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【第四章】対エージェント編『・・・!』
第117話 ほーりゅう
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「ほーりゅう、またぼんやりしてる」
背後から理沙にそう言われて、慌ててわたしは振り返った。
声をかけてきた彼女の顔に焦点を合わす。
ホテルの朝食バイキングで、デザートまでしっかり食べながらも、わたしはぼんやり考えごとをしていた。
昨日の出来事。
よく考えたら、あとからショックが大きくなってきた。
ちょっと待ってよ!
彼氏じゃない人とのファーストキスだよ?
夜に思いだしたら、多感な女子高生が眠れるわけないじゃない?
「あ、あまり夕べは寝ていないせいかな」
あいまいな笑顔を向けながら、理沙に理由を言わずに返事をする。
ふーんとうなずいた彼女は、それ以上のことを聞いてこない。
眠気覚ましも兼ねた冷たいバニラのアイスクリームを食べながら、わたしはなんとなく、声をかけてきた理沙が、デザートのお皿をテーブルに置いて席に着く姿を眺めていた。
――そういえば。
「理沙ってさ、大学生の彼氏がいるよね」
「そうか、ほーりゅうには言っていなかったっけ。とっくに振ったわよ」
あっさり返されて、わたしは言葉が詰まった。
前に一度、偶然ふたりが一緒のときに出会ったことがあったけれど。
そのときのふたりは、とても仲が良さそうだった印象だけが残っている。
「なんで? 頭も見た目も良い人だったのに?」
そう口にしながら、そういえば、あの大学生は理沙の何人目の彼氏だったっけと考えた。
その奔放な性格の理沙は、かなりの恋愛の場数を踏んだようなしたり顔をして、厳かにわたしへ告げた。
「なんていうか。気障な男じゃなくて、もっと笑顔の似合う男がいいかなぁって思っちゃったわけよ」
笑顔が似合う男。
笑顔かぁ……。
そう聞いたとたんに、わたしは自分が一目惚れをした、あの三つ編みの彼を思いだした。
屈託なく、わたしの前で楽しそうに笑っていた彼。
そうだよね。
笑顔の似合う人と一緒にいるほうが、絶対楽しくて良いに決まっている。
うんうんとうなずいたわたしへ向かって、ふいに理沙が顔を寄せる。
「でもさ、ほーりゅう。あなたの知り合いだっていう人たちも、見た目は全員悪くないよね」
理沙が、席に瑠璃がいないのをいいことに、とんでもないことを口にした。
「昨日、声をかけてきたひとりって、結局あの警察の人たちの知り合いっていうか、警察仲間だったんでしょ? いままでわたしが付き合ったことのない渋い職業だよねぇ。声かけちゃおうかなぁ」
ちょうど、京一郎がこちらに歩いてくる姿を横目で確認しながら、理沙は続けた。
「ちょっと、やめてよ。彼らは仕事できているんだし、邪魔しちゃ悪いよ」
「大丈夫だって。――それに本当は、ほーりゅうだって気になっているんでしょ?」
わたしの制止を笑顔で振り切ってから、理沙は近くまできた京一郎に、笑顔で声をかけた。
「おはようございます。あなたも昨日声をかけてくれた男の人も、警察の方だったんですね」
満面の笑みでそう声をかけた理沙に、京一郎も笑顔で会釈を返す。
手ごたえ良しとみたか、理沙は続けた。
「よろしければ時間が空いたときに、わたしたちと一緒に食事などしませんか?」
そう誘った理沙に、さすがに仕事できていると言っていただけあって、京一郎はあっさりと断りの言葉を口にした。
でも、そつがない言い方は、さすが京一郎だ。
たぶん、いや絶対、ジプシーには無理な言葉。
「いや、残念なことに極秘捜査がばれた関係もあって、本当に休みなしの仕事になっちゃったんですよ。でも、もしこの一件が終わってフリーになったら、そのときにはこちらからお誘いさせてもらえるかな?」
