。
「あ! わたしを誘拐した男だぁ!」
その男を見て、わたしは思わず声をあげる。
ってことは、ジプシーとラストダンサー、B.M.D.と、メモリーを囲んでこの場に三人がそろったことになる。
樹に隠れたままでそう思った瞬間、ホルスターから銃を抜くジプシーの姿が、わたしの角度から見えた。
なにをする気なんだろうと考えているあいだに、ジプシーは躊躇うことなく、ほかのふたりの目の前で、岩の上に置かれたメモリーを鮮やかに一発で撃ち抜いた。
予期せぬ出来事に、その場にいた全員が呆気に取られる。
「――なにをするのです? いままでの苦労は……。あなたの目的はなんですか!」
あまりのことに思わず叫んだB.M.D.の言葉に、ジプシーはいつもの無表情で返事をした。
「俺の任務は、あれば情報を持ち帰り、その製作者の保護。ついでに今回の任務は、失敗しても良いというおまけ付き。だから、なければ情報は持ち帰らなくてもいいし、敵方に渡るくらいなら破壊する」
銃をホルスターに戻しながら、あっさりと言ってのけるジプシー。
このペテン師。
とっくに情報は京一郎が送り済みだから、涼しい顔をして嘘をつく。
唖然としながらも、わたしは心の中で、こいつはこういう奴だと妙に納得した。
如月さんは、彼を護衛する日本情報部所属の流花と、わたしの後ろの雑木林の中で身を潜める。
その状態でジプシーに向かって言葉を発するのは、夢乃に拳銃を突きつけた、背が高くて格好良い男の人。
あの男の人が我龍の言っていたもうひとりの敵、コードネーム『ラストダンサー』なんだな。
って。
――あれ?
あの人、昨日、ホテルのレストランで見かけた人だ。
ってことは、やっぱり夢乃、昨日はあの人と夕食のとき、レストランにいたんだぁ。
わたしの見間違いじゃなかったんだ。
夢乃もスミに置けないなぁ。
でも。
――それならなんで、あの男の人が夢乃に拳銃を突きつけている、こんな状況になっちゃったのかが、わたしにはわからない。
「ジプシー、あなたは如月から、もう情報を受け取っていますよね。それをこちらに渡していただきたいのです」
両手をあげたまま、無言でラストダンサーを見つめ返すジプシー。
その視線を受けながら、ラストダンサーは続けた。
「如月に、この佐伯さんが接触した時点で、――いいえ、本当はあなたがホテルに姿を見せた時点で、なぜか、情報があなたに渡るのは時間の問題だと感じていました。あなたの仲間を傷つけたくなければ、こちらに情報を渡してください」
ラストダンサーの静かな言葉を聞きながら、ジプシーは悔しそうな表情を浮かべ、右手で上着のポケットからUSBメモリーを、ゆっくりとした動作で取りだした。
それを、目の高さにあげて、ラストダンサーに確認させるように見せる。
「けっこうです。それを持ったまま、こちらに歩いて、そこの大きい岩の上に置いていただけますか?」
ジプシーの動作を見ながら、彼は慎重に指示をだす。
仕方がなさそうに、ジプシーは数歩あるき、ゆっくりと岩の上にメモリーを置くとあとずさった。
そして、ラストダンサーに向かって問いかける。
「どうする気だ? この状態で情報を手に入れても、この状況から抜け切れるとは思えない」
その言葉を聞いたラストダンサーは、薄っすらと微笑んだ。
「そうですね。脱出方法、一応考えてはいるのですよ。だからそのまま動かないでくださいね」
そして、夢乃に拳銃を突きつけたまま、メモリーを拾うために、彼女を促して移動をはじめる。
わたしはトラと、後ろからその様子を見ていたけれど。
――そういえば、あのメモリーってたしか、部屋で京一郎が入れ替えたんだよね。
ってことは、偽物なんだよなぁ。
本物の情報は、部屋に残っている京一郎が、もう情報部に送り終わっているころだろうか。
ジプシーったら、知っているくせに役者だなぁ。
そんなことを、わたしは無防備に考えていると。
わたしのほうへ視線を走らせたジプシーの、焦りの混じったような声が飛んだ。
「伏せろ! ほーりゅう! レーザーポイントがあたっている!」
突然のことで、一瞬意味がわからず棒立ちのまま、わたしは反応が遅れた。
間に合うかどうかのタイミングで、かばうようにわたしへ飛んでくれたトラ。
わたしは突き飛ばされ身体ごとトラに覆われると同時に響く、二発の銃声。
一拍遅れて地面に転がったわたしとトラだけれど、続けてジプシーの足もとにも、数発の着弾があり、岩が砕けて破片が跳ねる。
ジプシーは身を翻して近くの岩の陰に飛びこんだ。
「怪我は?」
すぐに樹の陰へわたしを引っ張りこんだトラが訊ねてきた。
無言で首を横に振りながら、わたしは、自分が先ほどまで立っていた空間から目が離せない。
わたしの様子に、訝しげにわたしの視線の先を追ったトラも、驚いた表情になって見つめた。
まるで、なにか硬い壁にぶつかって潰れたような形の弾丸がふたつ、空中に浮かんで停止している。
そして、見ているあいだに、急に重力を思いだしたかのように下へ落ちた。
――これ、前にも見たことがある光景だ。
『狙撃されないように、雑木林の奥へさっさと移動しろ』
一瞬にして強張ったトラの表情で、この我龍のテレパシーは、わたしだけではなくトラにも聞こえたらしいとわかる。
まだ、身体が固まったように動かないわたしとトラに、ふたたび声が頭の中へ響いた。
『もうひとりの女のように奴の足を引っ張りたくなければ、敵の標的になるな。早く動け』
「たしかにそうだ」
トラはつぶやくと、狙撃がやんでいるこのタイミングで、わたしを引っ張りながら、雑木林の奥へ移動をはじめる。
そして、移動しながら辺りの気配を確認したトラは、ジプシーに叫んだ。
「この林の右手方面、木の上に狙撃者がいる!」
「オーケー。俺にもおまえの式神が視えているから、位置は確認できる」
ジプシーが返してきた。
そんなふたりのやり取りを聞きながら、わたしは小声で我龍に言った。
「我龍。念動力で護ってくれたの? 嬉しいけれど、あんたっていま、どういう立場にいるのよ?」
『いま力を使っても、その従兄弟の結界の種類が変わっているから、俺のいる位置がわからないだろう? だから部外者を助けてやっただけ。――この仕事は奴の仕事だ。俺はそれに対しては、手助けする気はない』
そう告げると、我龍の気配が消えた。
この仕事は奴の仕事って?
ジプシーに与えられた任務だから、それに関しては、自分は手助けしないってこと?
わたしは、一緒に我龍の声が聞こえていたトラと顔を見合わせ、ふたりで首をかしげた。
わたしとジプシーが狙撃されたことによって、皆の注意がメモリーからそれた。
そして、そのタイミングをみて、夢乃から離れたラストダンサーがメモリーに駆け寄ろうとする足もとへ、さらに着弾する。
そのため彼も近くの岩陰に隠れることになった。
すると、メモリーを狙ってなのか、雑木林の一角から銃を構えたまま、ひとりの男が姿を見せた。
背の高い、金髪の白人男性だ。
「あ! わたしを誘拐した男だぁ!」
その男を見て、わたしは思わず声をあげる。
ってことは、ジプシーとラストダンサー、B.M.D.と、メモリーを囲んでこの場に三人がそろったことになる。
樹に隠れたままでそう思った瞬間、ホルスターから銃を抜くジプシーの姿が、わたしの角度から見えた。
なにをする気なんだろうと考えているあいだに、ジプシーは躊躇うことなく、ほかのふたりの目の前で、岩の上に置かれたメモリーを鮮やかに一発で撃ち抜いた。
予期せぬ出来事に、その場にいた全員が呆気に取られる。
「――なにをするのです? いままでの苦労は……。あなたの目的はなんですか!」
あまりのことに思わず叫んだB.M.D.の言葉に、ジプシーはいつもの無表情で返事をした。
「俺の任務は、あれば情報を持ち帰り、その製作者の保護。ついでに今回の任務は、失敗しても良いというおまけ付き。だから、なければ情報は持ち帰らなくてもいいし、敵方に渡るくらいなら破壊する」
銃をホルスターに戻しながら、あっさりと言ってのけるジプシー。
このペテン師。
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