「そうなんですか、それは残念。時間ができたら、ぜひ誘ってくださいね。お待ちしておりますわ」
残念そうに理沙は言うと、あっさりと京一郎を解放した。
そのとき、本当に無意識に立ちあがりながら、わたしは京一郎に声をかけてしまっていた。
「待って。ジプシーのことなんだけど」
瞬間。
わたしのほうへ振り返った京一郎は、牽制するような視線を向けてきた。
しまったと思ったけれど、どうして良いのかわからなくなったわたしをみて、京一郎はため息をついてみせた。
「残念だけれど、本当に忙しいんだ。――おっと、誰かからの着信だ」
そう言いながら、京一郎は、おもむろにスマホをポケットから取りだした。
わたしの目の前で、かけてきたらしい相手の名前の確認をする動作を見せる。
そして。
『フロントから右に入った電話のあるところ』という文字が、角度を変えた京一郎のスマホの液晶画面に書かれていた。
「じゃ、そういうことで」
目を見開いたわたしの視線の先を確認し、そう続けて言った京一郎は、わたしに背を向けて耳にスマホをあてる。
そして、スマホに向かって返事をしながら離れていった。
そのまま、レストランの入り口から足早に出ていく。
わたしは、その後姿を見つめながら、席にすとんと腰をおろした。
――いまの京一郎のスマホに、電話なんて、かかってきていなかったよね?
ってことは、あの文章は、スマホの機能かなにかで、わたしへ伝言してくれたんだ!
席をはずしていた瑠璃が戻ってきたとき、わたしは立ちあがりながら声をかけた。
「瑠璃、用事ができたんだけれど。先に出ててもいいかな?」
一瞬、瑠璃の瞳が心配そうに揺れた。
けれど。
「――ほーりゅうは、とめてもどうせ行くんでしょう? のちに部屋で集合ということでいいかしら」
そう告げた瑠璃に、わたしは、大丈夫だよと親指を立てて合図を送る。
それから走らないように気をつけて、レストランの入り口へ、そそくさと向かった。
背後から理沙にそう言われて、慌ててわたしは振り返った。
声をかけてきた彼女の顔に焦点を合わす。
ホテルの朝食バイキングで、デザートまでしっかり食べながらも、わたしはぼんやり考えごとをしていた。
昨日の出来事。
よく考えたら、あとからショックが大きくなってきた。
ちょっと待ってよ!
彼氏じゃない人とのファーストキスだよ?
夜に思いだしたら、多感な女子高生が眠れるわけないじゃない?
「あ、あまり夕べは寝ていないせいかな」
あいまいな笑顔を向けながら、理沙に理由を言わずに返事をする。
ふーんとうなずいた彼女は、それ以上のことを聞いてこない。
眠気覚ましも兼ねた冷たいバニラのアイスクリームを食べながら、わたしはなんとなく、声をかけてきた理沙が、デザートのお皿をテーブルに置いて席に着く姿を眺めていた。
――そういえば。
「理沙ってさ、大学生の彼氏がいるよね」
「そうか、ほーりゅうには言っていなかったっけ。とっくに振ったわよ」
あっさり返されて、わたしは言葉が詰まった。
前に一度、偶然ふたりが一緒のときに出会ったことがあったけれど。
そのときのふたりは、とても仲が良さそうだった印象だけが残っている。
「なんで? 頭も見た目も良い人だったのに?」
そう口にしながら、そういえば、あの大学生は理沙の何人目の彼氏だったっけと考えた。
その奔放な性格の理沙は、かなりの恋愛の場数を踏んだようなしたり顔をして、厳かにわたしへ告げた。
「なんていうか。気障な男じゃなくて、もっと笑顔の似合う男がいいかなぁって思っちゃったわけよ」
笑顔が似合う男。
笑顔かぁ……。
そう聞いたとたんに、わたしは自分が一目惚れをした、あの三つ編みの彼を思いだした。
屈託なく、わたしの前で楽しそうに笑っていた彼。
そうだよね。
笑顔の似合う人と一緒にいるほうが、絶対楽しくて良いに決まっている。
うんうんとうなずいたわたしへ向かって、ふいに理沙が顔を寄せる。
「でもさ、ほーりゅう。あなたの知り合いだっていう人たちも、見た目は全員悪くないよね」
理沙が、席に瑠璃がいないのをいいことに、とんでもないことを口にした。
「昨日、声をかけてきたひとりって、結局あの警察の人たちの知り合いっていうか、警察仲間だったんでしょ? いままでわたしが付き合ったことのない渋い職業だよねぇ。声かけちゃおうかなぁ」
ちょうど、京一郎がこちらに歩いてくる姿を横目で確認しながら、理沙は続けた。
「ちょっと、やめてよ。彼らは仕事できているんだし、邪魔しちゃ悪いよ」
「大丈夫だって。――それに本当は、ほーりゅうだって気になっているんでしょ?」
わたしの制止を笑顔で振り切ってから、理沙は近くまできた京一郎に、笑顔で声をかけた。
「おはようございます。あなたも昨日声をかけてくれた男の人も、警察の方だったんですね」
満面の笑みでそう声をかけた理沙に、京一郎も笑顔で会釈を返す。
手ごたえ良しとみたか、理沙は続けた。
「よろしければ時間が空いたときに、わたしたちと一緒に食事などしませんか?」
そう誘った理沙に、さすがに仕事できていると言っていただけあって、京一郎はあっさりと断りの言葉を口にした。
でも、そつがない言い方は、さすが京一郎だ。
たぶん、いや絶対、ジプシーには無理な言葉。
「いや、残念なことに極秘捜査がばれた関係もあって、本当に休みなしの仕事になっちゃったんですよ。でも、もしこの一件が終わってフリーになったら、そのときにはこちらからお誘いさせてもらえるかな?」
「そうなんですか、それは残念。時間ができたら、ぜひ誘ってくださいね。お待ちしておりますわ」
残念そうに理沙は言うと、あっさりと京一郎を解放した。
そのとき、本当に無意識に立ちあがりながら、わたしは京一郎に声をかけてしまっていた。
「待って。ジプシーのことなんだけど」
瞬間。
わたしのほうへ振り返った京一郎は、牽制するような視線を向けてきた。
しまったと思ったけれど、どうして良いのかわからなくなったわたしをみて、京一郎はため息をついてみせた。
「残念だけれど、本当に忙しいんだ。――おっと、誰かからの着信だ」
そう言いながら、京一郎は、おもむろにスマホをポケットから取りだした。
わたしの目の前で、かけてきたらしい相手の名前の確認をする動作を見せる。
そして。
『フロントから右に入った電話のあるところ』という文字が、角度を変えた京一郎のスマホの液晶画面に書かれていた。
「じゃ、そういうことで」
目を見開いたわたしの視線の先を確認し、そう続けて言った京一郎は、わたしに背を向けて耳にスマホをあてる。
そして、スマホに向かって返事をしながら離れていった。
そのまま、レストランの入り口から足早に出ていく。
わたしは、その後姿を見つめながら、席にすとんと腰をおろした。
――いまの京一郎のスマホに、電話なんて、かかってきていなかったよね?
ってことは、あの文章は、スマホの機能かなにかで、わたしへ伝言してくれたんだ!
席をはずしていた瑠璃が戻ってきたとき、わたしは立ちあがりながら声をかけた。
「瑠璃、用事ができたんだけれど。先に出ててもいいかな?」
一瞬、瑠璃の瞳が心配そうに揺れた。
けれど。
「――ほーりゅうは、とめてもどうせ行くんでしょう? のちに部屋で集合ということでいいかしら」
そう告げた瑠璃に、わたしは、大丈夫だよと親指を立てて合図を送る。
それから走らないように気をつけて、レストランの入り口へ、そそくさと向かった。
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